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私ではなくキリストⅡ(東洋からの風の便りI)

「あなたがたは、いのちの言葉を堅く持って、彼らの間で星のようにこの世に輝いている。」(ピリピ2:15)

幼な子のように…

「だれでも幼な子のように神の国を受け入れる者でなければ、そこにはいることは決してできない」(ルカ18:17)

「健康な人には医者はいらない。いるのは病人である。わたしがきたのは、義人を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためである」(ルカ5:31-32)

「わたしのために人々があなたがたをののしり、また迫害し、あなたがたに対し、偽って数々の悪口を言う時には、あなたがたはさいわいである。喜び、よろこべ、天においてあなたがたの受ける報いは大きい」(マタイ5:11-12)

「だれでも、父、母、妻、子、兄弟、姉妹、さらに自分の命までも捨てて、わたしのもとに来るのでなければ、わたしの弟子となることはできない。自分の十字架を負うてわたしについて来るものでなければ、私の弟子となることはできない」(ルカ:14:26-27)

 私はキリストにあっての喜びにとらえられてしまった。
 喜びのあまり、思考が停止して、しばらく力の入った記事が一つも書けそうにない…。

 一年近く前に、私はカルト化教会によって人生の貴重な宝の数々を奪われ、騙され、侮辱され、ボロボロに傷つけられて、故郷に戻ってきた。助けを求めたアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の村上密牧師のカルト被害者救済活動(宗教トラブルセンター)からは何の助けもないまま、冷たく突き放され、せっかく出来始めた信徒の交わりからも遠く引き離されて、一人、この地に戻った。

 しかも、出発直前になって、祖父母から電話で痛烈な打撃が加えられた、「あなたのような厄介者とは、もう一緒に暮らせない。頼むから、こっちにはもう戻って来るな。」

 その頃、京都教会にいた善良な幾人かの信徒たちが、本気で私のことを心配してくれ、私を救おうと、あの手この手を差し伸べてくれていた。その後、彼らとの便りは途絶えたが、代わりに、新たな信徒たちが出現した・・・。その人々の助けがなかったなら、私はその時、正気を保っていられたかどうか分からない。

 こんな出来事は悪魔の手助けなしには絶対に起きようのないことばかりであった。幼い頃、祖父母は私を目に入れても痛くないほど可愛がってくれた。彼らは私の味方だった。私の帰省を首を長くして待ち望んでくれていた。幼い頃、私たちが寝つくまで、祖父が読んでくれた昔話を今も覚えている。背の高い祖父に肩車してもらうのは、誇らしいことだった。祖父母は惜しみなく孫のために何でも買い与えてくれた。田舎の実家は私にとってパラダイスだった。

 我が家につきものの確執ゆえに、幾度か論争が持ち上がったことがあったとはいえ、祖父母はこれまで田舎で穏やかな、不自由のない生活を送り、それなりに人からも尊敬されてきた。私は決して、彼らの生活を脅かしたり、妨害したことはなかった…。

 にも関わらず、カルト化教会以後、私の周りの人間関係の全てが明らかに狂ってしまった。まるで悪魔が直接介入したとでも言うしかないほどに、人間関係が異常になってしまったのだ。いや、本当は、カルト化教会以前からそれは始まっていた。

 結局、すべてのことをよくよく振り返ってみると、私が幼い頃から通っていたアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団はもとより、キリスト教界そのものが異常であり、誤っていたのである。最後に通った教会で起きた事件は、単なる総仕上げに過ぎなかった。

 私は、幼い頃から、ずっと教会で欺かれ続けて来た、そこで教えられていた事は、真理ではなかった。彼らは聖書を用いていたが、本当の意味での神への信仰に立っておらず、人間が人間を支配し、従属させるための仕組みを作っていたに過ぎない。

 そのことが分かった時、それが何よりも大きな衝撃であった。物心ついたかつかぬ頃から、教会へ駆り出され、日曜礼拝を遵守することや、様々な奉仕を要求されて来た。訳の分からない様々な霊的ムーブメントが教会に流入して来た時は、おかしいと思った。伝道師が追放されたり、様々な事件が起き、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の教会は揺れに揺れた。そのまま、一体その事件が何だったのか、分からないまま、幻滅のうちに訪れた他教会でまた別の事件に遭遇した・・・。 
 
