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私ではなくキリストⅡ(東洋からの風の便りI)

「あなたがたは、いのちの言葉を堅く持って、彼らの間で星のようにこの世に輝いている。」(ピリピ2:15)

義務感からの解放

「人を愛さなければならない」、「弱者を救済せねばならない」という強迫観念にとりつかれると、私たちの人生は大変な混乱に陥る危険性がある。

隣人愛が、強迫観念に変わるとは、何とも予想しがたいことだが、クリスチャンの中には案外、そういう転倒に陥る人が多い。
ジョン・ウェスレーが名だたる悪妻と結婚してしまったのも、隣人愛を、依存関係と取り違えたからなのではないだろうかと私は想像している。

なぜそのように思うかと言えば、かく言う私も弱者救済という強迫反復の心理に支配されて生きていた人間の一人なので、きっとそうに違いないと直感するだけの理由があるのだ。

また、私の研究領域だったロシアには、そういう事例が満ち溢れていた。私が最後の論文の中で強調して書いたことなのだが、特に19世紀のロシアでは、「弱者を救済せねばならない」という強迫観念に、ほとんど一人の例外もなく、知識人全体が追い立てられていたのだった。

虐げられた民衆を救済するために「何をなすべきか」("Что делать?")という問いかけが、宗教人、学者、政治家、革命家を問わず、インテリゲンツィヤ(知識人)の間でこだまのように鳴り響いていたのが19世紀-20世紀初頭のロシアであった。そのことは当時の書物を読めば、誰でも感じ取れる。民衆の救済、民衆の解放というテーマが、知識人の共通課題となり、弱者たる民衆を何とかして解放せねばならないという、強迫的な心理に、知識人がこぞって追い立てられていたからこそ、ロシアは革命運動の温床となっていったのである。

だが、隣人を愛するとは、隣人を自力で救済しようとすることではない。
それなのに、弱者に対する思い入れが強すぎる人は、弱さを抱えている人を見ると、放っておけず、自分が助けてやらねばならないと思って、自分の力で相手を解放しようと試みて、かえって相手を自分に依存させる不健全な関係に落ち込んでいくことが多い。

「弱者を見捨てるのは人間としてあるまじき行為だ」という義務感、もしくは、不正への憤り、何らかの心の負い目が、弱者に過度な支援を差し伸べる理由となり、それが「救済」という名目での不健全な相互依存関係を生んでいくのだ。

愛は自発的な感情であり、義務感からは生まれようがない。さらに、終りまでサタンの支配下にあって、あらゆる不条理がはびこることを運命づけられているこの世では、人間には人間をくびきから解放する力はもともと備わっていない。

なのに、隣人愛、弱者救済を旗印に掲げ、弱者の解放を義務として遂行しようとする人たちがいるが、そのような人たちの救済活動の裏には、それによって、自分の心の負い目を解消しようとする、達成不可能な願望が潜んでいる。

私は心理学の専門家ではないのに、なぜこのような話をするのかと言えば、それは、かく言う私も、この種の不健全な心理によって、相当、人生を狂わされてきたためなのだ。私の中には、長い間、何が健全で、何が不健全か、という判断の物差しはなく、「何をなすべきか」という課題だけがあった。キリスト教界に所属したために、隣人愛への義務感はより一層強まり、私もまるでロシアのインテリゲンツィヤのように、「弱者を助けねばならない」という義務感に突き動かされ、人生の大切な時期をむなしい救済運動に費やすはめになってしまったのである。

そこで、過去の大失敗に鑑みて、今、意識的に、不健全なものを捨てる訓練を開始することに決めた。人との関係を築く時、あえて自分にこのように問うことにしたのだ。

「私たちのこの関係は、人から見て、健康で、微笑ましく、できるなら自分もそこに加わりたいと、自然に思えるような、自由で、魅力的なものだろうか? それとも、不自然で、無理が多く、普通の人にはとても真似できないような犠牲を伴う、困難で、悲劇的な関係に見えるだろうか?」

先ず真っ先に、思い浮かんだのは、キリスト教界で深刻な被害を受けられたある方との関わりであった。その方が、長年に渡り、教会でひどい被害を受けられたお話を、私は直接、本人の口から聞いていた。それがあまりに痛ましい体験であり、私たちの間には多くの共通点があったので、できる限り、信仰の同志として、問題の解決に助力したいと考えてきた。

だが、その方との関係は、いつも何かが変であった。どうにも、私が一方的に支援するだけのように感じられることが多かった。私が本当に苦しんでいた時、その方が私のために、何か具体的な犠牲を払おうとしてくれただろうか? 私たちの間に、隠し立てのない、信頼できる交わりがあっただろうか? 答えは否だった。

