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私ではなくキリストⅡ(東洋からの風の便りI)

「あなたがたは、いのちの言葉を堅く持って、彼らの間で星のようにこの世に輝いている。」(ピリピ2:15)

誇るなら、弱さを誇ろう

「そこで、高慢にならないように、わたしの肉体に一つのとげが与えられた。それは、高慢にならないように、わたしを打つサタンの使なのである。
このことについて、わたしは彼を離れ去らせて下さるようにと、三度も主に祈った。
ところが、主は言われた、『わたしの恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱いところに完全にあらわれる』。
それだから、キリストの力がわたしに宿るように、むしろ、喜んで自分の弱さを誇ろう。だから、わたしはキリストのためならば、弱さと、侮辱と、危機と、迫害と、行き詰まりとに甘んじよう。なぜなら、わたしが弱いときにこそ、わたしは強いからである」(コリントⅡ12:7-10)

人は誰でも弱さを持っている。人前では一生懸命、強いふりをしていても、弱点を持たない人は一人もいない。私は二人の信徒から全く同じような苦労話を聞いた。それは、彼らが人前で話すことを苦手としていたにも関わらず、牧師になるように教職者に願われ、説教を担当させられ、それが本当に嫌で嫌で仕方がなく、ついに逃げ出すようにしてその奉仕をやめたという話であった。

私にはその人たちの気持ちが痛いほど分かるような気がする。なぜなら、私も社交家でないからである。もし人の能力を円グラフのようにして示すならば、いびつな図が出来上がらない人がいるだろうか? ある面では、人並み以上の力を発揮できる人も、他の面では、人の半分以下の能力しか持っていない。そういうことはよくあることだ。

自分の弱さを思いされる瞬間は、私にとっても、必ずしも楽しいものではないが、それでも、近頃は、キリストの力が私の弱さに染み渡り、そこにこそ働いてくれることが分かるので、以前のように、弱点を気にかけたり、それを自分の力で補おうと努力せずに済むようになった。気楽に構えるというところまでは行っていなくとも、ケ・セラ・セラ(露語ではАвось!)くらいの気構えにはなっている。

キリストを知って心から良かったと思うことは、もうこれ以上、頑張らなくて良いことである。弱さは弱さのまま置いていいのである。人が私の弱さに対してどのような感情や反応を示すかということに、私は責任を持たなくて良いのである。キリストが私を無条件に愛して下さったので、私は人から愛されるために、自分を強くみせかける演技を絶え間なく続けるようなむなしい努力の必要性から解放されている。

今はむしろ、自分の弱さを自覚するときに、「ここにキリストが働いて下さるんだな」と気楽に思えるようになった。人がどんな反応をしようと構わない、ただ主が「わたしの恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱いところに完全にあらわれる」と言って下さっているので、その御言葉に安らぎ、自分をそのまま受け入れることができるようになった。

過去には、弱さについての記憶は思い出したくないもの、あるいは恥ずべきものととらえられていたかも知れないが、主イエスが与えて下さった福音を思う時、その弱さがあればこそ、神の強さに出会うことができ、神の強さに覆われて、自分で達成不可能な努力をして苦しむことなく、主がすべてをなしてくださるという生き方に変わることができたことをまことに幸いに思う。

聖書を開き、その一ページを読むだけで、主がどれほど私を愛して下さったかという証拠がいくつも目に飛び込んで来る。まるで芳しい香水を吸い込むように、私はその言葉を飲み干す。他に何も要らない。どんな人の賞賛の言葉も、どんな人の愛の言葉も、御言葉が与えてくれる約束の力にはかなわない。たとえ全世界から存在を否定されたとしても、一体、それが何だろうと思うほどの圧倒的な御言葉の威力。

「わたしはキリストのためならば、弱さと、侮辱と、危機と、迫害と、行き詰まりとに甘んじよう。なぜなら、わたしが弱いときにこそ、わたしは強いからである」

パウロがそう言ったのは、「私はキリストのためにこれほどのものを捨てたのだ」と人前で誇るためではなかった。ただ、主への愛からそうしたのだった。私も同じようにしたい。キリストのために華々しく殉教し、聖徒の模範のように生きることを目指すのでなく、ただ主への愛から、すべてを捧げたいのだ。

私に残されている人生の時間も、能力も、レプタ一枚程度のものでしかないかも知れない。だが、残るもの全てをただ愛によって捧げるならば、主は喜んで私の差し出したものを受け取って下さるだろう。主が喜んでくださるなら、私は自分の命そのものを捧げて構わない。私の命も、すべてはもとより主からの借り物なのだ。どうせいつかお返ししなければならない時が来るならば、それを自主的に今、主にお返しすることで、主が少しでも喜んでくださるなら、私はぜひそうしたいと思う。

「キリストのためならば、弱さと、侮辱と、危機と、迫害と、行き詰まりとに甘んじよう」

以前はただ自分で自分の弱さを克服しようと不可能な努力をして苦しんでいただけの人も、今はその弱さをキリストのために役立てることができる。その恵みを感謝したい。

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教会とは何か

ニッポンキリスト教界はすでに命運尽きているから、きっとそのうちひどい崩れ方をするだろう、そうなる前に、ソドムから脱出せねばならない…
これまで随分、熱を入れてそういうことを書いてきたが、もしそれが本当に本当だとしたら、一体、クリスチャンはこの先、どこへ行けばよいのだろう? それが次なる課題となる。

実は、私自身も、これにまだはっきりした答えを得ていない。
所属するということがもたらす心地よさに比べ、どこにも所属場所がないということがもたらす言い表せない孤独感。私自身は、帰属場所を失うという孤独感には、かなりの回数、出会って来たので、随分、慣れて、覚悟を決めたつもりではある。しかし、初めにその体験を持つ人にとっては、きっと、ショックが大きいだろう。それを思うと、所属するということに重きを置いている既存の教会から、自主的に信徒が抜け出るということが、いかに難しい選択であるかよく分かる。私やカルト被害者のように教界から傷つけられて放逐されたのでなければ、ほとんどの信徒は、自主的に今いる場所を出ようとは決して思わないであろう。

それは、出て、どこへ行けば良いのか。それが分からないからだ。どこへ行っても、結局、人の集まりというのは、同じではないのか? 特に、複数の教会に通って、結局、居場所を見つけられなかった人や、複数の教会から食い物にされた経験のある人にとっては、次に「教会」を求めてどこかへ赴こうという希望を持つだけでも、かなり難しいことだ。

キリスト教界に属していた頃、いかによく次のような言葉を私は耳にしてきたことだろう。
「あのね、複数の教会を転々としながら、結局、どこにも居場所を見つけられないような人はね、どこへ行っても、結局はやっていけないんだよ。なぜならね、そういう人は自分は何も努力していないくせに、その無責任を棚に上げて、牧師や他の信徒のあら探しばかりしては人を批判して、教会に苦情を述べたてては、教会を変わっていくんだからね。本当は、変わらなければならないのは自分自身のくせに、それを認められないからこそ、ああやって苦情を言っては、教会遍歴を繰り返しているんだ。そんな人は、どこへ行っても上手くやれないに決まってるさ」

どこかで聞いたような、こういう残酷な台詞。ずっと後になって、心に突き刺さって来る。
教会の中にいて、所属場所を得ていた頃には、何事もなく聞き流せたこの毒を含んだ言葉が、教会の外にいるようになった時、改めて、効力を発揮し、自分に突き刺さって来るのだ。

私は、もしかして、教会遍歴者なのか? どうせどこへ行ってもやっていけないことが決まっている人種に属しているからこそ、今もこうやって、キリスト教界そのものにぶつぶつ不平を言って、悪口を言って、苦情を述べ立てているのか?
すると、その疑いがじわじわと心に広がるに合わせて、どこか地の奥深くからいやらしい声が聞こえてくる、「そうだ、やっと分かったか。随分、遅い理解だったな。おまえのような者は、どうせ、初めから教会にはふさわしくなかったのだ…。どうせ、どこへ行っても、やっていけないのだ…。何しろおまえは誰よりも最高の異端者、最高の無責任屋で、最高の自惚れ屋、最高の批判屋、最高の不満屋だからな。おまえだけがそれを分かっていなかったんだ。でも、他の人たちはみなおまえの短所がよく分かっていたからこそ、奴らは早めにおまえの有害性を見抜いて、おまえの正体を察知して、おまえを仲間から追い出したんだよ…。つまり、奴らがやったことは、全く正しかったんだ…。無駄なんだよ、どこへ行っても受け入れられない、それがおまえの運命だ。それはおまえが悪いからだ。教会など探しても意味がない、どうせ、拒絶され、よくても利用、悪ければ、再び恥辱をこうむるだけに終わるのだ…」