  これらすべての体系が、みな偽りだったのである。それが分かった時には、最初に、この偽りの体系であるキリスト教界全体に対して、嘘によって騙した私の人生を帰せと言いたい途方もない憤りが生じた。

 だが、キリスト教界にいる人々は、そのようなことを叫んだからと言って、振り返るような人間たちではなかった。そうなってから初めて、彼らの本性が見えた。牧師や教職者の親切そうな姿はほんのうわべだけで、彼らはみな羊の皮を被った狼だったのだと・・・。もし本当の信仰、まことの神を求めるなら、こうしたうわべだけ美しく内実の全くない人々と訣別しなければならないのは間違いないだろう・・・。
 
 神を認めない人たちは、すなわち、真実をも認めない。(これは一見、極論のようだが、そうではない。聖書によれば、真理なるお方はキリストただお一人なのだから、そのキリストを認めないということは、真理の否定であり、すなわち、事実の否認である。)

主を畏れることが、あらゆる知識の始まりであるならば、キリストを否定することは、全ての認知の歪みの始まりである。

 神を否定する人は、何事においても、弱肉強食の原理だけしか認めない。強者の罪をかばい、弱者の痛みを否定し、強者にへつらい、弱者をあざけり、自分達にとって不利な証言をする者を憎み、都合の悪い人間を排斥し、ついには無実の人に罪を着せたり、人格障害者のレッテルを貼るようになる…。

 そういう人々は、この世には満ち溢れているが、それはキリスト教界においても同じなのである。キリスト教界のクリスチャンの教職者たちも、自分たちの高い立場を守り合うためならば、自分よりも弱い者に平然と罪を着せ、自ら傷つけた者の存在を抹殺し、これをなかったことにし、弱い者をひたすら虐げ、嘲る・・・。

 さて、帰って来るなとの祖父母のお達しがあったにも関わらず、私は引越しを完了することができた。が、田舎に帰ってみると、見たこともない立派な家が建てられていただけでなく、私の引越しの荷物のほとんどは、祖父母の家のガレージに山と積まれたまま、家の中にあげられることもなかった…。

 教会で起こったことを何とか耐えようとしながら、私が血を吐くような思いで生きていた頃、どれほど家人が贅沢な暮らしを送っていたのかということを思い知らされて、愕然とした。

 だが、とにかく平和に生きていかねばならない。迎え入れられたことだけでも奇跡のようだったので、私はそれを感謝した。それから何ヶ月もかけて、家人との積年の感情的な溝を埋めるべく努力した。家事への協力や、店への協力、話し合いによる、穏やかな人間関係の修復の努力。
 私自身がそれまで、反発心によって家から遠ざかっていたこともあった分だけ、そのような感情も滅却し、皆に穏やかに接するよう努めた。しかし、どんなに努力しても、結局は、全てが水泡に帰した。

 私自身の忍耐がいつも限界に達した。延々と続く終わりのない責め言葉。都合の悪い事柄に対する徹底的な隠蔽。いつまでも終わらない責任転嫁と、私の性格の異常性の強調。事実を塗り替え、捏造してしまうどうしようもない認知の歪み。いざとなれば、徒食者、都会へ帰れ、という捨て台詞で話が終わる…。

 いつの間にか、祖父母の間では、私は何一つ、昔の長所を残さない、人格破綻者、人生の敗残者ということにされてしまっていた。果たして、人格破綻者、人生の敗残者にどうやって学術論文が書けるのか、不思議なことだが、とにかく、6年もかけて取得した私の学位については、全て家人がノーコメントを決め込んだ。学業などというものにいくらいそしんでみたところで、それは金儲けにならず、世間からもかえりみられないのでは意味がない…、つまり、私のやって来たことの一切が無価値だった、ということにされてしまった。250ページ以上に及んでいる論文については、未だに嘲りと罵りの言葉しか返って来ない…。

