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私ではなくキリストⅡ(東洋からの風の便りI)

「あなたがたは、いのちの言葉を堅く持って、彼らの間で星のようにこの世に輝いている。」(ピリピ2:15)

カインとアベルの捧げ物

さて、今日はこれまでとちょっと違うことを書こう。
どうやら革命家のことが話題になったようなので、そこから話を始めよう。

思い出せば、ずっと以前、私も革命家に憧れていたことがあった。革命とは何なのか見極めたいという好奇心を持って、私は大学に通い始めた。当時は、「ソビエト社会主義経済学」などという講義がまだ大学にあったのだ。連邦崩壊後、そうした分野はすばやく削られて行き、今はほとんど消滅してはいるものの、しかし、今、教壇に立っている方々の中には、そういう時代に育てられた人も多い。

私の専攻分野には共産主義者たちがかなり沢山、いた。元共産党員、かつて共産党に関係のあった人、ソビエト留学を果たした人…、そういう人たちが当時、教鞭を執っていたし、今もかなりそういう人たちが大学に残っていることを知っている。私のいた専門分野の80-90%は、直接、あるいは間接的に、共産党に何らかの関係があった人たちで占められていただろうと推測する。私が教えを受けた師匠もそうであった。

特に、ソビエト体制が存続していた時代には、そのような縁故なしには、教職においてこの分野に入り込むことは極めて難しかったようだ。体制崩壊後は、あの国の歴史に幻滅して共産主義者をやめてしまった人たちも多かったことだろうと思うが、現役のコミュニストであるかどうかを問わず、いずれの方たちを見る時にも、私はいつも、彼らのうちにある、魂の、何かしら言葉に表せない暗さ、まるで何か語りたくない過去を胸のうちに秘めているような、独特の暗さを感じずにいられなかった…。

また、私は、共産党員の父親を持つ幾人かに出会ったが、その人たちは異口同音に、この思想がいかに家庭をゆがめてきたかを話された。学生運動もそうであるが、共産主義の思想と運動に関わった人々には、何かしら、生涯に渡って、暗い影がつきまとうように私には思われてならない…。

社会主義国の血塗られた歴史をかなり詳しく知って後、地上のユートピアを打ち立てるための革命というものに対する、私のナイーブな情熱は消え去った。社会主義革命は、キリスト教徒ではなかった私の師匠ですら、そのように語っていた通り、破滅を運命づけられた悪魔的計画であり、人類による神への反逆、人類の見果てぬ夢としてのバベルの塔なのだ。

バベルの塔の建設は、神への組織的反逆であり、人類の罪の中でも最大級の罪である。

今の日本社会がこのようなところになってしまった背景に、学生運動の悪影響というものはないだろうか。ある人は、日本はすでに社会主義国だとさえ言い切る。果たして、学生運動とは、本当に、あの短い期間に燃え上がっただけの、一過性の社会現象として終わったのだろうか。学生運動世代が会社員となったり、官僚となったりして社会を作る側に回った後、彼らはかつて自分達が熱中したイデオロギーを、目に見えない形で、社会の仕組みの中に持ち込んだりしなかったろうか…。最近、つとにそのようなことを思うようになった。

あの暗い、地の深いところからやって来たイデオロギーが、何の害ももたらさず、一過性の情熱で消え去るとはとても思えないのだ。

こんなことを言えば、コミュニストを完全に敵に回すことになるかも知れないが、私の直観はこうだ。
もしも日本のキリスト教界と、日本社会が合わせ鏡になっているとすれば、どちらもに必ず同じ根があるはずだ。そして、その根とは、共産主義である。

こんなことを言うと、きっと、頭がおかしくなったと言われるだろう。キリスト教社会主義というものも、確かに、歴史上、存在していたことはあったが、今日のキリスト教とどうして共産主義の思想を短絡的に結び付けたりできるものかと。そんな暴論がどうやって成り立つのかと。
確かに、学問的にそのようなことを言おうとすれば、難しいかも知れない。だが、文学はとうの昔からそういうことを述べてきた。ドストエフスキーを読まれたい。あの大審問官が、終わりの世界に起こることを確実に予告しているではないか…。

