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私ではなくキリストⅡ(東洋からの風の便りI)

「あなたがたは、いのちの言葉を堅く持って、彼らの間で星のようにこの世に輝いている。」(ピリピ2:15)

沈黙の中にある憐れみ

 祖母のぎっくり腰は、どうやらただのぎっくり腰ではなく、背骨の損傷を含んでいたようだ。どうりで1週間経っても、痛みがおさまらなかったわけだ。
 寝たきり状態は嫌だと本人が希望したため、ギプスははめられていないが、完治までにどれだけかかるのだろうか?

 毎日、朝早く起床し、外に出てちゃきちゃきと働いていた人が、たとえ一時的にせよ、急に動けなくなったりすると、その人が感じる不自由さにはすごいものがあるようだ。これとは別に、健康だった人に、急に視覚や聴覚の障害が起こった場合にも、本人の感じる苦痛は想像を絶するものがあるだろう。

 こんな時だからこそ、健康な人間がしっかり役割を果たさねば、と思って一生懸命に働いていると、かえって、病気の人に対する圧迫となったりする。「私は何をすれば良いの?」、「ここにいても、何もしてあげられないねぇ」などと言われると、私が無意識のうちに相手に与えている圧迫感を思い、当惑してしまう。
 どうすれば、弱い人の弱さと同じペースで歩むことができるのか。今の私にはあまりにも修行が足りないことを痛感するばかりである。

 相当に高齢な祖父母は、かなりの音量でテレビをつける。隣の部屋にいても、ナレーションが否応なく耳に飛び込んで来て、パソコンに向かう指も止まるくらいだ。これが食事時には大変、耳障りで不愉快となり、しかも誰も見ていない番組がかけっぱなしになっていると、思わず「テレビ消そうよ!」と言ってしまうことがある。

 だが、よく考えてみれば、大音量でテレビをかけるのは、ただテレビ以外に趣味がないためではなく(我が家の老人たちは、家にこもりがちな人々ではないので、趣味は他にいくらでもあるだろう)、何よりも、聴覚の衰えのせいだということに最近、気づいた。

 聴覚は加齢と共に失われる。これに抵抗できる人はいない。どんなに互いのことをよく知っている仲の良い夫婦でも、互いの会話が聞き取れないことがだんだんと重なると、いちいち聞き返すのを面倒に感じ、苛立ちが生じてくる。また聞き返される方も、自分の弱さをその都度、思い知らされるので、あまり良い気持ちがしない。そういう手間を省こうとすると、どうしても、会話が途切れがちになる。
 どうやら、会話が上手く運べないことから来る気まずい雰囲気を打ち消すために、わざと必要もないテレビをかけっぱばしにする習慣となっているようである。

 だとすると、そこでただ「見ないならテレビを消そう」と、言い放つことは何の解決にもならない。静かに食事を取り、なおかつ、誰も不愉快な思いを味わわなくて済むためには、BGMを流すなど、何か他の対策を考えておかなければならない。

 やれやれ。自分の心が弱り果てていた時には、周りの人を見て、何と思いやりにかけることかとしばしば思ったものだが、いざ家族が弱さを抱えると、弱者に思いやりなく、すぐに途方に暮れてしまう自分を発見する。主に知恵を求めなければ、この先、この状況をやり過ごすことはできないだろう。

 さて、ロマン・ロランの著した『ベートーヴェンの生涯』にはベートーヴェンの遺書が載っているが、そこには聴覚を失った音楽家の痛ましいまでの苦しみがあまりにも克明に記されている。何よりも驚くのは、聴覚を失ったことそのものよりも、はるかにベートーヴェンを苦しめたのが、周りの人々の無理解な態度だったということだ。

 障害者差別を禁ずる法律などなかった当時のことだ。自分の欠点をこれ以上、人前にさらして、音楽家としての誇りを傷つけられたくないという彼の願いは、人々の心には届かなかった。社交から遠ざかったベートーヴェンには、頑固、偏屈、エゴイスト、変人、人間嫌い、社交嫌い、引きこもり、人間不信、隠者、隠居生活…、などの数々の心ない言葉が向けられたものと想像される。

 有名なハイリゲンシュタットの遺書に、こうした無理解な人々に対するベートーヴェンの叫びのような反論がこめられている。
(『ベートーヴェンの生涯』、ロマン・ロラン著、片山敏彦訳、岩波文庫、1997年、p.99-101から抜粋)

「おお、お前たち、――私を厭わしい頑迷な、または厭世的な人間だと思い込んで他人にもそんなふうにいいふらす人々よ、お前たちが私に対するそのやり方は何と不正なことか! お前たちにそんな思い違いをさせることの隠れたほんとうの原因をお前たちは悟らないのだ。

幼い頃からこの方、私の心情も精神も、善行を好む優しい感情に傾いていた。偉大な善行を成就しようとすることをさえ、私は常に自分の義務だと考えて来た。しかし考えてもみよ、六年以来、私の状況がどれほど惨めなものかを! 