 つい先日、あろうことか、祖父は私に面と向かって言った、「あんたに起こったことは全て自分で選んだ自業自得の災難だ! あんたは人生の敗者だ! あんたが弱かったから全てがこうなったんだ! そんな考えしか、持てないでいたら、この先もあんたは一生不幸だ!」

 どう考えても、首をひねるしかない驚きの言葉の連続だった。
 私の知っている祖父は、非常に周囲に気を遣う穏やかな性格で、一度も声を張り上げたところを見たことがなく、どんなことがあっても、このような残酷な言葉を他人に向かって平然と発する人ではなかった…。まして身内に対しては…。

 私は、自分が未熟者であるがゆえに、人からどんな不満を持たれたとしても、それは仕方がないとあきらめているが、しかし、発した言葉は、必ずその本人に帰って来ることを知っている、だから、人を呪う言葉は発さない方が、祖父自身のためなのだ、と祖父に伝えた。

 しかし、祖父は苛立ち、あらゆる否定的な言葉を並べて、私への憎しみを強調した。そして、私こそが彼を呪っているのであり、私は病気なのだと主張した。「死後のことまで心配してくれる必要はない。老後の世話など一切要らん。地獄へ堕ちても構わん。たとえ全てがあんたの言うとおりだったとしても、80にもなった今、どんな悪い結果がこの身に返って来ようと、恐いことはない、とにかくわしの考えがあるだけだ」と言い切った。

 このような不毛な議論は、我が家においては、決して珍しいものではなかった。こんな話が持ち上がる度ごとに、一人や二人でなく、大勢の人々が寄ってたかって、私の生き方、考え方がおかしいのだと主張して来た。さらに、エージェント・クリスチャンが議論に加わって、話が限りなく紛糾していく。そして、最後には、全てが私の至らない行動のせいで呼び起こされた当然の惨事だという結論に落ち着くのが普通だった。時々、私の言い分に彼らが耳を貸してくれることもあるのだが、しかし、最後には全てが元の木阿弥となり、せっかく根気強く修復してきた人間関係も、こういう事件が一回でもあると、あっさりと崩れてしまう。

 こんな状況で、キリスト教界の欺瞞のことを、家人の誰にも詳しく話すことはできない。そのようなことを話せば、よりひどく、私を非難する材料として使われてしまうだろうことが容易に想像できるからだ。安易にこのような話に立ち入るわけにはいかない、徹底的に心を痛めつけられて、日常生活に支障をきたすほどの打撃を受けかねないからだ…。

 家人が今までの生活の中で、私に対して主張してきた内容は、要約すれば、次の通りだ。

「この世に正義などというものは存在しないし、善も悪もなく、罪もまたない。悪人に対する裁きが、たとえ死後の世界にあるのだとしても、私達は今日をさえ楽しく暮らせればそれでよい。それを邪魔する者は許さない。身内だとて、私達の幸せを邪魔するなら、目の前から消えてもらう。それが残酷であろうと、罪であろうと、構わない。
十字架の救いなどは私達に要らない。そんな話は一切無用だ。弱い人間は犠牲にされるのが当たり前なのだ。それがこの世の中の仕組みなのだ。あなたが犠牲者となったのは、あなたが弱かったせいだ。弱い者をかえりみる奇特な人間など、この世の中にはいない。

だから、私達に同情を求めても無駄だ。反省も求めても無駄だ。正義を求めても無駄だ。愛を求めても無駄だ。公平な裁きはどこにもない。世の中、利己的に生きた者勝ちなのだ。私達はこれからも利己的に生きていく。それが間違っていようと、指摘などしてくれるな。それは要らぬ世話だ。過去に起こった悪いことは全て忘れなさい。ただ自分がこれからどうやって明るく楽しく生きていくかということだけを最優先して考えなさい。
今までに何があったにせよ、これ以上、否定的な記憶にこだわるのはやめなさい。否定的な記憶にこだわる人の人生は、不幸にしかならない。だから、ネガティヴなことについては、考えるのを一切やめなさい。
私達と同じように、自分の幸せだけを求めて貪欲に生きなさい…。本心を隠して、自分の得になるようにずるく立ち回るようにしなさい…。自分の楽しみのことだけをひたすら考えなさい…。そうすれば、私達はあなたを責めず、非難せず、優しく、温かく受け入れてあげよう…」

