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私ではなくキリストⅡ(東洋からの風の便りI)

「あなたがたは、いのちの言葉を堅く持って、彼らの間で星のようにこの世に輝いている。」(ピリピ2:15)

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米国キリスト教界における異常事態

4.特定の国家を「神の国」と同一視する新種の危険な考え

 昨今、アメリカのプロテスタントのキリスト教界には、何やらとても危険かつ異常な現象が起きている。日本人クリスチャンがその異変に気づいたのは、イラク戦争をきっかけとしてのことであった。ビリー・グラハムなど、日本のクリスチャンの中でも知らぬ人がいないほどのプロテスタントのキリスト教界の大御所たちが、こぞってブッシュ政権支持、戦争支持に回ったことは、日本人全体を驚かせた。それまで、キリスト教界は政治活動とは一線を画しているものと世間は考えていたからだ。
 その頃、日本ではまだ、第二次世界大戦に対して日本の諸教会が反戦を唱えなかったことには重い責任があるのではないかという議論さえ終わっていなかったし、社会運動に不燃心であったキリスト教界が、戦争をこぞって支持するなど、世間には想像もできないことであった。

 だが、イラク戦争以来、米国のキリスト教界は米国の国策と明確に歩みを共にするようになった。米国そのものが神の国だと公然と主張し、その国家政策はすなわち神の御心だと考える信徒も多い。
 坂達也氏のブログは、米国のプロテスタントのキリスト教界の最新流行をいち早く日本に伝えてくれるメディアであるが、記事の中で、坂氏は、イラク戦争が神の御心であったかどうかは、クリスチャンの判断に委ねるとして、米国の国策にわずかな疑問をはさみつつも、それでも、世界中の支持を失って退陣したブッシュ前大統領については、「短い彼の演説には、彼がクリスチャンであることがにじみ出ていました」と、擁護する立場を取っている。

 坂氏は、現在、イスラム圏に起きているらしい「(キリスト教への改宗)リバイバル」を挙げながら、それがイラク戦争のもたらした肯定的な成果であり、イラク戦争は必ずしも否定的側面ばかりではなかったとする。だが、イスラム圏への旅行を通して、イスラム世界で、宗教が人々の生活にどれほど密着しているかを実際にこの目で見てきた私には、ムスリムがキリスト教に改宗することがどれほど困難であるかが感じられる。そこで、ジョエル・ローゼンバーグ氏が言うような、「イスラム圏でのキリスト教リバイバル」の事実の有無については、今後、統計学的証拠の提出が必要となるだろうと思う。

 また、ビュン牧師の事件によりその悪名が日本全国に知れ渡った「トランスフォーメーション」プログラムの提唱者の一人であるリック・ジョイナー氏は、同じ坂氏のレポートによると、アメリカ教界において、終末の大艱難時代の到来を告げる各種の主張を打ち出している。ジョイナー氏は主張する、

「最近の預言的カンファレンスで、この世の経済は人々の予想を遥かに超えて、もっともっと悪くなることを主からはっきり示されたと言っています。『大きな政府』機関によって総てを支配し指導しようとするデマンド・サイドのケインズ経済学は最早全く通用しなくなり、最終的にはレーガン大統領が主張した小さな政府―税金を減らし、出来るだけ政府を通さないで、むしろプライベイト・セクターにまかせる経済策である『レーガノミックス』が効を奏し、うんと縮小された形で生き残る、と言います。そのために現在の経済原理の悪い根が取り除かねばならず、それにはかなりの時間がかかるが、しかし最後は神によって助けられ、小さく健全な経済規模となって回復すると預言しています。」

 米国キリスト教界が、戦争を支持するばかりでなく、経済政策に至るまで、国の政策において何が神の御心であるかを詳細に定義し、未来を予言しようとしている態度には驚かされる。キリスト教界が、市場原理主義を推進し、米国経済が間もなく破滅寸前に行き着くだろうという恐ろしい「預言」を打ち出している。さらに、ジョイナー氏の発言は、クリスチャンを震撼させるような不吉な予言のオンパレードだ。

「又政治・経済だけでなく、世の中のモラルは廃頽の一途にあります。その上、心配されて来た鳥インフルエンザ等の疫病がこれから世界を風靡するでしょうし、地震とか異常気候による天変地異による莫大な被害が予想されます。それに加えて戦争が起こります。」

 私はまだ記憶しているが、鳥インフルエンザの脅威に関するリック・ジョイナー氏のご親切な忠告は、以下に引用するように、坂氏の同ブログの2007年12月の記事においてもなされている。氏はこの時、差し迫った脅威に対して3か月分の食糧備蓄を呼びかけた。だが、その後、一年に渡り何事も起こっていないのはなぜだろう?