――無能な医者たちのため容態を悪化させられながら、やがては恢復するであろうとの希望に歳から歳へと欺かれて、ついには病気の慢性であることを認めざるを得なくなった――<略>
社交の楽しみにも応じやすいほど情熱的で活発な性質をもって生まれた私は、早くも人々から孤り(ひとり)遠ざかって孤独の生活をしなければならなくなった。折に触れてこれらすべての障害を突破して振舞おうとしてみても、私は自分の耳が聴こえないことの悲しさを二倍にも感じさせられて、何と過酷に押し戻されねばならなかったことか! しかも人々に向かって――『もっと大きい声で話して下さい。叫んでみて下さい。私はつんぼですから!』ということは私にはどうしてもできなかったのだ。

ああ! 他の人々にとってよりも私にはいっそう完全なものでなければならない一つの感覚(聴覚)、かつては申し分のない完全さで私が所有していた感覚、たしかにかつては、私と同じ専門の人々でもほとんど持たないほどの完全さで私が所有していたその感覚の弱点を人々の前へ曝け出しに行くことがどうして私にできようか! ――何としてもそれはできない!――

それ故に、私がお前たちの仲間入りをしたいのにしかもわざと孤独に生活するのをお前たちが見ても、私を赦してくれ! 私はこの不幸の真相を人々から誤解されるようにして置くよりほか仕方がないために、この不幸は私には二重につらいのだ。人々の集まりの中へ交じって元気づいたり、精妙な談話を楽しんだり、話し合って互いに感情を流露させたりすることが私には赦されないのだ。<略>まるで放逐されている人間のように私は生きなければならない。<略>

とはいえ、ときどきは人々の集まりへの強い憧れを感じて、出かけてゆく誘惑に負けることがあった。けれども、私の脇にいる人が遠くの横笛(フレーテ)の音を聴いているのに私にはまったく何も聴こえず、だれかが羊飼いのうたう歌を聴いているのに私には全然聴こえないとき、それは何という屈辱だろう!

たびたびこんな目に遭ったために私はほとんどまったく希望を喪った。みずから自分の生命を絶つまでにはほんの少しのところであった。――私を引き留めたものはただ『芸術』である。自分が使命を自覚している仕事を仕遂げないでこの世を見捨ててはならないように思われたのだ。

そのためこのみじめな、実際みじめな生を延引して、この不安定な肉体を――ほんのちょっとした変化によっても私を最善の状態から最悪の状態へ投げ落とすことのあるこの肉体をひきずって生きて来た! ――忍従!――今や私が自分の案内者として選ぶべきは忍従であると人はいう。私はそのようにした。――願わくば、耐えようとする私の決意が永く持ちこたえてくれればいい。――厳しい運命の女神らが、ついに私の生命の糸を断ち切ることを喜ぶその瞬間まで。自分の状態がよい方へ向かうにもせよ悪化するにもせよ、私の覚悟はできている。――二十八歳でやむを得ず早くも悟った人間(フィロゾーフ)になることは容易ではない。これは芸術家にとっては他の人々にとってよりもいっそうつらいことだ。

神(Gottheit)よ、おんみは私の心の奥を照覧されて、それを識っていられる。この心の中には人々への愛と善行への好みとが在ることをおんみこそ識っていられる。おお、人々よ、お前たちがやがてこれを読むときに、思え、いかばかり私に対するお前たちの行いが不正当であったかを。そして不幸な人間は、自分と同じ一人の不幸な者が自然のあらゆる障害にもかかわらず、価値ある芸術家と人間との列に伍せしめられるがために、全力を尽したことを知って、そこに慰めを見いだすがよい!」

