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私ではなくキリストⅡ(東洋からの風の便りI)

「あなたがたは、いのちの言葉を堅く持って、彼らの間で星のようにこの世に輝いている。」(ピリピ2:15)

主と二人きり

たった一日だけを目処に、遠い町から家探しに来たとき、
このアパートのベランダから外をのぞいて、
こんなところに住めればいいなあ、と思った。

昭和何十年代に建てられた、ガタのきそうな団地(失礼!)の中で、
参考までにのぞいてみたらどうですかと勧められた、
かなり今風にリフォームされた珍しい一室だった。

窓の外には、一面、山の緑。珍しい鳥々のさえずりが聞こえ、
高みから、地の家々と青々とした庭を見下ろせる。

左手には、夕暮れになると、きらめく街の灯りが広がり、
右手には、見上げると、丘の上にまばらに立っている木々の向こうに、
どこまでも空が広がっている。

この高度では、虫たちは、ほとんど寄って来ない。
ただ翼ある鳥だけが棲む領域。
だから、まだ寒くない今は、
一日中、網戸のない窓を開けっぱなしにして、
さわやかな空気を吸い込もう。

本当に、主は私をこの地に住まわせて下さった。
地だけれど、地ではない。
限りなく天に近く
御前にただ一人の祭司として 主に仕える
その何と甘い、麗しいひと時。
何という 秘めやかなぜいたくだろう。

けれど、明らかに、私だけのため、ではない。
何よりも、それは主との蜜月のため。
そして、今から生まれようとしている エクレシアのため。
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この山でも、エルサレムでもなく

「イエスは女に言われた、『女よ、わたしの言うことを信じなさい。あなたがたが、この山でも、またエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る。あなたがたは自分の知らないものを拝んでいるが、わたしたちは知っているかたを礼拝している。救はユダヤ人から来るからである。
しかし、まことの礼拝をする者たちが、霊とまこととをもって父を礼拝する時が来る。そうだ、今きている。父は、このような礼拝をする者たちを求めておられるからである。神は霊であるから、礼拝をする者も、霊とまこととをもって礼拝すべきである』。」(ヨハネ4:21-24)


 用事にて、何度目かの関東行きを決行して来た。夜行バスにもそろそろ慣れたので、会社によって、バスの内装や停車場所等に、色々な違いがあることが分かって来た。今回、乗車したのは、普通の観光バスを、急遽、夜行バスに仕立てたもの。遮光カーテンがないため、走行中にはトンネルの黄色い灯りがカーテン越しにちらちらと車内に差し込み、運転席の大きな窓ガラスを通して、今、どこを走っているのか、道路標識によってはっきりと確認できる。夜行バスとしては、あまり良いサービス内容とは言えないだろう。

 けれども、そのおかげで、私は初めて、関西から関東への風景の移り変わりを観察することができた。阪神高速を通じて、私が長年、住んでいた兵庫県をバスが走っていた間は、まるで身体の中に方位磁石が埋まっているかのように、すべてが懐かしく、身近に感じられた。高砂、姫路、神戸、西宮あたりを過ぎる頃は、景色から目が離せない。もう二度と会うことのない人たちも含めて、色々な人たちとの思い出が脳裏をよぎる。兵庫県は、至るところに楠の木が植えられているのが特徴の一つだろう。三宮にバスが停車すると、しばらく市街を歩いて、道路脇の地図を見ながら、懐かしい地名を確認した。新開地、元町、六甲ライナー、生田神社…。よその土地にいるという感じは全くなかった。

 それから、バスは大阪方面へ向かった。尼崎、吹田、茨木、高槻、京都を経由して、関東へと抜けていく。残念ながら、大阪名物の太陽の塔は見えなかった。京都を抜けたあたりから、私になじみのない地名が始まったので、そのあたりで私の記憶はとぎれた。
 行きは、見知った関西を離れるのに後ろ髪引かれる思いだったが、帰りは、関西に入るなり、ほっと身体がリラックスする。たとえ窓から見える高速道路の景色をぼんやり眺めているだけであっても、住み慣れた土地を走っているだけで、こんなにも人の心は安心するものなのか、と思う。やはり私は関西の住人なのだな。瀬戸内の空気を離れて、関東になじむことはできるのだろうか?