 これは踏み絵のようなものであり、私は何があっても、このような生き方を受け入れることはできない。これは私の人生そのものを否定しているだけでなく、本当にぞっとするような悪魔的価値観だからだ。だが、このような価値観しか持たない人に囲まれて、彼らのおかげをこうむって、今の私の生活が成り立っている。彼らは私を心の病だ、精神障害者だと言ってはばからず、ともすれば、本当に私を病人にしたてあげようとしているように感じられる…。

  しかし、後になって振り返るなら、やはりこうした事件を背後で煽っていたのは、サタンに他らなかった。これは家人の自然なありようではなく、明らかに霊的に煽られて起きてきた事件だったのである。だが、その悪魔の働きさえも、神の采配の下で、起きていたことだった。

 すべては十字架が啓示されるためであり、こうした激しいバトルの中で、私の正義感や、生まれながらの肉親の情さえも、根こそぎ焼き尽くされて、新しくされる必要があった。

  私はこれまで、根気強く、家庭の復興に取り組んできたつもりであった。互いの幸せが成り立つ、幸せな休息の場を作る努力をしてきたし、せめても、家人と最低限度の相互理解にだけは至りつきたかった、そして、平和で、幸福な、理想とする家庭を築きたかったのである…。それに、もちろん、キリストのことも知って欲しかった…。

 だが、今ここに至って、相互理解の願いを放棄しなければならないと思い至ったのである。 「だれでも、父、母、妻、子、兄弟、姉妹、さらに自分の命までも捨てて、わたしのもとに来るのでなければ、わたしの弟子となることはできない」というのは、恐らく、こういうことだったのではあるまいか。

 私は、家族から誤解されたままでいることに、これ以上、抵抗しようとしてはいけないことを知った。愛され、評価され、認められたいという思いや、せめて穏やかに普通に話ができるようになりたいという願いさえも、手放さなければならないのだと気づいた。私は人が自分をどう評価するかという心配を一切、手放さなければならない。キリストのために、自分の家族への未練をも手放さなければならない…。どんな麗しい相互理解という美名のためであっても、どんなに気高い理想のためであっても、主から認められることよりも、人から認められることを優先して求め、それがなければ生きられないと言うようであってはいけないのだ…。
 
 本能的な絶ちがたい肉親の情、肉親であるがゆえに、自分を無条件で愛し、受け入れてもらいたいと願い、そうあるべきだと確信しているある種の甘え、こうしたものが十字架で取り払われるのは、厳しい試練だったと言えるかも知れない。

 だが、私はその生活の中で確かに劇的な変化を経験したのである。
  
 もし上記したような、明らかに悪魔が引き起こしたと分かる異常な出来事がなく、つつがなく、平和に暮らしていたとしても、主からの評価だけを切に求めて生きるならば、私たちは、人からの評価というものが、いかに危うい、根拠のない、取り合う価値のないものであるかということがよく分かってくるだろう。

 たとえ周囲の皆から愛され、受け入れられ、人間関係に何の問題もなく、すべてが順調に進んでいるように見えたとしても、人からの評価に引きずられ、それに頼って生きることは、恐ろしい結果しか招かないのだ。

 さらに、たとえ、傷ついた人間関係の修復のため、家庭の回復のため、家人の救いのため、といった美しい名目のためであっても、主から来たのでない、人間の思惑、世の思惑、人の生まれながらの移ろいやすく悪しき感情に引きずられ、それに翻弄されながら、生まれながらの人間の理想だけを掲げて生きているようであってはならないのだ。美しい様相であれ、醜い様相であれ、生まれながらの人間の「情」というものは、根こそぎ取り払われなければいけない、そのことが、分かってきたのである。