 ベートーヴェンの同時代人が、この遺書を読んでどう感じたのかは分からないが、自分にとって分かりにくいものを、いつも奇妙なもの、不可解なもの、不親切なものとみなして避けようとする人の心理はいつの時代にも変わらない。私の中にも同じ傾向があることを思って、恥じ入るばかりである。まことに人は見かけによらない。肉体的な弱さを抱えて、何もできないでいるように見える人の中に、強靭な肉体を持って、かいがいしく働いている人の何倍もの優しさや、思いやり、愛が溢れていることもある。

 しばしば、雄弁に語ることができる人よりも、言葉数少ない人の方がはるかに誠実で温かみがある。しかし雄弁な人々は、その言葉の虚飾によって、言葉少ない人よりも、自分がずっと偉大で善良な人間であるかのように見せかけてしまう。

 自分に分かりやすいもの、面倒な手間を要求しないもの、新鮮なもの、面白いもの、華やかなものばかりを求める人の心理が、うわべだけの判断を生む。自分に心地よさをもたらしてくれる、分かりやすいパフォーマンスにばかり殺到する人の心が、分かりにくく、無骨で、控え目で、寡黙な態度の中にある誠実さ、思いやり、愛をないがごとくに覆い隠してしまうのだ。

 なぜ神がクリスチャンの前に、目に見える姿かたちを伴って現われて下さらないのか、なぜ耳に聞こえる声で語りかけて下さらないのか、長い間、そのことが私には分からなかった。
 私は寂しかった時に、祈っても、祈っても、何の手ごたえもなく、回答もないという孤独に耐えられず、まるで宇宙全体から馬鹿にされているような気がして、祈りをやめたことがあった。

 だが、今頃になってひしひしと痛感させられることがある。それは神が沈黙しておられるのは、神が地上のどんな存在よりも、へりくだっておられるがゆえだということである。神が決して目に見える形や、耳に聞こえる声で私たちに語りかけないのは、全てを私たちの自由意志に任せ、信仰に任せ、託しておられるからなのだ。

 最近、我が家が葬ったペットは、ものを言うことはなかった。私たちが気づいてやらねば、空腹であるということさえ、訴える言葉を持たなかった。美しく、目いっぱい人に愛されて、幸福な生涯を送った犬ではあったのだが、愛犬のこの沈黙のゆえに、私たちは多くのサインを見逃して、彼女の欲求を無視してきたのだろうと思う。

 この世での最期の数日、嘔吐を繰り返しながらも、まだ歩くことができる力をかろうじて保っていた時に、愛犬が散歩の後で、ひとりでに風呂場に歩いていったことを思い出す。
 一度足を洗ってやった後、おぼつかない足取りで、もう一度風呂場に戻って行った。
  もしかして、それは死を分かった上で、嘔吐によって汚れた身体を、最期にきれいに洗い清めて欲しいという要望だったのだろうか? 

 今から考えると、そうであった可能性がかなり高い。
 だが、その時は、これ以上、弱らせてはいけない、風呂になど入らせて風邪を引かせてはいけないという思いから、身体を洗ってやることはなかった。

 愛犬は全てを耐え忍び、苦しみの中でも、私たちのまずい采配に最期まで従って、生涯を終えた。
 今となっては、あの可愛らしい身体を洗ってやることは不可能だし、ご褒美に一本のジャーキーさえも与えてやることはできない。どんなに天気の良い日にも、散歩に連れ出すことができない。もっともっと色んなことをしてやりたかったとどれほど思っても、私たちに与えられていた時間、あの時に下した判断が全てだったのだ。

 キリストは、自分が何をして欲しいのかをはっきりと訴える力さえ持たない、この小さな小さな犬よりも、さらにもっと弱い立場に立って、私たちと共に生きていて下さるのだということを、最近になって私はようやく理解した。

 神が耳に聞こえる言葉を発せられないのは、全ての生命に増して神がへりくだっておられるからである。主はあえて私たちに仕える姿勢を取り、全てを私たちに任せられた。神は全ての聾唖者に増して聾唖者となられ、全ての病者に増して病者となられ、全ての弱い生命に増して、弱くなられたのである。

 そこでは、ただ私たちが、神のか細い御声に聴くことができるかどうか、隠れたところにある御心に気づいて、従うことができるかどうか、それだけが問題となる。主の謙遜を悪用し、御声をないものと無視し続けて生きるのか、それとも、神の沈黙の中にこめられた、私たち人間への無限の愛と憐れみに気づいて、主と等しくなるまでにへりくだり、御心を喜び、主の喜びのために生きるのか。
 それが私たちに問われている全てである…。
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