聖霊派の熱中しているリバイバル、神の国建設、そしてこの社会が無言のうちに目指しているもの…、それらが一致することを、あの物語からも読み取ることができる。そして実際に、聖霊派の熱中しているシステムのいくつもに、社会主義国から拝借した仕組みが含まれているということも、いずれここに詳しく書いていかなければならない。
リバイバルというものが、神の国どころか、地獄の建設に他ならないということを、今後、私は証明していかなければならないと思っている。

だが、このような乱暴な推測の丁寧な説明は、次回以降に譲ることにしよう。とにかくも、魂を失わないでいるために、共産主義の思想や運動には絶対に関わらないように、教界のバベルの塔建設にも絶対に関わらないように、ということだけをひとまず述べておきたい。

…さて、こんな風にして、革命に対してはすっかり嫌悪感しか残らなくなってしまったが、かつて、革命の他にもう一つ、私の興味を惹きつけてやまないものがあった。それが音楽だった。

音楽は私にとってかつて無条件の安らぎの場であった。音楽にだけはどんな危険性もないと思っていた。
危険な国に滞在していた時も、演奏をしている限り、私は絶対にどんな盗賊にも殺されることはないだろうという不動の自信のようなものがあった。日本人以上に音楽を愛でている国民は多いが、そういう国に旅行すると、人々は演奏の前で素直に足を止めてくれる。そして心から、同じ感慨を分かち合ってくれる。彼らが率直に述べてくれた台詞の何と嬉しかったことだろう…。

音楽に携わっていると、演奏する側も、聴く側も、魂が浄化されるように私は思っていた。
だが、音楽への私のそんな浅はかな思慕も、微塵に打ち砕かれることになった。カルト化した偽教会の事件を通して。
「クロイツェル・ソナタ」に関する記事に書いたように、音楽ですら、人にとって麻薬になりうる。音楽の効果に無防備に身をまかせ、酔いしれることが、時に、人に破滅的な結果をもたらすのだ。

話が変わるようだが、偽教会を訪れる前に、私はいくつかの曲を作った。自分の葬儀の日のためにと思って作っていたのだった。さらに、カルト化教会を訪れた時にも、主との再会の喜びをもって、後奏曲を作った。それを奏楽したが、誰も私が作った曲だとは全く思わなかったようだし、偽牧師は、私が見栄のために、わざと賛美歌以外の曲を弾いたのだと勝手に勘違いして、快く思っていなかったようだ…。

しかし、私は心から主への感謝をこめてその曲を作った。
長く教会から離れていたため、主の御前に戻ってきたという大きな喜びがその時に心にあったからだ。

だが、私が主との再会の喜びをこめて賛美を捧げたその教会は、偽教会だった。
その偽教会で音楽家の信徒に出会った。それが秋氏であった。
果たしてこの人が何者であったのか、私には未だによく分からない。この人が偽教会の信徒でなかったら、私はあのような教会に一度以上、足を踏み入れることはきっとなかっただろう。

その教会自体が、足を踏み入れてはならない場所であった以上、氏にも出会うべきではなかったのかも知れない。
私はこのことについて、真相が未だによく分からない。だから、事件についてはまだ記事に書くわけにいかない。きっと、主が私に答えを与えて下さるだろうから、その時に説明させていただきたい。

いずれにせよ、この偽教会で、私は音楽というものの効果も含めて、人に心理的影響を与える全ての外的現象を、クリスチャンが浅はかに受け入れては成らず、むしろ、警戒しなければならないことを知った。このことについては、Sugar氏も同様のことを警告しておられる。

神を賛美する喜びに全身が満たされているように思っている時でさえ、クリスチャンはその感覚によって主を知るのではなく、五感ではないもっと心の深いところ、つまり、ただ霊のみによって主を知るよう努めなければならない。人が五感で感じる喜びや陶酔感といったものがもたらす欺きは極めて深い。私は偽教会での経験がなければ、このことの危険性を、きっと生涯、分からなかっただろう。