このいやらしい声を聞いていると、ひたすら、気が重くなり、もう一度、布団へもぐりこみたくなる。本当だ、これ以上、人に期待して裏切られるのはもうまっぴらだ、これ以上、傷つくことに誰が耐えられるだろう、それに、誰が一体、この私の強情な性格に耐えられるだろうか、私につきあう人々も苦労を強いられて可哀想なものだ、だから、やはり教会を探すということはやめよう、信徒の交わりなんてきれい事にこだわって、互いに理想論を押し付けあって、裁き合って、失望し合っても意味がない、どうせ人になんて、大した期待は初めから持てやしない、聖なる神の宮、うるわしい信徒の愛に満ちた共同体としての教会とか何とか言っているけど、そんなものは、この世にもとから成立しないのだ…、初めからなかったのだ…、そんなものを信じているのは初心な理想論者だけなんだろう…、私は高望みしすぎているんだ…、いい加減、この世の仕組みを理解しなくちゃいけない…、だんだん、そういう結論に心が傾いてくるのを感じる。

しかし、ここでこの疑いをバッサリ斬らなければならない。絶対に、何があっても、クリスチャンはこのような結論を受け入れてはいけないのだ。
確かに、もしもこの世に神がおられないなら、教会もまた存在しないだろう。だからあの悪魔の言っている「人の集まりには希望がない」、「理想を求めても無駄」という言い分は正しいのだ。

だが、キリストがもしおられるなら、話は全く別だ。
キリストは言われた、「わたしが神の霊によって悪霊を追い出しているのなら、神の国はすでにあなたがたのところにきたのである」(マタイ12:28)。
神の国の秩序は、キリストとともにこの地上にやって来た。それは見える形で存在するものではないが、イエスを神の御子として信じた人々の心の中に、神の国は種蒔かれ、広がって行ったのだ。

悪魔の毒矢が突き刺さって、激しい痛みに冒された私は、キリストの足元に涙ながらに駆け寄って言う、「イエスさま、あの悪魔が、今、私のことを告発しています、私は教会にふさわしくないと、こんな人柄では、きっとどんな教会に行っても、人から拒絶され、放逐される運命にしかないと言うんです、今まで私を教会から追い出してきた人たちは、全く正しいことをしたんだと言うんです、何が本当なんでしょうか」

キリストは静かに答える、「悪魔はあなたを悪者だと言ったんだね?」
「はい、地上で最も汚らわしい悪者、聖なる美しい教会にはふさわしくない悪者だと言われました」
「悪魔はあなたに罪があると言ったんだね?」
「そうです、私は悪口屋で、批判屋で、自惚れ屋で、強情で、えーと、それから、数え切れないほど嫌味を言われました」
「そう、それであなたの罪は今どこにあるんだろうか?」
キリストはそう言って、釘の打たれた両手を私に向かって見せる。
私ははっとして黙り込む。

「全く、あなたはどうしていまだにそんなに初歩的な悪口に耳を貸したりしているのか。思い出しなさい、あなたの罪はすでに私が全部、引き受けたんだよ…」
「じゃあ、私は教会にふさわしくないというあの人たちの言葉は…」
「嘘だ」
「でも、イエスさま、私は次に行くかもしれない教会のことを考えると怖くなるのです、私は人から愛される資格となるものを何ももっていません、特に今、私の人生には愉快な要素があまりにも欠けすぎています。立派な仕事がないし、自慢できるものは何もなく、人を楽しませてあげられる愉快な話題の持ち合わせもありませんし、カラオケも歌えません。趣味にしても、いくらもあるわけじゃありませんし、テレビは見ていませんので時事的な話題も知りません、その上、私は不正を黙って見逃せない性格ですから、きっと小さなことに針小棒大にこだわって煙たがられたりするでしょう、今でもこうやって時々、身の上に起こったことで悲嘆に暮れたりしていますから、きっと自己憐憫に溺れているのだと思われ、避けられるでしょう…」

「いつからあなたはそんなに臆病になったのか。もっと勇気を持ちなさい、一体、あなたの信仰はどこへ消えてしまったのだ。私は言ったではないか、こころの貧しい人たちは、さいわいである、天国はかれらのものだ、悲しんでいる人たちは、さいわいである、彼らは慰められる、義に飢え渇いている人たちは、さいわいだ、彼らは飽き足りるようになる、心の清い人たちは、さいわいである、彼らはあわれみを受けるだろう、義のために迫害されてきた人たちは、さいわいである、天国は彼らのものである、これはみんなあなたのことではないのか」
「では、私は御国にふさわしい人間なんですか? でも、それにしては、この地上においては、どういうわけか、教会と名のつくところからは、厚遇された思い出がなく、排斥ばかりされてきたような気がするのですが。所属教会ももうなくなりましたし、その上、そうなったのも、私が悪いせいなのだ、私が不器用で、人と上手く合わせられなかったせいなのだ、もっと上手く立ち回らなければいけなかったのだとある人から言われました、どんな結果になっても、自業自得なのだと、いつも人から言われて来ましたが」

「一体、あなたの聖書の知識はどうなったのか。聖書のどこに、神の国は器用な人たちのものだと書いてあるか?」
「そうですね、書いてありません」
「そうだろう、正しい信仰者が会堂から追い出される日が来ることについても、私は警告しておいたはずだ」
「では私がされたことは自業自得ではなかったということですか?」
「あの人たちがやっていることが何であるか、それはこれから明らかにされるだろう。たとえあなたに自業自得があったとしても、あなたの罪は私を通して赦されている」
「では私はこれからどこへ行けばいいんでしょう、どこに行ったら、神の国の生きている教会を見つけることができるんでしょうか」
「神の国は、どこそこにあるというものではない。すでにあなたの心の中に神の国は来ているのだ」

もちろん、この対談は、キリストの名を出してはいても、私が心の中で思ったことを物語化したにすぎない。この不完全な文章は、とても聖書と並べられるような信憑性のあるエピソードではない。しかしこのようにして、教会から追い出されたことで、心に痛みが生じ、心に責めの思いが到来する度に、私はキリストの懐に飛び込んで行って、そこで対談を繰り広げるのである。聖書のページをめくり続けながら(まだ聖書の知識が私に不十分であることをひしひしと感じる)、ひたすら、私を告発する者の矢をへし折るための根拠を捜し求めるのだ。

今も、現実生活で上手く行っていない点を数え上げようとすれば、それは無限にあり、悩みもまた無限大に見えるときがある。しかし、そんな状況にあっても、私を告発する者が根拠とする材料は、何一つ残っていないことを確認して、ようやく心が休まるのである。

本当に、「人の集まり」に過ぎないあの教会で、これまで私はどれほど間違った先入観を抱え込まされて、無駄な罪悪感と劣等感ばかり抱えこまされて来たことだろう。
あの場所で私が学んだことは、律法による逃れられない罪悪感、責めと死の思い、それに尽きるような気がする。
結局、あの律法主義的集まりには、どう逆立ちしても、私には入れてもらえる資格がなかったのだろうと思う。だからこそ追い出されたのだろう。そして、それは確かに正しかったのだ。なぜなら、律法は人を罪に定め、殺すことができるだけで、人を生かし、命を与えるお方はキリストだけだからである。
だから、キリストを拒んでいるあの場所には、死の法則しか働いていないのである。
律法主義的な教会において、私は何度も死に定められた。肉体の死にまで至らなかったのは、本当に幸いであったと言えるだろう。だが、あの死によって味わった痛みが、まだ私の心に残っていて、時々、思いもしないきっかけで、うずき出すのである。