 帰宅して、眠気と、ぼんやりした意識にも関わらず、あるキリスト者に交わりの長電話をかけた。3時間くらい話したことだろう。きっと、迷惑千万な電話だったに違いない。だが、掛け値なしにキリストを第一として生きている人との交わりは、私にとって、かけがえのないひと時なのだ。それに、私は今、自分の人生に与えられている主の不思議な導きについて、とにかく誰かに語らずにいられない…。

 本当に、神を誉めたたえることには限りがない。主の御業の不思議について語りだせば、どれほど時間があっても足りない。主と共に歩むことの幸せを語り始めると、どれだけ日数があってもきっと足りない。イエスの歩まれた道を歩むことの喜び、その新鮮な驚きと、尽きせぬ不思議さ、そのとてつもない特権について話し出すならば、いつまでも、終りは来ないだろう…。

 ところで、これはあくまで私の予想に過ぎないので、異論がある人たちには、あまり怒らないでいただきたいのだが、私は、エクレシアがキリストの真の花嫁として姿を現す際には、人間の作った礼拝制度や枠組みは、崩壊するのではないかと思う。その、壊れなければならない枠組みの最たるものが、日曜礼拝ではないだろうか。

 日曜日に礼拝をすることそのものに異議を唱えたいわけではない。けれども、日本全国の教会の日曜礼拝に、まるでパッケージのように、一そろいに揃っているあのケア・キットは何なのだろうか。一連のワーシップ・ソングに、司会、祈り、リーダーによるメッセージ、献金、交わり、と言ったような、典型的な礼拝の型。それはこの先、主の御業を自由に表すよりも、むしろ御霊の自由を阻害する人工的な要因として、取り壊されずに置かないのではないだろうか? そもそも、限定的な時空間に、限定された人々が呼び集められてやって来て、そこでパターン化された行動を行い、誰か一人が自分の知識と経験に基づいて、神についてのメッセージを語り、他の全員がそれに耳を傾ける…、そんなことの大まかな繰り返しによって、神が礼拝されるという形式は、この先、人工的に過ぎるものとして、長くは持ちこたえられず、まことの礼拝が現れるに連れて、廃れていくのではないのではないだろうか…?

 「あなたがたが、この山でも、またエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る」、と、イエスは言われた。なのに、今日の教会、チャーチ、チャペルといった名のつくところでは全て、この山、あの山に人を集めて礼拝させる形式を用いているではないか? そのような形式は、本来、御子イエスによって終わっており、神への礼拝は、一人ひとりのクリスチャンが神殿となることにより、可動式のものになっているはずである。それに加えて、日曜礼拝という、安息日に限っての特別な礼拝を過剰なほどに重んじる考え方は、イエス時代に、ユダヤ人にあれほどまでも頑なに安息日を守らせようとしていた律法学者、祭司たちの考え方にそっくりではないか?

 イエスは言われた、御父が求めておられるのは、まことの礼拝をする者たちが、霊とまこととをもって神を礼拝することなのだと。問われているのは、形式ではなく、内容である。真の礼拝は、すでに使徒たちの時代から、エクレシアなるクリスチャンのうちに日々、成就し、行われて来たはずである。しかし、どういうわけか、それは今日、教会という限定された場所での、限定された礼拝制度の中に閉じ込められて、可動性を失ってしまった。さらにそれに加えて、各種の集会、セミナー、勉強会、祈祷会、宣教の訓練、などの一連のプログラムが続き、礼拝をシステマチックで固定的なものにしようとの圧力には終りがなくなっている。それら一連の人工的な枠組み(付属物?)が取り払われる時にこそ、真実、全能主にふさわしい、可変可動の、時空間に限定されない、御霊による自由な礼拝が導かれるのではないだろうか…。

 だが、その解放は、決して、誰か特定の人間のリーダーシップに基づく、上からの「礼拝改革案」としてやっては来ないだろう。まことの礼拝は、荘厳で立派な礼拝堂や、こぎれいなチャペルから始まるのではなく、御子イエスの誕生がそうであったように、取るに足りない、発見するのも難しいような、みすぼらしく、人里離れた小さな村の家々や、名もない人々の、ひっそりした集まりから、始まるのではないだろうか。ちょうど、キリストがお住まいになるには、私たちという幕屋が、みすぼらしすぎるように、神の栄光は、この地上にあっては、いつも土の器の中に隠されながら、現されるものだ、そこで、エクレシアにおけるまことの礼拝も、取るに足りない容れ物の中で、ただ主によって、芽吹き、見事に花咲かせていくのではないだろうか…。

