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私ではなくキリストⅡ(東洋からの風の便りI)

「あなたがたは、いのちの言葉を堅く持って、彼らの間で星のようにこの世に輝いている。」(ピリピ2:15)

それゆえ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです。

「たとえ、人々の異言、天使たちの異言を語ろうとも、
 愛がなければ、わたしは騒がしいどら、やかましいシンバル。
 たとえ、預言する賜物を持ち、
 あらゆる神秘とあらゆる知識に通じていようとも、
 たとえ、山を動かすほどの完全な信仰を持っていようとも、
 愛がなければ、無に等しい。

 全財産を貧しい人々のために使い尽くそうとも、
 誇ろうとしてわが身を死に引き渡そうとも、
 愛がなければ、わたしに何の益もない。

 愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。

 礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。
 不義を喜ばず、真実を喜ぶ。
 すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。

 愛は決して滅びない。
 預言は廃れ、異言はやみ、知識は廃れよう。
 わたしたちの知識は一部分、預言も一部分だから。
 完全なものが来たときには、部分的なものは廃れよう。
 幼子だったとき、わたしは幼子のように話し、
 幼子のように思い、幼子のように考えていた。
 成人した今、幼子のことを棄てた。

 わたしたちは、今は、鏡におぼろに映ったものを見ている。
 だがそのときには、顔と顔とを合わせてみることになる。
 わたしは、今は一部しか知らなくとも、
 そのときには、はっきり知られているようにはっきり知ることになる。
 それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。
 その中で最も大いなるものは、愛である。」

(Ⅰコリント13:1-13)
 
世界中で緊急事態が展開する中、我が国だけは、まるで何事もなかったかのように日常に戻りつつある。さすがにあの原発事故をさえ、何事もないかのごとくやり過ごそうとした国だけのことはあると感じる。

筆者の周りでは買い占めも起きていなければ、騒動もない。もちろん、勤務が休みになることもない。当ブログでは、オリンピックは決して開かれないと予想しているが、それ以外の点において、この国の人々が危機に直面しても、まるでないがごとくにそれをやり過ごす力には非常に驚かされる。

筆者は、日常生活を一歩一歩、踏みしめながら、素朴な生活を守り抜いて生きることが、非常事態に対する確かな抵抗であると感じている。

ところで、冒頭に挙げた御言葉は、キリスト者でも、往々にして、耳を塞ぎ、口に上らせることも避けて通りたいと考えるような、最も身につまされる箇所であり、教会でも、結婚式が行われる時などを除いて、滅多に語られることもない箇所だ。

なぜなら、この御言葉を語ると、クリスチャンは自分の愛の卑小さ、非力さ、自分自身の人格の未熟さ、欠点を思い知らされ、神と人との前で、恥じ入らずにいられないからだ。

牧師たちも、往々にして、この御言葉とは正反対の人生を歩んでいる。忍耐はないし、情け深くもなく、妬みと競争心に燃え、自慢話が大好きで、高慢に人に説教をする。その上、復讐心が強く、些細なことでいつまでも相手に恨みを抱いて赦そうとせず、時に平然と嘘をつき、人を侮辱し、黙って理不尽を耐えることなどまっぴらごめんという態度である。

そこで、そんな牧師たちはもちろんのこと、信者たちも、この箇所を語るとき、そそくさと足早に通り過ぎようとする。そして、ほんの少しだけ立ち止まっても、要するに、これはキリストの愛、神の愛のことを言っているのであって、自分たち人間の愛などはそれに遠く及ばない、これに倣おうと思っても、人間は未熟だから、なかなかできないものだ・・・、などと自己弁明の言葉を添えるのが通常である。

とはいえ、筆者には最近、この箇所が思い浮かんで来るようになった。そして、この御言葉は、そんなにも非現実的なことを言っているのではなく、キリスト者の自然な生長段階をよく示しているだけのように感じる。

それは筆者の周りに置かれている人々の質、そして状況が、今までと全く変わって来たためでもある。

最近、筆者は人々に誤解され、根拠のないことで悪しざまに言われ、嘲笑の的とされ、あるいは、自分の努力の成果が正当に評価されなくとも、その理不尽に耐える力が、以前よりも、少しずつ、増し加わって来たように感じる。

地獄の軍勢から来ているとしか思えない集団的な悪意に取り囲まれるときにも、恐怖に立ち向かう力が、前よりはるかに養われて来たように思う。

状況は相変わらず困難に満ちているにも関わらず、筆者が恐怖を感じることが、だんだん少なくなって来ている。それもこれも、天はすべてを見ており、すべての出来事の本当のありようをちゃんと観察している方がおられるという確信のゆえだ。

天においてのみならず、この地上の人間社会においても、多くの人がうわべだけの様相を見て誤解するようなことがあっても、事の真相を見抜いている人は、どこかにいるものだ。ただ一人であってもいいから、筆者が自分の苦労を真に知ってもらい、評価してもらいたいと願う人が、真実を知ってくれれば、それでばいい。その誰かがわざわざ言葉をかけて筆者をねぎらってくれずとも、真実が知られているというだけで十分なのだ。

つまり、筆者の受けた苦しみを知っていてくれる人が、天においてのみならず、この地上においても、どこかに存在している。たとえ声に出して共感を示さずとも、その痛みを分かち合ってくれる人が、どこかに存在している。そのことが分かっていれば、自分の受けた苦しみが、ただちに取り去られずとも、不合理な状況が、ただちに改善せずとも、失ったものに償いが与えられずとも、慰めを受け、心安らいでいられる。

それは不思議な平安である。

これまで長い長い間、筆者の苦悩を受け止めることのできる力を持った人間は、ほとんど現れなかった。そのことが、筆者の人生の悲劇だったと言っても良い。ところが、近年、そういう力を持った人々が、ちらほらと複数、現れ始めた。順調なときだけ、喜んで付き合うのではない。逆境の時にも見捨てず、根気強く向き合うことのできる人。

もちろん、筆者は誰にも依存するつもりはないので、理想的な人物の到来を待つつもりはないし、他者に向かって、長い長い愚痴を吐露し、説明に説明を重ねたりして、理解を乞うようなこともしたくない。苦しみを分かち合うにも、ほんの一瞬の語らいで良い。いや、語らいさえ成立しなくても良い。ただ受け止められている、理解されている、知られている、という確信が、ありさえすれば良い。

それがあるだけで、状況が根本的に解決しておらずとも、あるいは、自分の望みの通りに物事が運んでおらずとも、苦しみの元凶となる出来事が何ら取り去られたわけでなくとも、心が満たされるし、勇気を出してそれに立ち向かって、進んで行く力が与えられる。

そういう意味で、自分を理解できる力を持った誰かに、自分を知ってもらっている、という感覚は、大きな安心感をもたらすし、心を強くする。

だから、神に自分を知っていただいていることが分かれば、人はとても心を強められるはずだ。次の御言葉にもある通りだ。

「どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。」(フィリピ4:6-7)

グノーシス主義者は、自分が神によって「知られる」客体であることに反発を示す。彼らは自分たちこそ「主人」になりたいので、客体とされることを侮辱のように考えている。そもそも彼らは、創造主なる神がおられることを認めず、自分たちは造られた者であって、被造物に過ぎないという事実にさえ納得しない。

だが、筆者はそうは考えない。神に知られていることは、人にとってどれほど光栄なことであろうか。人は働くとき、雇い主の満足を考えないだろうか。ペットは、飼い主に喜ばれることに、生きがいを見いださないだろうか。

筆者の飼っているペットたちは、筆者から眼差しを注がれる瞬間を切に待ち望んでいる。筆者の姿を見ると、飛び跳ねて喜ぶし、鳥も筆者の行くところどこへでも後を追って飛んでくる。

彼ら動物たちは、筆者によって知られ、存在を喜ばれ、受け止められていることに、慰めと光栄を見いだしている。筆者が姿を現すこと、筆者が彼らの存在を受け止めることが、彼らの喜びであり、光栄である。その関係の中に、どうして侮辱や、卑下などが存在し得ようか。

それと同じように、筆者も、筆者を愛し、受け止めることのできる者の眼差しによって見つめられ、知られ、受け止められる瞬間を、光栄なものとして待ち望んでいる。

もちろん、神以外に、人の心を隅々まで理解し、人を愛し、受け止めることのできる方はいない。だから、筆者を完全に理解できる存在とは、神に他ならない。

とはいえ、地上においても、神と人との関わりを表す絵図として、人を深く理解することのできる人間たちが時折、現れる。信仰の友の中にも、そうでない人たちの中にも。
 
そういうわけで、筆者の周りに現れる人間の質が、近年、変化して来たのを感じる。もちろん、残念なことに、以前よりも状態が悪くなって、理解が成立しなくなって去っていった人々もいるにはいたが、その反対に、非常に稀有な理解を示す人々も現れて来たのである。

そういう人たちから、ほんのわずかな助けを得るだけでも、筆者は心満たされ、十分に一人で歩いて行ける力をチャージされる。そういう人たちが存在すると分かっているだけでも、心を強くされる。

そうして、他者の強さによって、筆者が自分の心の弱さを覆われるとき、筆者は、自分自身もまた誰かに対しては、とても強い人間であること、筆者の強さも、他人の弱さを覆うために役立つことが分かる。

そのとき、黙って他者の弱さを担うことができるようになる。自分が誰かをかばってやったなどと吹聴して、他人の前で誇る必要はないし、他者の弱さを暴露する必要もない。むしろ、黙って、他者の弱さを身に引き受け、自分のもののように負うだけで良いのだ。

そうして、黙って、弱さ、侮辱、窮乏、迫害、行き詰まりを負ってご覧なさい! そうすれば、そこにどれほどの栄光が与えられるか、試してみれば良い。弱いはずにも関わらず、そこに神の強さが働き、苦しんでいるはずにも関わらず、慰めが与えられる。窮乏しているはずなのに、満ち足りており、迫害されているにも関わらず、行きづまりに達することなく、何にも不自由のない、十分に恵みを受けた人間として、すべてに毅然と立ち向かい、尊厳と喜びを持って、すべてに勝利をおさめることができるようになる。

「それで、そのために思い上がることのないようにと、わたしの身に一つのとげが与えられました。それは、思い上がらないようにと、わたしを痛めつけるために、サタンから送られた使いです。この使いについて、離れ去らせてくださるように、わたしは三度主に願いました。すると主は「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われました。

だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。それゆえ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです。」(2コリント12:7-10)

筆者が地上において何をどれだけ耐え忍んだか、それが誰のためであって、誰がそれによって利益を受けたのか、そんなことを誰にも説明する必要はない。それを知っていて下さる方は、神だけで良い。神が筆者の苦労を知って下さり、ねぎらって下さりさえするならば、筆者はどこまででも人の誤解を恐れずに進んで行くことができる。

主が筆者の労苦をねぎらって下さるのが、いつなのか、筆者は知らない。だが、いつかその出会いが来るときまで、筆者はこの地上において奮闘を続ける。その時がくれば、筆者は、主と顔と顔を合わせるようにして向き合い、筆者は自分の心の労苦が、すべて主に知られていることを、鏡に映すように知らされて、心から安堵を覚えるだろう。また、その時に、はかりしれない忍耐を持って人を愛して下さる神の愛の大きさをも、はっきりと鏡に映すようにして知らされることになろう。
 
今、筆者のこの手には、ただ自分自身以外には、自分の心以外には、捧げるものが何もない。しかも、それは様々な痛みや苦しみや悲しみを通過して、踏みしだかれたり、乱暴に扱われ、擦り切れて、よれよれになって、古びかけている筆者の真心である。しかし、飾らず、気どらず、あるがままの正直な心である。

その気取らない真心を主に捧げる以外には、筆者には差し出せるものがない。だが、そんな古びた心にも、キリストと共に十字架の死を経由するなら、主の復活の命によって、新しい命の力が注ぎ込まれる。

いつの間にか、苦しみは慰めに満たされ、悲しみが喜びに取って代わり、弱さが強さに覆われて、勇気が与えられる。すると状況は何も変わっていないのに、心の中心に立っておられるキリストの命の統治により、すべてが徐々に変えられて行く。

そういうわけで、命の水を注ぎだすためのパイプラインは今も作動中である。筆者が休業の札を置いておきたいと願うときにも、それは休みなく稼働したままであり、筆者はその水を流し出すための生きた通路とされている。

ウォッチマン・ニーが「血の高速道路」と呼んだものが、筆者を切り裂いて作られている最中なのである。つまり、命の水を流し出す作業は、人が割れたビスケットのようにならない限り、決して完遂できないものであって、私たち信じる者の痛み苦しみの只中に働く死なくして、復活の命が流し出されることはない。

だから、筆者は死の立場に甘んじるしかなく、日々、水の下に沈められ、殺されていると言っても差し支えない。その死と引き換えに、命が人々のもとに届けられているのである。それが筆者の役目となり、職業のようになり、筆者が建設しているパイプラインは、まさに筆者自身を切り裂いて作られている通路である。

とはいえ、それは筆者が一人だけで完遂する孤独で苦悩に満ちた悲惨な体験ではないし、無意味な自己犠牲でもない。主が共にいて下さり、筆者の労を知ってねぎらって下さっているので、それは孤独ではなく、耐えられない試練でもない。

むしろ、非常に逆説的なことに、そこには大きな喜びがあり、慰めが伴い、何より、愛がある。神への愛、そして、人々への愛がある。復活の命は、人々のためだけではなく、まさに筆者自身のためにも与えられているものなので、そのパイプラインの恩恵を真っ先に受けて、命の力によって満たされ、強められるのも、筆者自身である。

主は、絶対に筆者を見捨てられない、と言われる。だから、筆者は、自分を取り巻く状況を変えるために、終わりなく弁明したり、奮闘すまいと決意している。主が共にいて下さり、すべてを知っていて下されば、それだけで満足である。その命なる方にこそ、すべての解決があることを筆者は知っているからだ。
 
「ヤコブよ、なぜ言うのか
 イスラエルよ、なぜ断言するのか
 わたしの道は主に隠されている、と
 わたしの裁きは神に忘れられた、と。

 あなたは知らないのか、聞いたことはないのか。
 主は、とこしえにいます神
 地の果てに及ぶすべてのものの造り主。
 倦むことなく、疲れることなく
 その英知は究めがたい。

 疲れた者に力を与え
 勢いを失っている者に大きな力を与えられる。
 若者も倦み、疲れ、勇士もつまずき倒れようが
 主に望みをおく人は新たな力を得
 鷲のように翼を張って上る。
 走っても弱ることなく、歩いても疲れない。」(イザヤ40:27-31)

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神は、あなたがたがいつもすべての点ですべてのものに十分で、あらゆる良い業に満ちあふれるように、あらゆる恵みをあなたがたに満ちあふれさせることがおできになります。

「イエスは賽銭箱の向かいに座って、群衆がそれに金を入れる様子を見ておられた。大勢の金持ちがたくさん入れていた。ところが、一人の貧しいやもめが来て、レプトン銅貨二枚、すなわち一クァドランスを入れた。

イエスは、弟子たちを呼び寄せて言われた。「はっきり言っておく。この貧しいやもめは、賽銭箱に入れている人の中で、だれよりもたくさん入れた。皆は有り余る中から入れたが、この人は、乏しい中から自分の負っている者をすべて、生活費を全部入れたからである。」(マルコ12:41-44)

* * *

「わたしは、他人の金銀や衣服をむさぼったことはありません。ご存じのとおり、わたしはこの手で、わたし自身の生活のためにも、共にいた人々のためにも働いたのです。

あなたがたもこのように働いて弱い者を助けるように、また、主エス御自身が『受けるよりは与える方が幸いである』と言われた言葉を思い出すようにと、わたしはいつも身をもって示してきました。」(使徒20:33-34)

