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私ではなくキリストⅡ(東洋からの風の便りI)

「あなたがたは、いのちの言葉を堅く持って、彼らの間で星のようにこの世に輝いている。」(ピリピ2:15)

山小屋での交わりを経て

ブログを書くのが久しぶりだからか、それとも、まだ私の心がこの地に戻っていないせいなのか、文章は進まないわ、書いた記事は操作ミスで消えてしまうわ、なかなか調子が元に戻らない。一体、何時間、パソコンに向かっているだろうか。なのに、未だに最初の行を書いているのはなぜだろう?

 Sugarさんの山小屋を訪れて、兄弟姉妹との交わりの場に加わり、無事にこの地に戻って来た。距離にすれば、日本列島を半分くらいは横断しただろうか? 随分、無謀な思いつきのように見える旅だった。しかも、行きがけには、地震による夜行バスの延着というハプニングまであったのだ。横浜で私を車で拾ってくださる予定になっていたLuke兄弟にはそのせいでひどく迷惑をかけてしまった。
 私は携帯電話も持たず、時計も持たずに家を出た。そこで、東名高速道路が不通となり、バスがどことも知れぬ住宅街の一般道を、まるで亀のような遅さで進み始めても、外界と連絡を取る方法をまったく持たなかった。兄弟たちは、バスがいつ到着するか分からず、情報が何も入らないので、もうヴィオロンは到着しないのかもと思いながら、話し合っていたらしい。

 しかし、私の方は暢気なもので、絶対に私は置き去りにされることはないと安心していた。たとえ何時間遅れようとも、夜になろうと、兄弟は必ず現場で待っていてくれるだろうと勝手に確信していた。それくらい相手を信頼して命を預けていたといえば聞こえは良いが、結局、それは私が能天気すぎるということかも知れない。

 主のはからいだったのだろう。バスは終着点だったはずの横浜に、順番を入れ替えて真っ先に到着してくれた。遅れは一時間で済み、そこから兄弟の車で、さらに5時間ほどかけて山小屋まで走ったが、着いた時はまだあたりは明るく、夕方になっていなかった。
 こうして兄弟姉妹たちのはからいのおかげで、途方もない距離を越えることができたのだが、一つ不満だったのは、私を送って下さった兄弟が、あれほど念押ししたにも関わらず、翌日、私を煙に巻いて、交通費を請求せずに帰って行かれたことである。今となっては、そこにも、主が働いておられたと信じ、ただ感謝することにしよう。

これは誰でしょう? さて、山小屋滞在中は、鳩さんの奥様の手料理にあずかった(というよりも、私は料理において戦力外)。
 鳩さんの一家は、まことに微笑ましい、自然で、健全な、キリスト者らしい家庭だった。キリスト者らしい、と言っても、そこには、わざとらしさや、不自然さな押し付けは見受けられない。子供達は両親を心から愛し敬っているのが感じられたし、誰もが何の隠し立てもなく、自然に振舞っていた。
 あまりにも元気いっぱいの子供達は、毎日、小屋の中をドタバタ駆け回り、毎瞬のように喧嘩が起こっていた。それでも、すぐに仲直りし、兄弟仲も極めて良い。私にもよく懐いてくれた。

 後日、山小屋に合流したTさん親子(大学院生の息子さんとその母親)も、やはり健全で自然な親子関係を築いていた。今回、私がこの二つの家庭と間近で接触したことには、何かしらの意味があったのかも知れない。私自身は自然な家庭というものをこれまでに一度も経験したことがなく、しかも、我が家ではこれまで、キリスト教は悲劇の源にしかならなかった。そこで、私には平和で穏やかで健全な家庭というものに対する、悲しい、根深いコンプレックスがあったし、それに、教会での体験を通して、キリスト者の家庭というものに、あまり好感を持っていなかった。
 にも関わらず、今回、お会いした二つの家庭には、もしもこの先私が家庭を築くならば、ぜひともこのようでありたいと思わせる、微笑ましさ、仲むつまじさ、自然さ、健全さがあった。さらに、信仰が少しも不自然でない形で家庭に同居しているのを見るのは興味深いことであった。

山の散策 今回の旅の中で、私にとって、最も嬉しく、かつ、印象深かったのは、最終日に、Sugarさんと駅のホームで電車を待ちながら過ごした束の間の時であった。それは私にとって、それまでの数日間を合わせたよりも、なお、意味深い交わりの時となった。
 その時、始まったばかりのこの交わりが、永遠に続くものであること、そして、私の山小屋訪問が、今回限りでは絶対に終わらないことを確信した。

