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私ではなくキリストⅡ(東洋からの風の便りI)

「あなたがたは、いのちの言葉を堅く持って、彼らの間で星のようにこの世に輝いている。」(ピリピ2:15)

雨の横浜へ

 先週末、居ても立っても居られないような気持ちになって、ほとんど衝動的に夜行バスを予約し、Dr.Lukeのいる横浜のKFC(Kingdom Fellowship Church)へと飛んで戻って来た。
 日曜の朝はあいにくの大雨で、歩いているうちに、持っていた荷物までずぶ濡れとなったが、午後、煙るような霧雨に包まれた港町には風情があった。

 私はキリスト教界において幾度も悲しい事件に遭遇させられ、教会に対する大きな不信感を心に抱え込んだ。教会に期待を抱いて、関わろうとしたその度毎に、私が教会から受けた被害は、より深刻かつ甚大なものへと変わっていった。受けた被害を解決するために向かった京都A教会でも、解決を得られず、ただ希望を失って教会を離れなければならなかった。そんないきさつがあったので、最後に教会を訪れてから、今までに至る約一年近くの月日の間、私はどんな信仰者の群れにも関わることなく、ただ一人で聖書を読み、祈り、考え続けた。ブログを除いては、信仰者と関わる手段は全くなかった。

 KFCの存在は二年前ほどからネットで知っていたが、訪れようという気持ちにならなかった。安全な教会を見つけ出したい、真のキリスト者と出会いたいという願いが心になかったわけではないが、同時に、教会と名のつくもの全てに対する不信感と、クリスチャンを名乗る人間に接触することへの恐れが、行動を起こすことを妨げていた。それに、群れに所属することによって、信仰が保証されるわけではないことも分かっていたので、同胞のあるなしに関わらず、とにかくまことの神への信仰に立ちたいと願ってきた。

 だが、最近、それだけでは気が済まなくなった。KFCとはどのような場所なのか、そこに主から与えられた私の兄弟姉妹がいるのかどうか、どうしても自分の目で確かめたいという思いが無視できないほどに高まった。とにかく、会わないことには、居ても立っても居られない気持ちになったのである。

 それに、少し前から、主は私のためにクリスチャンの同胞を備えて下さるという確信を祈りの中で得ていた。だから今回、実際にそのことを自分の目で確認せずにはおれなかったし、確認できたのは良いことだった。

 ネット上で聞いているだけでは、KFCの礼拝は聖霊派のスタイルにかなり近いもののように感じられる。そこで、私のように、聖霊派の礼拝につまずいた経験のある人は、それを聞いて、抵抗を覚えることがあるかも知れない。私はこれまで数々の教会をめぐり、そこで様々な賛美のスタイルを聞いてきた。それぞれの教会ごとに、賛美歌、聖歌、新聖歌、ミクタム、リビングプレイズ、等々、使われる曲に違いがあり、楽器も様々であった。だが、中でも、KFCの賛美は私が今まで聞いたことのないものだった上に、歌詞の大半が英語であり、奏楽者もいないようであったので、私には馴染みがなかったし、正直な話、奇をてらっているだけではないのかという疑いが、なかったわけではない。

 だが、重要なのはどんなスタイルが採用されているかということではなく、礼拝を捧げる人々の心である。実際に現地に身を置いてみることで、そこには心を預けても良いと思うに十分な礼拝があることを確認できた。私の教会恐怖症はほぼ完全に払拭された。

 KFCで主の恵みとして私に与えられた貴重な時間について、あまり細かく書くのはやめておこう。ただ、私のために憐れみを示して下さった全ての兄弟姉妹たちに、主からの豊かな報いがありますようにと願う。
 それに、百聞は一見にしかず。関心のある方は、それぞれ自分の目で確かめられるのが一番良いだろう。

 その日、私はDr.Lukeを教会から奪い去り、随分、長いこと、拘束してしまった。彼に横浜観光案内までさせた人は私の他にいたのだろうか。霧雨の振る中、懐かしい神戸の街を思い出させるような港街を車で通り過ぎ、私が一人では決して行くことができないだろうホームレスの町、寿町の界隈も見せてもらった。

 私はDr.Lukeに向かって、私がこれまで経験してきた、暗い、お先真っ暗な話題について沢山、語った。その上、これまで私が彼に対して持っていた疑問をも何の遠慮もなくぶつけた。それは聞かされる側からすれば、随分と荷厄介な話だったかも知れない。だが、そうして取ってもらった時間のおかげで、私の心に残っていた疑いは最後まで払拭されたし、世にはカルト化教会で起こっているような奇妙な事件をも、受け止められるクリスチャンが確かにいるのだと知った…。

 Dr.Lukeは、私の受けた印象では、キリスト教の牧者というよりも、禅寺の住職のようであった(だがそれでも真にクリスチャンである)。九州人と関西人を足して2で割った上に、ほんの少しだけ東京人のエキスを加えたような人物であり、長く関西に暮らした私にとって、抵抗感なく、話ができる人だった。(関西人は個性的な人物を愛するものだ。この表現が理解できない方は実際に自分で確かめて下さい。)