 そんなことを、帰りのバスの中で思い巡らしていた。
 私はこの一年間、ほとんど賛美歌を歌うこともなく、声に出して祈ることもなく、定期的に誰か特定のリーダーのメッセージを聴くわけでもなく、どこの団体の日曜礼拝にもほとんど顔を出さずに、信徒との合同の礼拝を抜きにして、過ごしてきた。だが、ふりかえってみると、その全く枠組みというものがない中にも、極めて充実した主とのひと時があった。私はありとあらゆる方法を用いて、主を求め、祈り、それに、主は確かに応じて、私のもとを訪れて下さり、私の祈りを聞いて下さり、私と共にいて下さり、御心を示して下さった。

 この期間がなければ、私は一対一で、主と向き合い、個人的に主を知るということはきっとなかっただろう。

 そういうわけで、今や私にとって、礼拝とは、何か特別な一定の時間帯を指すものではなくなっているし、礼拝形式へのこだわりもなくなった。形式など、何であろうと、あるいは、なくても、少しも構わない。眠っている時間を除いて、あらゆる時間が、キリストへの思いでいっぱいに満たされているのが、キリスト者の最も理想的で、解放された、自然な姿なのではないかと思う。

 2年後くらいになって、「あなたのあの頃の熱心は、一体、どこへ消えたのですか?」と、人から聞かれるようではありたくない。この道を離れたくない。イエスに従うことの喜びと不思議を、この先、ますます深く味わっていける者でありたい。

  「主の教えを喜びとし
  昼も夜も その教えを口ずさむ
  その人は 水路のそばに 
  植わった木のようだ
  時が来ると 実がなり
  その葉は 枯れない
  その人は 何をしても 栄える…」


キリストにあって一つの身体

 不思議なほどの安らぎ。言葉は要らない。
 血肉にあっての人々との絆がどうなろうとも、周囲の状況がどう悪化しようとも、何も気にならないほどの心の静けさ。主によって与えられた兄弟姉妹たちへの消えることのない、穏やかな愛情。

 兄弟姉妹たちがまるで数珠のようにどこまでもつなぎ合わされているその糸が見えるようだ。あらゆる状況を越えて、上から与えられる不思議な安らぎが、私の心を悪から守っている。これはきっと、聖徒たちの祈りのおかげなのだろう。

 だが、祈りだけではない。キリストのくびきを負って、キリストに学ぶこと、そこにこそ、私たちの魂の安息の秘訣がある。キリストの十字架こそが、私たちの避難所。十字架こそが、安らぎの源。キリストを見上げること、そこに全てがある、主こそ恵みの全てである。
「すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。わたしは柔和で心のへりくだった者であるから、わたしのくびきを負うて、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたの魂に休みが与えられるであろう。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである。」(マタイ11:28-30)

 キリスト者は、主にあって、一つのからだである。偽りのない愛情で結ばれている一つのからだなのだ。これは何と素敵なことだろう。キリストを信じている限り、誰一人として、一人ぼっちになる者はいないのだ。
 「わたしたちも数は多いが、キリストにあって一つのからだであり、また各自は互に肢体だからである。<…>愛には偽りがあってはならない。<…>兄弟の愛をもって互にいつくしみ、進んで互に尊敬しあいなさい。<…>喜ぶ者とともに喜び、泣く者と共に泣きなさい。互に思うことをひとつにし、高ぶった思いをいだかず、かえって低い者たちと交わるがよい。<…>だれに対しても悪をもって悪に報いず、すべての人に対して善を図りなさい。あなたがたは、できる限りすべての人と平和に過ごしなさい。」(ローマ12:5-18)

 楽しい時も、苦しい時も、共に一つのからだとして、支え合って、生きていきたい。


山小屋での交わりを経て

ブログを書くのが久しぶりだからか、それとも、まだ私の心がこの地に戻っていないせいなのか、文章は進まないわ、書いた記事は操作ミスで消えてしまうわ、なかなか調子が元に戻らない。一体、何時間、パソコンに向かっているだろうか。なのに、未だに最初の行を書いているのはなぜだろう?

