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私ではなくキリストⅡ(東洋からの風の便りI)

「あなたがたは、いのちの言葉を堅く持って、彼らの間で星のようにこの世に輝いている。」(ピリピ2:15)

真実なる信徒の交わりを求めて

 何だか、私の住む地方は熱帯に近づいているような感じだ。昼間は息苦しいほど暑く、そして夜は肌寒いほど冷え込む。昼と夜の気温差がかなり激しいので、体調が狂ってしまわないように気をつけなければいけない。
 すでに風邪を引いてしまっているのか、あまり思考がまとまらない。教会成長論の続きについては、書かなければならないことが山のようにあるが、また今度…。

 帰宅してから、きょうだいはワインに関する勉強を進めている。試験のために、たくさんの参考書を抱えて図書館通いだ。長い間、料理人として仕事をしてきた人だ。有名人も通う一流の店で修行をしていたこともある。

 料理の世界は厳しいと聞く。上司は絶対で、職場では暴力も飛び交えば、罵倒もされるのが当たり前。そんなところでよくやって来られたものだ。だが、苦労話はほとんど聞かない。いつもひょうひょうとしている。時折、私のために料理を作ってくれるが、その素早いこと、素早いこと。

 一流の店で働いていたというプライドはほとんど表に出ない。
 外出しても、食べるものにこだわることもない。ファミレスのパスタやピザを普通に注文。私が作った食事も、不平も言わずに食べてくれる。

 一年ほど前、きょうだいはこの地で両親を助けて働いていた。
 ケーキを作らせればピカ一の腕前で、まるで芸術作品のようなお菓子の写真がいくつも残っている。それなりにお客さんもついていたのだが、家での人間関係の断絶のために、結局、働きに出て行ねばならなくなった。
 その頃、私はカルト化教会で起こったことですっかりめげていたので、助けになってやることもできなかった。

 我が家の両親は働き者で、酒や道楽に溺れることなく、一生懸命に働いて生きて来たつつましい人たちだ。しかし、何分にも、自分の考えに自信を持ちすぎていた。
 幼い日、父に向かって「洗礼を受けたい」という話を持ちかけた後に起こった騒動の恐怖は今でも忘れられない。ノンクリスチャンの父は子供が信仰を持つことに反対だった。母はクリスチャンだったにも関わらず、信仰のあり方を共有できなかった。

 私が教会を離れようとした時、家ではひどい論争が持ち上がった。
 「日曜礼拝は守るべきもの!」、「約束した奉仕は責任を持って最後までしなさい!」
 そう頑なに主張する母に、教会に通わないことを納得してもらうのには本当に骨が折れた。
 だが、その後、教会で起こった不祥事のために、結局、一家全員が教会を離れざるを得なくなってしまったのだが…。

 家で購読していた『リバイバル新聞』を見るたびに、私はいつも母と議論していた。
 「この新聞はおかしい、だって、少しも批判的・客観的な視点がないもの」と私はよく言っていた。どうしても何かが変だと感じずにいられなかった。それで意見を率直に述べていたのだが、相互理解には至らなかった。

 毎回録画されていたハーベスト・タイムの番組や、デボーション雑誌、活動をめぐってもよく議論したものだ。しかし、このことについてはむしろ非クリスチャンであった父の方が話が通じたように思う。

 今から考えると、我が家には、日本のキリスト教界における流行行事の全てが持ち込まれていた。山のような音楽CD、今も購読が続けられているデボーション雑誌、未だに送られてくるリバイバル・ミッションのパンフレット…。

 母の苦労(?)のおかげで、今、本棚を探すとキリスト教関係の本がいくらでも見つかる。それを手にとって見ているうちに、当時は、ただ訳が分からずに、反発だけを感じ、むやみに議論していた様々な事柄について、だんだん真相が見えるようになってきた。

