忍者ブログ

私ではなくキリストⅡ(東洋からの風の便りI)

「あなたがたは、いのちの言葉を堅く持って、彼らの間で星のようにこの世に輝いている。」(ピリピ2:15)

クリスチャンは神の子か、それとも神の養子か?(3)

5)イエス・キリストは神の子か、それとも神の養子か。

 今日に至るまで、三位一体論の中で、特に、イエスの神性・人性に関するテーマ以上に、様々な学説を生み出した議論はないのではないだろうか。キリストの神性・人性をどう捉えるかについては、正統とされたもの、異端として排斥されたもの、合わせて「キリスト論」と呼ばれている。

 ローマ帝国において、すなわち、初期のキリスト教界において開かれた有名ないくつかの宗教会議で、イエスの神性・人性に関する複数の異端的学説が退けられたことは、今日、誰でも知っている。しかし、イエスを何者であると解釈するかというこのテーマが、実は、クリスチャンのアイデンティティーにそのまま直結する重大問題であるということは、意外と認識されていない。
 だが、結論から言うと、イエスを何者と解釈するかという問題は、クリスチャン全員の信仰生活の根幹に関わる問題なのであり、イエスの神性・人性について誤解したままでいることは、私達のクリスチャンとしての自己イメージに見当はずれな誤解を生むことにつながるだけでなく、約束されている御国の相続権までも失ってしまう危険性があるのだ。

 さて、今日知られている三位一体の教義が完成に至ったのは、先に述べたコンスタンティノポリスの公会議から70年後、451年に東ローマ帝国の皇帝マルキアヌスによって招集されたカルケドン公会議において「カルケドン信条」が採択された際のことであった。
 このカルケドン信条は、今日、カトリック、正教、プロテスタントのキリスト教徒が正統な教えとして承認しているものであり、いわば、「イエス・キリストとは何者であるか」ということについての、クリスチャンの共通見解であると言える。その内容は以下の通りである(番号は便宜上、振ったものである)。

「われわれはみな、教父たちに従って、心を一つにして、次のように考え、宣言する。
1.われわれの主イエス・キリストは唯一・同一の子である。同じかたが神性において完全であり、この同じかたが人間性においても完全である。
2.同じかたが真の神であり、同時に理性的霊魂と肉体とからなる真の人間である。
3.同じかたが神性において父と同一本質のものであるとともに、人間性においてわれわれと同一本質のものである。
4.『罪のほかはすべてにおいてわれわれと同じである』(ヘブル3:15)
5.神性においては、この世の前に父から生まれたが、この同じかたが、人間性においては終わりの時代に、われわれのため、われわれの救いのために、神の母、処女マリアから生まれた。
6.彼は、唯一・同一のキリスト、主、ひとり子として、
7.二つの本性において混ぜ合わされることなく、変化することなく、分割されることなく、引き離されることなく知られるかたである。
8.子の結合によって二つの本性の差異が取り去られるのではなく、むしろ各々の本性の特質は保持され、唯一の位格(ペルソナ)、唯一の自立存在(イポスタシス)に共存している。
9.彼は二つの位格に分けられたり、分割されたりはせず、
10.唯一・同一のひとり子、神、ことば、イエス・キリストである。」

 恐らく、これを読んですぐに理解できるような人は一人もいないだろうから、この先、できるだけ分かりやすくこの信条を説明していくことにしたい。このカルケドン信条は、イエスの神性・人性について様々な誤解を生じさせる異端を排除する過程で生じたものであり、従って、この信条そのものが、様々な異端に対する反駁の形を取っている。
 カルケドン信条はイエスに関する異端的な考えを排除する上で、今日でも有効な手立てとなり得ると私は考えている。

 さて、手束正昭氏は三位一体を「父・母・子」という家族モデルとして解釈するという、従来の三位一体論に真っ向から反する主張を掲げているだけではなく、従来の正統とされるキリスト論の内容にも深刻に抵触する独自のキリスト論を掲げている。
 それが彼の言う「養子論的キリスト論」である。

 手束氏は日本におけるペンテコステ・カリスマ運動の代表的指導者の一人であり、この運動の主だった理論家でもある。氏の発表した一連の著書は、ペンテコステ・カリスマ運動の影響を受けた多くの教会で、規範として受け取られてきた。そこで、手束氏の一連の著作を紐解いて行く時に、教会成長論だけでなく、ペンテコステ・カリスマ運動とは何であるのか、その真相もまた否応なく浮かび上がって来る。
 そしてペンテコステ・カリスマ運動の是非を論じる上で、避けて通れないのが、この運動独特の聖霊理解である。いわば、異常なまでの聖霊偏重とでも言うべきペンテコステ・カリスマ運動独特の教えは、手束氏のキリスト論においてはっきりと現われている。