そこで、この方のことは、一切、主にお任せして、私は関わりから、身を引くべきだと分かった。たとえどんなに切羽詰った窮状に置かれている人を目の前にしたとしても、主によって与えられた自由を、依存関係と取り替えることはできない。

こうして、今まで自分を苦しめてきた「(弱者のために)何をなすべきか」という強迫的な問いかけを、私は人生から一切、投げ捨てることにした。「人を愛さねばならない」とか、「弱者を助けねばならない」というスローガンは、一見、聖書的で、もっともらしく聞こえるが、自主性に基づかないのでは、まるで意味がない。義務や強制によって愛を生み出すことは、不可能である。

愛とは、具体的な助けを差し伸べることだけを意味しない。愛を表わすには様々な形がある。そしてクリスチャンが隣人に示せる、愛に基づいた最高の支援の形は、次の通りだと私は思っている。

「金銀はわたしには無い。しかし、わたしにあるものをあげよう。ナザレ人イエス・キリストの名によって歩きなさい。」(使徒3:6)

ペテロとヨハネのこの言葉は、生まれつき足のきかなかった男の足腰を強め、彼を躍り上がるようにして、立ち上がらせた。

これは、ただ、ある男の足腰が癒されたという奇跡の物語であるだけでなく、象徴的な意味で解釈が可能だ。

すなわち、自分の足で歩くとは、自立することを指す。

イエスは、38年間、寝たきり同然だった人の病を癒して言った、「起きて、あなたの床を取りあげ、そして歩きなさい」(ヨハネ5:8)。イエスの言葉によって、病人は立ち上がった、すなわち、御言葉を聞いて、彼はただちに「自立した」のだ。

また、イエスは盲人の目をいやされることによって、盲人に光を与え、彼を自立させた。
「わたしは、この世にいる間は、世の光である」(ヨハネ9:4)と言われたイエスは、その言葉をただ象徴として発したのでなく、盲人にとっての正真正銘の光となられたのである。

イエスは言われた、「わたしがこの世にきたのは、さばくためである。すなわち、見えない人たちが見えるようになり、見える人たちが見えないようになるためである」(ヨハネ9:39)。

自分が病んでおり、自立できておらず、他人に依存せねば生活できない弱さを抱え、悪循環にとらわれたむなしい人生を送っていることを自覚して、その病や弱さ、不健全さ、悪循環を主の御許に携えてやって来た人たちを、イエスは、瞬時に解放し、彼らを自立させた。

他方で、自分が病んでいることを決して認めようとせず、いつも自分の力に頼って自分を解放しようと試みている人たちに対して、主は、「見える人たちが見えないようになる」と厳しい未来を宣告された。

今日、「日本斬り捨て協会」というような名前を持つおかしな集団社会に目を向ければ、そこでは、「私は誰よりも正しく物事が見える」と豪語している人たちが、まるで盲目のように、くもの巣のごとく癒着した人間関係に足を取られ、互いに足を引っ張り合いながら、暗闇に沈んで行く様を誰でも観察できるだろう。

聖書には、弱者救済の方法がきちんと書いてあるのに、なぜそれとは異なる方法論を試そうとする人がクリスチャンの中にこれほどまでに多いのだろうか。大宣教命令を口実にして、毎年のように、全人類の救済のために、新たに打ち出される各種のプログラム、新しいイベント、終わりなき興行の不気味さ…。収穫どころか、犠牲ばかりをもたらし続けているリバイバル運動の不可解さ…。

まるで知識人の誰も彼もが、「ナロート(民衆)」を解放せねばならないと、口角泡を飛ばして議論を重ねた19世紀-20世紀初頭のロシアさながらの風景がそこに広がっているのではあるまいか。全人類の救済という強迫観念にとりつかれた前途ある青年たちが、人類救済のためのプログラムとしての革命運動に人生を飲み込まれ、地下活動のために率先して命を失ったり、あるいは貴重な人生を逮捕と流刑のうちに失って行った、約1世紀以上前のかの国と同じ風景を私はそこに見出さずにいられないのである。

彼らを突き動かしているのは、隣人愛ではなく、全人類を救済せねばならないという強迫観念である。

私たちが自分の弱さに対してなすべきことは、弱さを自力で解決しようと試行錯誤を重ねることでなく、弱さを主の御許に携えていくことだ。同様に、私たちが他の弱者に対してなすべきことは、弱者の人生を解放しようとして、力を振り絞って活動することではない。革命運動やら、市民運動やら、裁判やら、霊の戦いやら、トランスフォーメーションやら、あらゆる種類の救済活動を起こすことによって、自分の力で弱者を解放しようと、闘争を繰り広げ、解放運動に身を捧げることが必要なのではない。