 その当時の私にとって、家庭が回復しないことは、つらいことではあるが、ヒューマニズムとは決別する必要があった。主を信じていない人たちの思いとは、一線を画したところで暮らさなければならないと、決意しなければならなかった。いや、家庭どころか、たとえ全世界から理解されずとも、信者はただ神だけを信頼して、固く立ち続けなければならないのである。

 だが、家人の名誉のためにも、ここに断っておかねばならないが、上記のような事件は、悪魔が引き起こしたものであって、私が生まれながらの肉親の情を全て手放し、自分の家のあり方を自分の手で変えようとか、人間関係を思う方向へ是正しようとか、私の理想的な考えを理解してもらおうとかいった期待を失い、自分の心の切なる願望さえも十字架に渡した時に、神ご自身がこの家に力強く働いて、家人との関係を全て修復して下さったのである。

 だから、我が家にはもはや以上に記したような恐るべき波乱が起きることはない。たとえ少しくらい湖面が波立つことがあっても、それもさほど注意を払わずに見守っているうちに、穏やかに静まって行く。

 そんなこともあって、以上に記したような究極的に追い詰められる体験も、やはり、神が許されて起きたことであり、荒々しい喧騒は、家人の性格にも合致せず、それは一時的に悪魔が神に許されて引き起こした紛争だったのだが、こうした異常に見える出来事も、ただキリストの十字架の御業が我が家に現れるために、神によって利用されたのであった。どんな出来事が起きようとも、そこにほんのわずかでも信仰が働くならば、万事は神の栄光のために益とされ、御業が現されるのである。

 主イエス・キリストを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます…、という御言葉は真実である。環境や状況がどうあれ、神を見上げ続ける信仰者が一人でもいれば、その影響は、家族全体に及ぶのである。

 ただし、そのようにして、キリストのゆえに家庭に再び(いや、未だかつてないほどの新たな)平和が与えられてから、私はより一層、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団及びキリスト教界の欺瞞を強く認識するようになったと言える。

 カルトは家庭を破壊すると言われるが、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団(キリスト教界)に関わったことによって、我が家には、分裂や争いばかりがもたらされ、片時も平和がなかった。家人は奉仕に忙しく、教会には愛がなく、絶え間なく偽りの運動が流入して混乱が引き起こされており、教会に奪われていた時間は、家庭にとって単なる損失でしかなかったことが今はよく分かるのである。

 こうした教会の望ましくない介入のせいもあって、我が家庭に相互理解が失われていた頃に、私は上記した通り、村上密牧師の率いるカルト被害者救済活動に接触したのだが、そこでは、何ら適切なカウンセリングをも受けられず、私の両親も、村上密牧師に会ってはみたが、この牧師には決して何もできることなどありはしない、という結論だけを確信してそこを去ったことを、後になって私に直接、語ってくれた。

 村上密牧師は、筆者の両親に向かってこう言った、「私がヴィオロンさんのために岡山まで行ってあなた方の相談に乗ってあげてもいいですよと」

 だが、その言葉を聞いて、両親はただただ非常に不審に思ったのだという。この牧師に活動の意欲があって、自分の人助けの熱心さをしきりに初対面の人間にアピールしようとしている意気込みは感じられたが、この人間にあるのは活動意欲だけで、何の具体的な計画も方針もない。そして、思いつきのように発せられるその言葉も、どこまで信ずべきか分からない。悪いが、こんな人間には、決して我が子は助けられないであろう、と、両親はその時に確信したのだそうだ。

 だから、両親、特に父は、筆者がこの牧師に絶対に幻滅するだろうと予測した上で、あえて親子の表面的な断絶を忍耐しつつ、その時を静かに待ったのであった。そうなる前から、父はアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団に反対しており、この教会に我が家の成員が通うことに反対であった。しかし、母がこの教団の信者となっていたので、しばらくの間、父はどうすることもできないはがゆさを味わいながら、見守っていた。

 しかし、その時にも、父には父なりの算段があって、彼は自分にはすでにはっきりと見えている結論を、他の人々も心に確信する時が来るまで、静かに待ったのである。間もなく、通っていたアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の教会に事件が起きて、村上密牧師の義理の父であった津村昭二郎氏の不祥事が明るみに出て、さすがに母もその出来事を見てまで、この教会に残ろうとは考えず、一家全員で、この教会を去ることになった。