 Sugarさんの山小屋を訪れて、兄弟姉妹との交わりの場に加わり、無事にこの地に戻って来た。距離にすれば、日本列島を半分くらいは横断しただろうか? 随分、無謀な思いつきのように見える旅だった。しかも、行きがけには、地震による夜行バスの延着というハプニングまであったのだ。横浜で私を車で拾ってくださる予定になっていたLuke兄弟にはそのせいでひどく迷惑をかけてしまった。
 私は携帯電話も持たず、時計も持たずに家を出た。そこで、東名高速道路が不通となり、バスがどことも知れぬ住宅街の一般道を、まるで亀のような遅さで進み始めても、外界と連絡を取る方法をまったく持たなかった。兄弟たちは、バスがいつ到着するか分からず、情報が何も入らないので、もうヴィオロンは到着しないのかもと思いながら、話し合っていたらしい。

 しかし、私の方は暢気なもので、絶対に私は置き去りにされることはないと安心していた。たとえ何時間遅れようとも、夜になろうと、兄弟は必ず現場で待っていてくれるだろうと勝手に確信していた。それくらい相手を信頼して命を預けていたといえば聞こえは良いが、結局、それは私が能天気すぎるということかも知れない。

 主のはからいだったのだろう。バスは終着点だったはずの横浜に、順番を入れ替えて真っ先に到着してくれた。遅れは一時間で済み、そこから兄弟の車で、さらに5時間ほどかけて山小屋まで走ったが、着いた時はまだあたりは明るく、夕方になっていなかった。
 こうして兄弟姉妹たちのはからいのおかげで、途方もない距離を越えることができたのだが、一つ不満だったのは、私を送って下さった兄弟が、あれほど念押ししたにも関わらず、翌日、私を煙に巻いて、交通費を請求せずに帰って行かれたことである。今となっては、そこにも、主が働いておられたと信じ、ただ感謝することにしよう。

これは誰でしょう? さて、山小屋滞在中は、鳩さんの奥様の手料理にあずかった(というよりも、私は料理において戦力外)。
 鳩さんの一家は、まことに微笑ましい、自然で、健全な、キリスト者らしい家庭だった。キリスト者らしい、と言っても、そこには、わざとらしさや、不自然さな押し付けは見受けられない。子供達は両親を心から愛し敬っているのが感じられたし、誰もが何の隠し立てもなく、自然に振舞っていた。
 あまりにも元気いっぱいの子供達は、毎日、小屋の中をドタバタ駆け回り、毎瞬のように喧嘩が起こっていた。それでも、すぐに仲直りし、兄弟仲も極めて良い。私にもよく懐いてくれた。

 後日、山小屋に合流したTさん親子(大学院生の息子さんとその母親)も、やはり健全で自然な親子関係を築いていた。今回、私がこの二つの家庭と間近で接触したことには、何かしらの意味があったのかも知れない。私自身は自然な家庭というものをこれまでに一度も経験したことがなく、しかも、我が家ではこれまで、キリスト教は悲劇の源にしかならなかった。そこで、私には平和で穏やかで健全な家庭というものに対する、悲しい、根深いコンプレックスがあったし、それに、教会での体験を通して、キリスト者の家庭というものに、あまり好感を持っていなかった。
 にも関わらず、今回、お会いした二つの家庭には、もしもこの先私が家庭を築くならば、ぜひともこのようでありたいと思わせる、微笑ましさ、仲むつまじさ、自然さ、健全さがあった。さらに、信仰が少しも不自然でない形で家庭に同居しているのを見るのは興味深いことであった。

山の散策 今回の旅の中で、私にとって、最も嬉しく、かつ、印象深かったのは、最終日に、Sugarさんと駅のホームで電車を待ちながら過ごした束の間の時であった。それは私にとって、それまでの数日間を合わせたよりも、なお、意味深い交わりの時となった。
 その時、始まったばかりのこの交わりが、永遠に続くものであること、そして、私の山小屋訪問が、今回限りでは絶対に終わらないことを確信した。

 エクレシアとは何かについて、これ以上、だらだらと詳しく述べる必要はないだろう。ただ一つ言いたいことは、そこには天的感動とか、情熱的な一致団結、などというものはなかったということだ。エクレシアに集っていたのは、少々地味すぎるほどに、ごくごく普通の人たちであり、そこにあったのは、少々飾り気がなさ過ぎるほどにごくごく普通の日常生活であった。しかも、強調したいのは、集った人たちは、決して、細部にわたるまで意見を同じくしたりしていなかったということだ。そこには、同じ思想、同じイデオロギー、同じ見解などは見られず、代わりに、様々なことについて異なる意見があった。キリスト者としての先人についての理解も異なり、聖句の解釈にさえ、度々、意見の一致が見られなかった。さらに、性格も、年齢も、好みも、生い立ちも、興味ある話題も、人それぞれに異なっていた。