だが、もうこれ以上、そんな悩みは必要ない。仮に私の性格がどうひねくれていたとしても、そんなことは救いとも、御国とも関係ないのだ。ザアカイを呼び寄せてくださったキリストが、私をも呼び寄せてくださり、天の食卓に招いてくださった。キリストは私のために死んで下さった。キリストは、私が良い行いを何一つしない前に、私のために死を選ぶことを決意して下さっていたのだ。その愛が私を生かしている以上、誰が私を拒否することができるだろう、私を拒否する者は、キリストをも拒否することになるのだから。

この先も、肉なる人に過ぎない私は、地上できっと山ほど過ちを犯すだろうが、いかなる時にも、キリストが弁護して下さるのだから、心配は要らない。絶対に間違ってはならないのは、私が何かしら教会にとってパーフェクトな人間となろうと努力し、向こうの要求する条件を全て備えるから、教会にふさわしい人間として、中に入れてもらえるわけではないということだ。

教会は、私がそこへ入れて下さいと言って、全力で戸を叩いて、向かって行く場所ではなかった。教会は、私が呼ばない先に、向こうからこちらに出向いて来ていてくれたのである。神の国は種のように蒔かれ、私の心の中に根付いて、発芽していた。だから、きっと心に教会を(神の国を)持っているクリスチャンは、私がこの土の器の中に抱えている光に、きっと気がついてくれるに違いない。そしてこの私も、そのような人に道で行き交ったら、きっとこちらから気づくに違いないのだ。

互いが地の塩であり、世の光であり、キリストを愛する喜びをたたえている人たちとすれ違って、どうしてそれと分からないはずがあろう。あのお遍路さんでさえ、同じ衣装を着ており、互いにあいさつを交わすのだから、どうしてキリストのための本当の巡礼者たちが、互いが同じ小羊の血によって洗われた真っ白な着物を着て、額に印を持ち、手に持っている灯をできるだけ輝かせようと高く掲げているのに、互いに気づかないはずがあろう。そうして出会った素敵な巡礼者たちは、私を見て、きっとにっこり笑ってくれるに違いない、そして旅の道連れになってくれるに違いない。とにかくも、あの律法主義的教会の人たちのように、最初は笑顔、最後は憎悪、ということではきっと終わらないことだろう…。

さて、このように考え続けていたところ、山谷少佐が、記事の中で、「教会とは何か」ということについてはっきりと書いておられた。

「教会は、どこで生まれたのか。
 その始まりにあるのは、神の愛であります。憐れみ豊かな神が、わたしたちを、しかも、罪のために死んでいたわたしたちを、この上なく愛してくださった。この愛によって、教会が生み出されたのです。神の愛が教会を生んだ。

『この上なく愛してくださった』と言われていることに注意いたしましょう。だれにもまして、何にもまして、どのようなものにも優って、神は、わたしたちを愛してくださった。これ以上と言うことがないほどの愛で、愛してくださった、ということであります。

しかも、『罪のために死んでいたわたしたち』と言われていることに注意いたしましょう。わたしたちの側に、何か取り柄があったわけではない。わたしたちの側に、何か優れた点があったわけではない。わたしたちに、何か愛されるべき良きことがあったわけではない。そうでなく、罪のために死んでいた、と言われているのです。罪のため、もろもろの悪のために、死んでいた、つまり、これ以下と言うことがないほど絶望的なまでに、最低の状態にあった、わたしたち、ということです。」

 日曜日の朝にこの記事に出会えたことは不思議なめぐり合わせを感じる幸いだった。この記事は素晴らしいので全文を読まれたい。神の愛が、教会を生んだ。そして神の愛が、人を生まれ変わらせ、人を教会にふさわしい聖なる神の宮へと造り変えたのだ。
 私はこれ以上、自分の力でいかなる姿に変わろうとする必要もない。神の愛が無条件で私を包み、私の中に、主への愛と共に、生き生きとした神の国を与えて下さったのだから。


空の鳥も憩うほどに…

昨日、夜遅く、窓の向こうから、不思議な鳥のさえずりが聞こえてくるのに誘われるようにして外へ出た。人々が寝静まった田園のしじまの中で、ナイチンゲールが互いに美しい声で呼び合っていた。
(*ナイチンゲールは日本には棲息していないと言われるが、確かに夜鳴き鶯としか言いようのないこの声の主は何だろう?)
多分、恋人同士の語らいだったのだろう。口笛で真似してみると、積極的な応答がある。面白いので、しばらくの間、私も暗がりを散歩しながら、鳥のふりをして呼びかけてみた。だが、あまりの下手さに、偽者が交じっていることがばれてしまったのだろう、やがてナイチンゲールはどこかへ移動してしまった…。

水田にはまだ水が引かれていないが、もう少ししたら、稲が植えられ、蛙の大合唱が聞こえるようになる。子供の頃は、大好きだった田園風景だが、今は望まずしてここに帰って来た経緯が悲しく思い出される。

きょうだいが、また新しい仕事に出発することが決まったようだ。まだ十分な語らいがあったとは言えないので、私の方に心の準備ができていない。また、この環境に一人、取り残されるのか…、そう思うと、寂しさがどっと心に押し寄せる。きょうだいが帰宅して何日にもなるのに、私を除いて、今日に至るまで、これまでに生じた溝を埋めるべく努力した家人は一人もいなかった。この世に生きている時間は限られているというのに、互いに口を利くことさえ避ける家人…。

時々、こんな曲がり切った環境にいつまで耐え続けねばならないのか、と、愚痴を言いたくなる。まるで自分が、今読んでいる『天路暦程』の主人公そのもののように思えてくる。なのに、みじめなことは、私はあの主人公の基督者と違って、「滅びの街」を脱出する方法さえ分からないまま、ソドムの街中をいまだウロウロしているように思われることだ。こんな街で、私の一生は終わってしまうのか!? こんな街に、私は骨を埋めなければならないのか!?

だが、主の御約束は完全だ。聖書の約束の成就は、環境条件によらず、人の努力にもよらない。「権勢によらず、能力によらず、私の霊によって。」 

草は枯れ、花はしぼむ。
しかし、われわれの神の言葉は
とこしえに変わることはない。(イザヤ40:8)

寂しさを覚える時に、いつも思い出す言葉がある。
京都A教会を去る時、キリスト教界から味わわされた痛みと、前途に待ち受けている困難のために、激しく失意落胆していた私に、ある信徒が贈ってくれた別れの言葉だ。
「ヴィオロンさん、あなたは貴いキリストの裂かれた身体なんです。この意味が分かりますか、あなたはキリストの貴い裂かれた身体の一部なんですよ…。ぼくらは同じキリストの血が流れ、同じ身体に属する仲間なんです。あなたは主の前に高価で貴いのです。ぼくらが共にキリストの一つの身体であるという事実は、あなたがどこへ行こうと、永遠に変わりません…」

今となっては、遠く離れ、その上音信も途絶え、同じ教会に属する望みも全くなくなってしまった兄弟だが、彼の教えてくれた「ともに一つの身体である」という事実、そして私自身が「キリストの裂かれた貴い身体の一部」であるという事実によりすがることなくして、私はあのすさまじい痛みから立ち上がり、福音そのものを拒絶せずに済むことはなかったかも知れない。

何しろ、自分の犯した過ちを思い返すだけで、そこには絶望の深淵しかなかったのだ。赦されるにはあまりにも多くの過ちを犯し過ぎた。誤った人生の道を選び、誤った教会に人生を捧げ、あまりにも遠く、主の御心から遠く離れてしまった。放蕩息子のようにボロボロになり、「正統な」信者からは、鼻先で笑われ、門前払いを食らわされ、愛想を尽かされるほどだった。
そんな私でさえも、「貴いキリストの裂かれた身体」として認めてくれたその信徒の深い愛に基づいた言葉なくして、福音の幸いと恵みを、私は失わずに済んだろうか。「私もまたキリストの身体の一部なのだ」、その希望と確信があって、初めて、私はその後の困難を耐えることができたのだ。