(Sugar氏は記事の中で、クリスチャンに次のことが必要だと書いておられる、「第四は『神が与えて下さる喜び、例えば燃えるような愛や 主の臨在の実感、昇天の超越した感覚等』に対してさえ、死ぬことです」。
つまり、たとえ、どのような美しい賛美歌が歌われていたとしても、クリスチャンが主を知るのは、耳で感じる麗しさを通してではないのである。)

こうして、音楽さえも、私にとっては信用ならないものとなった。
この世を生きた年数が増えるにつれて、子供の頃のように、無邪気に憧れたり、信頼したり、敬慕できるものが、私にはだんだんなくなっていく。特に、偽教会以後、全てのものが疑わしくなり、信じられるものがなくなり、信頼できる存在はただ一つしか残らなくなった。

だが、こういう幻滅は、決して悪いものではない。
虚無主義者になって終わるだけならばむなしいが、地上における全てのものが色あせていく中で、残るただ一つのものが、より一層、光り輝くからだ。
その輝くものは、私を永遠に向かって手招いている。それがキリストである。
貴い神の小羊、全ての賛美と栄光がこの方のためにある、という方。

この命の君の中に入れられなければ、どんなに麗しいこの世の現象も、全ては「マトリックス」だ。

 

* * *

 秋氏と電話で話した。
 事件後、氏は教会にいたく幻滅し、信仰から離れた。いや、恐らく、彼は偽教会で救われたため、そもそも偽の信仰しか持ったことがなかったのではないかと思う。今どんな信仰を持っているのか、いないのか、私にはよく分からない。だが世の中のことについて、何倍も、私より慧眼を持った人だった。宗教トラブル相談センターが信用ならない場所であることを最初に見抜いたのも、この人であった。

 私は偽教会の事件に耐えられず、偽教会で生じた一切の縁を断ち切って、かの地を逃げるように立ち去った。以来、この人とは電話でのやり取りがあるだけだ。
 
 以前は教会を拠点にして演奏をすることもあった秋氏は、今は一切、教界との関わりを絶って自分で活動をしている。彼は私が以前にもよく聞いた同じ台詞を電話で繰り返していた。

「今のキリスト教界は全く仲良しごっこの域を全く出ていないね。
 曽野綾子さんが小説に書いていたことを思い出す。キリストがペテロに向かって、三度『私を愛するか』と言ったあの台詞、あれは、本当は、命懸けの壮絶な問いかけなんだよ。だのに、それを、キリスト教界では、誰も本当の意味でわかっている人がいない。」

(一応、ヨハネ21:15-17の該当箇所を引用しておくと…)
「彼らが食事をすませると、イエスはシモン・ペテロに言われた、
『ヨハネの子シモンよ、あなたはこの人たちが愛する以上に、わたしを愛するか(動詞:アガペー 無条件で愛する)』。
ペテロは言った、『主よ、そうです。私があなたを愛する(動詞:フィレオー 友として愛する)ことは、あなたがご存じです』。
イエスは彼に『わたしの小羊を養いなさい』と言われた。

またもう一度彼に言われた、『ヨハネの子シモンよ、わたしを愛するか(アガペー)』。
彼はイエスに言った、『主よ、そうです。わたしがあなたを愛する(フィレオー)ことは、あなたがご存じです』。
イエスは彼に言われた、『わたしの羊を飼いなさい』。

イエスは三度目に言われた、『ヨハネの子シモンよ、わたしを愛するか(フィレオー)』。
ペテロは『わたしを愛するか』とイエスが三度も言われたので、心をいためてイエスに言った、『主よ、あなたはすべてをご存じです。わたしがあなたを愛している(フィレオー)ことは、おわかりになっています』。
イエスは彼に言われた、『わたしの羊を飼いなさい』。」