 それほど異なる性格や見解の持ち主が、不思議に、同じ信仰を共有し、兄弟姉妹という自覚で結ばれているのがエクレシアなのだ。
 真のエクレシアには統一的なユニフォームはなく、それぞれに異なる、似ても似つかない人々が、異なる姿のままで、逆説的に「一つ」として用いられている。見解が同じだから、考え方が似ているから、行動様式が似ているから、あるいは同じ名称の組織に属しているから、同じ規律を守っているから、同じ教義の理解をもっているから、同じスローガンを掲げているから、同じヴィジョンを持っているから、だから上手くやっていける仲間同士なのだという感じ方は虚構であり、それは主が働かれる方法ではない。

 神は信じる者たちをそれぞれに異なるままで用いることがおできになる。信者たちが何かの統一的なバッジをつけることを神は喜ばれないどころか、むしろ、許されないだろう。私たちにはどんな目に見えるバッジもなく、共通点は、内におられるキリストだけである。

 私が今回接触したエクレシアは、まだ生まれたての赤ちゃんのような、小さな芽に過ぎないものであったと思う。それはすくすくと育って、この先、もっと確かなものへと成長していく必要があることを感じる。小さな愛に過ぎないものが、確かで力強く揺るぎない愛へと成長し、今現在のあらゆる見解の相違を超えて、兄弟姉妹たちには、この先、キリストを信じる信仰の一致、キリストを知る知識の一致がもたらされる必要があるだろう。そして、互いがキリストの身体としてしっかりと関節に組み合わされて機能するようになる必要があるだろう。そうなる時、初めは小さな芽としての集まりに過ぎなかったものが、目に見えない形であるにせよ、背の高い太い幹へと成長し、空の鳥も憩うほどに葉を生い茂らせ、道行く人々に安らかな木陰を提供するようになるだろう。
 エクレシアが、整えられた主の花嫁として姿を現すには、まだ時間がかかるに違いない。しかし、できるならば、生きているうちにその不思議な御業の完成を目撃したいし、生きてそこに連なることができるならば、何という幸いだろうかと思う。

 今朝、Sugarさんに無事帰還の連絡を入れると、そのまま、電話は交わりになった。不思議なこともあるもので、つい昨日まで、直接話をさせていただいたというのに、今日の交わりは、昨日とは全く打って変わって新しい。ある人は、そんな感じ方は孤独のなせる業だ言って、私を笑うかも知れないが、そうは思わない。キリスト者の交わりは常に新しく、常に人の心身を潤すものとなるだろう。他のキリスト者から溢れ出る生ける命の川々に触れる時に、それが私にとって喜びをもたらし、私の心身を健やかにするものとならないわけがどこにあるだろうか。キリストがおられるからこそ、エクレシアの交わりは人に命をもたらすものとなるだろう。その喜びにあずかれる幸いを思う。

 今、私の故郷では、身近で交わりのできるキリスト者が見つかっていない。けれども、「主が何かを起こされる時には、その単位として、共に行動することのできる二、三人のパートナーを与えられるでしょう。あなたにもそれは与えられるはずですよ」と、Sugarさん。
 きっとそうだろう、この地にも、すでにその二、三人が起こされつつあるのに違いない。私がまだ出会っていないだけで…。そういうエクレシアを、今、至るところで、主は起こしたいと願っておられるのではないだろうか? 主はこの先、どんな方法で私を彼らと出会わせて下さるのだろうか? どうやって、この地にも、交わりが成り立つのだろうか? そうなる時が、待ち遠しくてたまらない。


山小屋の屋上からの見晴らし。見事な晴天!

これがエクレシアだ!

