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私ではなくキリストⅡ(東洋からの風の便りI)

「あなたがたは、いのちの言葉を堅く持って、彼らの間で星のようにこの世に輝いている。」(ピリピ2:15)

終末について(2)―詩集より―

奪回

わが子の誘拐に
親の嘆きは狂わんばかりだ
 
人をつくられた神は
人をサタンに奪われて
嘆き
呼びつづけられた
 
ついに神は
み子キリストを
地上に降し
十字架の血で
奪回された
 
はかり知れない
御愛
御力
(『詩集 恵みの主様』、土橋和美著、同信社、1992年より)
 
我が家には昔から宗教的な対立があった。家に伝わる宗教は真言宗のようだが、実質的には我が家は先祖崇拝に支配されていた。この地方の田舎の百姓農家は、氏神信仰と結びついたお家崇拝、血縁信仰のようなものに大きな影響を受けている。
そんな風土の中で、祖母の一人が万教帰一を唱える生長の家に入信した。もう一人の祖母は死の床でさえ救いを拒否する無神論者だった。祖父の一人は無宗教、もう一人の祖父は幼い頃に教会に縁があったらしく、病の床でクリスチャンとなって他界した。もう15年近く前のことである。
父母も宗教が異なり、両親の間には昔から絶え間ない宗教的対立があった。
 
このように家族の宗教がバラバラに近い状態にあったにも関わらず、私は幼少期から半強制的に教会に連れて行かれた。そのために、否が応にも、私の脳裏には、教会の思い出が数え切れないほど刻まれている。
クリスマス、受難週、イースター、ペンテコステなどの主だった年中行事の他に、子ども会、日曜学校、キャンプ、飯盒炊さん、遠足、夏季学校、聖会、伝道集会、公園伝道、チラシ配布、ハンドベル、クリスマス・オラトリオ、etc. ここに列挙できないほどのイベントと奉仕の記憶がある。
主だった賛美歌や、聖歌の歌詞は、伴奏に回っていたことが多かったためほとんど覚えていないが、メロディーはきっと生涯、忘れないだろう。

当時、私は他の大勢の信徒と同じように、ただ義務感から教会行事に参加していた。そのため、良い思い出がほとんどないのだが、中には微笑ましい記憶も多少は残っている。

私達の一家はそこそこ、音楽に精通していた。きょうだいで、初見で楽譜を見て、ソプラノ、アルト、テナーなど各パートに分かれて歌うことができた。そんな特技を活かして、我が一家は教会の礼拝やクリスマス祝会などでよく即席の聖歌隊を編成して、歌声を披露したものだ。
日曜学校には人が少なかったので、毎年クリスマスの子供劇を行ううちに、東方の博士、マリヤ、ヨセフ、羊飼い、ほぼ全ての登場人物の独唱を覚えてしまった。
母は婦人聖歌隊の指揮に携わり、楽譜を書き、練習用テープを作り、伴奏をし、練習を指導した。
 
ある時、教会にハンドベルが購入された。ブラスバンド経験者が指揮を執り、楽譜を読んだこともなく、楽器を演奏したこともないような信徒たちが練習に集まった。はじめは、もぐらたたきでもしているようにしか見えなかったことだろう。誰かが必ず音をすっぽかす、出遅れる、空振りする…、その都度、奇声が上がり、笑いが起こった。

このハンドベルをきょうだい3人きりで演奏したことがあった。各人が5~7つ(もっと多かったか?)のベルを担当し、演奏の合間に早業のようにベルを組み替えるというアクロバティックな技をやってのけた。曲の題名ももう覚えていないが、ついに一つのミスもなく、信徒の前で完奏して、大きな満足を得たように記憶している。
 
私が学生であった頃、牧師中心主義に陥っていたこの教会には深刻な対立と騒動が起こり、それまで長年かけて築いてきたはずの人脈と信徒の交わりは、それを機に、あっけなく失われた。(何年間もかけて通い続けた教会には、それほど脆い絆しか存在していなかったのだ)。
多くの信徒がこの事件に幻滅して教会を離れ、私も一時期、信仰を失った。教会に残った信徒が、教会を去った信徒を非難しているとの噂も聞こえた。私はキリスト教にうんざりして、クリスチャンらしくない生活を送り、信仰の根本が分からなくなり、誤った教えに翻弄されて、ついにカルト化教会にまで行きついた。きょうだいは今に至るも信仰を失ったままだ。
 
私の家族の誰もが、教会に関して深い心の傷を負った。口にこそ出さなかったものの、我が家の全員が、心の中では、教会組織に対する深い嫌悪感や、牧師に裏切られたという失望感を抱いていた。一体、あの場所で過ごした月日は何だったのか、正しいと信じ込まされたからこそ、従おうと努力してきたあの教えは何だったのか、あの努力と忍耐は何に消えたのか、あの奉仕は、あの人とのつながりはどこへ消え失せたのか。
また、教会に関わらなかった家族の他のメンバーの心には、教会のせいで一家団欒を奪われたという怒りと、キリスト教への不信感だけが残ったようだった。

さらに、教会に深く関わった家族のメンバーは、そこで受けた呪縛があまりにも深かっため、教会を去った後にも、そこでの信仰のあり方を冷静に反省することができなかった。家族の誰かが教会に対する批判を口にすると、それを穏やかに聞き流すことができず、熱烈に教界を擁護して、自己正当化をはかろうとし、口論が持ち上がった。誤った教え込みの影響から抜けきれないメンバーを、キリスト教に幻滅した他のメンバーは蔑視的に眺めていた。
 