 手束氏は有名な著書『キリスト教の第三の波―カリスマ運動とは何か―』とその続編の中で、ペンテコステ運動は異端とされたネストリウスの教えの影響を強く受けていることを述べている。
 一般的には、ネストリウスは、413年にエフェソス公会議において、マリヤを神の母と呼ぶことに意義を唱えて、キリストの神性と人性を分離して考えたため、あたかもキリストの中に二つの人格があるかのように主張したとみなされて、異端とされたと考えられている。前述のカルケドン公会議においても、ネストリウスの主張は退けられた。だが、手束氏はこの異端とされたネストリウス主義に踏み込んで、ネストリウスの教えを再検討し、再評価する姿勢を取っている。
 ネストリウス主義が何であるかを理解していただくために、長くなるが、氏の次の文章を引用したい。

「このネストリウスの問題提起は次のようなことを意味しています。一つには、マリヤを『神の母』と呼称することはマリヤを女神としてしまう恐れがあり、従って当時広くあったさまざまな『母なる神』的偶像崇拝に堕することに対して警戒しなければならないということ。

更に二つには、ナザレのイエスはその本質において神と一つでありましたが、これは創造者なる神の変身という意味ではなく、被造物すなわちわれわれと同じ生身の人間でありつつも、その意志において神と全く一つであったということなのです。この全き神の意志への服従は、普通の人間にはなし得ず、主イエスの中にいつも比類なく豊かに聖霊が満ち溢れていたが故に、なし得たものに他なりません

このようにキリストの人間性を強調して、その内なる聖霊の豊かな働きがナザレのイエスをして神の子キリストたらしめたとするキリスト論を、普通養子論的キリスト論(いわゆる養子論とは異なり、霊のキリスト論とも呼ばれる)と呼んでいます。

 このようなネストリウスの見解は、聖霊によってその生を受け(処女降誕)、聖霊によって公生涯を始めた(ヨハネからの受洗)とする聖書の記事と符号するものであり、聖書そのものからは決してはずれてはいなかったのですが、当時の教会の主流派によるキリストの神性の強調からは趣を異にしていたために、アリクサンドリアの総主教キュリロスの猛攻撃に遭い、論争においては優位を占めたものの、政治権力と結託したキュリロスによって陥れ入れられ、異端の烙印を押されて追放されていったのでした。

 いつの時代でも信仰の真理が政治の力学の中で取り扱われることは大きな不幸ですが、この場合ネストリウスの見解を政治的に異端としてしまったことは後の教会にとって計り知れない損失をもたらしたのでした。
というのは、イエスを神、マリヤを神の母とすることは、主イエスを私達と全く次元の異なる例外者としてしまうことによって、確かに救いをもたらして下さった方ではあるが、私たちがキリストのように力強く英化され素晴らしく聖化される可能性を閉ざしていってしまいます。

しかし、主イエスの人間性とそれに付帯する聖霊の働きを強調することは(すなわちネストリウス主義に立つことは)、キリストをして私たちが目標とすべき大いなる実例者とすることによって、主イエスにおいて実現した神の無限の豊かさを私たち自身のものとしていく道を開きます

 かくて聖書が目指す福音は、単に罪の赦しではなく(もちろんこれは不可欠ではありますが)、それに続く聖霊の満たしと服従によって実現される神の無限な豊かさに他なりません。最近神学的にもネストリウスを再評価する傾向が目立っています。カリスマ運動は、長い間誤解を受け、それ故に等閑視され続けてきたこのネストリウス主義の再興であり、その具体的な展開であると言えるかもしれません。」
(『キリスト教の第三の波―カリスマ運動とは何か―』、手束正昭著、キリスト新聞社、1995年、p.33-35)

 この文章を短く要約するなら、手束氏は、ネストリウスの主張の核心的な部分は、キリストの神性が初めからあったのではなく、聖霊によって付与されたと捉えるところにあったと考えて、その考えに改めて賛同する。
 一般的な「養子論」は、キリストは本来、神性を持たないただの肉なる人であったとし、バプテスマの後、聖霊を受けたことによって「神の養子」に引き上げられたという解釈を取る(もちろん、この考え方はイエスを人とみなしているから異端である)。だが、これに対して、手束氏の言う「養子論的キリスト論」では、イエスは人としての肉体を持って生まれたが、聖霊によって生まれたという点で、誕生の時点から、神の養子として引き上げられていたというのである。