昨日は、映画「精神」の最終上映日だった。危うく忘れるところだったが、ぎりぎり滑り込んだ。地元で撮影された映画とあって、結構な人数が観に来ていた。終わった時、観客の中には泣いていた人もいたようだ。だが、私にとっては重すぎたこの映画の内容については、今は何も語れそうにない…。

 当初、残る時間で買い物をする予定であった。こちらに来てから、はや1年が経とうとしているのに、私は未だ岡山の地理についてほとんど知らない。今日、初めて、路面電車に乗った。100円でわずか三駅ほど走っただけだが、懐かしい感じがした。大阪には路面電車はない。モスクワでは路面電車を使わずにはどこにも移動できなかった…。

 楽器店で、何ヶ月も前から気になっていた楽譜を買う。それでも、まだ沢山時間が残っている。だが、地下街や商店街を買い物して歩く気にはなれなかった。それは、ある荘厳な出来事が私の心を捉えて離さなかったからだ…。

 「エクレシアとは何か。」
 その実体が、これほどに胸に迫って来た日はなかった。エクレシアのことを思うだけで、涙せずにいられないほどの感動を覚え、神に召し出された花嫁としての教会が、あまりにも強く私の心を捉えたので、他に何一つ考えることができなくなった。私は待合室の静かなベンチを探し、そこでただ呆然と主の御業を思った…。

 山谷少佐が「続・目カラ片鱗ノ剥落スル事」の中で、その時に、私が考えていたのと全く同じ事を書いておられるのが、重ねて驚きである。私の駄文をご引用下さっているようだが、山谷少佐のコメントだけをご参照いただきたい。以下、引用。

「私は主のもの。あの人も主のもの。そこにあるのは、ただ、主の至高の愛である。
この愛の下に置かれているのが、本然のエクレシアなのだ。
それは、伝統とか機構とか制度とかには、よらないものである。
もちろん、そういうシステムが、この『中間の時』には必要とされているけれども、本然のエクレシアの『本質』は、そういうことどもの中には、ない。『本質』は、ただ、主の至高の愛の中にあるのだ。

ある兄弟たちは、人為的に伝統や機構や制度を『合一』のものにしようとして、苦心惨憺したが、どうも上手く行かなかった。本然のエクレシアの立場からすれば、その努力は徒労だったということであろう。
なぜなら、主の至高の愛において、兄弟姉妹はそもそも最初から『一』であり、また、永遠に『一』なのであって、決して分割されることが出来ないのだから。
というのは、主の至高の愛が、分割され得ないものだからである。」

 読者はご存知かと思うが、私は近々、これまで一度もお会いしたことのない信仰の兄弟たちのもとに出かけようとしていた。しかし、今の今まで、私には自分のしようとしていることの意味が、何も分かっていなかった。
 告白すべきことは、私は今日に至るまで、エクレシアとは何であるかを、ただ文字の上でしか知らなかったということだ!

 私の知っていた教会とは、あまりにも、薄っぺらでお粗末なものであった。それは多分、教会と呼ばれるべきでさえなかったろう。たとえば、日曜日の午前10時半に、眠い目をこすりながら、礼拝堂へ駆けつける。かなりの期待を持って、説教に耳を傾けてはみるものの、ナニカガチガウ、と、心は満たされない。気を取り直して、午後の部会に出席し、信徒との交わりに期待をかけるが、さらに、コンナノハマヤカシダ、との苛立ちが心に去来する。それでも、何とか気を取り直し、仲の良い信仰仲間とお茶を飲みに出かけ、率直に語り合うが、そこでも、ナニカガココニハケッテイテキニカケテイル、との虚しさが心を襲う。ついに、時間切れとなって、帰宅の途につきながら、キョウモナニモエラレナカッタ、コンナキモチノママ、アトイッシュウカンモ、スゴスノカ…と、より一層ひどくなった飢え渇きを抱えて日曜日の夜を迎える。それが私にとっての教会だった。

 そのようなことがあまりにも普通になってしまったので、私は信徒の交わりというものに、もはや多大な希望を寄せることがなくなっていた。会って、励ましあい、祈りあい、それなりに、傷つけあうことなく、有意義な時間を過ごせれば、それ以上、何を求めることがあろう。

 だが、それは本当の教会というものを知らないがゆえの、あまりに大きな誤解であった。主の視点に立って人を愛する、ということを理解した時に、私は教会の持つ重大な意味に圧倒されてしまった。
 
「私は主のもの。あの人も主のもの。そこにあるのは、ただ、主の至高の愛である。この愛の下に置かれているのが、本然のエクレシアなのだ。」

 私が出かけようとしていたのは、主が心から愛されている人のもとであった。神によって聖なる宮とされた人々のもとであった! それを理解した時、私は畏怖の念に打たれ、何メートルも後ろに後ずさりして、ひれ伏したい思いに駆られた。私の目の前にあるのは燃える柴だった!