* * *

惜しんでわずかしか種を蒔かない者は、刈り入れもわずかで、惜しまず豊かに蒔く人は、刈り入れも豊かなのです。各自、不承不承でなく、強制されてでもなく、こうしようと心に決めたとおりにしなさい。喜んで与える人を神は愛してくださるからです。

神は、あなたがたがいつもすべての点ですべてのものに十分で、あらゆる良い業に満ちあふれるように、あらゆる恵みをあなたがたに満ちあふれさせることがおできになります。

「彼は惜しみなく分け与え、貧しい人に施した。
 彼の慈しみは永遠に続く」
と書いてあるとおりです。

種を蒔く人に種を与え、パンを糧としてお与えになる方は、あなたがたに種を与えて、それを増やし、あなたがたの慈しみが結ぶ実を成長させてくださいます。あなたがたはすべてのことに富む者とされて惜しまず施すようになり、その施しは、わたしたちを通じて神に対する感謝の念を引き出します。なぜなら、この奉仕の働きは、聖なる者たちの不足しているものを補うばかりでなく、神に対する多くの感謝を通してますます盛んになるからです。

この奉仕の業が実際に行われた結果として、彼らは、あなたがたがキリストの福音を従順に公言していること、また、自分たちや他のすべての人々に惜しまず施しを分けてくれることで、神をほめたたえます。更に、彼らはあなたがたに与えられた神のこの上なくすばらしい恵みを見て、あなたがたを慕い、あなたがたのために祈るのです。言葉では言い尽くせない贈り物について神に感謝します。」(Ⅱコリント9:6-14)

* * *

主の御座の高さと静謐さの中を歩む。私たちのこの手に、種以外に何もないように見えるとき、豊かな実りを約束して下さっている主の御言葉を思う。

毎年、筆者の年末年始や、特に新年の過ごし方は、とても深い意味を持つ予表的・象徴的なものであった。人々が自分の家庭に引きこもり、御馳走を食べて過ごすその瞬間、もしくは、神社や教会その他の宗教施設に通い詰め、行事や、あるいは買い物に明け暮れる中、大抵、筆者は、この世のすべての喧騒から引き離されて、ほんのわずかなキリスト者と共に、神との静かな歩みの中に引き入れられていた。
 
そこには、人の知れない、ひっそりとした喜ばしい交わりと、ほとんど単独者と言って良い、神の御前での歩みがあった。

今年は、そうした静けさの中で、自分自身を、本当に自分のためではなく、主の御心にかなう目的のために、なげうとうと決意させられた。

今でも忘れられないのは、ある新年のこと、ちょうど仕事の切れ目で、新しい職を探していた筆者を、ある姉妹が自分の別荘に呼び、心からもてなしてくれた時のことである。姉妹はその別荘で、誰にも言えない筆者の悩みをじっくり聞いて、筆者には広い自分のベッドを提供し、自分は寝袋を敷いて床に寝た。

階下にある温泉に筆者が浸かりながら、将来のことを思い巡らして悩んでいた時、彼女は台所でかいがいしく料理を作り、いかにして筆者をもてなそうかと心を尽くしていた。自分は温泉に行っても、あっという間に戻って来て、筆者の話に耳を傾けた。

だが、姉妹はそれらのことを本当に心から喜んでしており、筆者が悩みの渦中に沈んでいたにも関わらず、筆者といるのが、楽しくてたまらないという風であった。そして、その姉妹と一緒にいるときに、新しい職場からの連絡がかかって来て、筆者が進むべき道も定められたのだが、そうなるまでにも、彼女は、筆者の仕事のためにも、どんなに祈ってくれたか分からない・・・。

その姉妹は、あまりにも心清く、純粋な信仰を持ち、天に近いところにいたためであろうか、その後、数ヶ月で、実際に、天に召された。もう何年も前のことである。だが、その時にも、彼女が召されたことと引き換えのように、大きな慰めが天からもたらされ、信仰者ではなかったが、またもや新たな複数の友が、不思議な形で筆者の人生に与えられたのであった。

このように、なんの尊敬すべき取り得もなく、何一つ返せるものさえ筆者になかった時に、筆者の苦しみを少しも見下したり、蔑んだりすることなく、まるで筆者が神から遣わされた御使いででもあるかのごとく、心からの尊敬と愛情を持って、心を尽くして仕えてくれた姉妹がいたことは、筆者の心に深く刻み込まれた。

ああ、これが、キリスト者の奉仕なんだな、これが、互いに愛し合い、仕え合いなさいという御言葉の意味なんだな・・・と示され、それと同時に、彼女を通して、筆者がどんな境遇にあっても、キリスト者としての愛らしい魅力を失っていないこと、それが、仲間の兄弟姉妹にはちゃんと分かること、落胆すべきことなど何もなく、どんな瞬間にも、神の恵みに満ちた御業が確かに存在すること、それを分かち合って喜ぶことが、私たちキリスト者の使命であることを知らされたのである。

筆者自身は、その後も、しばらくの間は、自分が生きることに精いっぱいで、人々を助けるところまで、手が回らなかったが、ようやく昨年は、司法制度を通じて筆者が受けた恵みを、他の人々にも届けようと考え、そのために、自分の専門を捨てて、新しいことを始めた。

そうして、自己実現のための生き方を捨て、自分の専門を手放した報いとして、筆者は失ったものを余りある豊かな祝福を受けたのである。

神はやはり、私たちの生きる動機そのものをよくご覧になっておられ、正しい動機のために、私たちが捨てたものを、決して見過ごしにしてはおかれないのだと痛感させられた。

そこで、この新たな年には、筆者はよりまさった天の収穫を受けるために、自分をさらに捨て、神と人とのために、自分をなげうとうと決めた。と言っても、その方法は、あくまで秘密であって、それは人に知られない十字架の道である。

幼い頃に、兄弟たちに裏切られて、エジプトに売られたヨセフが、エジプトで宰相になるまでの間には、長い長い月日が経過した。エジプトはヨセフの故郷ではなかったし、ヨセフはそこでも、何度も、あらぬ罪を着せられたりして、苦難の月日を過ごさねばならなかったが、それでも、彼に与えられた神の力が発揮され、異郷の地でついに最後はファラオからも篤い信任を得て、重責を担う立場に立たされた。

だが、そうなった目的は、決して、ヨセフ自身が、偉い人となって、人々に君臨することにはなかった。むしろ、彼を通じて、彼の親兄弟たち、イスラエルの民が飢饉から救われ、生き延びることにこそあった。つまり、ヨセフは、エクソダスの象徴であり、ヨセフを通して、民が死から生へと贖い出され、命へと導き入れられるためにこそ、彼が兄弟よりも先にエジプトに遣わされたのである。

エクソダスとは、十字架である。つまり、ヨセフが辿った苦難と栄光もまた、主イエスの十字架の死と復活の象徴だったのである。

そういうわけで、一粒の麦が地に落ちて死なない限り、多くの実が結ばれることはない。キリスト者が学ばねばならないのは、自己の望みの最後の最後のなけなしのものに至るまでも、神と人とのために手放し、それによって、自分の思いをはるかに越えたところにある神の恵みに満ちた正しいわざを掴み、これを地上に引き下ろし、それによって生きることである。

筆者には、エジプト(この世)で果たさなければならない使命があり、非常に困難な召しが心にある。神を愛し、人を愛して生きるために、筆者は、この国の人々のために、役立つことをせねばならないと思っている。残りの人生は、もはや筆者自身の個人的な満足と栄光のために存在しているわけではない。

とはいえ、この国の人々のために・・・などと仰々しい言葉を使っても、それは決して、筆者が有名指導者になって、自分の名を冠した多くの組織や団体を作り、その先頭に立って人々を指揮し、皆から篤い信頼と尊敬を受けながら、輝かしい事業を率いて行くというものではない・・・。

そういう道を、筆者はこれからも選ばないだろう。筆者はこれから先も、ずっと神の御前の単独者として、何の栄光も受けない名もない人間として、ひっそりと人に知られない道を歩み続けながら、それでも、そこで自分の召された目的を従順に果たし続けるだろうと思う。

筆者の歩いている道は、誰からも理解もされず、評価も受けないように見えるかも知れないが、それでも、その時々で、神はその道が、確かに神の召しによって与えられたものであり、筆者を待ち受けている将来的な栄光が確かに存在することを、筆者のみならず、他の人々にも分かるように、不思議な形で示して下さり、その約束の確かさを、筆者に思い起こさせて下さるだろうと思う。

そうして自己を否み、日々の十字架を担って、主に従って、歩み続けることこそ、神が筆者に与えられた筆者の見えない「事業」であり、ミッションなのである。だが、その十字架は、私たちが負い切れないほどの苦難を負って、絶望や孤独や悲しみにひしがれながら歩むというものではない。

主は言われた、「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。わたしの軛は負いやすく、わたしの荷は軽いからである。」(マタイ11:28-30)

自分を捨てて、日々の十字架を負うとは、主の謙虚さにならって、負いやすい軛、軽い荷を担う道である。ちょうど主イエスがゴルゴタに向かわれたとき、主が十字架を負い切れなくなった瞬間、ほんのわずかな間だけ、人がそれを負うのを手助けしたことがあった。私たちが担う日々の十字架とは、そういうものであって、十字架の大部分は、すでに主が担って下さっている。

だから、主のへりくだりにあずかりさえすれば、私たちに与えられた軛は負いやすく、その荷は軽い。そして、主のへりくだりにあずかるとは、私たちがいついかなる瞬間も、自己の限界を迎えると思うときでさえ、主が豊かに与えられたように、惜しみなく与える人となることを意味する。それによって、私たち自身が、私たちの仕えている方の限りない豊かな性質を生きて体現することである。
 
こうして、 何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。」(マタイ6:33-34)と書いてある通り、その道にさえ、忠実に歩んでいれば、筆者の個人的幸福や生活の必要性などは、すべてその後から「みな加えて与えられる」だろう。すべての必要が、自然と、不思議に満たされ、地上的な必要性のことで心をいっぱいに煩わせた挙句、明日のことまで思い煩う必要などどこにもなくなるのである。

すべてのものの供給者は神である。だから、私たちは、自分が不器用で、何も持たず、貧しいように思えるときにも、人に頼るどころか、むしろ、主にあって、豊かな者として、惜しみなく豊かに与えることが実際にできるのだ。

だから、筆者はエクレシアから一方的に命の供給を受けることなく、あくまで豊かに流し出す者としてそこに連なっているものと確信している。エクレシアとは、そもそも、命なるキリストが、神の多種多様な知恵が、天の無尽蔵の富が満ち溢れているところである。そのエクレシアに連なっている者が、日々、自分の必要性で窮々とし、絶えず人の助けを乞うしかないなどあるはずがなく、どんな状況にあっても、信仰によって豊かに命を流し出すときに、そこに主の栄光が現れるのであり、それこそが、私たちが絶え間のない命の交換に生きるための秘訣なのである。

キリスト者はこうして、まさに生涯の終わりの瞬間が来るまで、絶え間なく、与える人になることが実際にできる。そして、それだけが、私たちが、この地上的制約を解かれ、天の栄光と祝福の満ちたりた豊かさの中を、身を軽くして歩む秘訣なのである。しかし、この原則を知っている人は、とても少ないのではないかと思う。

何度も言うが、それは、与えるものが豊かに手元に備わっているから、与えるというもののではなく、むしろ、手元に何も残っていないように見えるとき、私たちの力が尽きて、できることがもう何もないように見えるときに、なけなしのものを、神の愛のゆえに、主のため、人々のために捧げることを意味する。

そうするときに、私たちがなげうったものは、何倍にも祝福されて、天から返される。

それは、最後のレプタ二枚を献金したあの女と同じであって、主イエスは、その女が命がけで神に自分を捧げたことを知っておられ、その女の信仰を誉められたが、その女は、その後、どうなったのだろう? 生活費全部を愚かにも賽銭箱に投げ入れたために、信仰と引き換えに、飢え死にしたのであろうか? そんな馬鹿なことは決してあるまい。

主イエスは別なたとえでこう語られた。

良い土地に蒔かれたものとは、御言葉を聞いて悟る人であり、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結ぶのである。」(マタイ13:23)

最後のレプタ二枚を神に捧げた女は、きっととても不思議な方法で、天から百倍、六十倍、いや、どんなに少なくとも三十倍は、その報いを得て、必要を余りあるほど補われたであろうことを疑わない。

なぜなら、そういうことは、筆者の人生でも何度も起きて来たからである。

神が見ておられるのは、私たちが、神と人とに仕える動機であって、どこで、誰にどんな奉仕をするかというその内容や、規模ではない。たとえ自分の持てるすべての財産をなげうったとしても、その動機が、神への愛から出たものでなければ、報いはない。

しかし、神は、私たちが、主に従い、神の愛の中にとどまるがゆえに、自分の持てる最後のなけなしのものを捧げて神に仕え、人々にも与える立場に立とうとすることを、とても喜んで、評価して下さる。

そんなわけで、自己の力が尽き果てようとするとき、自分には何ももう誇るべきものがなく、誰にも分け与えるものも、評価や尊敬を受ける根拠もなく、与えて欲しいと願われるようなものさえ、手元にはもう何もないという境地になったときこそ、最も豊かに与えることができる瞬間なのである。

この原則を知っている人は実に少ない。(ただし、これは筆者が追い詰められているということの告白ではないから、そのように誤解することがないように言っておきたい。)

そういうわけで、自分の財布の中身が限られていると言って、そのことを嘆く人は、その後も、自分の財布を拡張することはできないだろう。財布とその中身を広げたいなら、そのためにも、まずはその限られた中身を、ことごとく神に捧げ、人に分かち与えることから始めるべきである。

この最後のレプタを投げ打つことができるかどうかで、その後の私たちの人生は決まる。もちろん、ここで言うレプタとは、様々なものの象徴であって、必ずしも、金銭のことばかりを指すのではない。それは、人の持っている自己の限界そのもののことを指す。

自分は苦しい、これ以上何もできない、捧げよと言われても、何も捧げるものはない、くれと言われても、与えるべき愛などない、これ以上、要求ばかりを押しつけられては困る・・・などと自己弁明したくなるその瞬間、自分には最も何もないと思われるときにこそ、信仰によって、豊かに与えられることを信じ、一歩を踏み出し、自己のレプタを手放し、主により頼むからこそ、それが考えられない規模で祝福されて、豊かに返されるのであり、手放さなければ、それはただのレプタ一枚のままである。

こういうことを言い始めると、早速、「カルトだ!」などと言い出す人があるかも知れないから、筆者は決してどこかの宗教団体に献金せよという話をしているのではないことを幾度も強調しておく。

筆者は誰にも以上のような生き方を強要するつもりもないし、レプタをあくまで手放したくないという人は、手放さないでいれば良いものと思う。

だが、何度も言うように、一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままなのである。天の祝福にあずかるためには、どうしても、それをなげうつ過程が必要となる。だから、筆者はこの新年に、すでに捨てて来たものに加え、さらに昨年手に入れたなけなしのものも、真心から主にお返しし、捧げようと決めた。手放すと言っても、それは心の中で、決してそれらのものにとらわれず、執着しないという意味であり、また、自己の満足のためにそれらのものを使用しないという意味である。そうすることと引き換えに、さらにまさった天の豊かな恵みを得ることができると信じている。

栄光は、ただそのようにしてのみ、やって来る。すなわち、信仰によって、絶え間なく、自己を手放すことにより。十字架の死を経由することにより。復活の力が何であるかを知りたいと思えば、まずは死を経由する以外に道はない。そして、死を経由するとは、主と共に十字架において自己の死を味わうということなのである。それが必ずしも快い体験のはずがないことは、誰しも想像できることである。