自分の掲げる義や、人が与えてくれる義への期待にことごとく打ち破られていた私は、多分、その時、自分の力では決して、立ち上がることができなかっただろうと思う。私はアイデンティティそのものを失っていた。キリストによる義認、キリストによる一方的な恵みによりすがらねば、自分の支えとなるものが他に何もなかったし、生きていくことすら、恐らく不可能だったのではないか…。
あの時、私に向かって、「あなたはキリストの裂かれた貴い御身体の一部だ」と言ってくれた兄弟の言葉を、私はこれからも、決して忘れることはないだろう。

そして、「裂かれた」という言葉の中には、言い尽くせない悲しみと痛みがこめられているように思う。

私は自分からキリスト教界を拒否したことはなかった。キリスト教界が私を辱め、私を見捨て、私を同胞として認めることを拒否したのだ。長い間、所属し、奉仕して来た教団は、私の教会籍一枚、取り返す力はなかったし、その意欲すら持たなかったことが判明した…。

こんないきさつがあり、しかも、キリスト教界に様々な惑わしの教えが入り込んでいることが明らかとなった今も、だからと言って、私はキリスト教界そのものを敵対視するつもりはないし、特定の教会に所属する全てのクリスチャンが誤りに陥っていると考えて、教会と名のつくもの全てと縁を切ろうというつもりも全くない。

キリスト教界の組織的な活動が、今日、どれほど誤った方向に進んでいるにせよ、そこにいる信徒全員にまで、希望がないということはあり得ない。主の救いは組織的に与えられるものではなく、信徒一人ひとりに、個人的に与えられる恵みである。だから、キリスト教界の組織がどれほどスキャンダルにまみれようとも、そんなこととは関係なく、教界の枠組み、教団・教派の枠組みを超えて、主は心から、真実、神を信じるクリスチャンを、全国各地に起こしておられるのではないかと思う。
ネットでの礼拝参加者が増えているとしたら、それもまた、そんなボーダーレスな信仰の表れの一つだろう。

まことの主イエス・キリストを信じている者たちは、どの組織に属していようと、どんな土地にいようと、ともに一つの身体なのだと私は信じる。一人、孤独の中にうち捨てられているように思われる信徒も、失望することはない。迷える一匹の羊のために死なれたキリストが、あなたを忘れ去ることなどあり得ないのだから。
教会につまずいた人たちも、どうか失意のうちに信仰を捨てたりしないで欲しい。私のような者がいまだにキリストにつながった枝として主から認められているのだから、あなたたちには、なおさらその資格があるはずだ。信仰から離れて何年も経つ人には、今、主イエスの十字架による救いに立ち戻って欲しい。

今夜もまたナインチンゲールのさえずりを聞きながら思う。遠く離れていても、あの兄弟もきっと、今日も共にキリストの身体として歩んだだろうな…と。私たちはたとえ言葉を交わすことがなくとも、同じ御身体につながっている枝であり、また、このブログに書き込みをしてくれて、私を必要な時に励まし、勇気付けてくれる信徒たちも、皆が共にキリストという太い幹につながった大切な兄弟姉妹たちであるのだ。

私と肉なる親兄弟、親戚縁者との間には、どうしてなのか知らないが、まるで最初から何のつながりもなかったかのように、年々、さらなる誤解と隔たりが生まれていくばかりだが、不思議なことに、それとは全く違ったところで、血縁によらない「親戚縁者」が続々、登場してくるところに、神のユーモアを感じる。
「あなたを捨てて孤児とはしない」という御言葉は、こんな形でも成就されるのかと、思わず、笑ってしまう。孤児には親も兄弟もいないはずだが、クリスチャンには父なる神がおられ、長兄イエスがおられ、そして信仰による兄弟姉妹が無数にいるのだ…。

私の教会籍はなくなり、所属教団もなくなり、所属教会もなくなった。だが、それが一体、何だったのだろうかと思う。キリスト以外に誇りとするものは、クリスチャンにはあってはならないのだから、たとえ所属教会があったとしても、それは何の誇りにもなり得ないはずだ。むしろ、地上の国籍が消滅し、寄留者(悪い言葉で言えばジプシー・クリスチャン)としての身分が確定した後になって、かえって、天での国籍がより明らかな形で魂に迫って来たことは、私にとって大きな幸いだった。信仰の仲間も、かつてよりも、もっと大きく広がりつつあると言えるかも知れない。

いつになれば、エクレシアの仲間と、互いに顔を見合わせて、話せる時が来るのだろうか。それがまだ成就していないことに、孤独を感じる時もある。だが、そんな時には、今後、からし種一粒の信仰が、どれほど大きく成長していくのかに思いを馳せる。今まだ小さな芽に過ぎないものが、どうやって、太い幹となり、枝葉を茂らせ、空の鳥も憩うほどの大樹となっていくのだろうか。
神は今後、まだまだ多くの羊を呼び集められ、私達の兄弟姉妹を多く増し加えて下さるだろうと思う。そしていつか、クリスチャンが豊かに生い茂らせる平和の枝の上で、空の鳥たちが憩い、歌う日が来るだろう。楽しみなことだ。人には出来ないことも、神には出来るのだ。

見よ、主なる神は大能をもってこられ、
その腕は世を治める。
見よ、その報いは主と共にあり、
そのはたらきの報いは、そのみ前にある。
主は牧者のようにその群れを養い、
そのかいなに小羊をいだき、
そのふところに入れて携えゆき、
乳を飲ませているものをやさしく導かれる。(イザヤ40:10-11)
 
藪の中で迷い、孤独に泣いているか弱い羊が、一匹でも、主の御手によって救い出され、そのふところに抱かれて安らぐようにと願う。


バッハ・コレギウム・ジャパンを聴いて

昨日、バッハ・コレギウム・ジャパンの演奏でバッハのモテットを聴いてきた。

美しいコーラスと、古楽器も含めた伴奏を楽しんできたが、これらの曲は、鈴木雅明指揮者の解説によると、ほとんどが葬儀で歌われた合唱曲だったようだ。

なんと、葬儀で歌われた曲ばかりをたて続けに聴くという、普通にはない体験をすることができた。なにやらちょっと不吉な感じがせぬこともないが、私も以前、自分の葬式のためにいくつかの曲を作ったといういきさつもあって、偉大な作曲家の曲に真剣に耳を澄まして来た。

指揮者の解説の中でも言われていたことだが、キリスト教においては、肉体の死は、新しい生の始まりとしてとらえられるために、葬儀のために書かれたモテットには、決して、悲劇的な曲調や歌詞はない。ドイツ語の歌詞は、私には聴いても分からなかったものの、全てが聖書に基づいたものであると思われ、恐らくは、遺された者たちを信仰的に勇気付け、励ますような歌詞がメインだったのだろうと想像する。

『み霊はわれらの弱きを助けたもう』BWV 226
『恐るるなかれ、われ汝とともにあり』BWV 228
『イエスよ、わが喜び』BWV 227
『主を頌めまつれ、もろもろの異邦人よ』BWV 230
『来ませ、イエスよ、来ませ』 BWV 229
『主に向かいて新しき歌をうたえ』 BWV 225

曲調は全く違えど、今日のプロテスタントの教会でも似たようなタイトルの賛美歌が歌われているなと思った。

以前、教会に属していた頃、私の母は聖歌隊(婦人部コーラス)の練習を指導することが度々あった。子供の頃、母が家で聖歌隊のために楽譜を書き下ろしていたり、エレクトーンで各パートの旋律を録音していたのを覚えている。

今から思えば、プロでない人たちから成る聖歌隊をまとめるのはなかなか難しい技だったのではないかと思う。楽譜を書き、各パートの旋律をカセットテープに録音して、練習のために配っても、メンバーにはなかなかそれを練習する時間がない。みな別に仕事を持って働いている人たちであるし、さらに場合によっては、楽譜を読むことができないメンバーもいる。だから、音楽のプロでない人々を集め、毎日曜、礼拝後に集まって、少ない貴重な時間を使って、必要な練習をこなし、家に帰っても練習してもらい、本番でそれなりのものに仕上がるようリハーサルを行うのは難しいことだったのではないかと思う。