 不信者であったにも関わらず、この教会に対する父の早くからの予感、不信感は見事に的中したのだと言える。

 さらに、神が我が家に御業を成して下さったおかげで、我が家にまたとない平和が訪れたのが、筆者がアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団と永遠に訣別して、郷里に戻った後のことだったことを考えても、やはり、この教団とは訣別するのが、何より正しい選択であったのだと思わずにいられない
 
 「汚れたものとは分離せよ」という聖書の原則の通り、神の名を用いながら、これを商売の道具としたり、異端の教えを無分別に受け入れて、聖潔を失って堕落した教会と関わっていたならば、神の栄光を見ることはできなかったであろう。

 アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団だけに限らず、神以外のものに頼ることをやめ、目に見える人間の指導者に頼ったり、人間の支援を受けて人間に栄光を帰することから一切手を引くことこそ、神の御業を見るための前提条件であるのだと思われてならない。

 筆者の父や祖父母には信仰がないので、彼らの言動はクリスチャンの言動からはかけ離れた部分もあるかも知れないが、ある意味で、キリスト教界に関わったことのないからこそ、信者にはない冷静な洞察力があり、特に、父の見解に私も学ばせられた部分がなかったわけではない。

 父の愛というものは、静かで、語ることのない、忍耐強い愛なのだと思う。肉なる親子の間には、表面的には対立もあるかも知れない。時には、争いや、分裂や、断絶もあるかも知れない。ベタベタと寄り添って甘い言葉をかけあうことは滅多にないかも知れない。一見、仲が良いのか、愛があるのか、表面的には分からない、そういう親子の関係もあろう。

 だが、たとえ地上の肉なる親であっても、父というものには、どこかしら、天の父の影のような部分があって、新約聖書で放蕩息子の帰宅を待ち続けた父のように、忍耐を持って子供の帰りを待ち続けるという性質が備わっているのかも知れないと思う。

 たとえば、津村昭二郎牧師のような人間が、信者の心の助言者のように振る舞いながら、信者の日曜日の家庭の団欒を奪い取って破壊し、村上密牧師のような人間が、まるで我が子の救済者のように振る舞っている場面を目の前で見せられても、そんなことは決して道理にかなわず、正常なことでもないと冷ややかに確信しつつ、それでも家人の心を傷つけまいと、静かに黙って家族の帰りを待ち続けた父の忍耐は、報われるべき、正しいものであったのだと言える。

 異常なアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団が要求した数々の奉仕のために、妻と子供たちをみな教会に取られて、休日にも一人、家に置き去りにされながらも、家族の成員の皆が、この教会と教団に失望して「帰宅」するまで、待ち続けた父の忍耐を思わずにいられない。たとえ不信者であっても、それは場合によっては、並みの信者を超える洞察力と忍耐力と愛情に裏打ちされた行動であったと言えるであろう。
 
 口先だけで色の良い提案を色々と並べながら、実際には何の手助けもしてくれないパフォーマンスだけの牧師たちに比べれば、無口で、考えていることは分かりにくくとも、本当に最後まで扉を開き続けて待ち続けてくれた肉親に対する感謝は私の心に存在する。

 ただし、そのような肉親の情すらも、キリストの十字架において取り扱われ、是正される必要があったのだ。

 正真正銘、人が頼ることのできるお方は、神以外にはいない。それは教会でもなければ、そこにいる指導者でもなく、見えない神ご自身である。キリストにこそ、正常さと、健康の源がある。キリストこそ、癒し主であり、回復と、命をもたらす方である。私の健康さは、私の人格の完成度や、自分自身の理想の高さや、努力の度合いや、人からの評価によってはかられるものではない。ただ、私の罪の身代わりに死なれた貴い神の小羊、新しい人としての人生を完成されたキリストが、私のうちに住まわれるところに、私の健康、私の完成、私の義があるのだ。