養子論的キリスト論は『霊のキリスト論』とも呼ばれ、それは聖霊論的キリスト論です。つまり、人間なるイエスがある時を境にして、聖霊の圧倒的な注ぎを受けて神の養子として引き上げられたというのが、“養子論”の一般的な理解である。
このいわゆる養子論の系譜にありつつも、その生涯の発端から聖霊の圧倒的な注ぎを受けて神の養子として引き上げられていたというのが『霊のキリスト論』であり、養子論的でありつつ、いわゆる養子論とは異なる使徒教父たちに強く見られるキリスト論である。

そして“受肉論”が神とキリストの連続性を見ているのに比べて“養子論”の場合はむしろキリストと私達の連続性、しかも聖霊の役割の大きさということが注目される。
(『続 キリスト教の第三の波―カリスマ運動とは何か―』、手束正昭著、キリスト新聞社、1989年、p.17)

 この「養子論的キリスト論」の根幹にあるのは、イエス・キリストは聖霊によって生まれ、聖霊を受けたという点を除けば、本来的に、ただの肉なる人間に過ぎなかったという主張である。「受肉論」は「神が人となった」としてイエスの初めからの神性を強調するのに対して、「養子論的キリスト論」は、聖霊こそがイエスを神の養子に引き上げたのであり、イエスの存在それだけでは神になることはできなかったという結論を導き出す。
 ここで養子という言葉が使われているのは偶然ではない。これは、聖霊抜きには、イエスは本来、人であるから、神の子としての資格を持っていなかったということを表している。いわばイエス単独では神性を持たない存在だったと言っているのに等しい。

 手束氏はこうして、イエスの完全なる神性を否定し、イエスの人性を強調することによって、イエスが私達クリスチャンにとってより身近な存在になるとしている。氏は「受肉論」によってイエスの神性ばかりを強調すると、「主イエスを私達と全く次元の異なる例外者」にしてしまうことになり、イエスと肉なる人間であるクリスチャンとを大きく遠ざけてしまうが、「養子論的キリスト論」によって、「主イエスの人間性とそれに付帯する聖霊の働きを強調」するならば、「私たちがキリストのように力強く英化され素晴らしく聖化される可能性を閉ざ」すことなく、「主イエスにおいて実現した神の無限の豊かさを私たち自身のものとしていく道を開」くことができるのだと言う。

 つまり、一言で言えば、イエスは本来ただの人間であったが、聖霊によって生まれたために神の養子に引き上げられたのだと考えれば、私達人間も、生まれは神ではないただの人間だが、同様に、聖霊を受けることによって、イエスと同じ神の養子という高さにまで引き上げられることになると彼は言うのだ。

「ところでキリストを受肉論的に理解するのと、養子論的に理解するのとでは、私達の信仰のあり方にいかなる相違が生じるのであろうか。これが問題である。
受肉論の場合、神とキリストの全き連続性の故に、キリストと私たちは非連続となる
なぜならば、神と私たちは非連続の関係であるから、その神と全き連続関係にあるキリストは、いくら人間のかたちを取ってはいても質的には全く異なり、私たちから見ると、例外的人間ということになる。

他方、養子論の場合はどうであろうか。養子論の場合は、私たちとキリストは同じ人間であるから連続関係を持っている。そして聖霊を受けるという点でも同じ可能性に立っている。すると私たちの相違は聖霊の働きの豊かさのそれにすぎず、論理的可能性としては、もしキリストと同じだけ聖霊が豊かに注がれ働けば、私達もまたキリストと同じような偉大な存在に成ることができるということになる。かくてキリストは私たちにとって実例的人間ということになる。パウロの言葉を借りれば、キリストは私たちにとって長子的存在であり、私たちはそれに続く次男、三男ということである(ローマ八・二九参照)。」
(『続 キリスト教の第三の波』、p.17-18)

 このようなもっともらしい説明で煙に巻かれるわけにはいかないだろう。
 まず、「受肉論の場合、神とキリストの全き連続性の故に、キリストと私たちは非連続となる」と手束氏が伸べていることの真偽について考えなければいけない。