だが、主はその軛は負いやすく、荷は軽いと言って下さる。
 
わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのため、また福音のために命を失う者は、それを救うのである。

人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか。自分の命を買い戻すのに、どんな代価を支払えようか。


神に背いたこの罪深い時代に、わたしとわたしの言葉を恥じる者は、人の子もまた、父の栄光に輝いて聖なる天使たちと共に来るときに、その者を恥じる。」(マルコ8:34-38)

だから、筆者は、主イエスに従って生きたいと願う。地上のどんな尊敬できる人々の存在にもまさって、主イエスにのみ従いたいと願う。いつの瞬間も、以上の御言葉を実践して、自己の限界にとらわれず、主の命の豊かさを流し出して、福音を恥じることなく、生きられるようになりたいと願っている。

受けた恵みを、自分のもとにとどめることなく、自分で限界をもうけず、それを流し続けることをやめたくはない。そうこうしているうちに、そこにある命の流れが、必ず多くの人々を潤すようになり、パイプラインが、もっともっと巨大なものとなって、聖徒らの全ての必要を満たし、エクレシアを潤すようになり、私たちには主が確かに着いておられること、私たちの主が無尽蔵に富んでおられる方であること、それゆえ、その庇護を受けている私たちは、どんなことにおいても、不足がなく、心配する必要もないことを、やがてもっと多くの人たちに公然と証し、それによって主の栄光が誉め讃えられる日も来よう。そうなるまで、筆者のパイプライン建設はずっと続くのである。

どんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです。

覆われているもので現されないものはなく、隠されているもので知られずに済むものはない。だから、あなたがたが暗闇で言ったことはみな、明るみで聞かれ、奥の間で耳にささやたことは、屋根の上で言い広められる。」(ルカによる福音書12:2-3)

「今や、我々の神の救いと力と支配が現れた。
 神のメシアの権威が現れた。
 我々の兄弟たちを告発する者、
 昼も夜も我々の神の御前で彼らを告発する者が、
 投げ落とされたからである。
 兄弟たちは、小羊の血と自分たちの証しの言葉とで、
 彼に打ち勝った。
 彼らは、死に至るまで命を惜しまなかった。
 このゆえに、もろもろの天と、
 その中に住む者たちよ、喜べ。
 地と海とは不幸である。
 悪魔は怒りに燃えて
 お前たちのところへ降って行った。
 残された時が少ないのを知ったからである。」(黙示12:10-12)
 
もし神がわたしたちの味方であるならば、だれがわたしたちに敵対できますか。わたしたちすべてのために、その御子をさえ惜しまずに死に渡された方は、御子と一緒にすべてのものをわたしたちに賜らないはずがありましょうか。

だれが神に選ばれた者たちを訴えるでしょう。人を義としてくださるのは神なのです。だれがわたしたちを罪に定めることができるでしょう。死んだ方、否、むしろ、復活させられた方であるキリスト・イエスが、神の右に座っていて、わたしたちのために執り成してくださるのです。

だれが、キリストの愛からわたしたちを引き離すことができましょう。艱難か。苦しみか。迫害か。飢えか。裸か。危険か。剣か。

わたしたちは、あなたのために
 一日中死にさらされ、
 屠られる羊のように見られている
 と書いてあるとおりです。

 しかし、これらすべてのことにおいて、わたしたちは、わたしたちを愛してくださる方によって輝かしい勝利を収めています。わたしは確信しています。死も、命も、天使も、支配するものも、現在のものも、未来のものも、力あるものも、高い所にいるものも、低い所にいるものも、他のどんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです。」(ローマ8:31-39)

* * *
 
去る11月12日、控訴審の和解協議のために東京高裁を訪れた。前回とは違って、二方向に大きな窓があって、大きなスクリーンやラウンドテーブルの置いてある、青空の見渡せる広々とした部屋に案内された。

東京高裁全体の陰気な雰囲気と異なり、横浜地裁を思い起こさせる、明るい、開けた部屋であった。筆者は自分が横浜へ瞬時に場所を移動して、電話会議が行われていた部屋に戻り、裁判官が来るのを待機しているような錯覚を覚えた。

待機時間はたっぷりあったので、筆者は自分も裁判所の職員の一人になったような感覚で、誰もいない部屋の中を幾度か歩いてみた。部屋の雰囲気が、解放的で、霞が関のビル群の中にいることを完全に忘れさせてくれるものだったので、筆者は目の前で起きている出来事をすべて忘れ、安堵しながら、懐かしい人々を思い出しつつ、自分の番が来るのを待った。

ラウンドテーブルの他に、立会人たちが座れるソファも置いてあるこの部屋に、大勢の人々がやって来て、和解調書に調印する光景が心に思い浮かんだ。また、ある時は、誰もいないこの部屋を、法衣を着た裁判官と書記官が慌ただしく行き来し、本を片手に研修を行ったり、セミナーなどを開いて、スクリーンを指し示しながら、何かを説明をする様子が見えて来るような気がした。

以前から書いている通り、裁判所は、筆者にとってもはや家同然であり、それ自体が大きな要塞であり、砦である。どんなに予想外の事態が持ち上がっても、最後にはその安心感へと戻って来る。

それは、筆者と裁判所との間で交わされた、秘密の約束のようなものである。その日も、夜になるまで用事があり、疲れを覚えつつ、筆者は暗い廊下のパイプ椅子に待機していたが、そのときにも、何とかして、もっと裁判所の近くに来られないか(これは決して物理的な距離のことでなく)、ここで目にする人々の喜怒哀楽のすべてに、もっと深く接近し、入り込むことはできないかと考えを巡らした。

不思議なことであった。どんなに気が滅入る慣れない不案内な手続きを進めている時でも、あるいは失望を覚えるような出来事の最中でも、筆者は心の中で、ここは家同然であるから、最も安全な場所であり、離れたくない…という感覚を覚えるようになっていたのである。

* * *

さて、被告Aは、裁判所が秘匿の措置を認めないことが分かってから、和解協議の場を最大限、自分に都合よく利用し、毎回、毎回、脅しめいた条件を提示しては、解決金の支払いを遅らせて来るようになった。

前回は、何と筆者に向かって、訴えそのものを取り下げろと要求し、命にも等しい判決を手放すよう求めた。

そして、それを阻止するために、筆者が記事の修正を申し出ると、今度は、分厚い苦情の手紙を裁判所に送りつけ、筆者が被告Aの名を出していない記事を指し示して、筆者が示談をしてもその約束が守ると思えないから、和解協議を蹴る、などと言って来たのであった。

裁判官と書記官は、被告Aを説得したとみられ、長い時間、筆者は部屋の中で待たされ、様子を見守った。

ようやく筆者の番が来て話し合いが行われたとき、裁判官はあくまで非常に落ち着いて、和解協議を成功裏に導ける確信を捨てていなかったが、書記官はいささか青ざめた表情であった。おそらく、被告Aの筆者を赦せないという思いや、筆者を提訴したいとの願望がどれほど強いものであるかを、本人の言を聞いて理解し、初めて被告Aの真の性格を理解したのではないかと思われた。

被告Aは、一見すると、権威に忠実で、他者に食ってかかったり、論争をしかけたりすることのない、穏やかな性格のように見える。電話会議でも、はっきりした発音で、静かに裁判官に返答しており、苦情を述べている時でさえ、声を荒らげて論争することはなく、その声や話し方だけに注目するならば、決して悪印象を持つことはなかった。

だが、それだからこそ、被告Aがどれほど筆者に対して深い恨みを持っており、それがもはや合理的なレベルを超えて、一生、筆者に報復しなければ気が済まないほどのレベルに達しているか、その執念の深さは、人々には分かりにくいのである。

だが、筆者は前から被告Aのことを知っているし、彼から送りつけられたメールの数々もこのブログにはまだ公開してある。その論調、話し方、要求の内容などを考えると、被告Aが控訴審で自らに有利な判決が出る見込みが薄い中でも、あくまでこの先も、筆者を提訴するなどして対決を続け、筆者を罪に問うて何とかして人生を滅ぼしたいという願いを述べ続けていることは、筆者にとっては、何ら不思議ではない。

さらに、村上密も、控訴審になってから、筆者を法廷に引きずり出したかったのに、それができなかったことの悔しさをにじませる記事をブログに投稿している。

筆者は、10年以上前から、村上密の真の願いは、カルト化を防止するという名目で、自前の異端審問所を開設し、そこで無実の一般クリスチャンを魔女狩り・見世物裁判に引きずり出して辱めることにあると指摘して来た。

筆者は2009年に、村上密がかつて提唱していた「カルト監視機構」の構想に、真っ向から異議を唱え、このような機構が設立されれば、キリスト教会には「カルト化を防止する」という口実で、密告が溢れ、やがて魔女狩り裁判が横行し、無実のキリスト教徒が異端者の濡れ衣を着せられて迫害されることになるだけで、カルト監視機構は、まるで秘密警察のように、何の権限も与えられていないのに各教会を調査するなどして、教会に対して君臨するようになるだろうと予告した。

その頃から、村上はカルト監視機構を設立しなかったが、その代わりとなる組織として、宗教トラブル相談センターを設置していた。そして、筆者がカルト監視機構に抱いた危惧は、ことごとく宗教トラブル相談センターの中で実現することとなったのである。

クリスチャンたちは、宗教トラブル相談センターに関わった信者がその後、どうなったのか、筆者の例を見て、よくよく学習しておくことだろう。

村上密は、今年、一審が終わってから、「唐沢治の陳述書」と題する4つの記事をブログに投稿した。そして、記事の中で、筆者のかつての牧師でもあった唐沢の陳述書を公開するに当たり、唐沢から全く了承を得ていないことを自ら明かした。

村上は、自分は唐沢治とは何の関係もない、提携もない、協力関係があるというのは、筆者の思い込みだ、などと嘲笑気味に記事に書き記しており、答弁書でも同じことを述べている。

だが、これは非常に恐ろしい発言である。要するに、村上密は、唐沢治の陳述書やその他の書証を、本人からの承諾も、依頼も全くないのに、勝手に独自のルートで調べ上げて、ネット上に公開したということなのだ。

さらに、村上の公表した四つの記事には、筆者が唐沢に宛てた親書メールも含まれているため、陳述書の内容もさることながら、こうした他者のメールを承諾なく公表する行為が、プライバシー権の侵害に該当することはまず間違いがない。

しかも、村上自身は、唐沢治の陳述書とその他の書証を、裁判所に出向いて自ら記録閲覧・謄写したわけでなく、それを行ったのは被告Aだけなのである。そして、村上は、誰からどのようにして陳述書と書証を入手したのか明らかにしておらず、被告Aしかこれを閲覧・謄写した人間もいない以上、被告Aが村上に情報提供したと考えるのが自然な流れである。

第一審では、被告Aとの協力関係はない、提携はない、と言って、筆者から受けた嫌疑を否定していた村上であるが、村上は、唐沢の陳述書を被告Aから入手していないとは一切発言していない。

しかも、村上がそのように入手の経路を明かさず、相談者でもない唐沢の陳述書を勝手に公開した先は、宗教トラブル相談センターの公式ブログなのである。

村上は、このブログの仕様を今日、ようやく変えて、とうに期限切れとなった10年以上前に撮影した写真をようやくトップ画面から一掃したようだが、初めは極めて陰気な背景画像にしており、それを変えた後も、依然、ブログのレイアウトは崩れたままである。筆者の見解としては、前のままの方がはるかに良い。

それはともかく、村上密は、どこから、誰から、どのように、何の権利に基づいて、唐沢治の陳述書や、その他の書証や、唐沢と筆者の交わしたメールを入手したのか、どんな正当な理由があって、これを本人の了承なく無断でブログに公開したのか、情報源も、理由も、全く明かしていない。

繰り返すが、これは非常に恐ろしいことである。宗教トラブル相談センターは、少なくとも、今までは一応、形ばかりは、誰かからの被害相談を受け、村上がその相談者の代理人となって、紛争解決のために動くという名目を保って来た。それだからこそ、被害者の救済という大義名分が保たれ、センターの活動への理解が成り立って来たのである。

しかしながら、その後、村上密は、誰の代理人にもなっていないのに、宗教トラブル相談センターを使って、自分の一存だけで、唐沢治と筆者との間で係争中の事件の記録を調べ上げ、両者の個人情報に当たる記録を、本人の了承なく公開してしまったのであり、これは明らかに両者に対する人権侵害に相当する。

村上がブログ記事に引用している書証は、非公開の保全事件の記録であり、村上は牧師としての守秘義務も負っている以上、勝手に信者の身辺調査を行い、その情報を本人の了承なくネットに投稿したりすれば、当然ながら、罪に問われる。また、唐沢の陳述書には多くの嘘の記述もあるため、それを一方的に鵜呑みにして引用する行為も、筆者に対する名誉毀損行為になり得る。

村上は、答弁書の中で筆者の名前も無断で公表した事実を認めているため、こうした事実はすべて、筆者が主張すれば、筆者に対する不法行為として認定される可能性の極めて高いものである。

こうして、宗教トラブル相談センターは、まるで戦前の特高などの秘密警察のごとく、正当な理由もないのに、ただ自分たちの活動に批判的な信者をターゲットとして、秘密裏に身辺調査を行い、信者に制裁を加えるために、信者本人にとって望ましくない、あるいは不利となりそうな個人情報を集めては、ネット上に次々と曝し始めたのである。

その上、その信者を一方的に刑事告訴までし、提訴したいという願望をも言い表しているのだから、これは筆者が前々から予告して来た通り、宗教トラブル相談センターが、魔女狩り的な異端審問に走ったことの何よりの証左である。

村上密のブログ記事からは、筆者が控訴審に出席しなかったことを不満に思い、自分が提訴されたことが許せないから、その報復に、何とかして筆者を公開裁判に引きずり出したいという思惑が透けて見えるし、さらに、村上は、牧師であるにも関わらず、相談者であり信徒でもあった筆者を右京署に刑事告訴したと、はっきりと答弁書で主張している。

筆者は神社に油を蒔いたこともなければ、カルト宗教に入信したこともなく、村上に対しては危害を加えたことも一度もないし、控訴審さえまだ開かれている途中で、民事訴訟の終結もまだである。それにも関わらず、一審判決では不法行為に問われなかったのを良いことに、それだけでは満足せず、むしろ、それを皮切りに、筆者に対する人権侵害を堂々と開始し、さらに筆者のとことん人生を破滅させなければ気が済まないという執念を持って、筆者を告訴したというのである。

筆者は10年以上前に村上のもとへ相談に赴き、解決も得られず、失意のうちに村上の教会を離れ、その後も、何か月間も村上の教会で受けた心無い言葉に泣き暮らしつつ、それでも自分を責めていた頃のことをよく覚えている。その上、この仕打ちであるから、一体、こんなセンターが、カルトを防止するための何の役に立つというのか。それ以前から、村上の義理の父が牧会する教会で、何が起きたかもすべて公開している通りである。

この人々は、ただカルトを防止することを名目に、無実の一般信徒を標的にして、中世の魔女狩り裁判、クリスチャンの迫害を再現しようとしているだけのことである。

筆者は2009年からそのように予測して来たのであり、それだからこそ、このような活動に従事する人たちは、いつか必ず、筆者を見世物裁判に引きずり出して辱めたいという願望を赤裸々に表明する時が来るだろうと、ずっと考え続け、また、その通り主張して来た。

実際にこれまで、幾度となく、筆者を提訴・告訴したいという台詞を、筆者は被告A・村上密の双方から聞かされて来たので、正直なところ、それこそが、彼らの悲願だと初めから思っている筆者は、今、再び同じ台詞を聞いても、驚きはしない。