「鳥インフルエンザのことを覚えていますか? 多くの人はそれはもう去ってしまったことだと思っています。しかし、実はその反対なのです。<中略>世界の科学者たちは、今度の鳥インフルエンザは黙示録に書かれている人類の三分の一がそれによって滅びる疫病のようであると言っています。<中略>これからの最大の宣教活動の一つは、災害救助でしょう。<中略>すべてのクリスチャンは3ヶ月から半年分の食料、水、医薬品を常に蓄えるべきです。」

 いずれにせよ、ジョイナー氏が「これからの最大の宣教活動の一つは、災害救助でしょう」とまで言い切っているのには驚く他ない。
 そして何よりも今、米国のキリスト教界を一番騒がせている問題は、「携挙」の問題である。坂達也氏はこの米国教界の「最もホットな話題」についてこう述べる、

「多くのクリスチャンは、前述した大患難の前に携挙されるので自分たちは患難を通らない、関係ないと(これをプリ・トレビレーション説と呼びます)高をくくっていますが、本当にそうでしょうか。<略>
 私たちキリストの花嫁を主は『ご自身で、しみや、しわや、そのようなものの何一つない、聖く傷のないものとなった栄光の教会を、ご自分の前に立たせる』(エペソ5:27)というご計画であるのです。それが『キリストのからだ』である『教会』と言う大きな規模で達成されるためには、本当に世界中が火の中を通る程の患難を経験しなければならないことは想像に難くないではありませんか。人間から『罪を洗いきよめる』とは本当に至難の業です。死を通るに等しいのです。
 しかし、私たちクリスチャンは死を恐れる必要は全くありません。(既に主のために死んでいるはずなのですから。)たとえ殺されたとしても、主のために死ぬことは『栄光ある殉死者』として、天の御座の前で昼も夜も神に仕える最高の特権が与えられるのです。(黙示録7:9、13-17参照)」

 クリスチャンに決死の覚悟を呼びかけるこのメッセージは、まるで自爆テロという聖戦(ジハード)に今しも赴かんとするイスラム過激派の兵士への激励の呼びかけのようである。キリスト教界の教師たちが、来るべき「大艱難」を予告し、善良なクリスチャンに対して、その未曾有の困難を、艱難前掲挙という安易な方法で逃れられると思うな、プリ・トリビレーションなどという安易な考えで心を慰めず、来るべき未曾有の困難に耐えられるようにしっかりと心理的準備をしなさい、と呼びかけているのである。

 私はまだ最初の数ページにしか目を通していないが、今、米国クリスチャンの話題をさらっている『レフトビハインド』は、まさにこのような教えの流れの中で執筆された書物なのではないかと思う。「レフトビハインド(=掲挙から取り残された者たち)」という題名から察するだけでも、これは恐らく、坂氏が述べているように、「大勢のクリスチャンは大艱難から逃れられない」という、米国キリスト教界の公式路線を明確に表す内容なのではないだろうか。

 米国キリスト教界内で、今、差し迫った大艱難時代の到来、キリストの間近な再臨を予告し、クリスチャンに大いに不安を煽るような異常な教えが巻き起こっている。
 だが、先に挙げた坂氏の文章の最後の数行だけを見ても、このような主張がどれほど聖書から離れているかが明確になろう。最も異常なのは、「人間から『罪を洗いきよめる』とは本当に至難の業です。死を通るに等しいのです」という一言だ。

