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私ではなくキリストⅡ(東洋からの風の便りI)

「あなたがたは、いのちの言葉を堅く持って、彼らの間で星のようにこの世に輝いている。」(ピリピ2:15)

ニッポンキリスト教界の病理を考察する記事の目次

 ニッポンキリスト教界の病理を考察する記事の目次

 今日、ニッポンキリスト教界には、非聖書的で、誤った教えや活動が、多数、入り込んで来ており、キリスト教界全体が福音を見失って、カルト化へと向かっています。そのことについて、このブログでは、読者と共に、聖書と照らし合わせながら、詳しく、批判的に論じて来ました。
 ニッポンキリスト教界は今、近寄るべきでない、大変に危険な場所になっています。そこでは多くの信徒が傷つけられ、人生を狂わされ、破滅させられています。以下の7項目にまとめた記事やコメント内容を参考に、教界の活動がいかなる危険性を持つか、一人でも多くの方に気づいていただければと思います。
 なお、このブログは終了していますが、「東洋からの風の便りⅡ」にて議論を続行しています。雑感の記事の目次は別途まとめる予定です。


1)ニッポンキリスト教界という名の非キリスト教
1.大衆が作り出す幻としての偶像崇拝宗教

…ニッポンキリスト教界は、十字架を失い、今や「擬似キリスト教的セルフ教」となっている。そこでは、神から遠ざかり、孤独や無力の不安を抱えたクリスチャン大衆が、自己保存を求めて、自分で自分を救うシステムを終わりなく作り出している。キリスト教界から打ち出される弟子訓練等の、各種の人類救済プログラムは、人が自分で自分を救うための、決して成功することない計画である。

2.偶像崇拝が大衆にもたらす偶像との一体化願望

…ビュン事件を含め、なぜ牧師の性的不品行が起こるのか。その理由としてお読み下さい。


2)原罪についての考察
1.聖書に見る生活苦と男女不平等の起源

…聖書によれば、この世は人間の堕落のために呪われた場所となったのであり、生きる限り、人間の苦労は終わらない。そこで、バベルの塔の昔から、この世に大規模な人類の幸福社会を打ちたてようとする全ての計画は、決して実現しない。にも関わらず、リバイバル運動を含め、今日、地上に神の国を打ち立てるべく推進される擬似キリスト教的プログラムには、どんな将来が待っているのだろうか。

2.『クロイツェル・ソナタ』に見る音楽によるマインド・コントロールの危険

…カルト化した教会では、信徒に対するマインド・コントロールが行われている。だが、マインド・コントロールはどのようにして行われるのだろうか。最も無害で美しく見えるもの、音楽や、芸術なども、その強力な手段になり得る。


3)アメリカのプロテスタントのキリスト教界の危険性について
1.システムによって神の国を作ろうとすることの危険

…イエスは、神の御国は見える形で来るものではない、と言われたにも関わらず、今日、キリスト教界には、人工的な方法論を駆使することによって、目に見える形で、大規模な神の国を地上に建設するために、様々なプログラムが終わりなく生み出されている。(リバイバル運動、弟子訓練、セル・チャーチ等。)それらは全て恐るべき将来を運命づけられている。

2.米国キリスト教界における異常事態

…イラク戦争以来、国家政策に同調するようになったアメリカのプロテスタントの教界が、現在、大寒難時代の到来を宣言し、イスラエルを神の国と同一視し、キリストの再臨を人為的に引き起こそうとするかのような危険な政策に走っていることを指摘。


4)偽預言者たちを警戒せよ!
1.個人預言という名の占いについて

…今日、「個人預言」を聞いたがために、人生を狂わさせれたクリスチャンが多数存在する。「個人預言」とは一体、何なのか、それには聖書的根拠があるのか。神から来たのでない預言とはどのようなものかを考察。

2.肉を喜ばせる預言の特徴

…神から来たのでない預言は、聞いた者の肉を喜ばせ、彼の心を謙遜でなく、高ぶりへと導く。偽りの預言を見抜くために必要なことは何か。

3.預言を売り物にするミニストリーの誤り

…代価を取って預言を売り物にする「個人預言」のミニストリーは聖書に基づかない占いである。

4.偽預言者に対する厳しい裁き

…真の預言者は、預言の成就について自ら責任を負う。平和についての預言が、成就しなければ、預言した者が偽り者であることの証明となる。無責任な偽預言を繰り返し、信徒の人生を狂わせている者たちには、どんな未来が約束されているのだろうか。


付録
「キリスト教会に広がる疫病としての『霊の戦い』」

…筆者が所属していた教会で起こった偽りの「預言」について。


5)カルト被害者救済活動を警戒せよ!
1.カルトはアンチカルトと同一である

…キリスト教界のカルト化が深まるにつれて、裁判等によって、カルトを防止しようとする被害者救済活動があたかも「正義の味方」であるかのように注目を浴びる。だが、この救済活動には、果たして正義があるのだろうか。