 カルケドン信条は、キリストが人として、私達と完全に同じ肉体条件を持って地上に来られたこと、つまり、人としてのキリストは「私たちと全き連続性」を持っていることを述べている。キリストは神であられながら、同時に、完全な人だったのであり、手束氏の言うような、「人間のかたちを取ってはいても、質的には全く異なる、例外的人間」ではなかった。
 カルケドン信条においては、キリストは1.「この同じかたが人間性においても完全である」、2.「理性的霊魂と肉体とからなる真の人間である」、3.「人間性においてわれわれと同一本質のものである」、「罪のほかはすべてにおいてわれわれと同じである」とされ、キリストの人性が、私たちの人としての性質と完全に一致するものであったことを述べている。つまり、人としてのキリストは何一つ私達と違うところはなかったのである。

 だが、「養子論的キリスト論」は、キリストの神性を強調する受肉論を、キリストを人間と異なったものとするがために人間から遠ざけてしまうとして退け、キリストの神性を、聖霊によって付与されたものと考えることによって、事実上、キリストは聖霊抜きには神性を持たない人であったのだとする。これはカルケドン信条に反する。

 「養子的キリスト論」はまず、イエスが聖霊によらなければ神の養子として引き上げられることはなかったのだとすることにより、1.「同じかたが神性において完全であり」、2.「真の神であり」、というキリストの完全なる神性を否定する。次に、イエスが聖霊と父なる神との共同によって生れたのだとすることにより、3.「同じかたが神性において父と同一本質のものである」と、父なる神と同一の本質であることを否定する。次に、乙女マリヤが聖霊によって身ごもって初めてイエスの神性が生れたとすることによって、4.「神性においては、この世の前に父から生まれた」という事実も否定する。さらに、もし聖霊によって初めてイエスが神性を付与されたのであるとすれば、イエスの人性と神性は本来、分離したものであったのかという議論が生れるため、 6.「二つの本性において混ぜ合わされることなく、変化することなく、分割されることなく、引き離されることなく知られるかたである」と、キリストの神性と人性が本来、分離できないものとされている事項にも反する恐れがある。

 カルケドン信条は、キリストの人性と神性がそれぞれ完全なものであり、別の時期に分割して付与されたり、あるいは融合して変化したりすることなく、一つの人格の中に同居していたことを示しているが、「養子論的キリスト論」はそのような理解にはそぐわない。

 こうして、「養子論的キリスト論」は、キリストの神性を聖霊によらなければ確立し得なかったとする点で、実際に、キリストの完全なる神性を否定し、キリストご自身が単独で神の子であることを否定しているのであり、カルケドン信条からは大きく外れているのである。それでも、手束氏は、ネストリウス学説が異端として排除されたのは、単なる政治闘争の結果であって、要するに、国家権力の教会会議への介入がもたらした嘆かわしい結果であったとして、この異端的学説をペンテコステ運動の基礎に据えている。(国家権力の介入と言っても、政教分離という概念さえ生れていなかった時代のことなのであるが。)

 そして氏は「彼(ネストリウス)が異端とされて退けられてしまったことは教会史上の取り返しのつかない汚点である以上に、計り知れない損失をもたらしたのである」(『続―キリスト教の第三の波』、p.24)とまで言い切っている。

 手束氏はネストリウス学説を排斥したアレクサンドリアの総主教キュリロスをこっぴどく酷評し、まるで呪詛のような言葉を並べる。
「キュリロスという人物は、かのロシア宮廷の怪僧ラスプーチンや徳川幕府の政僧金地院崇伝に比肩し得る人物である。いわゆる俗物宗教家、なまぐさ坊主の類であり、政治権力と結託して陰謀を奔することに極めてたけた僧侶であり、およそ聖キュリロスなどと呼ばれるには相応しくない人物であった」(同上、p.29)
「だからこそ先に書いたように、サタンに憑かれていたと思わざるを得ないほどキュリロスはあのように陰険にかつ激烈に手段を選ばぬ仕方でネストリウスを排除しようとしたのではないか」(同上、p.32)。
 