そこで、被告Aが和解協議の場においても、改めて裁判官の勧める和解案を蹴って、自分に敗訴判決が下されることも覚悟で、その後、筆者を提訴したいとの願望を言い表し、村上も準備書面に全く同じ内容を書き記して、こうして二人ともが、声をそろえて、生きている限り、筆者を赦すつもりはなく、何とかして報復として筆者を被告として裁判に引きずり出し、刑罰を受けさせることが人生の悲願であると主張しても、筆者は別に驚かない。

だが、一般の人々は、それを聞いて青ざめるだろう。答弁書や準備書面に書いていることは、あくまで法廷闘争のための文字上の主張であって、現実には、それとは違ったもっと柔軟な行動を取る人々は数多くいるし、そうなるものと人々は考えている。村上も被告Aも準備書面では色々言うであろうが、それはあくまで法廷闘争のテクニックであって、本気ではないと人々は考えたい。だが、実はそうではないと分かると、人々は衝撃を受ける。

筆者が2009年に、村上密が秘密警察を作ろうとしている、魔女狩り裁判をしようとしている、と述べたとき、その言葉を、あまりに大袈裟な誇張だと思って一笑に付した人は少なくなかったろう。ところが、実際にその通りの願望が彼らの口から発せられ、彼らがその通りの行動を取り、信者の身辺調査を行ってそれを無断で公開したり、信者を刑事告訴したり、提訴して法廷に引きずり出そうとし、それを表向きには協力関係にないはずの人間が傍聴しようとしたり、協力関係にないはずの人間が裁判所で閲覧・謄写した記録が、村上のブログから公開されたり、その人間が、和解協議の場で脅しめいた要求を突きつけ、これを相手を震え上がらせるための場として利用し、紛争を可能な限り長引かせることで、生涯に渡って相手を苦しめ続け、報復を果たしたいという欲望を言い表しているのを見たとき、人々はその度を超えた残酷さと復讐心に色を失い、恐れをなして逃げ出すに違いない。

宗教トラブル相談センターにはそもそも何人の協力者がいて、どのような方法で情報を集め、いかなる法的根拠に基づき、収集した個人情報を管理しているのか、最低限度のガイドラインさえ、全く公開されていない。

村上は、ブログには勝手に筆者の個人情報を掲載し、自分に関わりのない紛争に、代理人でも相談役でもないのに、何の資格も権限もなく介入し、他者のプライバシーを暴いておきながら、自分は被害者だと自称して、告訴まで遂げたというのであるから、筆者には実に呆れる話である。
なお、村上密は、第一審の最中、被告Aが20本以上の記事を書いて筆者を中傷していた時にも、一切、被告Aをいさめず、むしろ、被告Aと一緒になって筆者に反訴を予告し、しかも、反訴を実行しなかった経緯があるので、筆者はそうした村上の行動を通して、いかに彼が残酷で容赦のない人間であるかを見ることができた。

さらに、村上は、第一審において、筆者が削除を要求した記事を自ら削除すると途中まで約束していたにも関わらず、前言を翻したのであり、筆者の村上に対する反論が手薄になったのも、村上が自ら記事を削除すると約束していたことを、筆者が審理の途中までは信じてしまっていたせいでもある。

牧師として公の場で約束したことを簡単に翻す、これだけでも、非常に信頼を損なう行為である。しかも、村上が筆者にしたことと、被告Aが筆者にしたことは同条件ではなかったのに、村上は、被告Aと一緒になって、筆者が両者に対して一切の賠償なしで和解するよう要求し、その条件に筆者が応じない限り、筆者に反訴すると予告し、これを実行しなかったのである。

そして、今また被告Aが、賠償金を支払わないまま、控訴審の和解協議の場で、前々回は、筆者に対して訴えを取り下げろと要求し、前回は、和解協議を一方的に蹴ると通告し、協議をいたずらに引きのばし、筆者を苦しめ、目の前でひざまずかせるための要求だけをひたすら突きつけている。

第一審が終わったのが3月、それから今までもはや半年以上が過ぎた。被告Aはこの間、自分からは賠償金を一銭も支払わず、筆者の取立行為を「恐喝」と呼んで非難し、筆者が取立を続けるなら刑事告訴すると息巻き、通話が成立もしていないのに、恐喝の電話を受けたなどと「被害」を主張し、筆者が郵便物を送ってもいない人々に、郵便物を送りつけたと主張、今もただいたずらに紛争を長引かせるためだけに、和解協議を続け、要求の内容も、エスカレートしている。

最初は、筆者の口座番号が分からないから金を払えない、と自己正当化をはかっていたが、控訴審の席上で払うことを提案されても、まだ理由をつけて支払わず、口を開けば、訴えを取り下げろとか、筆者を提訴・告訴してやりたいと、脅しめいた要求ばかりである。

このようなものが、和解を目的にする協議とはとても思えないのであり、筆者は勤務も休んで協議に出席しているため、こうした損害も、別訴の提起があったときには、損害賠償請求の対象となり得るものと考えている。

さらに、被告Aは書面の中で、筆者が告訴したこともない人物の名を複数名挙げて、彼らを筆者が告訴したと断言したり、明らかに誤った、事実に反する告訴罪名で、筆者が被告Aを虚偽提訴したなどと主張して、筆者を非難しているため、これらはあまりにも行き過ぎた事実無根の主張として、訴訟における名誉毀損を構成する可能性が十分にあると筆者は考えている。

被告Aは、この先、和解協議を蹴っても、それで彼にとって色の良い判決が出ることはまずないであろうと予測されるし、それどころか、それによって、彼は刑事事件でも、温情を受ける余地を徹底的に失ってしまうことになるにも関わらず、それでも、未だ筆者を提訴したいと述べ続け、判決に従うことを拒み、先延ばしにしている様子には、合理性が全く感じられず、筆者をとことん追い詰めて人生を破滅させたいという尽きせぬ執念以外には感じるものもない。

筆者は今回、裁判官の勧めも考慮して、被告Aに対する最大限の譲歩を示し、被告Aの個人情報をすべてブログ記事から削除し、被告Aのブログ名や、個人情報に当たらない記述もすべて削除することに同意して良いとまで提案した。

従って、この提案を受ければ、これまで被告Aが要求して来たことは、ほぼかなえられる上、別訴を提起する権利も、被告Aから取り上げられない。それにも関わらず、筆者自身の提案であるその約束を、信用できないとして拒み、たった一つの個人情報さえ本当に削除できるかどうか分からない不毛な訴訟を今後、提起して、筆者にリベンジする願望が捨てられないから判決を求めるなどと主張することには、報復目的以外に見いだせるものはないのであって、そのような態度で示談を拒んで判決に進んでも、その結果、今後の訴訟の展開が、被告Aにとって有利となることはないであろうと筆者は確信する。

そんな風に、合理的な理由もなく、判決を軽んじ、裁判官の勧告をも、相手方の譲歩をも、一切、かえりみず、いたずらに和解協議を長引かせた結果、これを蹴るという態度を取る人のために、今後、真面目に審理を進めてくれる裁判所が、この世に一つでもあるとは、筆者は思わない。

しかも、被告Aは当初、自分から解決金を支払うと述べたのであり、筆者がブログ記事を修正するなら、多少、解決金を上乗せすることができるかも知れないとまで提案していたらしい。なのに、その言葉を途中ですべて翻し、筆者に対する脅しめいた不満を並べ続けた挙句、ついに自ら協議を蹴ったとなれば、彼の言う和解協議とは、ただ相手にいたずらに期待を持たせ、いつまでも苦しめ続けるための機会でしかなかったこととなる。

裁判所は、そもそも報復目的以外に必然性のない無駄な提訴によって、余計な仕事を増やされることを非常に嫌っている上、判決では、筆者にはブログ記事を修正せねばならない義務は全く課されておらず、和解協議はすでに複数回、開かれているため、この間に示談締結をしておけば、筆者はもはや被告Aに対する記事を書けない状況になっていたのである。しかし、それをあえて先延ばしにしているのは、被告A自身であり、それゆえ、現時点でも、筆者は被告Aのことを記事に書いてはならないという義務を全く負っておらず、なおかつ、被告Aは、筆者がブログ記事を修正するために時間が必要であることを分かりつつ、どんどんその時間がなくなるように仕向けているので、このままだと修正さえも不可能となり、期限が延ばされない限り、その条項を外す以外には方策がなくなる。

通常、和解協議の席で、相手を提訴したいという願望など述べる者はまずいないから、今回のことは、裁判所にとっても、一つの教訓となるのではないかと筆者は思っている。さすがに今までは被告Aの言い分にも少しは理があると考え、彼をなだめようとしていた人々も、次第に、被告Aの目指している目的が、決して合理的な解決ではなく、ただ筆者を永遠に苦しめ続けることにあると気づき始め、それゆえ、彼の望みを助けることから手を引き始めたのではないかと感じられる。

そのようなわけで、筆者は示談が結ばれて、互いに個人情報を書かないという約束が成立したならば、それを機に、訴訟に関する記事を書くこともやめ、記事を修正するという約束が結ばれれば、この記事も含め、その約束を忠実に果たす用意はあるが、未だ掲示板での筆者に対する誹謗中傷その他の権利侵害が今も止まらない様子を見るにつけても、個人情報をブログに書くことをやめられないのは、筆者ではなく、「彼ら」自身ではないかと思われてならない。

示談の締結を引き延ばしているのは、それを締結してしまうと、もはや筆者の個人情報を弄び、これを無断で好き勝手に投稿・公開できなくなることに躊躇しているからではないのか。

筆者から見ると、被告Aや村上本人も、彼らの支持者たちも、他人の秘密を調べ上げ、個人情報を暴露したくてたまらない願望を持っているように見える。その抑えきれない欲望を、示談書の締結によって終わらせることができないからこそ、被告A本人も、何かと理由をつけてはその締結を先延ばしにしているのではないのかと思われてならないのだ。

もしもこの予測が的中しているとすれば、今回の協議の落としどころは、被告A自身が最初に約束した通り、ただ賠償を支払って終わりとするにとどまるのであって、それ以上でもそれ以下でもないことになろう。

その最低限度の事項すらも拒めば、今まで以上に厳しいものになると思われる判決が、彼を待ち受けているだけであり、その先には、もう一度、法廷に被告として呼び出される運命が待っているだけである。筆者は、判決が出たとしても、全く恐れはしない。なぜなら、筆者の側からの反撃の材料はすでに多く集まっており、おそらく、判決とほぼ同時に、筆者自身が、村上・被告Aに対して別訴を提起するという運びになるだけだからである。

控訴審では、原審の枠組みから出られないので、以上のような主張を全く提起できなかっただけで、別訴ではそれが可能となる。一審では自由に主張を追加できるからだ。被告Aも村上も、未だ筆者を提訴したいと息巻いている以上、筆者が十分な反訴の材料を蓄えておくのも当然である。

ちなみに、筆者は裁判を提起する前に警察に行って色々と調べてもらうことにしている。警察の判断は、裁判所の判断とそれほど大きく違わないと見えるため、警察が事件を受理するかどうか、どのような罪名で受理するか、といった点は、今後、反訴や別訴を提起したとき、どのような判決が得られるかを予測する大きな参考材料となる。

だから、筆者もこれまでの教訓に学び、勝ち目のない主張で訴訟の提起は行うつもりもないのであって、提訴するとなれば、ほぼ確実に不法行為が認定される証拠のある話に限られることであろう。

* * *

とはいえ、矛盾するようだが、筆者の真の願いは、今後、別訴を提起することにはなく、むしろ、この訴訟の判決を書いてくれた原審の裁判官の判決によって、この紛争を終わらせることにある。

筆者が誰に判決を委ねるかは、筆者自身の個人的な願望によっても決まることであり、筆者は、第一審判決を書いてくれた裁判官が、筆者にとって、筆者のために最終的な確定判決を書いてくれた最初で最後の裁判官となることを願っている。

たとえその判決が、筆者にとって完全な勝利でなくとも、筆者は構わない気持ちでいる。

また、村上が唐沢の陳述書を無断で公開したことも含め、ネット上では、筆者と唐沢治を何とかして訴訟対決させたいと考えて、陰から紛争を煽り、唐沢の個人情報までも、次々と本人の了承なく公開している者たちがいるが、そうした連中を喜ばせても意味がないため、筆者は、唐沢に対する訴訟それ自体を再考することとした。

唐沢はたった一つしか筆者に対する記事を書いていないし、それも「ヴィオロン」に対するものにとどまっている(組み合わせによって著作者人格権の侵害が成立しうることは措いておく)。

筆者は、唐沢の個人情報を無断で公表したことなどないし、当ブログとホームページ以外の場所に投稿をしたこともない。

そこで、出回っている陳述書と書証のコピーを見るときには、よく注意されたい。

当事者が裁判所から送達を受けた書証には、事件簿を綴るための黒紐が写っていない。だが、当事者でない者が、記録を閲覧・謄写し、勝手に公開した書証には、裁判所の事件簿の紐までが写っている。裁判所で記録をコピーする際には、紐を緩めることができるだけで、外すことができないからだ。だから、紐が写っている記録は、当事者に送達された記録ではなく、何者かが裁判所で事件簿を閲覧・謄写した記録であると見て良い。

ちなみに、裁判所で唐沢治の陳述書と書証の閲覧・謄写を行った人間は、何度も言うように、本年10月28日時点になっても、被告A一人しかいないのである。

このようなわけで、筆者の個人情報の漏洩、また、筆者の事件に関わった人々の個人情報の漏洩には、あらゆるところで、被告Aの影がちらついているのであり、そうした状況で、被告Aが個人情報を収集・開示しないという条件の示談の成立に乗り気でない理由は、考えれば誰にでも分かるのではないだろうかと思う。

この状況で、筆者は、様々な点で意見が対立したままの唐沢に対しても、かつては兄弟姉妹と呼び合っていた仲として、対応を考え直すこととした。

不思議なことに、唐沢は、筆者が彼を信頼して書き送っていた頃の最も意義深いメールを、一つも裁判所に提出していない。

唐沢が裁判所に提出したのは、最も無価値かつ無用な内容のないメールでしかなく、それ以外に、筆者が当時、率直に彼を信頼して色々と相談したり、書き送っていたメールがあるはずだが、唐沢はそれらを悪事の記録であるかのごとく裁判所に提出することを控えた。

この点は、唐沢を見直す点である。それは彼自身が、自分が信頼されていた頃に送られた手紙の内容を、自ら衆目にさらすことで、否定し、穢すには忍びないと考え、公開しなかったからである。

このように、唐沢と筆者とのメールのやり取りには多くの「聖域」が保たれたままであり、唐沢自身が裁判所に提出したのは、被告Aに関わる部分だけである。そして、村上が、T第1号証から6号証までの書証を入手したとしながらも、被告Aが筆者の個人情報を無断で公開すると予告するために筆者に送りつけた脅しのようなメールを、唐沢が転送メールとして提出したT第2号証、T第3号証の記録には、言及すらもしていないことも、注目に値する。

このように、唐沢も信徒を告訴した過去があるとはいえ、村上密とは性格が全く異なるのであって、村上がこの度、誰の代理人でもないのに、自分に無関係な牧師や信徒の身辺調査を行って、唐沢治の陳述書を本人の了承もないのに公開し、無関係な他者の争いの火をつけようとした行為については、明らかに、筆者だけでなく、唐沢も被害者なのである。

これは、明らかに、村上が牧師としての一線を超えたものであり、十字架の装甲から外に出た行為だと筆者は考えている。

これまでにも書いたように、もともと村上がこれまで使って来た「代理人」とか「相談役」などという呼び名は、村上が巧妙に他者の悩みに寄り添うように見せながら、他者の意思を絡め取って行き、クリスチャン同士の対立が修復不可能になって教会が分裂するよう、兄弟同士を争わせ、紛争の傷口を押し広げるための口実に過ぎなかったものと筆者は見ている。