 聖書によれば、人間が罪から洗いきよめられるためには、ただ十字架による罪の贖いと救いを信じるという、一瞬で済むほどの簡単な作業しか要求されていない。十字架を背負ってゴルゴダへ向かう至難の全行程を、私ではなく、イエスがすでに負ってくださったからだ。
 何を難しく考えることがあろう。私はただ自分の罪を神の前に告白し、十字架に重ねるだけで良いのだ。イエスと共に歩む信仰生活には時には困難もあるが、救いはただ一方的な恵みによるのであって、私がどんなに七転八倒してみたところで、それで自分の罪を少しでも洗い清められるわけがない。
 そんなわけで、クリスチャンが罪清められてキリストの花嫁となるために、未曾有の苦しみを通過せねばならないという上記の主張は根本的に誤っているし、異常である。

 最後に、こうして米国で盛んによびかけられている「掲挙」の問題は、米国とイスラエル国家との運命共同体のような政策と切り離せない事柄のようだ。
 『神の国アメリカの論理』(上坂昇著、明石書店、2008年)という著書では、アメリカのキリスト教界が打ち出す「掲挙」に関する見解と、キリスト教的シオニズムとの間には、切っても切り離せない密接な関係があることが述べられているようだ。私は同書を入手していないが、久保文明氏による書評によると、内容は次のようなものである、

「ジョン・ヘイギーという牧師は、『イスラエルのために団結するキリスト教徒』の指導者であるが、イスラエルを支援するのはキリスト教徒の義務であると考え、アメリカにおいてイスラエルを支持する活発な政治活動を展開している。歴史の長きにわたって、キリスト教徒とユダヤ教徒は反目し合ってきたのであるから、このような現象は多くの読者にとって驚きであろう。
 ヘイギー師がこのような運動を起こしたのは、聖書が『神はイスラエルを愛する人を愛し、イスラエルを呪う人は神に呪われる』と告げていると信じているからである。概して宗教右派は、イエスの再臨の条件として、イスラエルの民であるユダヤ人が聖地イスラエルに帰還しなければならないと信じている彼らは、キリストの再臨がある日突然起こり、千年王国が始まるとする(前千年王国論)。そしてイスラエルの復活は、その前提とみなされている。

 米国プロテスタントのキリスト教界において、キリストの再臨と掲挙という聖書的問題と、シオニズムという政治政策が、非論理的な方法で一くくりにされようとしている。
 だが、ペンテコステ運動においては、このようなキリスト教シオニズムは少しも新しいものでない。かつてアンドレ・コルタン氏の論説『繁栄の神学』を分析した時にも述べたように、ペンテコステ運動の柱は大まかに以下のようなものである。

1)「神は貧困を喜ばず、豊かになることは罪ではないとする繁栄の神学」
2)「人々の心身や、地域、国から悪霊を追い出さなくてはならないという霊の解放と戦いの神学」
3)「イスラエル国家を神の国と同一視し、イスラエルの国家政策に追従するキリスト教シオニズム」
4)「特別に選ばれた神の器とされるカリスマ的指導者を頂点に頂く礼拝や集会のスタイル」
5)「全世界に出て行って全ての国民を弟子とせよという大宣教命令に基づき、ペンテコステ派の神学と礼拝スタイルを全世界に普及させるべく考え出される各種の教会成長プログラム」

 これらの柱の上に、今度は、終末論が上乗せされた。アメリカのキリスト教界は今や異常事態に陥っている。差し迫った世界の終末やキリストの再臨を唱えて、やたらと信徒の不安を煽るような宗教団体が、どこへ行き着くかは、人民寺院事件を思い出すだけで沢山である。
 私たちがそのような教えの後を追う必要はない。「神の国アメリカ」、「神の国イスラエル」などと言う人たちの言い分を聞く時には、もう一度、聖書の言葉(ルカ17章、21章)をしっかり思い出そう。

「神の国は、見られるかたちで来るものではない。また『見よ、ここにある』『あそこにある』などとも言えない。<略>人々はあなたがたに『見よ、あそこに』『見よ、ここに』と言うだろう。しかし、そちらへ行くな、彼らのあとを追うな。」
「あなたがたは、惑わされないように気をつけなさい。多くの者がわたしの名を名のって現れ、自分がそれだとか、時が近づいたとか、言うであろう。彼らについていくな。戦争と騒乱とのうわさを聞くときにも、おじ恐れるな。こうしたことはまず起らねばならないが、終りはすぐにはこない

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