 「イエスがペテロに問われたのは、『あなたは命を懸けて、何もかも捨てて、死ぬ覚悟があって、私を愛するか』、という意味だったんだよ。でも、ペテロは(十字架前の裏切りのことも脳裏をよぎったために)それにはっきりと答えられなかった。だから、微妙に答えをずらして『私があなたを好きでいることはあなたが分かっていらっしゃるでしょう』と答えたんだ。
 でも、イエスはもう一回、『あなたは全てを捨てて私を愛するか』と、問うた。それども、ペテロは同じ答えしか出せなかった。そこで、イエス自身がついに、ペテロのレベルまで降りてきて、『あなたは私を好きか』と言葉を和らげたんだよ。

 今、キリスト教徒に問われていることもこれと同じだね。命懸けで愛することが求められているのに、『好きです』程度の答えしか出さないのがクリスチャンだ。
 
 カラヤン先生も言っていたよ、『マーラーの交響曲一つを指揮するのにも、身と引き換えの覚悟がいる』ってね。芸術の世界でも、どの分野でも結局は同じだけれど、一つのことを本気で貫こうと思ったら、命懸けだ。命懸けでなければ、何事も成しえない。でも、今の日本社会ではどちらを向いても、誰にも何の覚悟も、犠牲もない、ただの仲良しクラブの世界で終わってしまっている。
 それは、あのペテロの答えと同じだ、『イエスが好きだからついていく。私にとって良いことがあるからついていく』その域を出ない答えしか提示できていないのが、キリスト教界だ。アガペーの愛じゃないんだよ。

 アガペーの答えは、何があっても、命懸けでそれを追う、たとえ自分にとって何の得もなく、命をすり減らし、死ぬ思いをしなければならなくなっても、とにかく着いていく。そこまで行かなければ、人間、何事もなし得ない。芸術もそうだし、信仰も同じだ。イエスはペテロにそれを問われた、私のために命を捨てますか?と。でも、ペテロにはその時、はいとは答えられなかった。人間にはその要求に応えることはできない。でも、何かをしようと思えば、必ずそこを通らされることになる。ただし、それはとても人に勧められたものじゃない、壮絶な、血を吐くような道だから。牧師でも、そんな信仰を持っている人なんて、今の教界にはほとんど見当たらないんじゃないかな…」

 相変わらず、この人の言うことは、まるで私の脳内に直接、言葉を流し込んでくるように響いて来る。特に強い説得をしているわけでもないのに、この強力な働きかけの力は何なのだろう…。そして秋氏は今、キリストをアガペーの愛で愛することの重要性を説いているのか、それとも、芸術に献身することの必要性を説いているのか…。

 私はセザール・フランクの有名なヴァイオリン・ソナタ(イ長調)の存在をこの人から教えてもらった。それだけではない、音楽というものについて、遊びの領域を出た重要な知識を教えてくれたのはこの人だった。
 それまで、音楽は私にとって気軽な遊び友達であった。いや、人生そのものが私にとって遊び友達であったと言っても過言ではない。私は気楽に生きており、自分の行動の誤りが人生にもたらす厳しいつけというものについて、一度も真剣に考えたことがなかった。

 教会で奏楽をしたりしていた私は、音楽に関しても、記憶力だけは人並み以上にあったらしく、いつもろくな練習をしていなかったのに、美しい曲があれば、早速、弾いてみたいと思って、大胆に取り組んでいた。そこで、フランクのソナタに関しても、恐れ知らずにも、譜をもらって、練習した。
 こんな私でも、いつかこれを人前で弾くことができるだろうかと聞いた時、氏は言った。

「ヨーロッパで、コンサート・ピアニストになるために必須の条件は何か知ってる?」
「???」
「七つのコンチェルトを常にスタンバイしていることだよ」

 そこで完全にノックアウトされてしまったが、しかし、その答えを聞いて、かえって安心した。
「コンサート・ピアニストになるための条件は、芸大を主席で卒業すること」と言われるよりも、「七つのピアノ・コンチェルトを完全にマスターしていること」と言われる方が、どことなく現実的で、可能に思われたのだ。