 以前から、何かがおかしいと直観的に感じていたことが、何であったのかが少しずつ分かってきた。
 奥深くまで浸透している病気が浮かび上がって来る。残念なのは、あの当時、このことがこれほどはっきりと見えていたならば、絶対にあのカルト化教会などには近寄らなかったのに、ということだ…。

 幼い頃から、日曜礼拝への出席を義務づけられ、教会活動に関わっていなければ信仰を失うとまで言われていたことで、心に刷り込まれた恐怖感に負けてしまい、ついふらりともう一度教会に通おうと思ったことが、私の人生の命取りになってしまった。

 だが、そうなるまでに、私は安心して通える教会を見つけたいと思って、祈ってさえいたのだ。なのに、どうして主の導きでないことをそうと取り違え、あんなことが起こってしまったのか。
 あの教会に導かれた時には、偶然とは思えない要素がたくさんあった。よくカルト化教会では計画的な勧誘が行われていると聞くが、あの時はそうでなかったと言える。私はこのことについて考え始めると、未だに大きな壁にぶつかり、心の整理が出来なくなってしまう…。

 教会と全ての縁を切って、この地に来てから、今日のキリスト教界の異常性について、いやというほど家人に語ったが、未だにあの教会で起こった出来事について語ることはできない。
 私自身が、このことについて一体、どのように話せば人に分かってもらえるか、まるで分からないのだ。それに、我が家の人たちにも、それを受け止めるに必要な理解力がない。

 きょうだいとは何度か信仰に関する話をした。初めは反発も示したが、穏やかに耳を傾けてくれるようになった。しかし、今、彼女が読んでいるのはN.ウォルシュの『神との対話』。
 私も勧められて第一巻を手にとってみたが、数ページ読んだだけで、これがキリストを信じる者によって書かれたのではないことは明らかになった。

 これもまたセルフ教の一種だ…。自分を信じなさい、自分の中にこそ神がいる、神はあなたの情感と経験そのものなのだから、というあのグノーシス系の教えだろう。しかしきょうだいは「私がこの本と出会ったのは運命だったと思う」とまで言っている。

 主よ、私達はかつてそろってあなたを礼拝していた日があったはずです。今のこの不調和は何なのでしょうか。教会で過ごしたあの日々は何だったのでしょう。どうしてこれほどまでに家族の全ての成員の心があなたから遠く遠く離れてしまったのでしょう。

 結局、教会に費やした月日は、我が家に断絶と離散という結果しかもたらさなかった。
 このむなしい結果を乗り越えるために、これからも離れた心をつなぎとめる努力を地道にしていかなければならない。時々、耐え難い気持ちになるが、それでも少しずつ、家族の気持ちも変わって来ていることに希望を託そう。

 目の前で起こっていることだけを見ると失望することも多いが、良いこともある。
 キリストに心を向けている人との会話は、大きな慰めを与えてくれる。

 苦労そのものはいつまで経っても終わらないかも知れない。
 この世に生きる限り、悩みも終わらないだろう。
 けれども、「あなたを見捨てて孤児とはしない」と言った主が、今も共にいて下さる。

 教会でひどい事件に巻き込まれ、その上、どちらを向いても、指導者の栄光のために利用されている集まりばかりが目についた。そこで、教会という看板を掲げているところはもううんざりだという気持ちになり、人の集まりを信じようという気持ちすら起きなかった。
 なのに、最近、真のキリスト者の集うエクレシアに身を置きたいという願いが、抑えがたく心に起こってくる。

 主を自力で獲得しようとする一切の試みは無意味だろう。
 だが、家出をして、一人で野宿していたヤコブの夢枕に立ってくださったように、主はきっと、ご自分が望まれる人のもとを、望まれる時に訪れて下さるだろう。
 そして御心にかなった聖徒に、ふさわしい交わりの場を必ず与えて下さるだろう。
 私はこのまま待ちたい。心安らかに。花婿の到来を待ち焦がれる花嫁のように。

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