ここに近づいてはいけない。足からくつを脱ぎなさい。あなたが立っているその場所は聖なる地だからである」(出エジプト3:5) 

 主が臨在される聖なる地、そこがエクレシアなのだ! 私はその地を目の前にして立っていたのに、それと気づいていなかった! 自分の汚れ切った靴(セルフ)を脱ぎ捨てなければ、そこに近づくことは誰にもできない。もしも私が靴を脱ぎ捨てなければ、私は兄弟たちに利己的な感情を持って近づくことになり、それは私が神の宮に対して害意を抱くことに等しい。神は私を滅ぼされるだろう!

「あなたがたは神の宮であって、神の御霊が自分のうちに宿っていることを知らないのか。もし人が、神の宮を破壊するなら、神はその人を滅ぼすであろう。なぜなら、神の宮は聖なるものであり、そして、あなたがたはその宮なのだからである。」(Ⅰコリント3:16-17)

 一人ひとりが神の宮とされている兄弟姉妹たちの作り出すエクレシアの神聖の前に、私は深く頭を垂れずにはいられなかった。主は何と一人ひとりを深く愛されていることだろうかと、改めて思わずにいられなかった。彼らは、私にとっても、まさに命であり、希望であり、貴い宝である。会ってもいない人々に、いつの間にか、どれほどの愛情を抱くようになったことか。こんな不思議なことが起こりうるだろうか。だが、それでもまだ、神の宮としての兄弟姉妹に私は十分な敬意を払っていなかったのだ。
 不思議なことに、そう自覚したことによって、私は自分がエクレシアに近づく資格がないと感じたかと言えば、そうではなかった。むしろ、抑えがたいほどの思いで、私はかえってそこに行きたくてたまらなくなってしまったのである!

 それは、まるで遠方にいる恋人との邂逅を、指折り数えて待ち焦がれるような、居ても立ってもいられない気持ちだった。彼らのいるところに、私も行きたい。私はそこに行きたい。いや、何としても、行かなければならない。幾山河越えようとも、海を渡ろうとも、陸を徒歩で越えようとも、どんな距離があろうと、どんなに時間がかかろうとも、何としても、そこに辿りつかずには置かないというほどの強い思いだった。
 一体、私はどうなってしまったのか。人への執着心はもうとうに振り払ったはずなのだが、この恋慕の情に似た思いは何なのか。どうしてこれほどまでに、彼らに会いたくて仕方がないのか。この居ても立ってもいられない焦燥感のようなものは何なのか。これは本当に良い感情なのだろうか? 何がこれほどまでに私をそこへ呼び、惹きつけるのか。

「天国は、良い真珠を捜している商人のようなものである。高価な真珠一個を見いだすと、行って持ち物をみな売りはらい、そしてこれを買うのである」(マタイ13:45)
「ふたりまたは三人が、わたしの名によって集まっている所には、わたしもその中にいるのである」(マタイ18:20)

 主が呼んでおられるのだ。それ以外には、どう考えても、答えがなかった。神が召し出された花嫁を一人ひとり呼び出し、集めようとされておられるのだ。主がご自分の愛される人々に、教会として、御前に立つように、求めておられるのだ。
 その時、主が花嫁たる教会をどれほど愛され、一目でもよいからその姿を見たいとどんなに願っておられるかを、私は胸苦しいほどの思いで理解した。主は、たとえ二、三人でも、主の御名のために集まる人々を見たくて仕方がないのだ。そこに臨在されたくて仕方がないのだ。そのためにこそ、神はご自分を愛する人々を常に地上のどこかで召し出されているのだ。

 私の心の中には、信徒として主を慕う気持ちと、花婿なるキリストが花嫁を呼ばれる気持ちと、その両方がせめぎあい、抑えがたい感動が起こった。キリストとエクレシアとの結婚という、壮大な歴史を超えた物語に、ちっぽけな人間に過ぎない私の心は圧倒されてしまった。

 歴史上、いくつかの全体主義体制の下で、過酷な弾圧を受けながら、人々が命の危険を冒してまで、教会に集うことをやめなかったその理由を、私は生まれて初めて理解した。共産党政権下の中国で、なぜ集会が法律で禁止されているにも関わらず、人々は命の危険に晒されながら、地下教会を作って、集まり続けたのか。ただ励ましあうためだけに、そのようなことができるだろうか? なぜ皇帝ネロの時代に、『クオ ヴァディス』のマルクス・ウィニキウスとリギアの二人のように、競技場で火あぶりにされることをもいとわず、人々はクリスチャンとして集い続けたのか。ただ神を礼拝するだけならば、一人でもできることではないか。
 彼らは集まらずにいられなかったのだ! なぜなら、主の花嫁であることをやめることができなかったからだ!