 「そうか。とにかく猛烈に練習してそこまで到達すればいいんだな」と私は考えた。「上着を欲しがっている人には下着も与えなさい」と言われたような気分だった。それから練習を重ねたことは確かだが、一体、どれだけの進歩があったのかどうかは怪しい。

 七つのピアノ・コンチェルトを総暗譜しており、いつ呼び出しがかかってもOK…という人は、恐らく、日本人のピアニストの中にも、まずめったにいないだろうと思われる。大体、一つのコンチェルトだけでも、ゆうに30~40分くらいは演奏にかかる。100-200ページ近くなる楽譜を全て暗譜していなければならないだけでなく、合計7つ以上のコンチェルトのレパートリーを持ち、いつ声をかけられても、どの曲であろうと、半日から一日で準備万端の状態に持って行けるコンディションでなければならない。

 ヨーロッパでは、有名人のコンサートの際には、いつも楽屋裏で、代役希望者がスタンバイしているそうだ。主役に何かあっても、いつでもそれに代われる人がずらりとそこに控えている。しかし、この日本ではそんな風景はあまり見られないことだろう。

 私はフランクのヴァイオリン・ソナタのピアノパートを全て暗記した。自らの演奏の著しい未完成度もかえりみず、幾度か、無理やり秋氏に練習につき合ってもらったおかげで、ヴァイオリン・パートもほぼ覚えた。だが、残念ながら、このような大曲を人前で弾くということが、すぐにできるはずもないため、せっかく覚えても、自己満足だけで終わっているのだが…。

 それにしても、弾けば弾くほどに理解が深まり、味の出て来る名曲である。ヴァイオリン・ソナタとしては、クロイツェルに並んで、最高峰の部類に属することは間違いない。特に終楽章の天駆けるようなフィナーレは、ただ聴いているだけで、泣けてくるほどに素晴らしい。もしこの曲を誰かと一緒に完璧に演奏することができれば、それ以上、一日たりとも生きている必要はないと思うくらいだ。
 とは言え、50歳、60歳にならなければ、決してこの曲の深みは完全には分からないだろうとも思う。

 セザール・フランクは、彼をモーツァルトのような天才的な演奏家にしたてあげようとしていた父親の期待もむなしく、その才能と技術につりあわないほど、謙虚で地味な生涯を送った。五嶋みどり氏の解説によると、フランクはその謙虚な性格ゆえに、自分を積極的に売り込んで行かねばならないコンサート・ピアニストには向いていなかったそうだ。フランクは長年、教会のオルガン奏者を勤め、自分を音楽界に売り込むどころか、後学の指導に当たり、自己アピールというものをほとんどしなかったので、弟子が代わりに師匠の宣伝をするようになったほどだ(そのような弟子を持てる師匠は幸せだと思う)。フランクの最も有名な作品群は、死のわずか10年ほど前から書かれるようになった。いかに彼が若い頃に自らの名声を求めることなく、控えめな役割に徹した大器晩成型の作曲家であったかをこの事実が物語っている。ヴァイオリン・ソナタイ長調も、死の5年前に書かれた(1885年と86年作曲説がある)。フランク63歳の時のことである。

 初めに聴くと、とてもとっつきにくい曲のように思われた。不思議な旋律と和音の展開だ。しかし、聞けば慣れてくる。そしてだんだんと理解できるようになってくる。
 グリュミオーのCDを数え切れない回数、聴いて、曲と楽譜を全て頭に入れてはみたが、それでも、この不思議な曲が、一体、何を表しているのか、長い間、分からなかった。少しもイメージがつかめなかった。そこで、延々と考えをめぐらしていたある日、はっきりと頭にひらめいた。この曲は、聖書をモチーフとした壮大な物語なのだと。

 もちろん、そのような但し書きはどこにもない。この曲が何を意味しているのか、それを具体的に記した解説書もないし、フランク自身の言葉も残っていないようだ。だから、この曲が聖書をモチーフとしていると言い切れる証拠などどこにもない。だが、フランクはルツ記をテーマにした楽曲も書いている。そして、何よりも、彼自身が長年、教会奏楽者であったことを考えれば、このヴァイオリン・ソナタが聖書をモチーフにしていたとしても、それは不思議のないことであるように私は思う。