 人間は欠けだらけの土の器だが、その器の中に、キリストが住んでくださるとは何という光栄だろうか。どんなに私が未熟であっても、キリストと聖霊が、私を全ての真理に導いてくださる大きな特権。聖霊は、人生の最後の瞬間まで、私の助け手であり、同伴者でいて下さる。たとえ人に見捨てられる瞬間があっても、主が私を選んでくださり、受け入れて下さることの、はかりしれない光栄。

 だから、人から受け入れられているかどうかではなく、あくまで神に受け入れられていることをこそ喜びたいのだ。
 
 私の人生は、キリストに出会うためにあった。キリストを見つけるために私の人生があった。私は何年間も、教会という枯れ井戸の近くに水を求めてさまよったが、そこには水がなく、教会籍さえ行方不明となって、その団体と訣別した今になって、やっと生ける水の川のほとりにたどり着いた。そこにキリストがおられた…。

 これ以上、何を思い残すことがあるだろう。私はキリストを得て、全てを得た。何という大きな恵みのうちに私は生まれたのだろう。今後、何があろうとも、誰もこの命の泉を私から奪うことはできない。誰もこの尽きない水の湧き出る川を奪うことはできない。

 人間の争いや対立など、この恵みの前には、跡形もなく消え去ると言ってよい。

 まるで、幼い女の子が、父親に肩車してもらいながら、この世の事象について、穏やかに父と語り合うように、主の肩に乗せてもらいながら、私は無邪気に、安心して、世の中を見下ろしている。

 主の目線に立って、世の中を見下ろす時、世界の何と美しいことだろう。何と全てが完全に見えることだろう。

 カルト問題などどうにでもなればよい。裁判の有無も、失った宝も、そんなものはどうでもよい。失った友も、傷つけられた名誉も、誤解され、奪われた人生の貴重な時間も、将来の夢も、職業も、生活の不安も、そんなもの一切に、何の価値があろう。

  主の目線に引き上げられると、人間の思惑によって引き起こされる地上の争いの全てが、まるで地表をうごめく蟻の運動のようにしか見えない。

 天を住処とし、地を足台にされる主が、私を軽々と抱き上げて、宇宙的な高みまで引き上げて、共に語って下さる。神は人間のためにこの地球を創造されたのだと、被造物の全てが神の目にかなうように創られたのだのだと、神はこれほどまでに人間を愛され、その愛を、他でもない私に受け取って欲しいと思っているのだと語って下さる。

  だから、人からいわれなく罵られたり、理解されなかったり、苦しめられたとしても、そのことを恐れる必要はない。神はそれらの受けた損失もすべてを回復することのできる主である。

 クリスチャンは神の大いなる愛によって、召し出され、あがない出された者なのだから。告発する者の矢はもう届かない。神は私たちを喜んで下さり、ご自分の愛する子供として、必ず、すべての死の毒から守り、救い出して下さる。

「あなたがたは弱った手を強くし、
 よろめくひざを健やかにせよ。
 心おののく者に言え、
 『強くあれ、恐れてはならない。
 見よ、あなたがたの神は報復をもって臨み、
 神の報いをもってこられる。
 神は来て、あなたがたを救われる』と。

 その時、目しいの目は開かれ、
 耳しいの目はあけられる。
 その時、足なえは、しかのように飛び走り、
 おしの舌は喜び謳う。
 それは荒野に水がわきいで、
 さばくに川が流れるからである。
 焼けた砂は池となり、
 かわいた地は水の源となり、
 山犬の伏したすみかは、
 葦、よしの茂りあう所となる。

 そこに大路があり、
 その道は聖なる道ととなえられる。
 汚れた者はこれを通り過ぎることはできない。
 愚かなる者はそこに迷い入ることはない。<略>
 ただ、あがなわれた者のみ、そこを歩む。
 主にあがなわれた者は帰ってきて、
 その頭に、とこしえの喜びをいただき、
 歌うたいつつ、シオンに来る。
 彼らは楽しみと喜びとを得、
 悲しみと嘆きとは逃げ去る」(イザヤ35:3-10) 

 主の御名はほむべきかな。
 
(2016年加筆修正済み。)

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