それでも、当時、教会で行われた合唱には、それほどまでに高度な水準が求められることはなく、どんな出来になろうとも、いつでも会衆にそれなりに楽しんでもらえていたものと思う。(メンバーの弁明のために付け加えれば、教会での練習の少なさにも関わらず、いつもそれなりに良い出来に仕上がっていた。)
当時、教会では、何かの大きな行事がある度に、必ず、儀式に花を添える「音楽的な出し物」が、無言のうちに要求されていた。とにかく、それをこなすことが信徒にとっての課題であった。
だが、それにしても、バッハの書いた曲を、もし私達の教会の聖歌隊で歌おうとしていたら、どうなっていただろうか。きっと、どんなに逆立ちしても、無理だったことだろう…。

バッハの生きていた時代には、訓練された合唱隊がそれを歌っていたのだから、きっと、難しいということはなかったのだろう…と想像する。ところが、案外、事実はそうではなかったかも知れない。

我が家に古くからあるバッハの伝記(『バッハ』、角倉一郎著、音楽之友社、昭和五十年)を見ると、バッハは38歳から65歳で世を去るまでの27年間、ライプツィヒの聖トマス教会付属学校カントル(合唱長)を勤めたとある。
活気ある自由都市ライプツィヒは、知的生活、信仰生活の点でも恵まれていた。街には進歩的なヒューマニズムの拠点となっていたライプツィヒ大学があり、五つの教会が、街全体の信仰生活の中で指導的役割を担っており、その中でも、バッハが勤務した聖トマス教会(付属の高等)学校は、特に、音楽教育が盛んであり、生徒による合唱隊は、街全体の教会音楽の中心となっていた。

しかし、このようにしてライプツィヒの音楽界の中心に立ち、街の教会音楽を一手に担いながらも、カントルとしてのバッハの生活はそれほどまでに恵まれたものとは言えなかったようだ。収入面から見ても、決して安定していたとは言えない上に、学校当局との政治的対立などのために、余計な苦労を強いられていたようである。
いつの時代も、真に優れた天才が、同時代人から十分に理解されることはあまりない(預言者は故郷では敬われない?)。当時、バッハは今日ほどの畏敬の念を持って同時代人から評価されていたわけでは決してなく、バッハもカントルに就任するために試験を受けているし、就任後も、雇われ人として、学校当局、宗教界からの注文に応えるために色々な苦労を強いられたようだ。

聖トマス学校の環境設備も、同書によると、決して良くなかったことが分かる。
「トマス学校の無規律さも、新任のバッハをひどく驚かせた。
一六八四年以来校長の地位にあったヨハン、ハインリヒ・エルネスティはりっぱな学者であったけれども、バッハが就任した当時すでに七十一歳の高令で、教師に対しても生徒に対しても統率力を失ってしまっていた。校舎もほとんど一五五四年に建てられたままの姿で寄宿舎も教室も狭く、ひとつの教室で三クラスの授業を同時に行うほどであった。こうした悪環境に加えて、バッハの直接の対象になった合唱隊員たちは、仕事が多すぎて音楽の基礎的な訓練がきわめて不十分な状態にあった。

日曜日や祝日の演奏だけでなく、雨が降ろうが雪が降ろうが、市のほとんどすべての葬式で歌い、また毎年正月には、クレンデとして戸毎に寄捨を求めて歌い歩かねばならなかったからである。こうした生徒たちを相手に、一週に三回か四回のレッスンをし、土曜日の午後には翌日の礼拝で歌うカンタータを練習するのが、学校におけるバッハの役目だった。」(p.101-102)

 つまり、バッハも、練習と教育が不十分な聖歌隊の指揮で難儀することがあったようなのである。
 さらに、バッハの何より重要な仕事は、礼拝で用いられる音楽の作曲と演奏であった。バッハが仕事で関わっていた二つの教会(聖トマス教会と聖ニコライ教会)では、毎日曜になんと四回も礼拝が行われていたという。まず、朝6時からの早朝祈祷と説教、7時から4時間も続く主礼拝、11時半からの祈祷と説教、1時半から2時間に渡る午後の祈祷…。

 日曜日以外にも、毎日、早朝礼拝と午後の祈祷会があり、土曜日の二時からは、翌日に備える礼拝が行われた。この全ての場面で、音楽が重要な役割を果たしたが、中でも、とりわけ、日曜の主礼拝と、祝祭の祈祷において大規模な音楽が必要とされた。そのために、カンタータを中心にして、バッハは作曲を行い、二大教会で毎週交互に、聖トマス学校の合唱隊の優秀なメンバーを指揮したようである。

「このように、聖トマスと聖ニコライのいずれかの教会では、<略>教会暦のすべての祝祭日(年間約六十日)にカンタータが演奏され、少なくともライプツィヒでの最初の数年間は、そのほとんどをバッハはみずから作曲した。そのほか、毎年聖金曜日に演奏される受難曲や、毎年行われる市参事会員就任式その他の祝典音楽、そして大きな葬式で歌われるモテットも、トマス・カントルたるバッハの責任であった。

たとえば、カンタータ『エルサレムよ、主を讃えよ(Preise,Jerusalem,den Herrn)』(BWV 119)は一七二三年の市参事会員就任式のために、美しい五声部のモテット『イエス、わがよろこび(Jesu meine Freude)』(BWV 227)は、同じ年のある葬式のために作曲されたのである。」(p.103)

同書によると、私が今回聴いてきた6曲のモテットが、バッハの書いたモテットの中で、今日まで残っている全てのようである。そのうち、BWV230を除いては、全てバッハのライプツィヒ時代前半に作られた曲だという。一曲(BWV225)だけは新年のために作られたもの、それ以外の五曲(BWV226-229)は全て葬儀用である。BWV226は聖トマス学校でバッハの上司であったヨハン・ハインリヒ・エルネスティの1729年の葬儀の際に演奏されたモテットである。

ライプツィヒ時代の作曲は、バッハの作曲生活全体の五分の三にも上るという。しかし、やがて学校当局との争いが、バッハの仕事に悪影響を与えるようになり、また、世相の移り変わりの中で、人本主義、啓蒙主義に注目が集まり、教会音楽に対する興味が失われていき、バッハの音楽に対しても、人々の関心が薄れていったようである。バッハの晩年はそういう意味では、幸せなものではなかった。

「啓蒙主義の支配し始めた時代の中で、バッハが孤独な晩年を生きなければならなかったのは、歴史的な宿命だったといわざるをえない。
 新しい時代思潮は、当然、音楽観にも決定的な影響をおよぼし、十八世紀前半のあいだに、人々の趣味は、複雑な対位法的音楽からおり単純明快な音楽へ、そして、教会音楽の普遍的な様式から主観的な感情の表出を求める多感様式へと、急速に移っていった。

バッハの音楽はどうであったか。最初にも述べたように、バッハの音楽は伝統の総合であると同時に、すでにそこには、古典派に通じる新しい技法の芽生えがある。しかし、それはあくまで、バロック様式を総合し発展する過程の中から生じたもので、彼の音楽は、とくに当時の人々の目から見れば、明らかに古い伝統の世界に属するものであった。<略>

バッハに対するこのような評価はその死後も続き、彼の作品、とくに教会音楽は、その後久しく世の中から忘れ去られることになったのである」(p.117-118)

政教分離が推し進められ、教会が権威を失っていくにつれて、教会音楽に対する人々の関心も急速に薄れて行った。さらには、教会音楽=難解で堅苦しいもの、人間を束縛するもの、生真面目で近寄り難いもの、といった偏見さえ生まれ、バッハの音楽もそれに倣って、大衆になじみ難いもののように思われるようになった。
そんな風潮に伴って、バッハの死後、長い間、彼の多くの作品が忘れられていき、演奏されなくなり、かなり長い間、バッハの名前さえ、人々の記憶から忘れられていたようである。