 以下は、私の独断的な解釈を書き記したもの。
 
第一楽章。 天地創造。
 地球にまだ何もかもが出来上がる前の混沌。醒めているのか、眠っているのか、それも分からない、果てしない海の広がり。地のおもてを水が覆い、その上を神の霊が覆っている。ピアノは、大海原に雨粒が落ちるように始まる。
 被造物に対する優しい神の愛が水の上をたゆたう。限りなく清浄な海の青。

第二楽章。 ゲヘナの業火。キリストの十字架の苦しみ。ヴィア・ドロローサ。
灼熱の地獄から始まる。火と尽きないうじがわき上がる。群集を先導する地獄の力、地獄の燃えあがる炎と、キリストが十字架を背負ってゴルゴダへ向かう途上の姿が重なって見える。旋律の中に、「ヴィア・ドロローサ」という言葉が幾度も繰り返されるように感じられる。

第三楽章。 ゲッセマネの園の祈り。
 冒頭は、イエスを捕らえに近づいて来る者たちの足音。夜の闇と静けさ、孤独。神の嘆きと、神から逃避し、罪の深みに落ちて苦悩する人間の孤独が重なる。

第四楽章。 クリスマス、飼い葉桶の中での御子の誕生。子守唄のような優しい旋律。クリスマスの喜びと、キリストの昇天の栄光とがオーバーラップし、さらに、この楽章に至るまでの全てのシーンが断片的に浮かび上がる。
 フィナーレは、キリストの再臨。空宙に掲挙され、イエスと共に神をほめたたえる聖徒たちの賛美の大コーラスで曲がしめくくられる。 

* * *

 それにしても、芸術とは一体何なのだろう。
 神に捧げられた崇高な供え物が芸術なのか。それとも、人間があらゆる手立てを尽くして神の領域に立ち入ろうとする大胆な試み、つまり、人間が神になろうとする魔術的な儀式が芸術なのか。
 芸術は、神を称える賛美なのか、それとも高みにのぼろうとする人間の肉的な力なのか。
 私は時々、見分け難い思いがする。そして、音楽を含め、芸術というものは、見る者、聴く者の精神を、まるで離岸流のように、気づかぬうちにはるか遠くまで押し流してしまう。その恐るべき、抗い難いダイナミックな力。

 昨今の宗教行事を見ても、同じように思う。
 カインの捧げ物と、アベルの捧げ物が見分け難い距離で並んでおり、極めて判別しにくい状況にあるのだ。そして時に、カインの捧げ物が圧倒的な力を持って迫ってくることがある。そこにある歓喜、高揚感、それは神に捧げられる礼拝の聖さに極めて近いように感じられるため、本物の礼拝と見まごう。さらに、それは肉に対してあまりにも強く働きかけるので、この危険性をあらかじめ知って耐性を持っていなければ、その圧倒的な力の前に、霊的な直観を奪われ、屈服させられないでいるのは難しい。

 私は多分、生涯、音楽好きであり続けるだろうと思うし、音楽のために今後も膨大な人生の時間を費やすだろう。だが、もはや音楽が無害だとは思えなくなった。音楽にも、何かしら極めて悪しき人工的な力が働きうるということが分かってしまったのだ。
 全てを神に捧げ、聖別することの重要性を思う。たかが趣味ということはない。全てを神に捧げ、どんな領域、どんな分野、どんな事柄においても、主を認めることの大切さ。文字通り、全ての道で主を認め、聖書に立ち戻るよう心がけなければならないことを痛切に思わされる。

 そうしていなければ、私達人間の感情や気分など、全く気づかないうちに、初めに立っていた地点からはるか遠くまで押し流されて、誰かの思惑の通りに、操られ、狂わされ、二度と元の地点に戻って来られないところまで、一瞬のうちに運び去られてしまいかねない。それほどまでに、人間の力は強く、人間の成しうることは、馬鹿に出来ない偉大さを持っている。それが結晶化したのが芸術なのだ。
 

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