鳴尾教会の伝道師夫妻と津村牧師との対立、鳴尾教会の離脱反対派の信者の裁判、Y牧師とT牧師との紛争など、村上が関わって来た紛争は、一つ一つを振り返ると、どれもこれも、紛争当事者が憎み合い、ほとんど永久的に和解不可能となったものばかりである。カルト被害を受けた信者の裁判でも、犯人が逃亡したりして和解が成立しなかったケースもあり、平和裏に紛争が解決したと言えるようなものは、ほとんど見当たらない。

このようなことでは、村上の仲裁者としての力量が根本的に問われるだけであって、ただでさえ「代理人」などの法的な位置づけがよく分からない名称を勝手に名乗って、紛争を激化させてきた村上が、この度、「代理人」という最後の仮面さえもかなぐり捨てて、自分の本音をむきだしにして、ただ筆者を追い詰めるためだけに、自分には無関係の事件記録を不明な方法で調べ上げ、筆者のみならず、筆者に関わる人々(兄弟姉妹)の個人情報にまで手を出し始めたことには、空恐ろしさを感じるのみである。

村上はそうまでして、かつて仲の良い兄弟姉妹のように見えたクリスチャン同士を、何としても引き裂き、分裂させ、さらに法廷でまで対決させて、兄弟同士の罵り合いを世間の見世物にしたいとの願望を捨てきれないのだろうか。そうまでして、教会を分裂に導き、兄弟姉妹を憎み合わせたいのか。

だが、筆者はその作戦には乗らない。そのようなわけで、村上の件では、唐沢も紛れもなく被害者なのであって、それが分かるだけに、筆者は唐沢に対する訴訟は見合わせ、すでに措置を講じた他の方法で紛争解決を目指すこととした。

筆者が目指すのは、法廷闘争ではなく、判決でもなく、あくまで個人の意思を重視した和解である。そのことが、裁判所に関われば関わるほど、ますますよく理解できるようになった。だからこそ、筆者は、このブログを巡る訴訟の第一審判決が、筆者の人生で、最初で最後の確定判決となることを願っているのである。

一審判決では、筆者の村上に対する勝利はない。とはいえ、村上は一応、筆者の牧師であった時期もあるわけだから、筆者はそれでも構わないのである。すでに書いた通り、別訴を提起すれば、村上を不法行為に問える可能性は十分にある。だが、信徒と牧師が法廷で対決する必要はないのであって、責任の追及の方法は、民事訴訟以外にも存在する。前から述べている通り、村上の犯した罪を裁かれるのは、誰よりも神ご自身なのである。

結論に戻るが、こうして、カルト化したキリスト教会による人権侵害を許さない、と一方では言いながら、他方では、ただ自分たちの活動が批判されたというだけで、人権侵害を犯してまで報復行為を続け、魔女狩り裁判に及ぶ宗教トラブル相談センターを、皆さんどう思われるだろうか。

特に、誰からの相談も依頼もないのに、信者の身辺調査を行って個人情報を無断で公開するようなセンターを、皆さんどう思われるだろうか。

筆者は、村上の告訴状を入手した暁には、これを全文公開したいと思っている。牧師が信徒を刑事告訴した際の告訴状が公開されたことなど、これまで一度もないから、これは世界初の現代社会の魔女狩り裁判の貴重な事例となって残ることであろう。むろん、そこにどんな虚偽が含まれているかも、明らかになる。

それに先立ち、筆者が結論として言えることは、どんなにひどいカルト化した教会でも、牧師は信徒を告訴しないし、10年以上に渡って、個人情報を無断で公開して信者への弾劾を続けることもないので、このような恐るべきセンターに比べれば、カルト化教会ははるかにましな場所だということである。

だから、些細なトラブルをきっかけに、このセンターに足を向け、自己の正義を貫き通して戦い続ける道を選ぶよりは、受けた被害のことで、自分にも神の御前に罪があったのではないかと、真摯に悔い改めることを勧めるのみである。

* * *

終わりに、以上は、訴訟シリーズの総まとめとして書いたものであり、このシリーズの再開とはいえ、最後の記事になるかも知れない。

というのは、筆者は最近、とても忙しく、魔女狩り裁判にも興味はないし、無意味な訴訟にこれ以上の時間を割いている暇はなく、宗教論争をしている暇もないのが現状だからである。

特に、筆者は最近になって、いかなる状況でも信頼し、助け合うことのできる人物に出会い、自分の正義を投げ捨てて、人々と協力して生きることの価値を知った。

そして、理不尽な出来事が起きても、権威に忠実であることの意味を知らされ、自分の上に立てられた指導者に服して生きる道を選んでいる。今や宗教団体にも一切関わっておらず、宗教紛争などに巻き込まれるのも御免と考えている。

そこで、カルト被害を防止したいがゆえに、裁判をやりたいという人がいるなら、好きにすれば良いことであり、それに対してとやかく言うつもりもない。

この先、掲示板の権利侵害を追及するためには、訴訟における言語の壁を超える必要があり、申立書の英訳なども必要になると言われており、それも、やろうと思えばできるだろうと疑わないが、正直に言って、今、筆者の最もやりたいこと、やるべきことが、それだとは思えないものがある。

最後に和解協議のために裁判所を訪れてから、筆者の心にひたすら湧き起こるのは、裁判所のもっとそば近くで生きる方法はないか、さらにもっと裁判所の近くに筆者の生きるフィールドを定められないかという願いだけである。

だが、それは決して、法廷闘争を糧に生きたいという願いではないのだ。ただ、真に人々の痛み苦しみを引き受け、これを適切に解決することを、日々自らの責務としている裁判所の仕事と似たような仕事をしながら、筆者は自分の残りの生涯を、紛争処理に携わって生きたいという願いを、改めて確認するのみである。

筆者は、裁判所で起きる出来事に煩わされたり、失望を覚えることがないとは言わないが、それでも、裁判官一人一人が、こじれた紛争を丁寧に解きほぐしながら、感情に流されることなく、これを穏やかな解決に導こうとしている努力と手腕には、いつも敬服している。そこには、やはり、仲裁者としての確かな力量、そして、それができるだけの人間的な度量と経験の蓄積があると思っているし、それを女房役として助けている書記官たちのきめ細やかな配慮と、裁判官との見事な連係プレーにも感心させられている。

裁判所はそれ自体、筆者にとって非常に近しい、身内のような存在であって、そこで、どんなに困難な事件が取り扱われていても、それによって、筆者が裁判所全体に感じている畏敬の念や、親近感が取り去られることは今後も決してないと思う。

判決によって、筆者は裁判所に結ばれたのだが、筆者は、裁判所とのさらなる一致を目指しているのであって、それは法廷闘争を通して達成されるものでもなければ、目に見える建物としての裁判所との一致でもない。ただ筆者の心の中にある「干潟」としての裁判所との、心の完全な一致なのである。

その目的のために、必要な時間を考えると、無意味な係争のために割いている暇などほとんど残りはしない。だから、色々と書いてはいるが、結局のところ、筆者は、今後、すべての裁判手続きから遠ざかりたいという思いを述べているに過ぎない。それは訴訟の提起を恐れているためではなく、たとえ勝てると思う訴訟があっても、これ以上の判決をもらいたいという願いが積極的に湧いて来ないからだ。

これからは特に、紛争当事者としてではない立場から、改めて裁判所の門をくぐる方法を模索することになろう。その前進のために必要であると判断し、あえて今回の記事を書いたが、これも、紛争を激化させるために書いたものではなく、魔女狩り裁判のような執念とは、関係のないところで生きたいという筆者の意見表明に過ぎない。

今回、明確な収穫があるとすれば、それは何となくではあるが、筆者なりに、この紛争の「落とし所」がどこにあるか、分かったような気がしたことである。今後、筆者の気が変わらないとの保証はないが、唐沢も村上の被害者であることを考慮し、唐沢への訴訟は見合わせることとし、村上には勝訴を確定判決として贈っておき、被告Aには個人情報を書かないという約束を抜きに、筆者を提訴・告訴する可能性をあえて残したまま、示談するという選択肢も悪くない。

そして、第一審判決の内容は、永久に人の目から隠され、訴訟記録も隠されたまま、筆者は魔女狩り裁判には永久的にさようならを告げることになる。

被告Aに対するブログ記事の削除は実現しないかも知れないが、当分の間、筆者に対する記事もそのままになる。筆者は、今後、筆者に対する告訴や、提訴が成立すると全く思わないが、そういうことをあえてやりたいと思う人が、筆者を提訴してやりたいとの願望を何が何でも表明したいというなら、それを止めるつもりもない。書きたい人は、自ら法的責任を負う覚悟で、書けば良いことである。

筆者に言えるのは、どんな中傷を浴びせられようとも、筆者は自分の信じるところに従って進んでいくのみであり、その目的のためならば、自分の命を惜しまないことだ。その覚悟は、信仰の交わりにおいても、それ以外のフィールドにおいても、全く同じである。

今は昔となったが、かつて苦難の日々の最中、ただ御言葉だけを頼りに、か細い御霊の声を聞き、何とかしてすべての地上の重荷を脱するために、正しい信仰を求めて、夜行バスで11時間以上もかけて横浜にたどり着き、その後、唐沢の車で、さらに5時間以上かけて、福島の兄弟のもとへ送り届けられたときを思い出す。当時と、筆者の覚悟と決意は今も何ら変わらない。

神の御心を真に満足させる正しい目的のためならば、そして、筆者自身が真実な価値を見つけるためならば、筆者はどれほどの距離をも、代償をも乗り越えて、探求を続けても構わないと、その当時も願ったし、今も願っている。

当時、筆者が夜行バスの中にいる間に、地震が起き、バスは渋滞に加えて、さらに到着が遅れ、携帯電話も持っていなかった筆者は、兄弟たちにいつ到着するのか、連絡さえ取れず、車中で不安な時を過ごした。福島の兄弟は、唐沢に向かって、筆者を置いていけと指示したらしいが、唐沢は待った。彼にはそうしたところで、妙に義理堅く人情に篤いところがあった・・・。

そうした連携プレーのおかげで、筆者はその頃、初めて、信仰によって生きて働く御言葉の意味を知ったのであり、その経験を後悔することは決してないが、それが終着点でもなかったことが分かる。筆者は過去を否定しているわけでなく、過去を乗り越えて、自分の代価を払いつつ、前に向かって進んでいるだけであり、今後も、代価を払うことなしに、筆者の信仰に真実に応えて下さる神の御業を生きて知ることはないと思っている。

だから、その過程で、誰かから提訴されたり、告訴されたり、反訴されたりすることが、どうしても必要だというならば、それを拒むつもりは筆者には全くない。筆者の目指すところは、「私ではなくキリスト」であるから、自分の栄光、自分の身の安全、自分の個人的幸福が、筆者の守りたいすべてではないのである。

とはいえ、筆者の見立てによると、おそらく、筆者は、法廷闘争には向かないタイプであり、それが筆者の生きるフィールドでもなく、魔女狩り裁判に引き出されることが、筆者の運命でもないから、冒頭に挙げた御言葉に照らし合わせても、そういうことは起きないであろうと言っておきたい。すでになされた告訴に対しては、筆者の側からの幾重にも渡る告訴が、これを相殺する手段になるだろうと前々から述べている。

ただ、法廷闘争はともかく、この度、筆者が裁判所と出会ったことだけは、非常に運命的な出会いであり、絆であったと言える。これは筆者の人生の宝であり、判決を通して成就したこの不思議な「干潟」と筆者との「結合」、「一致」は、これからも、おそらく生涯に渡り、続いて行くはずである。

筆者は、判決を通して、裁判所の仕事に結び合わされたのであり、今や裁判所の飛び地のような「家」もでき、そこで筆者の「帰宅」を待っている人たちも現れた。離れから母屋に行くときが、この先も、あるかも知れないし、ないかも知れないが、筆者がどこにいようと、母屋はいつも筆者の心の中にあって、どんなに遠く、顔を合わせることがなくとも、そこに暮らしている「家族」は、筆者といつもつながっている・・・。

このようにして、筆者には新たな「家族」が出来たのであり、裁判所それ自体が筆者の「家」である以上、筆者はこの先、わざわざ訴訟を起こしたり、訴訟を提起されることによって、裁判所の中に入れてもらおうと門戸を叩く必要もないのである。

干潟は今や筆者と一つになり、筆者の心の内側から、命の水が流れ出すようになった。筆者はその水を求めて門戸を叩く側に立っているのでなく、かえってその生ける水を人々に分与して、慰めを与える立場になっている。魔女狩り裁判に関わっている暇はもうない。今後は新たな使命を全うして行くために、残りの時間を費やすだけである。


わたしを信じる者は、その人の内から生きた水が川となって流れるようになる。(2)

渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その人の内から生きた水が川となって流れるようになる。」イエスは、御自分を信じる人々が受けようとしている”霊”について言われたのである。」(ヨハネ7:37-39)

「この朽ちるべきものが朽ちないものを着、この死ぬべきものが死なないものを着るとき、次のように書かれている言葉が実現するのです。


死は勝利にのみ込まれた。
 死よ、お前の勝利はどこにあるのか。
 死よ、お前のとげはどこにあるのか。

死のとげは罪であり、罪の力は律法です。わたしたちの主イエス・キリストによってわたしたちに勝利を賜る神に、感謝しよう。わたしの愛する兄弟たち、こういうわけですから、動かされないようにしっかり立ち、主の業に常に励みなさい。主に結ばれているならば自分たちの苦労が決して無駄にならないことを、あなたがたは知っているはずです。」(一コリント15:54-58)

* * *

「求めよ、さらば、与えられん」「叩け、そうすれば開かれる」
信仰を持たない一般人の間でも、ことわざのように使われるこの言葉は、実は聖書から来ている。

「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。あなたがたのだれが、パンを欲しがる自分の子供に、石を与えるだろうか。魚を欲しがるのに、蛇を与えるだろうか。このように、あなたがたは悪い者でありながらも、自分の子供には良い物を与えることを知っている。まして、あなたがたの天の父は、求める者に良い物をくださるにちがいない。だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。これこそ律法と預言者である。」(マタイ7章7-12)

ある時、一つの大きな問題をどう解決したものか、考えあぐねていた時、ふとしたことから、裁判官を通じて貴重な助言を受けた。民事訴訟法においても、民法上でも、信義則というものが存在する。これは伝家の宝刀のような規則であり、私たちが普段、法に縛られていることを認識していないようなことがらを裁くときに使える法である。

たとえば、行政法の多くには罰則規定がない。そして、罰則規定があったとしても、行政法は個人の権利義務を定めたものではないので、行政法に違反しただけでは、個人の権利が侵害されたとはただちには言えない。そういう時に、民法上で権利侵害を主張するために利用することができるのが、この法である。

その他、たとえば、訴訟の相手方が、特段の理由もないのに答弁書を送ることを先延ばしにして、訴訟をいたずらに長引かせる行為に及んだとか、何一つ相応の根拠もないのに、準備書面に虚偽の事実を書き記して、相手方への誹謗中傷を書き連ねるなどした場合にも、訴訟における信義則違反を主張できる。

あまりにもひどい内容が訴状や準備書面に書かれており、どのように制止されても、警告を受けても、紛争当事者がそれを聞き入れることもなく、いつまでもただ相手方を中傷するためだけの相応のない主張をだらだらと続けるようであれば、訴訟においても、信義則違反、また、名誉毀損等に問うことを考えた方がよかろう。