 ところで、夜行バスに関して、私には悲しい思い出が一つあった。カルト化教会で、私はそれまで7年間も親しくつきあってきた親友を失った。その友人は同じ大学出身の研究者であり、互いに海外にいた期間も含めて、数え切れない文通を交わし、生活の隅々までよく知っていた幼馴染のような間柄だった。彼はよく「大阪は我が庭」と豪語していたほどに、大阪の地理に精通しており、バイクの運転も含めて、私はこの人から色々なことを教わった。彼が学振の研究員に選ばれて、関西から東京に向かう時、私は大阪駅前の夜行バスのロータリーまでよく出発を見送りに行ったものだ。

 カルト化教会でその人と縁を切るように求められ、私は別れの挨拶も告げず、友人をいきなり捨てた。後日、それが誤りであったと分かり、さらにその友人にも、かなり以前から信頼を裏切られていたことが判明した時、二度と取り返せなくなってしまった人間の絆のために、私は泣きに泣いた…。

 最後にその親友と会ったのは、偽教会との縁を切った後、東大のキャンパスでのことだった。むっとするほど蒸し暑い空気の夏の日、会うなり、彼に向かって、私は教会での事件をとうとうとしゃべった。学生たちがカフェテリアにやって来ては、潮が引くように去って行った後、夕方になっても、私はまだ教会の事件についてしゃべり続けていた。一体、あれは何だったのか、どうして私があんな目に遭わなければならなかったのか…、当時、何も理解できておらず、ただどうどうめぐりの疑問の中をさまよっていただけだった。友人はいつものように穏やかに、ほとんど黙って私の話を聞いていた。

 夜になって、私はその友人と新宿のバス停で別れた。それまでは私が彼の出発を見送ってきたが、その時は、私が見送られる番だった。いつものようにつまらない冗談を言い合いながら、バスの到着を待った。それが親友との最後の邂逅になるとは、当時、考えてもいなかったが、帰りのバスの中で、なぜか心が痛んで、涙が溢れて止まらなかった。多分、心の奥底では、壊れた人間関係が永久に戻らないこと、私の青春時代が空宙で砕け散ったまま、完全に終わってしまったことを感じ取っていたのだろう。
 この親友とは幾度か海外にも共に行ったし、何度も神戸の港を訪れたものだ。私が関西で培った思い出そのもののような人物であった。

 親友はその後、私の論文執筆のために助力してくれたが、論文が審査に通ったことを報告して以後、連絡は途絶えた。幾度、電話をかけても、彼が受話器を取ることはもうなかった。それは昨年春のことである。今、彼がどこでどのように暮らしているのか、私は知らない。

 こうして、カルト化教会で受けた体験はあまりにも悲しいものであり、私の人生そのもの、思い出そのものをズタズタに引きちぎって行ったが、今回の横浜行きでは、そんな悲しい記憶を思い出させるようなものは何もなかった。
 横浜は美しい街だが、私の今住んでいる中国地方からはあまりに遠いので、この先、そう何度も訪れることはできないだろう。だが、それでも、今回、KFCを訪れたことで、私の信仰生活に、今までとは全く違う第二幕が開けたことを確かに感じることができた。主はやもめや、産まず女の涙を拭って下さるように、私の涙を拭って下さった。だから、もう二度と、かつてのような悲しい体験をさせられることはないだろう。今回の旅は、終わりではなく、始まりなのだ、そう感じることができた。

 今、キリスト教界の教えに疑問を感じながらも、一人ぼっちになることを恐れて、そこから抜けられないでいるクリスチャンがきっと多いだろうと思う。身体に馴染んだ礼拝や賛美のスタイルや、教会に連なる友人たちを捨て去るに忍びないと感じて、そこにとどまることを選ぶ人たちがこの先、大勢いることだろう。しかし、偶像礼拝ときっぱり縁を切り、御言葉に純粋に立ち戻り、たとえどんな孤独を味わおうとも、ただ主ご自身だけをひたすら求めて行く時に、必要の全てが兼ね備えられることを私は身を持って知った。

 一人の幼馴染を失ったが、代わりに、数え切れない魅力的な兄弟姉妹が与えられたことが分かった。この悪しき、暗い世の中にあって、星のように輝いている兄弟姉妹たちだ。父なる神から「これは私の愛する子、私はこれを喜ぶ」と呼ばれるにふさわしいクリスチャンたちだ…。
 
 絶望に泣き明かした日々も含めて、主は私が今まで辿ってきた全ての苦しみを、きっと益へと変えて下さるだろう。この信仰に立ち戻るために、一旦、余計なもの全てを焼き尽くされ、孤独の中を通され、死ぬような思いを味わう必要性があったのであれば、それで良かったのだと今は思う。

 主が今後、私の人生にどんなことを成して下さるのか、楽しみである。

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