 エクレシアとは何かについて、これ以上、だらだらと詳しく述べる必要はないだろう。ただ一つ言いたいことは、そこには天的感動とか、情熱的な一致団結、などというものはなかったということだ。エクレシアに集っていたのは、少々地味すぎるほどに、ごくごく普通の人たちであり、そこにあったのは、少々飾り気がなさ過ぎるほどにごくごく普通の日常生活であった。しかも、強調したいのは、集った人たちは、決して、細部にわたるまで意見を同じくしたりしていなかったということだ。そこには、同じ思想、同じイデオロギー、同じ見解などは見られず、代わりに、様々なことについて異なる意見があった。キリスト者としての先人についての理解も異なり、聖句の解釈にさえ、度々、意見の一致が見られなかった。さらに、性格も、年齢も、好みも、生い立ちも、興味ある話題も、人それぞれに異なっていた。

 それほど異なる性格や見解の持ち主が、不思議に、同じ信仰を共有し、兄弟姉妹という自覚で結ばれているのがエクレシアなのだ。
 真のエクレシアには統一的なユニフォームはなく、それぞれに異なる、似ても似つかない人々が、異なる姿のままで、逆説的に「一つ」として用いられている。見解が同じだから、考え方が似ているから、行動様式が似ているから、あるいは同じ名称の組織に属しているから、同じ規律を守っているから、同じ教義の理解をもっているから、同じスローガンを掲げているから、同じヴィジョンを持っているから、だから上手くやっていける仲間同士なのだという感じ方は虚構であり、それは主が働かれる方法ではない。

 神は信じる者たちをそれぞれに異なるままで用いることがおできになる。信者たちが何かの統一的なバッジをつけることを神は喜ばれないどころか、むしろ、許されないだろう。私たちにはどんな目に見えるバッジもなく、共通点は、内におられるキリストだけである。

 私が今回接触したエクレシアは、まだ生まれたての赤ちゃんのような、小さな芽に過ぎないものであったと思う。それはすくすくと育って、この先、もっと確かなものへと成長していく必要があることを感じる。小さな愛に過ぎないものが、確かで力強く揺るぎない愛へと成長し、今現在のあらゆる見解の相違を超えて、兄弟姉妹たちには、この先、キリストを信じる信仰の一致、キリストを知る知識の一致がもたらされる必要があるだろう。そして、互いがキリストの身体としてしっかりと関節に組み合わされて機能するようになる必要があるだろう。そうなる時、初めは小さな芽としての集まりに過ぎなかったものが、目に見えない形であるにせよ、背の高い太い幹へと成長し、空の鳥も憩うほどに葉を生い茂らせ、道行く人々に安らかな木陰を提供するようになるだろう。
 エクレシアが、整えられた主の花嫁として姿を現すには、まだ時間がかかるに違いない。しかし、できるならば、生きているうちにその不思議な御業の完成を目撃したいし、生きてそこに連なることができるならば、何という幸いだろうかと思う。

 今朝、Sugarさんに無事帰還の連絡を入れると、そのまま、電話は交わりになった。不思議なこともあるもので、つい昨日まで、直接話をさせていただいたというのに、今日の交わりは、昨日とは全く打って変わって新しい。ある人は、そんな感じ方は孤独のなせる業だ言って、私を笑うかも知れないが、そうは思わない。キリスト者の交わりは常に新しく、常に人の心身を潤すものとなるだろう。他のキリスト者から溢れ出る生ける命の川々に触れる時に、それが私にとって喜びをもたらし、私の心身を健やかにするものとならないわけがどこにあるだろうか。キリストがおられるからこそ、エクレシアの交わりは人に命をもたらすものとなるだろう。その喜びにあずかれる幸いを思う。

 今、私の故郷では、身近で交わりのできるキリスト者が見つかっていない。けれども、「主が何かを起こされる時には、その単位として、共に行動することのできる二、三人のパートナーを与えられるでしょう。あなたにもそれは与えられるはずですよ」と、Sugarさん。
 きっとそうだろう、この地にも、すでにその二、三人が起こされつつあるのに違いない。私がまだ出会っていないだけで…。そういうエクレシアを、今、至るところで、主は起こしたいと願っておられるのではないだろうか? 主はこの先、どんな方法で私を彼らと出会わせて下さるのだろうか? どうやって、この地にも、交わりが成り立つのだろうか? そうなる時が、待ち遠しくてたまらない。


山小屋の屋上からの見晴らし。見事な晴天!
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