裁判官とはどんなに短くとも、話すことがとても有益であると言えるのは、ほんの短い助言から、実に多くのことが分かるからである。

思いもかけない時に受けた助言であったが、それを受けたおかげで、当時、どうしても理不尽なので黙って通り過ぎることはできないと思った問題を、解決する糸口が見え、途中であきらめなくて本当に良かったと思った。

このように、あきらめず根気強く主張を提示し、助言を探し求めることは、決して無駄にはならない。それは警察官との間でも同じであった。今はまだ何も起きていないように見えるため、どれだけ多くの人たちが筆者を支えてくれているのかも、外側からは全く見えないことであろうが、筆者を迫害している人々についても、すべての情報は共有されている。

これまで多くの困難を乗り越えながら、根気強く関わりを続けることで、互いに信頼できる関係が時間をかけて築かれて来たのである。
  
昨今は、そのように不思議な協力関係を生む出来事が続いている。

一つ前の記事にも書いた通り、人々に罪を告げるというのは、とても嫌な役目を果たすことである。 何かを理不尽だと主張したり、他者を告発することは、告発された相手が、それを不快に思い、信頼関係が崩れたり、報復を受けるきっかけとなりかねない怖さをはらんでいる。

筆者はそれでも、悪者にされることを覚悟でものを言うし、どんな相手に対してもひるまない。それを無防備だと考える人も、あるいは蛮勇だと思う人もあるかも知れないが、ところが最近、筆者の周りでは、どういうわけか、そんな筆者の無防備さを、さらに力強い防衛の力によって覆い、どこまでも味方になって追いかけて来る人々が出現し始めた。

筆者が何かを言ったことによって、信頼関係が壊れるのではなく、むしろ、壊れたと思う信頼関係までが、回復することが続いている。そして、それは筆者の力ではなく、上からの力である。

それが始まったのは、昨年の当ブログを巡る訴訟の最中であった。筆者は裁判所以外には主張を訴える場所もなく、他に助言者も協力者もいないような状況で、自ら助けを求めて裁判所に駆け込んだのだが、その際、前にも書いた通り、原告となった筆者は、法廷ではないところで、裁判官と直接、対面して弁論準備手続きを進めることのできる「役得」にあずかった。

そのため、被告と電話がつながっていない時に、裁判官と打ち合わせをすることもできたのである。これは本当に大きな恩恵であったと今も感じている。

ある時、審理が大荒れになり、裁判官が議論を制止して、被告との電話会議が終わった。すでに何度も言及した通り、その時には、被告らから反訴の予告があり、もはや当事者の心はバラバラとなり、原告と裁判官との信頼関係も壊れたかに思われた。

だが、筆者は発言を遮られたその後の打ち合わせの時に、忌憚なく裁判官に心中を打ち明け、激論を戦わせたのであった。

「お願いです、発言を遮らないでください、最後まで言わせて下さい。」

というリクエストから始まり、筆者がこの訴訟にかけている思いの丈を裁判官に伝えたのであった。どんな結果が出ようと、裁判官のせいにするつもりはないと告げ、それでも、明らかにせねばならないことがたくさん残っている以上、筆者はそのために犠牲を惜しむつもりはなく、まだまだ労苦せねばならないこと、そして、筆者が求めているのは、真に正しい判決であり、ただ早く紛争が終わって解決されることではないのだという思いを伝えた。

率直に思っているところを伝えているうちに、裁判官はしまいには事情をすっかり理解してくれたのであった(そのように見えた)。

ちなみに、断っておくと、激論を戦わせたというのは言葉の綾で、裁判官はほとんど心中を述べないので、実際には議論があったわけではない。

それでも、話の最後に、裁判官が、「今、分かったことがある」と、決然とした表情で言ったとき、筆者は、思いが通じた、という気がして、一瞬、表情を緩めた。

だが、裁判官はその瞬間、立ち上がって深々と礼をして、原告と書記官だけを残して、一人部屋を立ち去って行った。

どんな印象を受けたか、どんな結論に至り着いたか、決して当事者の前で自らの判断を口にしてはいけない裁判官の鉄則を守ったのである。

だが、筆者は、まるで返答の代わりに、深々とお辞儀をすることで、「よく言ってくれた。ありがとう」と、言外に言い表されたように感じ、ちょっと面食らい、照れくさくなった。

もちろん、その時、裁判官が筆者の言葉から、実際に何を受けたのかは知らない。だが、当事者の切なる痛み苦しみを、真正面から受け止めてくれた裁判官は、信頼に値するだけでなく、男らしく、頼もしいと感じた。

筆者は、決して安易な慰めの言葉や、自分にとって有利な決定が欲しくて、発言したわけではない。そこには、何の約束も、取り引きもなく、ただ筆者の苦悩があっただけかも知れない。

反訴を予告されるなど、全くもって誰にも望ましくない混乱としか言いようのない状況であったが、筆者は、それでも自分のことを気遣う前に、裁判官に恐怖を覚えてもらいたくなかったし、ただ物事が紛糾して欲しくないという思いから、紛争が手に負えなくなったという印象を持って終わってもらいたくなかった。何よりも、そんなつまらないことで、互いの信頼関係が断ち切れるのが嫌だったのである。

その時初めて、筆者は、どんなことをしても敵に渡しくないと願う人に出会った。というより、自分自身がどんなに追い詰められても、自分をかばうのではなく、自分と共に協力して働いてくれている人をかばわねばならないという心境になったのである。

裁判官の思いは、筆者の思いであり、彼の行動は、筆者の行動であり、その判断は、筆者の人生を左右するものであり、決してこの人を敵に渡すわけにいかないから、信頼を壊すものを排除せねばならないと覚悟して、発言したのである。

だが、その時、筆者が予想していたよりももっと、裁判官には、人の苦しみを深く理解し、受け止める力があり、その用意がある、ということが、言外に伝わって来た。

筆者が語ったことを、決して迷惑だとも、鬱陶しいとも思わない裁判官の態度があった。それは、書面においても同じであった。審理の行く末に影響を与えることがらだけでなく、そうでない内容も、たくさん書いていたが、それを鬱陶しいとか、時間の無駄だから、事実関係に関することだけに的を絞ってもらいたい、などといった忠告を一切受けたことがなかった。

その頃から、裁判所というところは、筆者にとって「干潟」と感じられるようになったのである。誰も取り扱うことができないようなこじれた紛争、誰が本当のことを言っているかも分からないような錯綜した紛争、もつれた人間関係と当事者のおさまらない思い、誰一人受け止めることもできないような深い苦悩の伴う紛争をも、丹念に解きほぐし、事実を究明していく力を持った人々がそこにおり、何よりも、人の深い苦悩を受け止める力を持った人たちがいる。
 
もちろん、裁判所で出されるすべての決定や判決が何もかも正しいというつもりは毛頭ない。証拠がなければ、真実な訴えも、認められないのが裁判なのである。だが、それでも、人々の切なる思いを汲み上げ、真実な裁きを下すことが、裁判所の使命であることに変わりはない。

そして、裁判官の中には、それができるだけの包容力や、理解力も備わっている人たちが、ちゃんといることを筆者は信じている。そして、事実、それを確かめて来たのである。

その上、筆者が不利な立場に立たされても、その時には、また別の人たちが現れて、助けの手を差し伸べてくれるようになった。どういうわけか、後から、後から、助言者や、助け手が現れるようになったのである。

「ヴィオロンさん、こんなにもはっきりと、ものが言えるのはあなただけです。他の人にはできません。私たちは、あなたが自分勝手な思いから発言しているのではないことを知っています。だから、私たちはあなたにバトンを託します。負けないで下さい。」

まるでそう言われているかのように、援護射撃がどこからともなくやって来る。
 
不思議なことに、当ブログを巡る訴訟とは関係のないところで、争いや混乱が起きたり、あるいは起きそうになって、信頼関係が壊れそうになるときにも、昨今は、 聖書に、兄弟から訴えられたらすぐに和解しなさいと書いてある通り、この世の信仰を持たない人たちが、あたかも筆者の兄弟のごとく行動して、和解の手を差し伸べて来るようになった。

「あなたが祭壇に供え物を献げようとし、兄弟が自分に反感を持っているのをそこで思い出したなら、その供え物を祭壇の前に置き、まず行って兄弟と仲直りをし、それから帰って来て、供え物を献げなさい。あなたを訴える人と一緒に道を行く場合、途中で早く和解しなさい。さもないと、その人はあなたを裁判官に引き渡し、裁判官は下役に引き渡し、あなたは牢に投げ込まれるにちがいない。はっきり言っておく。最後の一クォドランスを返すまで、決してそこから出ることはできない。」(マタイ5:23-26)

信仰を持たないはずの人々が、信仰者を標榜している人たちよりも、もっと真摯に悔い改めて、筆者に和解を呼びかけるのである。

筆者は自分をかえりみない。良く思われようとうわべを飾ることもなく、ご機嫌取りもしないし、誤解されても、弁明しようとも思わないが、どこからともなく、そんな筆者のために、誤解を解こうとしたり、駆け寄って自ら和解しようとしたりする人が現れるようになった。

筆者がどうしても理不尽だと思うことについて、身を挺して本気で主張すると、どういうわけか、すぐに駆け戻って来て、心をなだめ、和解のために手を差し伸べる人たちが現れるのである。

それも、深刻な争いになることを恐れているためでは決してない。その行動の背後に、筆者に対する、もちろん、それ以外の人々に対してもだが、深い愛情や、信頼のようなものが感じられる。

要するに、筆者を惜しみ、筆者との関わりが断ち切れてはならないと惜しみ、そして、筆者の主張の中に込められた真実を見失ってはならないと思うがゆえに、筆者の非難の言葉を聞くや否や、たちまち駆け戻って来て、和解の手を差し伸べるのである。

そういうことが、最近、どういうわけか、連続して起きるようになった。

そんなわけで、これまでのように、意を決して憎まれ役に徹しようと思っても、それができない時がやって来たのである。

つい最近も、当ブログを巡る訴訟に携わってくれた裁判官によく似た経歴を持つ人が、しばらくぶりに筆者の前に現れて、争いが起きるよりも前に、友のように手を差し伸べてくれた。

長い別離の期間中に、誤解はうず高く積み重なり、当初の信頼はすっかり薄れ、互いにそっぽを向いて、関わりも悪化して終わるだけのように思われた。
 
「ごめんなさい。もうきっと遅い(手遅れだ)と思います」

と、筆者は当初、すげなく言ってみたが、相手は全くひるむことなく、しかも卑屈ではない態度で首を横に振った。

「そんなことは決してありません。あなたの主張を私は止めるつもりはありませんが、今ここで話し合っているのに、問題が起きることはありません。あなたが望んでいることを率直に言って下さい。応じられる限度があるとはいえ、できることは応じましょう」

筆者は驚いた。この人には、筆者のような立場のない年下の者からもの申されて、腹を立てたり、プライドを傷つけられたと感じる心はないのだろうかと。そんな人間に自ら譲歩するなど正気だろうか。そこで言ってみる。

「私のような人間から、何かを言われれば、それだけで、信頼関係が壊れた、と腹を立てる人もあると思います。たとえ正論であっても、これ以上、何も言われたくないから、耳を塞ぎ、関係を断ち切る、という人もいると思いますが?」

「確かにそういう人もいるでしょう。でも、私はそうしません。あなたの言っていることが正しいのであれば、それは実行しなければいけないと思います」

筆者は、その相手から、何か反撃らしき言葉が投げかけられるのを待った。怒りだけでなく、蔑みや、嘲笑や、悪意でも良い。だが、その人は筆者を責めない。言いたいことは山ほどあると思われるし、材料にできるものもあるかも知れないのに、決して責めず、攻撃の言葉を使わない。権威を持って威圧しようと思えば、それもできるのに、そうせず、その代わりに、言った。

「でも、あなたも最初に約束してくれたことを守ってくれなくてはいけませんよ?」

拍子抜けするほど、争うつもりのないその姿勢を見て、筆者は、ただ頷かざるを得なかった。当ブログを巡る訴訟を担当してくれた裁判官、そして、筆者に助言をくれた裁判官を思い出すのだが、彼らと同じように、その人にも、筆者のすべての負の思いを吸収し切ってしまうくらいの包容力と理解力があった。

いわば、筆者の側で感じている悲嘆、悩み、苦しみなどは、すべてお見通しだと言えるほど、言葉にしなくとも伝わる人間力のようなものがあったのである。

それだけの理解を受けていることが分かると、どんなに立腹する瞬間があっても、この人の言い分には決して逆らえない、この人を傷つけることはできない、この人と争うこととはできない、と思わされてしまう。

そして、絶対にこのような人を敵陣に渡すことはできないから、何としても信頼関係を失うことはできず、問題が大きくなるよりも前に、関わりを修復しよう、と思わされる。

前から書いている通り、キリスト者はみなそうであるが、筆者にも、人々に対する試金石としての役目がある。確かに、筆者にも未熟なところはあり、それゆえ、誤解が生まれることもあるのだが、その未熟さや誤解もすべて含めて、筆者に対して、人々がどういう態度を取るのかが、その人たちのその後の命運を分けてしまうのである。

もしも筆者が若輩者だから、未熟だから、力がないからと、あるいは性別により、筆者を見下げ、その主張を退け、筆者を踏みにじってしまうと、その後、決定的にその人々は暗闇の軍勢に引き渡されて、その後の人生を狂わされてしまう。

それも、並大抵の狂わされ方ではなく、誰が見てもおかしな人生を送り始めることになってしまうのである。それが、彼らが暗闇の勢力に引き渡されたことの証左である。

ある時は、団体まるごと、暗闇の勢力に引き渡されることもある。そうなると、その団体はもはや栄えることもできず、四、五年もする頃には、何かのスキャンダルに見舞われて不正が明らかになるだけである。

だから、筆者は、愛する人々を、決して敵に渡したくないという願いを持つようになった。人々が筆者に対する恨みに燃えて、自分は裏切られた、見捨てられた、罪に定められた、プライドを傷つけられた、信頼されなかった、という思いだけを抱えて、生涯を地獄の業火で焼かれて、憎しみと復讐心だけを糧に過ごすようなことには決してなってもらいたくはないし、もしも人々の心を取り戻せるなら、何としても取り戻したい。

昨今、筆者に和解の手を差し伸べた人は、筆者の非難の言葉をことごとく吸収してしまい、筆者の新たな要望をかなえる代わりに、筆者にも新たな約束をさせた。

敵かも知れないと身構えていたその人は、筆者に向かって、頼もしい友になれと、有力な助言者になれ、参謀になれ、カウンセラーになれ、といったニュアンスのことを言ったのである。

筆者はまたしても驚いてしまった。筆者よりも強い立場にある者が、筆者に助言を求めるなど、あって良いものだろうか。しかも、あわや敵対関係に陥るかというときにである。

だが、そのへりくだりに、筆者はすっかり戦闘意欲を失い、むしろ、懐柔されてしまったのである。争い事としては、これでは徹底抗戦ができないので、敗北なのかも知れないが、人間関係としては、そうではない。

むろん、これは最終的な和解というよりも、むしろ、おそらくこれから提携して大きな困難を乗り越えなければならない奮闘の始まりとなる可能性があるが、それが分かっていても、やはり人は孤軍奮闘するのではなく、協力することでしか立ち向かえない困難があることを思わされる。

筆者は、これまで自分の持っているエネルギーの使い道がよく分からず、悩んで来た。職場などでも、博士号を持っているか、博士課程で学んだような人たちを何人か身近に見かけたが、その人たちはいずれも、常人を上回る非凡で圧倒的なエネルギーを持っていた。

それと同じように、司法試験を受けて裁判官や弁護士になったりする人々にも、常人の及ばない巨大なエネルギーがあると思われる。それは生まれ持った人間としての器の大きさ、力量の大きさである。