 それは、主が彼らを花嫁として召し出されたからに他ならない。主が切に、主を愛する人々の集まる姿を見たいと望まれたのだ。そして人々はそれに応えずにいられなかったのだ。
 私は、信仰者たちが集まろうとするその理由を、今日ほどはっきり理解したことはなかった。ちょうど親指と人差し指が同じ手の平に属しているのと同じくらい確かに、私は自分がキリストの御身体の一部であることを感じる。たとえ私がそこで髪の毛一本、あるいは目に見えない細胞一つのように小さな存在に過ぎなかったとしても、そんなことには一切、関係なく、私はキリストの身体である以上、その永遠の一致の中に身を投じるために、兄弟たちのもとに出かけて行かずにいられないのだ。私は呼び出されており、その招きに応えて、その「場所」に馳せ参じずにいられない。これは何者によっても押しとどめることはできない。主がそうされているのだから!

なぜなら、主の至高の愛において、兄弟姉妹はそもそも最初から『一』であり、また、永遠に『一』なのであって、決して分割されることが出来ないのだから。

 そして、このことを思う時、あの堕落した天使は、やることなすこと全てが神の働きの亜流であり、出来損ないの模倣であるということを私は思わざるを得なかった。システムによる一致とは何か。それはエクレシアの出来損ないの模倣である。もしも共産主義が神の国の出来損ないの模倣であるとすれば、あの、冷たい、血の通わない教会、無機質で、強制的で、死んだ、機械的なシステムとしての教会は、生きて、自主性に貫かれた、何によっても消すことのできない、燃え盛る火のような愛を持ったエクレシアの、似ても似つかないコピーだとしか言えない。

 だが、死んだシステムにも、時には、生きた聖なる愛と極めてよく似た感情が宿ることがある。それは人の知性によっては、偽物と見極められないほどに、エクレシアの精巧な模型となることがあるかも知れない。バベルの塔建設には、「何事によっても押しとどめることができない」(創世記11:6)ほどの歓喜があり、誇りと、感動による一致があった。それは恐らく過酷な強制労働などによっては建設されなかったことだろう。

 バビロンとエルサレム。永遠に対立する二つの都。人為的な興奮による一致と、主が永遠の昔から定められた愛による一致。一方の人々はバビロンを求めてその興奮に群がり、私たちは聖なる都を目指して、消すことのできない主への愛と、兄弟姉妹への愛を胸に、万難を排して旅を続ける。この身を主の御前に投じるその日が、焦がれるほど待ち遠しく、心を一つにして人々と共に主の御前に集う日が、焦がれるほど待ち切れない。これだったのだ、エクレシアの正体とは。私は今日まで、そのことをただの一度も理解せずに来たのだ。

 いつかずっと前、Sugarさんが書いておられたことを覚えている。

「キリスト者のあつまりは実に単純なものです。(複雑なものには要注意)
先ず、集まる理由はただ『会いたいから』です。私達はただ兄弟姉妹に会いたいから万難を排して会いに行くのです。更に言葉を加えるとするならば、それは『私の中のキリストが他のキリスト者の中のキリストに触れたいから』なのでであり、そこには、キリストの人への愛の力が作用しているから、と言う事になるのでしょう。私達はただその理由の故に『どうしようもなく』集まってしまうのです。
そこに存在するとても自然でしかも不思議なある種の吸引力、この『単純な衝動』がキリスト者が『集まってしまう』と言う生命現象の説明です。」

 あの日曜の朝10時半から始まる、砂をかむように味気ない礼拝の記憶など、ゴミ箱に捨ててしまえば良い。焦がれるほど、そこに身を置きたくてたまらず、泣き出したいほど、愛しくてたまらず、命かけてでも、そこに集わずにいられない、愛によって結ばれた兄弟姉妹のいる聖なる場所、それがエクレシアなのだ。たとえ投獄されようとも、死の危険が待っていようと、それが何だろうと思わせるほどに、会いたくて仕方がない、集わずにいられない、召し出された者たちのために用意された命と愛に満たされた場所、それがエクレシアなのだ。不思議な愛の感動の中に、私は言葉を失って佇んでいる。