 キリスト教界にも、確かに、政治的な闘争は大いにあっただろうことを私は否定しない。ふさわしくない人間が為政者となり、政敵を蹴落とすこともあるいはあったかも知れない。だが、だからと言って、キリスト教界における異端との闘いの歴史を、手束氏のように、単なる政治闘争の結果として片付けて良いものだろうか。
 もしそのような観点に立つことが許されるならば、今日、キリスト教の正統な教義と認められているもののほとんど全てが、「勝てば官軍」式に、当時の為政者が自分たちに都合の良い教義だけを認めて、政治的に不都合な部分を全て排除して出来上がったツギハギの教えだということになってしまうだろう。もしそれを認めれば、私たちが今手にとっている聖書も、実は何の神聖も、整合性もない、神の言葉ではなく、ただ単に政治情勢や、歴史の移り変わりが幾重にも反映されているだけの歴史資料ということになるだろう。

 しかし、主は生きておられる。人間のいかなる闘争をも乗り超えて、不思議な形で、長い時を経ながら、神はクリスチャンのために教義の統一性を今日まで守られたのだと、私達は信じないでいられようか。もしそう信じることができなければ、今日、私たちは何を根拠に、自分が手にしている聖書の御言葉の神聖と教義の統一性を信じることができるだろう? 今日伝えられている聖書も、教義も、政治闘争のもたらした偶然の産物でしかないと思ってしまったら、一体、何を私達は信じていることになるだろう? 従って、同じ聖書を信じ、同じ信条を告白している限り、クリスチャンは、かつて異端が排除されたのは、政治的な理由だけによるとは決して判断してはならないと私は思う。

 異端は異端だったのである。いかなる政治的闘争が背後にあったとしても、異端であるがゆえにその教えは正統なものとみなされなかったのであり、主なる神がそれが異端として排除されることをお許しになったのである。そうでなければ、教義の統一性は保たれなかっただろう。だから、異端とされた教義の再評価などあり得ないし、ましてやそれを再び復活させて、今日の正統な教義の中にもぐりこませるなど論外である。

 しかし、異端ネストリウス主義の復興を提唱し、さらには、キリストの神性を著しく引き下げる内容にも関わらず、「養子論的キリスト論」という「下からの道」によって、「キリスト論のダイナミズムが回復する」と手束氏は確信する。

「けれどもW.パネンベルクがその著『キリスト論要綱』において述べているように、キリスト論は『上からの道』と『下からの道』という全く相反する方向から展開されうるし、展開されてきた。
『上からの道』とは、“神が人となった”というイエスの神性すなわち受肉論敵観点から展開され得るキリスト論であり、いわゆる正統主義の教えである。一方、『下からの道』とは“人が神とせられた”というイエスの人性すなわち養子論的観点から展開され得るキリスト論であり、その多くは異端として退けられた

しかし両者は相補関係にあるのであって、両者の契機がうまく調和されていく中に、キリスト論の本領がある。特に『下からの道』を十分に生かすことの中に、キリスト論のダイナミズムが回復するのである
これまでの正統主義の『上からの道』一辺倒に対する反動から、カリスマ的信仰では必然的に『下からの道』が強調される。しかし、それはあくまで正統主義の行き過ぎに対する反動以外の何ものでもないのであって、決して受肉論的キリスト論を否定しているのではない。」(『続 キリスト教の第三の波』、p.63-64)

 手束氏はこうして懸命に「養子論的キリスト論」は「受肉論」そのものを否定するわけではないと説明しているが、このような見解は、正統な三位一体の誤った解釈の上にしか成り立たないと言えるだろう。すでに見てきたように、キリストの人性と神性を分割して考えることによって、「養子論的キリスト論」は従来の正統的な教えに反しており、両者は決して相補関係に置かれることはなく、両立もし得ないことは明らかである。さらに、手束氏が言うように、「下からの道」を十分に生かすことで、キリスト論のダイナミズムを回復することなど可能だろうか。聖書が何と言っているかを見てみよう。

 イエスは言われた、「あなたがたは下から出た者だが、わたしは上からきた者である。あなたがたはこの世の者であるが、わたしはこの世の者ではない。だからわたしは、あなたがたは自分の罪のうちに死ぬであろうと、言ったのである」(ヨハネ8:23-24)。
 ここでイエスは自らの神性について言及されたのである。そして、ご自分が「上から来た者である」、すなわち神から生れた者であるとはっきり言われた。イエスは「わたしはあなたがたと同じように本来は下から生まれた人間であり、神ではなかったが、ただ聖霊によって神とせられたのだ」とは言われなかった。
 イエスは肉体条件においては人間と等しかったが、その存在は本質的に神の子であった。従って、イエスを理解するに当たって「人が神とせられた」という「下からの道」の選択肢はあり得ないのである。

<つづく>

PR