キリスト教会が我が家に残した禍根はあまりに大きかったため、我が家ではついに教会の話題を持ち出しただけで、一触即発の事態が持ち上がるようになり、教会の話はタブーとなった。私がカルト化教会を抜けた後も、そこで起こった出来事を語り、理解を得ることは不可能だった。
カルト化問題について、理解を求めようと思うならば、教会組織の操り人形のような心理状態にある人々に向かってそれを語るほど無謀なことはない。無理解かつ無神経な反論、非難に次ぐ非難に遭って、私は苛立ち、弱りきって、口を閉ざした。
 
こうして教会を去ってから約10年間、キリスト教界をめぐって、誰も、ほとんど何も話せないまま、我が家では月日が過ぎた。日曜学校時代から通い続けた教会の記憶は、心の奥底に封印された。

その間、家族のメンバーの間では、様々な事柄をめぐって対立と無理解が深刻化した。年を追うごとにますますひどくなる分裂を眺めていると、この一家はこうして今後ますます心が離れて行く一方なのか、二度と結束は生まれず、愛は冷えていくだけなのか…と、絶望感を抱かざるを得なかった。
それほどまでに人間関係が極限まで冷え切った。誰もが己が正義を振りかざし、自分の悲しみに閉じこもるばかりで、互いをいたわり、慰め合うような雰囲気が一切なくなって行った。
 
しかし、全ての希望は潰えたと思っていた頃、雪解けのようなことが突如、起こり始めた。
これまで、あまりに長い間、意思の不疎通があったため、私はもはや人を説得することに疲れ、信仰に立ち返った後も、このことについて家人に率直に語ることがなくなっていた。これ以上の騒動はごめんこうむりたかった。だが、どういう脈絡であったのか、先日、あきらめ半分で十字架について家人に語った。
 
投げやりな話し方であった。どうせ何を言っても、通じるまいと高をくくって、自分でもそのように注釈さえつけていた。
しかし、あれほどまでに希望のない口論を繰り広げて来た相手が、気づくと、目の前で涙を流している。また、同時期に、遠隔地にいるきょうだいも、これまでになかった歩み寄りの姿勢を見せてくれた。

これまで、私は家庭の現状が変わるということに望みをほとんど持っていなかった。キリスト教界によって受けた打撃からこの家族が立ち直る見込みもあるまいと思っていた。家族に対する神の愛、そして救いの可能性を、疑わしく思うほどになっていた。
ここまで壊れきったものに回復があるとは、はっきり言って、信じることができなかった。

しかし、肉なる私の狭い思いをはるかに越えて、一人として滅びることを望まない主の憐れみが、私の家族の一人ひとりを覆っていることを、目の前で見せられたかのようだった。
主の憐れみには限りがないのか。主はこうして散らされた羊の一人ひとりに目を留めて下さり、打ち砕かれた者たちに愛を注ぎ、その迷いと苦しみに慰めを与え、主自らが牧者となって下さるという約束の通りに、ご自身の力によって、私たち一人ひとりを招き、引き寄せて下さるのか。
もしそうならば、過去に何があったにせよ、どんなに許しがたいことが行われたにせよ、魂を取り戻すために必要ならば、私は全ての行きがかりを放棄して、相手に歩み寄らなければならない…。
和解と救いの日は、今日を置いて、他にはもうないかも知れないのだから。
 
 
主を待つ

いやなニュースが溢れている
戦争のうわさ
飢饉と地震
不法や憎み合い
生みの苦しみが
始まったのではないだろうか
 
福音が
世界の果てまで伝わると
主は再び来られると言う
再臨を待つものは
福音を伝えよう
(同詩集より)
 
洗礼者ヨハネは叫んだ、「悔い改めよ、神の国は近づいた。主の道を真っ直ぐに備えよ」と。
その昔から、クリスチャンは終末と主の再臨が近づいているという危機感の中を生きてきた。
だが、キリストは問われた、人の子が再び来る時、地上に果たして信仰が見られるだろうか、と。

私たちの時代には、果たして、主をお迎えするに十分な信仰があるだろうか?
 
クリスチャンが終末に向けてなすべきことがあるとすれば、それは自分が携挙されることにこだわることでもなく、再臨の日を指折り数えて待つことでもないだろう。
主の再臨を真に待ち望む者が、第一にすべきことは、その日に、私達の牧者であり主人である方が少しでも喜んで下さるように、主の道を飾る信仰を整えるべく、人々に福音を伝えていくことである。
その日に、自分自身も、あがないだされたキリストの花嫁にふさわしい姿で、御前に立つことができるように、自身の心をより一層、省みながら、身支度を整えていくことである。

再臨とは、人間が自分の心を喜ばすための特別イベントではない。
その日には、クリスチャン一人ひとりが主をお迎えする姿勢が問われるのだ。
従って、真実、神を愛する者は、キリストにまみえる日を待ち望みつつ、主の道を整えるはずである。

主の道を整えるとは何か。それは一人として滅ぶことなく、人が永遠の命を得ることを望まれる主の目にかなうように、人々の心を主に向かって整え、地上に信仰の道を敷くことである。それは人間の野望としての教会組織の拡大をはかることとは何の関係もない。
クリスチャン一人ひとりが、その日に、主が悲しまれることがないよう、隣人を愛し、許し、和解しながら、一人でも多くの魂を回復させ、愛と謙遜に生きていくことが、主の道を整えることである。たとえ時代がどれほど悪くなろうとも、戒めを守って正しく生き、福音を伝えることが、主の再臨に際して、私達ができる全てである。
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