「バッハの教会声楽曲は、作曲者の死後久しく忘れられていたが、モテットだけは例外で、聖トマス教会と付属学校の、つねに重要なレパートリーでありつづけた。一七八九年にライプツィヒを訪れたモーツァルトが、第一番『主に向かいて新しき歌をうたわん(Singet dem Herrn ein neues Lied)』(BWV225)』を聴いて、いたく感動した話は有名である」(p.143-144)

バッハ存命当時、ライプツィヒにはコレーギウム・ムージクムと呼ばれる大学生の演奏団体が二つあり、バッハはそのうちテレマンが創設したコレーギウムの指揮者に迎えられ、十二年間、その楽団と活躍した。今日の学生オーケストラを思わせるこの楽団は、大学の祝典で演奏するほか、ライプツィヒ市民の楽しみの場であったツィンマーマンのコーヒー店でも、毎週一回演奏会を催したという。有名な『コーヒー・カンタータ』(BWV211)を初めとして、バッハの世俗カンタータの多くが、このコレーギウム・ムージクムのために作曲された。

今回、私が聴いてきたコレギウム・ジャパンの名はきっとこれにちなんだものなのだろう。

 * * *
 

バッハ存命当時、音楽の世界は、現在のような、世界を股にかけて活躍するようなヴィルトゥオーゾの舞台演奏家の独壇場ではなかった。当時、音楽は、主として庶民の仕事であり、音楽家は比較的身分の低い人々で構成されていた。そのため、プロテスタント教会を中心に活躍し、教会音楽の作曲と演奏に携わり、二百年に渡って五十人以上の音楽家を輩出したバッハ一族に生まれたヨハン・セヴァスチアン・バッハも、一生、生活の苦労と無縁ではなかった。

バッハの時代、音楽そのものが、今日よりも、もっと庶民の暮しに馴染んだものであった。地元に暮らす、市井の名もない人々が、大工やパン屋さんと並んで、楽器や、合唱に携わり、それを生活の糧として暮らしていた。人々は今日のように高いお金を払ってコンサート・ホールのチケットを買い、コンクール入賞暦をいくつもぶら下げた演奏家の演奏を聴きに行くことはなく、教会の日曜礼拝や、冠婚葬祭などの、暮しに欠かせない場面で、演奏を自然に耳にしていた。

今日、一つの楽器の練習のためだけに一日10時間もの時間を費やす演奏家がいる一方で、いくつもの楽器の演奏に精通し、多くの楽器への深い理解を持っている奏者は驚くほど少なくなってしまっている。だが、バッハの生存当時は、一人の奏者が複数の楽器を演奏することも、決して珍しい風景ではなかった。

バッハは、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェンバロ、オルガン等、いくつもの楽器の優れた奏者であった。そんな楽器への理解があってこそ、バッハの作品は生れた。『平均律クラヴィーア曲集』は、ピアノ(当時はチェンバロ、クラヴィコード)のための新境地を切り開いたし、バッハは、ヴァイオリン演奏にも、鍵盤楽器の手法を取り入れて、従来の演奏の限界を打破するという偉業を成し遂げた。中でも、『シャコンヌ(無伴奏ヴァイオリン・パルティータ)』は今日でも、ヴァイオリンのための不滅の作品として知られている。

バッハの作曲は、室内楽、管弦楽、協奏曲、合唱曲と多岐に渡っており、いずれの分野においても優れた才能とそれぞれの楽器への深い理解を示している。それはいかに彼が音楽に関して偏りのない総合的な知識を持っていたかということを物語っている。

バッハ以後、ピアノ(バッハの時代は主にチェンバロ、クラヴィコード)という楽器は、伴奏なしで単独に高度な演奏が可能な楽器として、外の楽器にぬきんでて、多くの作品が書かれるようになり、やがてソリストとしての演奏者自身に、注目が集まるようになっていった。しかし、他の楽器は、伴奏なしにソロを行えないせいもあって、その楽器の演奏者だけに注目が集まるということが比較的、少なかった。今になっても、ソロで演奏されるよりも、もっぱら、交響楽、室内楽などの中で用いられる楽器は多い。

ヨー・ヨーマやカザルスのような例もあるにせよ、少なくとも、クラシック音楽界においては、今日でも、ピアノとヴァイオリンの二つを超えて、世間の注目を集め、ソリストを多く生み出している楽器は他にない。

ピアノとヴァイオリンという二つの楽器がこれほどの人気と注目を集めるようになったのは、優れた楽曲を生み出した作曲家のおかげでもある。楽器の演奏は、演奏者だけが主体になって行うのではなく、作曲者と演奏者、(に加えて、伴奏者、共演者など)の協力によって作り上げられる。
ピアノという楽器は、その点で、他のどの楽器よりも多くの作曲家に恵まれたと言えよう。たとえば、もしもショパンという一人の作曲家がこの世に登場していなかったならば、ピアノ人口は、恐らく、現在の半分以下にまで減っていたのではあるまいか。

ヴァイオリンにしても、今日、これほどまでに、この楽器が世間の人気を博すようになった理由の一つとして、クライスラーの存在が挙げられる。自身が優れたヴァイオリニストであったからこそ、ヴァイオリンの長所を存分に引き出すことができ、なおかつ、イザイのように、理解できる人が限られてしまうような難曲でなく、聴衆誰にでも親しみやすい、馴染みやすい名曲を作ったクライスラーのおかげで、ヴァイオリンという楽器の知名度がより一層、向上し、ヴァイオリン演奏は一段と聴衆に親しみやすいものになったと言えるだろう。

今日、クラシック音楽界はどこかしら歪んでしまい、作曲の能力を持った演奏家が少なくなっているだけでなく、さらには、演奏家としての能力を持っていない教育者というものも珍しくなくなってしまった。その上に、クラシック音楽界そのものが、数々のコンクールなどの悪影響もあって、まるで演奏者が名人芸をひけらかして大金を稼ぎ出すための競争社会のようになってしまっている悲しい現状がある。

だが、実際には、どんなに優れた楽器演奏者も、作曲者の恩恵をこうむらずして、自分の演奏を聴衆に魅せることはできない。また、曲に対する深い理解なくして、完全な演奏を行うこともできない。作曲者あってこその、演奏者であるし、本来は、作曲者と演奏者とが完全に一体となっていることが何よりも望ましい。

バッハの教会音楽は、理解し難いとよく言われるが、それは大きな偏見ではないだろうかと思う。確かに、バッハの作曲の技法はかなり高度であるだけでなく、はかりしれない深さを持っており、その研究にどれほど時間を費やしても終わらないほどであることは否定し得ないが、演奏という点では、むしろ、バッハの時代の方が、今日に比べて、音楽ははるかに自然で、人々に親しみやすい形で存在していただろうことを私は疑わない。
教会は人々の生活の風景の一部だったのである。

そんなわけで、一家で教会に属し、名もない聖歌隊で歌ったりしていた頃が、妙に懐かしく思われるこの頃である。


禁欲主義の誤りについて

禁欲主義の誤りについて

 多くの人の言うとおり、クリスチャンは決して禁欲主義者になってはいけないと私は考える。だから、私は美味しいものを感謝して食べるし、好きな音楽も聴く。時にはたくさん買い物をしたり、くつろぐためだけに目的のない時間を過ごしたり、夜っぴて人との会話を楽しんだりもする。

 毎日、苦しんで生きていかなければならない、とは、思っていない。しかし、これら主が与えられた恵みを、主がもし取り去られるならば、それらの恵みを一瞬にして、主に返却しなければならないと思っている。そして、私の生活にこれまであった苦しみも含めて、主が私のために、試練を用意なさるならば、私は今までの生活で得た安楽を捨てて、主の命じられるところへ赴かなければならないと思う。

 ひどい苦しみの後で、神は私に休息を与えて下さった。その恵みを今は感謝して享受している。しかし、私に限らず、信仰者の前途には、必ず、火で金が洗練されるように、信仰が洗練されるべく、信仰が試される時が来るだろうという確かな予感がある。その時に、無用なもの全てを私達は主の前に差し出すことを求められ、必要のないものは自然と焼き尽くされ、必要なものだけが残るだろう。