しかし、これまで筆者は、そういう人たちに関わることも非常に少なかったので、自分の持っているエネルギーを上回る力を持つ人に出会うこともなく、筆者の主張や思いを真正面から受け止める力量のある人もおらず、それだけの知識や、経験を持つ人もおらず、助言を受ける機会も、理解を示してもらう機会もほとんどなかった。

むしろ、弱い犬ほどよく吠える、といった具合に、力の弱い人は、自分が攻撃を受けていると少しでも感じると、もうそれに耐えられず、ものすごい勢いで吠えかかってきたりもする。

悪意などなくとも、ほんのちょっと誰かから何かを言われただけで、生涯、恨みに燃えて、復讐しようなどと考えるほど、器の小さい人も、世にはいないわけではない。

だが、大きな犬は、小型犬から吠えられても、びくともしないし、ゆったり構えている。それどころか、遠くから小型犬の姿を見かけただけで、威圧せずに、敵対心を和らげることもできる。

大きな犬と小さな犬が、仲良く互いの面倒を見ていたり、犬と小鳥が友達になったりしているのを見るのは、とても快い、慰めに満ちた光景である。

そういうことが、人間としての器の大きい人には簡単にできてしまう。敵対者さえ魅了し、自分に対するすべての不利な訴えを、何の策略も打算もなしに、到達前に空中で打ち砕いてしまうことができる。

だが、それには、人間としての力の大きさがものを言うだけでなく、やはりへりくだりのためであろうと思わずにいられない。

人々が、自分よりも弱く、無力な者の訴えの前に、率直にへりくだり、悔い改めや、和解や、譲歩や、償いによって、新たな関係を結ぶことを申し出るのを見るとき、何かしら得も言われぬ感動を覚え、彼らが立ち帰ったことが、我がことのように嬉しく、筆者はそういう人たちに対して全く闘う意欲がなくなってしまうのである。

以前には、筆者は主張を受け止められず、むなしい奮闘しかしていなかったかも知れないが、今は、筆者よりも強くて、心ある善良な人たちが、筆者の悲しみも、痛みも、苦しみも、怒りも、悩みも、ためらいも、小骨を取り除くように、丹念に取り去って行ってしまうので、筆者は議論の途中で、むしろ、彼らのファンか、心強い味方か、友のようにさせられてしまう。

これは明らかに筆者よりも強い者が現れたことを意味する。筆者にはない力を持ち、そして、筆者の弱い所を覆い、欠けた所を満たし、痛みを和らげることのできる共感能力と権威を持った人たちが、一人ならず現れ始めたのである。

そういう状況に、筆者は深い慰めを覚えている。

動かない壁に向かって、何かを訴え続けるのは、とても骨の折れる作業であり、それが耳の痛い苦言を他者に向かって呈するような内容であれば、嫌われたり、憎まれ者になることも覚悟せねばならず、非常につらいことである。そういう風にしてまで、何かを言わねばならない立場は、孤独かつ痛みに満ちたものである。

しかし、それを聞き入れて謝罪と償いと和解のできる人たちが次々と現れるとき、その言葉の意味は全く違ったものとなる。

筆者が、他人に悔い改めを迫るなど、全くおこがましい作業に思われるかも知れない。だが、筆者は、指導者や、権威者としてそんなことを他者に向かって命じているのではなく、人を辱めるために言うのでもなく、ただ自分自身のやむにやまれぬ思いを、そして、正しいと信じることがらを打ち明けているだけである。
 
筆者自身も、筆者の言葉も、未熟で不正確な部分があることであろう。それにも関わらず、人々が筆者の呼びかけの前に、へりくだってひざを折り、対立を乗り越えて、自分の歩む道を変えて行くのを見させられるとき、何かそこに筆者を超えた力が及んでいることを思わないわけにいかない。

筆者の忠告を無用なものとして退け、憤りに満ちて立ち向かったり、無視して通り過ぎるのは、実に容易である。それなのに、取るに足りない筆者の忠告の前に、自らひざを折り、へりくだり、あなたには何が必要なのかと問うて来る人々の姿を見るとき、また、彼ら自身にも、筆者の力が必要だという言葉を聞かされるとき、何か今までとは全く違った関係性が出来つつあるのを感じる。

筆者がどんな人間であれ、真実を訴えたことで、壊れない関係が現れたのである。うわべだけを取り繕い、互いの耳に心地よい言葉ばかりをささやきあっているから、関わりが続くというのではなく、本当のことを言っても壊れない、これまでとは異なる関係が、次第に、姿を現し始めたのである。

こうして、決裂し、壊れるはずだった関係が、修復され、告発されていた人が、罪赦されて歩き出すのを見、裁判所へ向かう道すがら、訴えたはずの相手が追いかけて来て、和解を呼びかけ、償いを申し出、途中まで書いていた訴えを、筆者が自ら破り捨てることとなり、判決によって不法行為の認定を受けて当然の相手が、潔白となり、それを見て、筆者自身が、まるで自分が解放されたかのように、大いに喜ぶ・・・。

そんな具合に、悔い改めと、罪の赦しと、償いと、和解が、これでもかというほど連続して起き、人々が解放されるのを見ることで、筆者は、本当に喜びと感動を覚えるようになった。
 
しかも、それによって筆者が傲慢になったり、栄光を受けたりすることもないのである。相変わらず、筆者は見栄えのしない干潟そのものであり、権威を持って命令する立場にはなく、むしろ、うわべは、筆者が罪に定められているようにしか見えないので、何かが筆者の功績だとたたえられるようなことは決してない。

筆者にとって大切なのは、自分自身ではなく、人々が正しい道に引き戻されて、自分を縛っていた罪による告発の力から解放されることである。

病も、死も、根本的には、何もかも人を縛る罪の力から来る。

その力を源から断ち切ってしまうことにより、人々は解放される。だが、そのためには、誰かが彼らに対して真の意味での和解勧告をなし、人との和解だけでなく、神との和解の可能性があることを告げなければならない。

知らずに罪によって浸食されている部分に対し、十字架の切り分けの力がどうしても必要なのである。

筆者は、そういう意味で、筆者自身の中に、何か非常に不思議な解放的な力があって、それをこれまで周囲の人々が、何としても引き出そうと、筆者に殺到して来たのを知っている。だが、それを引き出す秘訣を知っている人たちは非常に少なかったため、多くの人々は、それを得られないまま、むしろ、筆者の不倶戴天の敵のようになって去って行った。

だが、そうした決裂が何度起きても、今なお、筆者は自分の中に「干潟」が存在していることを知っている。そして、これが機能するための設備を建設し続け、その可能性を開発し続けている。

そうしていたところ、その設備が間もなくフル稼働するというときに、真っ先に、その水が欲しいと名乗り出る人たちが現れるようになった。筆者が常に追い詰められて、生きるだけで精一杯となり、その上、争ったり、戦ったりしているだけのように見える中、どうして彼らは、それでも、筆者の中に、彼らのための慰めや解放や平安が用意されていることを知っているのか。

なぜ筆者から甘い言葉を聞かされるのではなく、耳の痛いことを言われている最中に、筆者の中に、彼らのための慰めがあることを、この人々は察知するのだろうか。
 
だが、他ならぬ筆者自身が、それが確かにあることを知っている。そして、それが現れるために、筆者自身が、打ち砕かれねばならないことも知っている。そのために、一時的に、誤解を受けたり、憎まれたり、悲しみを負うことも避けられないのであり、栄光ではなく、痛みや、恥や、蔑みを負わねばならない時もある。

だが、たとえそのようにしてでも良いから、何とかして、罪の力から、死の力から、人々が解放されて、自由になって欲しいというのが、筆者の切なる願いであり、そのためにこそ、筆者は天の秩序を地に引き下ろそうとして奮闘しているのであって、そのためにこそ、すべてを主張している。

それは、告発のための告発ではなく、人々が告発から解放されて、自由になるための第一歩である。

なぜそんな苦労を背負わねばならないのか、知らないが、それでも、ただ心の命じるままに進んで行くのみである。何があっても、その奮闘を恥じるつもりもなければ、自ら退却するつもりもない。

だが、本当に不思議なことに、わざわざ決意のほどを語らなくとも、以上に記した通り、人々が筆者の敵になるどころか、自ら謝罪と償いと和解を求めて、駆け寄って来るようになった。しかも、それがすべて信仰を持たない世人ばかりであることに、筆者は改めて意義深いものを感じている。

今、救いをもたらす福音は、もしかしたら、神の家から取り上げられて、その他の人々に向いているのかも知れない。
 
これらの人々は、筆者の人生において、出会うべくして出会わされているのであって、多分、これからもかけがえのない役目を果たしてくれるだろうと思わずにいられない。

いずれにしても、それはすべて主のなさる解放のわざであって、筆者の手柄ではない。

当ブログの題名の通り、高く掲げられるのは「私」ではなく「キリスト」ただお一人なのである。彼は栄え、筆者は衰える。それが命の水が流し出されるための唯一の原則である。

わたしを信じる者は、その人の内から生きた水が川となって流れるようになる。

「だから、悪意、偽り、偽善、ねたみ、悪口をみな捨て去って、生まれたばかりの乳飲み子のように、混じりけのない霊の乳を慕い求めなさい。これを飲んで成長し、救われるようになるためです。

 あなたがたは、主が恵み深い方だということを味わいました。この主のもとに来なさい。主は、人々からは見捨てられたのですが、神にとっては選ばれた、尊い、生きた石なのです。
 あなたがた自身も生きた石として用いられ、霊的な家に造り上げられるようにしなさい。そして聖なる祭司となって神に喜ばれる霊的ないけにえを、イエス・キリストを通して献げなさい。

 聖書にこう書いてあるからです。

 「見よ、わたしは、選ばれた尊いかなめ石を、シオンに置く。
 これを信じる者は、決して失望することはない。」

 従って、この石は、信じているあなたがたには掛けがえのないものですが、信じない者たちにとっては、

「家を建てる者の捨てた石、
 これが隅の親石となった」

 のであり、また、
 「つまずきの石、
 妨げの岩」
 なのです。

 彼らは御言葉を信じないのでつまずくのですが、実は、そうなるように以前から定められているのです。
 しかし、あなたがたは、選ばれた民、王の系統を引く祭司、聖なる国民、神のものとなった民です。それは、あなたがたを暗闇の中から驚くべき光の中へと招き入れてくださった方の力ある業を、あなたがたが広く伝えるためなのです。

 あなたがたは、
「かつては神の民ではなかったが、
 今は神の民であり、
 憐れみを受けなかったが、
 今は憐れみを受けている」
のです。」(ペトロの手紙一2:1-10)

* * *

まだ8月も終わっていないというのに、蝉の声がめっきり減って、すっかり秋の気配が感じられるようになった。駆け足で冬がやって来ようとしている。あまりに早すぎる時の流れに、困惑を覚えずにいられないほどである。

さて、前回に引き続き、「重荷を跳ね返す」ことの重要性について書くことから始めたい。これは正しくは、サタンから来た重荷をサタンに跳ね返す、という意味だ。

このテーマを書くに当たり、類似した内容を書いている人が他にいないか探してみたが、見つからなかった。
 
この問題は、注目されていないようだが、キリスト者にとって極めて重要であると筆者は思わずにいられない。

私たちは、日々の十字架として、主から来た重荷を担うべき時がある。その中には、信仰ゆえの試練もあれば、恐怖に打ち勝って前進することが必要な場合もある。

しかし、時に、私たちが負うべきでない重荷が、敵から押しつけられる場合がある。そのとき、私たちは不当な圧迫をもたらす策略を事前に見抜き、その重荷が私たちの手に押しつけられる前に、罠を粉砕して、そこから抜け出すようにしなければならない。

それができないと、人生において長期に渡り、不当な重荷に苦しめられ続けることになる可能性がある。

サタンは責任転嫁の達人である。人をターゲットとして、自己の罪を他人に押しつけ、重荷を押しつけられた人が、あたかもそれを自分のものであるかのように考えて、自らそれを背負い込むよう仕向ける。一旦、背負い込んだら、ますますその荷を重くし、その重荷から二度と抜け出せないように仕向ける。

また、サタンは他人の成果を横取りする達人でもある。私たちが勝ち取った苦労の結果を、まるで我が物であるかのように、栄光をかすめ取ろうとする。

しかしながら、前回、述べた通り、神から来た重荷は、そのような性質のものではない。

「あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。」(Ⅰコリント10:13)

「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。わたしの軛は負いやすく、わたしの荷は軽いからである。」(マタイ11:28-30)

だから、私たちは、一口に重荷と言っても、その中には、神が私たちを成長させるために許されて起きた試練と、人を不当に苦しめ、栄光をかすめ取り、人生を停滞させようとして悪魔がもたらした重荷の2種類が存在することに気づき、後者の重荷については、これを受け取り拒否して、サタンにお返しする方法を学ぶ必要がある。

自分の人生にやって来る様々な困難を、どんなものであっても、すべて神から与えられたものとして受け取っていてはいけない。その出所をきちんと見分け、敵から来たものは、敵に担っていただくのが一番なのである。

* * *

 筆者はこれまで長い間、書類作成の仕事をして来たため、書面を作り上げることはまるで苦にならないと思い、訴訟や、各種の法的手続きのために時間を費やすことを、損と思うこともなく進めて来た。

しかし、そうは言っても、今年は、昨年と違い、審理や各種の手続きのために要する時間を、できるだけ省略する方法を考えなくてはならないと思うようになった。

それは特に、相手方が常に締め切りに遅れ、証拠もない支離滅裂な内容の書面を提出して来るのを見て、このような無意味な主張に、いつまでも膨大な手間暇を割いて反論していてはいけないと思わされたためでもある。

それに、筆者の人生が、訴訟から解放されなければならない必要性があることにもようやく気づいた。

訴訟を提起してからというもの、筆者の人生は、ずっと訴訟を中心として成り立って来た。筆者は、裁判所の仕事に心から敬意を払っているものの、今や審理と同じほど重要な仕事ができた以上、今までのように、準備書面を作成するために、仕事を脇に置くことはできない。仕事だけでなく、自分の人生の時間をきちんと守るため、訴訟に割ける時間を配分しなければならない。

とはいえ、それによって、訴訟において成し遂げなければならない事柄を省略するわけにも行かないため、この先の歩みには、神の助けと知恵が必要である。

それにしても、筆者が新たに選んだ仕事は、本当に、主がこれを与えて下さったのだと思わずにいられない貴重なものである。

そのことは、職場で日々起きてくる様々な難題に、筆者が正しい答えを見つけようと努力しさえすれば、常に問題が解消されて行くことを見ても分かる。
 
時に、働いていると、私たちの仕事の成果を、その本来の意味から全くかけ離れたものへと変えてしまおうとする悪しき圧力がかかることがある。真面目に働く気のない人間が、真面目に働く人たちの努力の成果を、自己の怠慢を覆い隠し、他者の栄光をかすめ取る目的のために、横領するように吸い上げ、利用しようとすることがある。

筆者はこれまでの職場においては、そうした理不尽に、立ち向かう術はないとあきらめていた。

なぜなら、日本の多くの営利企業では、労働の成果が個人に還元されず、集団の成果とされるため、そこでは、働けば働くほど、その者が、働かない者の怠慢をカバーすることになるような理不尽な仕組みがもとから存在するためである。

共産主義社会のようなものである。そこでは、無責任で何もしない人間が、最も軽い荷を負い、高い能力を持ち、責任感も強く、会社の行く末を案じ、周囲に気配りができる、最も誠実な人間が、人一倍、重い荷を負わされることになる。