2.偽預言者をゲストに招く教会

…アッセンブリー京都教会は、カルト被害者救済活動の拠点として全国に有名である。だが、最近、この教会でまるで被害者の訴えを無視するかのような矛盾した活動が行われたのはなぜなのだろうか。

3.カルト監視機構という名の秘密警察の設立について

…カルト被害者救済活動の拠点であったアッセンブリー京都教会は、カルト監視機構なるものの設立を予定して活動していた。しかし、このカルト監視機構とは、要するに、カルト防止に名を借りただけの、キリスト教界全体に対する抑圧機関であることを本記事にて指摘、批判しした。

(カルト監視機構の設立は現在、中止されている。しかし、同種のプロジェクトが再び起こらないかどうか、警戒が必要である。)

4.キリスト教界のカルト化を防ぐために真に必要なことは何か

…教会のカルト化を防ぐことができるのは裁判ではない。イエスの十字架、そして罪の悔い改めに立ち戻ることこそ、教会をカルト化から救う道である。裁判や、この世の諸力を通じて、カルト化を防止する運動は、聖書に基づいていないため、未来がない。


6)教会成長論という名の異端について
1.教会成長論というむさぼりの教え

…教会成長論の影響を受けた東京キリストの教会はなぜ崩壊したのか。教会成長論とは、教会をカルト化させ、信徒から救いを奪い、教会を崩壊させる誤った教えであることをシリーズで指摘する。

2.偽牧師、偽教師、偽預言者への対処法

…偽預言者や偽教師を警戒せよ、彼らから離れなさい、と聖書は教えている。これらの人々に出会った時、私たちはどう対処すれば良いのか。

3.教会成長論が生む牧師への個人崇拝

…手束正昭著、『教会成長の勘所』を見本として分析しながら、教会成長論の教えの本質とは、イエス・キリストを否定し、牧師がキリストに成り代わり、信徒に自分を神のようにあがめることを求める教えるものであることを明らかにする。

4.教会成長論という強盗の教え(1)

…イエス・キリストを否定する牧師とは、羊の門を通らないでやって来る強盗であり、教会を盗む者である。そのような者は、教会を私物化する教えを公然と説く。その集大成が、教会成長論である。

5.教会成長論という強盗の教え(2)

…強盗である偽牧師が教会を支配するようになると、信徒は偽牧師を栄光の中に押し上げるための下僕とされてしまう。信徒を公然と牧師のための雑用係、使用人に貶めることを認めているのが、教会成長論である。

6.クリスチャンは神の子か、それとも神の養子か(1)

…牧師や牧師夫人を、信徒が「霊の父」、「霊の母」として敬うことは聖書的なのだろうか。キリスト教は父性原理ばかりが過剰であるため、人間性に欠けており、母性原理を補わなければ、この先やっていけないという指摘があるが、そのような説に対して、クリスチャンは耳を貸す必要があるのだろうか。

7.クリスチャンは神の子か、それとも神の養子か(2)

…手束正昭氏は『教会成長の勘所』において、キリスト教に母性原理を補う必要から、聖霊を「母なるもの」ととらえる説を打ち出した。しかし、これは従来の三位一体の正統な解釈を破壊する異端である。

8.クリスチャンは神の子か、それとも神の養子か(3)

…手束正昭氏が早くから唱えていた「養子論的キリスト論」の本質とは、イエス・キリストは聖霊によらなければ神の子ではなかった(イエスは聖霊によって神の養子に引き上げられた)とする異端である。この説は異端ネストリウス派を現代に復興しようとする試みである。

9.クリスチャンは神の子か、それとも神の養子か(4)

…クリスチャンはイエスを信じて神の子とされているのであって、神の「養子」なのではない。そのことを聖書に基づいて再確認しよう。また、手束氏が唱えている「聖霊による人間の新創造」とは、十字架によらずに、人間の変容を唱えるものであり、非聖書的教えである。

10.クリスチャンは神の子か、それとも神の養子か(終)

…教会成長論の分析のまとめ。教会成長論とは、要するに、十字架を通さず、人が牧師を崇拝するよう求める教えであり、これを信じることはイエス・キリストの否定につながり、必ず、信徒に救いを失わせる。クリスチャンは神の養子や、私生児などではなく、正統な神の子とされている貴いアイデンティティを忘れてはいけない。


7)沖縄キリスト教の抱える病的問題
1.沖縄クリスチャン戦争を終わらせよ

2.沖縄クリスチャン戦争を終わらせよ(続)

…沖縄の教会は、日本の諸教会のうちで、とりわけ、偽牧師の活動の盛んな地域である。ニッポンキリスト教界の病が最も大規模に集中している場所であると言える。だが、そこでは、カルト化した教会によって、信徒が食い物にされているのみならず、カルトを防止するという名目で、被害者救済活動を繰り広げる人々によっても、信徒が二重に食い物にされ、信徒の争奪戦が起こっている。沖縄は今まさに、二つの敵対する勢力が激しく衝突する戦場のようになっている。

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