「あなたがたは、終りのときに啓示さるべき救にあずかるために、信仰により神の御力に守られているのである。そのことを思って、今しばらくのあいだは、さまざまな試練で悩まねばならないかも知れないが、あなたがたは大いに喜んでいる。こうして、あなたがたの信仰はためされて、火で精錬されても朽ちる外はない金よりもはるかに尊いことが明らかにされ、イエス・キリストの現れるとき、さんびと栄光とほまれに変るであろう」(ペテロⅠ1:5-7)

「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのために自分の命を失う者は、それを見いだすであろう。たとい人が全世界をもうけても、自分の命を存したら、なんの得になろうか」(マタイ16:24-26)

「富んでいる者が神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通る方が、もっとやさしい(略)おおよそ、わたしの名のために、家、兄弟、姉妹、父、母、子、もしくは畑を捨てた者は、その幾倍もを受け、また永遠の生命を受けつぐであろう」(マタイ19:24,29)

「善をおこなって苦しむことは――それが神の御旨であれば――悪をおこなって苦しむよりも、まさっている」(ペテロⅠ3:17)

「このように、キリストは肉において苦しまれたのであるから、あなたがたも同じ覚悟で心の武装をしなさい。肉において苦しんだ人は、それによって罪からのがれたのである。それは、肉における残りの生涯を、もはや人間の欲情によらず、神の御旨によって過ごすためである」(ペテロⅠ4:1-2)

 日曜礼拝を守っているか、十一献金をしているか、などの外からのものさしで、信仰をはかることは無意味である。律法主義的なものさしによって自分をはかっても、私には何一つ、基準を満たすものがない。私をクリスチャンたらしめているのは、私の行いではなく、キリストによる十字架のあがないをただ信じることである。(「律法を行うことによっては、すべての人間は神の前に義とせられないからである。律法によっては、罪の自覚が生じるのみである。」(ローマ3:20))

 だから、主が人間のために創って下さった全ての麗しいものを捨てることで、人が義とされるわけでもない。主はこの地球を人間のために創造され、すべての物を利用する権利を与えられた。被造物は神の栄光をあらわしており、空を飛ぶ小さな鳥から、大海原まで、私達はどんなものでも、主の創られたものを喜び、楽しむことを許されている。
 
 しかし、同時に、エバの誘惑が五感から来たものであったことも忘れてはならない。そして、滅びに至る門は大きく、そこから入っていく人が多い、ということも忘れてはならない。目に麗しいもの、耳に心地よいもの、肌に柔らかいもの…、肉を喜ばせる全ての五感による刺激を愛でていくとき、それが無意識のうちに、「目の欲、肉の欲、暮らし向きの自慢」にリンクし、やがて主ご自身よりも肉の欲が優先される生き方を生む危険性を私達が忘れてはならないことは確かである。

 以下の一連の記事の中で、今日、キリスト教という名で非キリスト教的な目的の達成にいそしんでいる偽クリスチャンたちが確かに存在することを私達は見てきた。彼らは地上的な繁栄を武器にして、自分たちの団体にさらなる繁栄を呼び込もうと計画的に活動している。そういう場所には、五感に訴えかけてくるものがたくみに容易されているため、そのような感覚に惑わされることがないよう、注意しなければならない。いや、そこでは主ではなく、自分の五感をこそ楽しませることが最終目的にさえなっているため、本当に用心が必要である。人の五感に語りかけることにおいては、彼らはプロだからである。

 ネズミ講などがよく使う、違法な販売方式の中には、人の感情をたくみに煽り、人にはそれと気づかせず、無意識に訴えかけることによって、法外な利益を達成しようとするやり方がある。まだ科学的にははっきり解明されておらず、法律で禁止されるまでには至っていないものの、このような非道なやり方を様々に駆使して信者を集めているのが、今日の擬似キリスト教的な団体である。

 以下の記事では、教会成長論そのものが大きな異端的な教えであり、誤りであるということを指摘したが、とにかくも、成長する教会には、繁栄がある。繁栄があるということは、そこには、人を呼び込むための様々なもてなし(仕掛け、装置)が用意されているということである。その仕掛けは、人に優しく、親切で、五感に語りかけ、人の心を楽しませるものだ。来客のための温かい配慮から用意されているように思われる、数々のもてなしは人を喜ばせるだろう。耳に心地よい音楽(賛美)と、分かりやすく、心に語りかけてくる印象的なメッセージ、リラックスできる語らいの場、美しい会場、心地よい礼拝…。主の栄光を示しているように見える数々のアイテム、いつまでも浸りきっていたいような感慨がきっとそこにあることだろう。

 だが、これらのものは単なる仕掛けに過ぎない。そのようなものをふんだんに用意している教会が、美しい仮面の裏に、背教という致命的な毒を秘めているのであれば、そのような場所には決して、誘い込まれてはならない。

 クリスチャンの中には神社仏閣を嫌って、「あれは悪魔の巣窟だから近寄らない方が良い」などと言う人がある。しかし、真に警戒せねばならないのは、異教ではなく、信者を滅びに至らせるキリスト教内の異端(背教の教え)である。
 そして異端とは、イエス・キリストの存在そのものを否定するなどの、あからさまに誰にでもそれと分かる非聖書的な教えを語っている教会のことだと安易に考えてはいけない。人間の欲望を中心とし、人の欲望の満たしを最終目的とした教えを語り、そのような活動を行っている教会が、背教に冒されてしまっている教会なのである。

 私が何度も何度も警戒を呼びかけてきたのは、今日、正統な教えを教えている教会よりも、異端的な偽教会の方に、より人をひきつける力があるためである。無邪気な考えで生きている信徒は、自分をとらえる恐ろしい罠の存在がそこにあると思わず、そこには自分の力で決して気づくことのできない、計算されつくされた人為的な仕掛けがあるということに思いを馳せず、自分を優しくもてなしてくれ、人としての満足を感じさせてくれる方へ簡単になびいてしまう。その結果、多くの人たちがカルト化教会の罠にかけられて、救いから遠く引き離されているのである。

 この肉的な影響力を持つ大きな仕掛け、装置については、決して、恐れすぎる必要はないが、絶対に、その影響力を軽視したり、甘く見るようなことがあってはならない。背教は「目の欲、肉の欲、暮らし向きの自慢」から起こる。背教は極めて人の肉にとって喜ばしい形で始まるのである。だから、これに対する警戒は、何度、呼びかけても、呼びかけすぎということはない。

 だが、では、一見、無邪気を装って近づいてくるものの、その実、キリスト者をキリストから引き離そうとする諸々の誘惑や、異端の教えとその影響力を、クリスチャンはどのように見抜き、避ければよいのか。

 たとえば、私が記事の中で「あれは異端だ」と名指ししたものを、人々に無条件に信じてもらうことが必要なのか。このブログにおいて、異端の疑いのあるものについて徹底的に吟味し、議論し続けることが必要なのか?
 絶対にそうではない。牧師でもなく、専門家でもない私には、ただ一信徒としての判断が下せるだけであり、このブログでは、せいぜい、それを人に分かち合ってもらい、考える材料としてもらうために提示することができるだけである。

 では、クリスチャンはどうやって異端、背教を見分ければよいのか。まるで潔癖症のように、あらゆるものを疑い、疑いを払拭できないあらゆるものを、徹底的に避けることによって、背教から身を守れるのか。それとも、「カルト監視機構」によって、判別してもらって、「異端」の診断が下った場所に、極力、近寄らないようにすることによってか。

 どちらも答えになっていない。プロテスタントの教界において、組織的に異端を排除するためには、まず、専門家によって、神学的な議論が十分に行われる必要があると私は考える。だが、この机上での平和な議論が十分に行われていると言えない現在、クリスチャンは専門家からの診断が下るまで待っているわけに行かず、聖書を根拠に自ら判断し、内におられる聖霊に聴くことによって、「私は何を避けるべきか」を十分に知らなければならない。
 また、たとえ異端を排除するためのどのような活動が組織的に行われようとも、聖書と聖霊に聴くこと以上に、クリスチャンが背教を警戒するために有効な手立てはない。