もっと言えば、1人の優秀な社員の目覚ましい働きに、怠け者の5人の社員がたかり、怠け者が、働き者の仕事の成果をかすめとって自己の怠慢を隠すための集団が、始めから作り上げられていると言っても良い状況がある。そして、働き者は、働かない者の怠慢をカバーするために雇用されると言っても良いほどの仕組みがある。

筆者はそのような労働は、真に社会に役立つことはなく、呪われた罪の連帯責任のように、負債を分かち合うことにしかつながらないと考え、これと訣別すべく、「バビロン体系」を脱したのであった。

その後、筆者が携わっている仕事は、もはや以上のようなものではない。だから、筆者は、他人の労働の成果を我が物としてかすめ取ろうとする人々の不当な干渉が起きたとき、これをきちんと排除し、重荷はこれを考えついた本人に跳ね返すことが可能であることに、ようやく気づいた。

そのようなことが可能となったのも、筆者の行う仕事が、基本的に、筆者自身の裁量に委ねられており、他者からの干渉を受けずに、独立した判断を下すことができるためである。

筆者には、裁判官の仕事にどこかしら似た性質を持つ仕事が与えられたと書いた。裁判官の仕事は、独立しており、合議審を除き、単独審では、一人の裁判官の判断によって判決が下されるし、合議審の場合であっても、裁判官一人一人の判断は、独立しているはずである。

その独立性を保つためにも、裁判官は3年くらいのスパンで全国各地を異動している。地域とのしがらみや癒着が生じて、公平な判断が下せなくなることを阻止するためだという。

筆者がかつて属していた宗教団体の教団でも、同じような制度が存在したと聞かされている。牧師が一つの教会にとどまりつづけると、様々なしがらみが生じるため、それは良くないということで、数年間で、教会を転任するという制度が存在したのである。

ところが、今やその仕組みは崩れ、牧師たちは一つの教会に長年、堂々ととどまるようになり、さらにその息子や娘までが、その教会の跡を継ぐようにまでなった。しかし、裁判官が異動している世の中で、牧師たちが転任を拒む理由は、ないという気がしてならない。
 
わずか3年で全国各地を異動して行くのでは、どこにも定着できない寄留者のような感覚も生じるだろう。家族がいても、単身赴任になることもあろうし、子供たちも、学校を転校するなど、荷を負わなくてはならない。全く新たな見知らぬ土地に行って、その日から、何事もなかったように、日常生活を開始することもできまい。

それでも、あえてそのような制度をもうけることで、市民の訴えに対し、公平性が保たれるよう配慮がなされているのである。
 
筆者は、神から与えられた召しに基づき、信仰によって、この地にやって来たため、果たすべき役割がまだ終わっていないうちに、よその土地に移されることはないであろうと考えている。実際に、筆者自身がよその土地に移ろうと試みたことも何度もあったのだが、その試みはすべて頓挫して終わった。

筆者は、こうして異動こそしていないが、これまで仕事に就くときには、一切、コネを利用せず、常にアウトサイダーとして新たな組織の中に入って来た。
 
その原則は、ずっと前から同じである。どんな時にも、すべてを天に任せ、正攻法で、表玄関を通過して来た。さらに、最近は、複数の応募を同時に行うこともやめて、不実な企業に騙されるリスクがあっても、本命一本だけで勝負するようになった。そこで、勝負の全うさは、以前よりも増し加わっていると言えよう。

筆者の人生の原則は、ただ一つの真実だけを追求するというものであり、それは、神との関係、人との関係だけでなく、あらゆる場所において、貫かねばならない原則であると考える。

そこで、職場を選ぶにも、唯一無二の相思相愛の関係が成立しないような場所に赴く必要はないと考えて、不実な応募はしないことに決めた。相手が不実だから、自分も不実であることが許されると思うのは間違いであって、騙す側に回るくらいならば、騙される側に立つ方がましなのである。

その原則が、間違っていたと証明されたことは一度もない。

そこで、第一審が終わり、筆者が裁判所の近くにとどまり、紛争処理を生きるフィールドに定めようと決意したときにも、当然のごとく、筆者はたった一つの仕事にしか応募しなかった。

しかも、その時、筆者は審理の準備のために、数ヶ月も仕事を辞めていたので、無職となっていた。それまでの筆者ならば、そういう状況で、また新たに就職活動を行わねばならないことを非常に苦痛に思い、不利なスタートとして恐れを感じたであろう。

しかし、筆者にはその時、全く恐れがなかった。それだけでなく、生き方を根本的に変え、目指す方向性を変えようという考えがあったので、それはちょうど良い新たな門出にしか感じられなかった。

さらに、筆者の人生には、財布の中身を決して勘定しないという、もう一つの原則がある。ダビデが王になって人口を数えたことが、罪であると聖書に書いてあるように、筆者は自分の財産を数えないことに決めている。

そこで、いつ何をして働くべきかも、すべて天の采配による。明日のことをあれやこれやと思いめぐらし、懸命に自分の残りの財産を勘定して、損がないように立ち回るなどの計算は全くしない。

だが、歴代の宣教師たちの多くが、そうして自分の生計をすべて主に委ねながら、未開の地に赴き、伝道して来たことを思えば、これは何ら例外的な原則でも、不思議な方法でもない。

神の国とその義を第一にして生きるなら、すべての必要は添えて与えられるのであって、何をして生きるべきか、どうやって日々の糧を得るべきかという問題が、私たちにとって心を悩ませるべき第一義的課題ではないのである。

とはいえ、筆者がバビロン体系の中で生きているうちは、常に嘘や、搾取などといった問題から解放されることはなく、それゆえ、絶えざる困難に悩まされたため、筆者は熟慮の末に、バビロン体系そのものを離れることにした。

そうして、判決を手に新たな任務を探し、新たな場所へ赴き、そこで筆者の裁判を担当してくれた裁判官に、どこかしら似た経歴を持つ上司が、筆者を面接し、その場でただちに内定を受けたのであった。

判決が、まるですべての扉を自動で開けるための鍵のようになって、今までには筆者がどんなに努力をしても、得られることのなかった成果として、新たな進路をもたらしてくれた。

筆者は即日にして、これまでに最長の契約期間を得て、給与の額さえ、自己申告するよう求められた。その上司は、筆者の見栄えのしない履歴書に対し、ディスカウントの言葉を発することは全くなかった。

だが、それでも、筆者はこれを最高の満足とはとらえておらず、すべてはまだ始まったばかりで、この現状で満足してしまっているようでは、前進もないと考えている。さらなる自由、さらなる豊かさを勝ち取るために、進んで行かなくてはならない。

バビロン体系と訣別した以上、筆者の仕事の目的は、もはや自己実現、自己顕示にはない。そういう意味で、この干潟は、筆者にとって休息の場所であり、これまでのように忙しない、生きるためにやむを得ず、馬車馬のごとく働くための「労働」の場所ではない。

筆者は、この干潟のはしくれのような職場にたどり着いてから、一見、頼りなさそうに見える小舟に乗って、そこで船頭の一人のようになって、見張り人の役目を果たしている。舟が危ない岩にぶつかりそうになれば、その都度、警告を発するようにしている。

舟は、筆者の警告を聞き入れて、危険を回避している。こうして、筆者にも、何がしかの役目が与えられ、必要とされていることが分かっているうちは、そこを離れようとは夢にも思わない。

筆者の役目は、自分の労働の成果を誇示して、輝かしい栄達を遂げ、誰かを圧倒することにはない。ちょうど主イエスが、嵐が荒れ狂って、舟に乗った弟子たちが安全確保のために狂奔しているときに、船底で熟睡されていたように、誰からも存在すらも気取られないようなさりげない自然な方法で、舟の安全を守ることにある。

このような働き方は、これまでの筆者の人生にはなかったものである。

労働でありながら、それは安息であって、自分にも、他人にも、安息をもたらす働きである。

他者からの不当な干渉を排除し、自分自身の判断の独立性を保ちながら、自己の望む、真に正しいと信じる事柄を成し遂げるために働く。

徒党を組まず、不誠実な試みには加担せず、独立不羈を貫きながら、それでも、自分一人ではなく、仲間の存在がある。

そのような生き方が成り立つためには、他者と連帯せずに、独立して仕事を進められる自由がなくてはならない。しかも、そこに、仕事そのものが持つ深い意味づけ、筆者の判断が生かされる余地、真実を追求することに価値が見いだされなくてはならない。

さらに職場そのものが、そのような追求に価値を見いだし、これを評価できるところでなくてはならない。

そうした希少な条件が揃った「干潟」が、筆者の人生に出現した。それはまだ完成に至っておらず、本領も発揮しておらず、真の姿には至り着いておらず、船出したばかりであるが、完成体を表す萌芽のようなものが、はっきりと見出され、そこには、筆者と似たような理念、似たような価値観を持つ人々が集まっている。

だから、筆者は彼らと同じ船に乗って、この船の向かう方向性に期待をかけて、そこにとどまっている。おそらくは、一生のつきあいになる可能性もあるのではないかと見ている。

このようなことは、筆者の人生にはこれまで起きたことがなかった。一審で得た判決が、筆者を呪いの言葉から解放し、目に見えない宝を与え、新たな扉を開くための手形のようになってくれたのである。

こうして、筆者の目指す命の川の流れが少しずつ出現している。これはこの先、何年間もかかって完成に至る大型プロジェクトの始まりであって、筆者は地下から大量の生ける水を汲み出すための目に見えない大型パイプラインを建設している最中である。

その生ける水は、筆者が訴訟の最中、裁判所の地下に流れていることを偶然にも発見したものである。訴訟において、筆者は小さな井戸を掘っただけであったが、それだけでも、確かにそこに生ける水が流れていること、これを地上に汲み上げる方法があることが分かった。そこで、筆者は、裁判所の飛び地になっている干潟を探して、これを中継し、地下から地上にこの水を大規模に汲み出すためのパイプラインを作り始めたのである。

もちろん、これは比喩であるとはいえ、比喩とは言い切れない部分がある。判決には人を解放する力があり、人々の切なる訴えが集積している裁判所は、天に向かって人の訴えが届いている場所でもある。人間に過ぎない裁判官も、人々の悲痛な訴えに耳を貸し、自由と解放を与える判決を書くが、神もそれをお聞きになっていることを筆者は疑わない。
 
筆者の抱える訴訟においては、まだ第二審の最初の期日も開かれていないが、筆者の主要な関心は、もはや個人的な係争にはない。警察における手続きも、控訴審の行く末も、筆者の新たな仕事も、やがてはすべてがパズルのピースのように絶妙に組み合わさって、今までになかった新たな形が生まれて来るだろうという気がしている。

今はまだそれがどういう形で起きるのか分からないが、少なくとも筆者は、これまでのように、返済してもしても埋め合わせることのできない負債を返すというむなしい働きのために生きているのではない。ゼロからプラスを構築し、真に正しいと信じられる目的の実現のために働いている。

こうして、干潟に流れるうたかたのように、泥水の中に身を横たえて、上から光を当てられる瞬間をただ待っていただけの、影に過ぎない存在であった筆者が、今や干潟に光を当てて、神秘的作用を自ら引き起こす側に回ろうとしている。

どうしてそんな役目が筆者に回って来たのかは分からない、だが、これはとても光栄な働きであって、何かしら途方もないことが、これから起きようとしていると感じる。筆者はその瞬間に向かって、一人ではなく、他の人々と共に手を携えて進んでいる。

* * *

筆者は10年ほど前、夜行バスに乗って、横浜の街を幾度か訪れた時のことを思う。その頃、この街は、筆者にとって、まさに生ける水が泉となってわき出すために用意された特別な街のようであった。

早朝になって、窓から外の景色を覗くと、窓を開けたわけでもないのに、命の水の流れが、地下だけでなく、地上においても、大気の中に溶け込み、新鮮な空気となって、上から降り注いでいるように感じられた。

駅を歩くだけでも、筆者はこの泉の気配を感じずにいられないほどであった。その頃、筆者は、キリスト者の集会の中に、命の流れの源があるのだと思っていた。兄弟姉妹と共に、手を携えて、これからその泉を地上に流し出す仕事をするのだと考えていた。

その読みは、誤ってはいなかったのかも知れない。だが、その命の流れは、間もなくせき止められ、バリケードで塞がれ、これを受け継ぐ仕事は、筆者にバトンタッチされた。筆者は彼らの舟から失格者のように降ろされたにも関わらず、その仕事は、まさに筆者に受け継がれたのである。

それから何年も経ち、主イエスがスカルの井戸でサマリヤの女に出会われた時のように、筆者は誰も見向きもしないみすぼらしい干潟のほとりで、再び、この泉を発見した。その時、筆者には分かった。生ける命の水の泉を発見する秘訣は、へりくだりにあるのだと。

私たちが、人に捨てられ、誰からも見向きもされず、関心も持たれず、徹底的に侮られ、嘲られ、踏みつけにされ、孤独と、悲しみに暮れて、真のへりくだりに達しないことには、主イエスも、私たちの前に、姿を現すこともできないし、私たちを救うことも、手を差し伸べることもできない。

なぜなら、私たちはあまりにも強すぎて、自信満々で、独りよがりに陥り過ぎていて、常に自己過信し、自己充足し過ぎているためである。その自己過信が取り去られ、自己充足が打ち破られて、私たちが心から本当に主を求めないことには、神でさえ、人をどうすることもできない。

筆者が裁判所から離れたくないと思うのは、いつまでも訴訟にとらわれ、争いを続けたいがためではない。そこで学んだへりくだりから離れたくないためである。自分が最も低くされ、孤独であり、寄る辺なく、助けがなかった時に、神が筆者を見捨てられず、筆者の訴えを取り上げて下さり、筆者を迎える場所を用意し、必要な措置をすべて講じて下さったことの恵みを、片時も忘れたくないためである。

地上の裁判官は、人として束の間、この事件を担当してくれ、一瞬の出会いがあったに過ぎず、地上で筆者が得た判決文の文字も、完全なものであるわけでもない。それゆえ、係争は終わっておらず、判決の約束さえ、未だ完全な実現を見ていない。だが、そんなこととは一切関係なく、神ご自身が、この出来事を通して、筆者の前を通り過ぎて行かれたことを、筆者は忘れたくないし、その感謝に満ちた出来事を、終わらせたいとも、思っていない。

パイプラインの建設が完成に至るためには、おそらくは筆者自身が、第一審が開かれていた時と同じように、絶えず自己を無の立場に置いて、低めることが必要になろう。それは、筆者がただ神にのみ希望を見いだし、自分の何もかもを脇に置いて、この街にやって来た時と同じ心境である。

その頃の筆者は知らなかったが、そのようにして筆者がこの地に招かれたのは、その後、筆者が人の目に偉大な事業を成し遂げるためではなく、その後も、同じへりくだりの中にとどまり続けるためであった。

だから、現在、筆者は、自分が解放されたからと言って、これまで通過して来た大いなる試練を忘れたいとは思わない。最も重要なのは、筆者が解放されたことそれ自体ではなく、筆者を解放しようとして、あらゆる手を尽くしてくれた人々が存在すること、また、彼らの配慮を通して、神の豊かで憐れみに満ちた采配が、今も筆者に降り注いでいることなのである。

だから、筆者は、そのことを心に刻みつけておくために、あえてこの思い出深い場所を離れたくないと考えている。人が苦難の中に、いつまでもとどまり続ける必要は全くないが、人の心の泉は、苦難によって、人の魂に刻みつけられた裂け目から、流れ出す。神に出会うためには、私たち自身が、神と同じほど己を低くすることが必要で、それがなければ、私たちが飽くことなく求めている幸いも、自由も、解放も、決して私たちの人生に真にもたらされることはないのである。

渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その人の内から生きた水が川となって流れるようになる。」イエスは、御自分を信じる人々が受けようとしている”霊”について言われたのである。」(ヨハネ7:37-39)