 肉的なものがもたらす欺きの深さについては、多分、それを経験した人でなければ分からない部分があるのではないだろうか。自分が神に心から捧げる礼拝の中にさえ、神と共に喜んで歩む人生の中にさえ、不純なものが交じっていると、人は思いたくないものだ。

「世と世にあるものとを、愛してはいけない。もし、世を愛する者があれば、父の愛は彼のうちにない。すべて世にあるもの、すなわち、肉の欲、目の欲、持ち物の誇は、父から出たものではなく、世から出たものである。世と世の欲とは過ぎ去る。しかし、神の御旨を行う者は、永遠にながらえる」(ヨハネⅠ2:15-16)

 だが、肉的なものへの思慕は、生きている限り、抜き難く人につきまとう。必要なのは、自分では意識しないその不純物(=努力では取り除くことができない)が常に自分の中にあることを認め、それを主に委ねていくことではないかと思う。私の中に「傷ついた道」があるかないかを、主に絶えず見極めて、探っていただこうとすることだと思う。
 肉による生涯を歩みながら、肉なるものをより捨てて行き、肉により死んで行き、霊によって生きることを学んで行く過程が、信仰が洗練される過程なのではないかと私は思う(聖化、栄化はこうした過程と切り離せないものであろう)。
 だが、そのような形での肉なるものへの死は、時に、見かけは、禁欲主義的な節制を行っているようにしか見えず、そのように非難されたり、無益なものとして笑われたりすることがあるかも知れないが、いずれにせよ、主に従って、すすんで自分の不要なものを捨てていく過程がなければ、信仰が試され、練られるということはあり得ない。それを怠り、肉に惹かれていく気持ちが強くなっていく時、私が、たとえ自分では心から神を礼拝しているつもりになっていても、その礼拝が、誤った場所へ私を導くことが実際に起こるのである(すでにそれを経験したために、私がこう言っているのだということをどうか思い出していただきたい)。

 禁欲主義の誤りは、罪に至る様々な思いや衝動を内側から(キリストによって)きよめていただくのでなく、自分の努力によって、外側から(行いによって)取り除こうとする点にある。
 人は外的な影響力によってはどうしても変わり得ない部分を持つので、行いによって人を変えることは不可能だ。私達はあからさまに精神を堕落させる何か(たとえば麻薬等)を控える必要があるものの、日常生活で必ず接触せねばならない多くのもの(たとえばキリスト教に起源を持たないあらゆる風俗習慣)までを、潔癖症のように避けたからと言って、それで聖潔を保てるわけではない。神社仏閣に立ち寄らないように努めたからと言って、あるいは仮に仏壇に供えられた食べ物を食べるのを拒んだからと言って、そのことでクリスチャンの内側が聖く保たれるわけでは決してない。

 多くの場合、何かを「避ける」とか、「しない」ことによって聖さが保てるわけではない。 聖さを獲得することは、ただ、キリストにすすんで従うことによってのみ、得られる。全てのものをキリストの照明によって照らし出し、吟味していき、不要なものを捨てて、キリストに従うところに、私達が現実に、キリストの似姿へと変わっていく秘訣がある。そして、キリストに従うとは、果てしなく自主的な行為であり、決して、外から強制されたりして行うべきことではない。また、形式的な禁欲主義(修道院生活のようなもの)を通して行われたり、「私は聖さを失いたくない」という恐れに基づいてなされるべきことでもない

 クリスチャンは、堕落を恐れるという気持ちだけから主に従ったりすべきではない。その人が信仰生活の上で、何を選ぶか、何を捨てるか、それは極めて自主的な事柄であって、それはその人自身が恐れからではなく、喜んで、自らすすんで主のためにすべきことである。
 捨てるときは、喜んで捨てる。与えるときは、喜んで与える。恵みを享受する時は、喜んで受ける。それはいずれも、主のために自ら喜んで行う選択である…。
 たとえ信徒が主のために貧しさ、苦難を引き受けることがあったとしても、それは義務感や、誰かの命令、または富むことへの恐怖心、自虐心、禁欲主義に基づいてなされるべきでは絶対にない。たとえ殉教したとしても、そこに神への愛がなければ、その善行はむなしい。

 クリスチャンは、こうして、主がクリスチャンを守って下さることを信じて、主に聞きながら、平安のうちに全ての選択を行うべきであって、ただ異教やら、異端やら、偶像崇拝やらを潔癖症のように毛嫌いし、恐れる気持ちから、または自らの意志によらず、誰かの指図に従って、考えられる限りのものを捨てて、禁欲的に生きていく必要は全くない。

 クリスチャンは神から与えられた恵みを享受してよいのである。ただし、その中にあっても、鳩のように素直に、蛇のように賢くあることは、捨ててはならない…。

 だが、きっとこれだけ説明しても、やはり、私の言っていることが、誤った偶像礼拝恐怖症、禁欲主義的節制として受け取られることは、これから先、免れられないことだろう。しかも、私は記事の中で、幾度も「堕落を引き起こす背教への警戒」を強調している。そこで、その点だけを取り上げて、私がいたずらに、背教と堕落への恐怖感ばかりを煽って、クリスチャンを、主が与えられた平安と恵みから引き離し、異端の恐怖だけに目を向けさせて、誤った信仰的潔癖症と恐怖心を人に植えつけているという非難がなされる時が、これから先にも、きっとあるだろうと予想する。

 何よりも、背教に対する警戒を呼びかけるような話題は、暗く、重く、つまらないので、聞かされる方もうんざりして投げ出したくなる時があるかも知れない。主にあっての喜びだけを受け取っていたい方にとっては、主にあっての警戒、主にあっての苦難、主にあっての貧しさという話題はあまり耳に快いものでないだろう。だからこんなつまらない話題を書くなという非難は当然起こってくるものと予想される。(どうか、私が展開してきた記事にすでにうんざりされて疲れたという方は、これ以上、我慢しておつきあい下さるようなことがないようにお願いしたい。)

 だが、このような話題を嫌い、愛想を尽かす方が、きっと、これから先、絶えないであろうことをあらかじめ十分に覚悟した上で、それでも、私は信仰に基づいて、異端を排除することの重要性や、(禁欲主義に基づいてでなく)肉の欲に従わない道を選ぶことの重要性を、今後も述べ続けていきたいと思っている。

 「滅びへ至る広い門」は、あらゆる肉的な高揚をもたらす力(芸術も含む)を駆使して、今日もいたいけな信徒を背教に誘い込んでいる。そこで、彼らが使っているテクニック、彼らの目的とするものを明るみに出し、警戒を怠らないよう呼びかけていくことは、重要な仕事である。

 どうか他人に起こったことが、自分には無関係だなどとは思わないで欲しい。私は背教の致命的な毒を身を持って経験したために、あえてこのような苦言を呈しているのだということを覚えて欲しい。背教がどれほどひどい苦痛を人にもたらすものであるかを知っているクリスチャンであれば、そのような苦痛をきっと身近な誰にも、決して味わって欲しくないと願うだろう。そこで、危機を回避するために、何が必要であるのかを最低限、示さずにはおれないのだ。

 それは耳に心地よくない、うるさくて、聞くのも不快な話題であるのかも知れないが、それを訴えることは、決して聖書に反していないと私は思う。
「わたしの兄弟たちよ。あなたがたのうち、真理の道から踏み迷う者があり、だれかが彼を引きもどすなら、かように罪人を迷いの道から引きもどす人は、そのたましいを死から救い出し、かつ、多くの罪をおおうものであることを、知るべきである」(ヤコブ5:19-20)

 異端の教えから信徒を救う人は幸いである。
 だが、ここにもまだ注意せなばならないことがある。それは今日、異端を排除するという名目で、誤った異端排斥活動が行われており、そのことに対する警戒も呼びかけねばならないので、話がより一層複雑になっているということである。

 一見、真理の道から踏み誤った者を救っているように見えて、道を誤った人を、さらなる誤りに誘い込んでいる活動が存在する。

 今回の記事のテーマは、禁欲主義の誤りを指摘することではなく、誤った異端排斥運動には、異端そのものと同じか、それ以上の危険性があるということを訴えることであった。だから、次の記事では、早急にその話題に移らせていただきたい。

<つづく>