本当に、弱者を解放したいならば、主に働いていただくために、私たちは自分の力を使わず、謙虚に後ろに引き下がるべきなのだ。そして、「ナザレ人、イエス・キリスト」の名によって、弱者が真に解放されて、自分の足で立ち上がり、喜びに飛び跳ねて、主を賛美する時を待つべきなのだ。

人は人を解放できない。御言葉なるイエスが生きて働かれる時にこそ、人はあらゆる不健全な依存から解放され、自立することができるのだ。

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引越しの予告

今夜は近くの天然温泉に母と共に行って来た。
おかげで休養を取れ、眼精疲労もかなりましになったように思う。昔から私は斜視ゆえに視力が悪かったのだが、最近は、本を広げても、15分とページを見つめていられないほどに疲れが出て来るようになった。

ただ疲れが出て来るせいだけではない。以前にはあれほど面白いと思った小説に関心がなくなった。フィクションの世界に思いを巡らせるよりも、御言葉のリアリティの中に浸っていたいと思うようになったからだ。

最近、主の憐れみと恵みにより、我が家には平和が訪れた。新たにキリスト者となった者がいるわけでなく、偽教会で起こった事件を語ることもできないし、信仰の話を分かちあえる人がいるわけでもないのだが、少なくとも、以前にあったような裁き合いはまるで起こっていない。

静かな湖面のように、穏やかで、何気ない日常が続いている。これは主の御恵みであり、また祈りのおかげだと感謝しています。

先日、店でかかっている音楽を聴いて、おやと思った。
「これって、KFCで使っていた賛美と同じ曲じゃない…?」
母が言った、「知らなかったの、ヒルソング、一時期、流行したでしょう?」
そうか…。随分前から、私は店でかかっているヒルソングを知らずに聴いていたのだ。

我が家には、キリスト教界を席巻したあらゆる書物や音楽CDが大量に保存されている。書棚をのぞけば、聖霊派の信徒が教科書のように読んだ本がいくらでも見つかるし、リバイバルソングのCDもきっちり棚にそろっている。だが、約10年間、教会に幻滅してキリスト教界から遠ざかっていた私には、その間の流行に関する知識が全く抜けている。どうやら、私よりも母の方がはるかに教界の動向に精通しているようだ。

私は生まれてこの方、携帯電話を一度も持ったことがなく、外出しても腕時計をはめず(時間に拘束されるのが嫌いだからであるが)、TVも見ない、新聞も読まない、流行の音楽も聴かない、そんな人間であると白状したら、驚かれるかも知れない。好まないものを排除した結果、そうなったのだが、これでは、現代の化石と呼ばれても仕方ないだろう(化石からはほど遠い若さなので、これはもちろん冗談ではあるが…)。

その上、幼い頃から通って来た教会のすべてが誤っていることが理解できて後、約1年間、ショックのため、世間一般の動向から完全に遠ざかった。そんないきさつがあって、私には、さらにその頃の世間の誰もが知っている出来事の記憶がないかも知れない。だが、ニュースなど、さほど重要ではない、永遠に変わらない御言葉に比べれば…。

さて、話を戻せば、我が家に平和が訪れて、約1ヶ月ほどが過ぎた。
平和になって、心が落ち着いたかと言うと、そうではない。ますます、主に連なる兄弟姉妹を近くに得られないことから来る孤独感が高まった。

聞けば、ある兄弟もやはり家庭でキリスト者として孤立し、信仰の友を近くに得られずに苦しんでいるようだし、以前、親しかったある姉妹はと言うと、生活のために過重労働を強いられて、とても交わりを持つどころではないらしい。

たとえ周りで穏やかな日が続いても、心の深いところで何よりも求めているものが見いだせないことから来る孤独感は埋まらない。

だから、日々、祈らずにいられない。
主よ、あなたの名において歩む全ての兄弟姉妹に、あなたの名において集まる機会をどうぞお与え下さい。世の光としてのクリスチャンを孤立したままに置かれないで下さい。あなたを共に賛美し、あなたに栄光を帰し、共に愛を示し仕えることのできる兄弟姉妹と会う機会をどうか与えて下さい、と。

さて、このブログは読者の皆様の参加のおかげで随分、有益な議論の場にすることができた。しかし、今、私の中で、一つの時代が終わったように感じられるため、この記事を最後に、もう一度、場所を改めることにしたい。

私は完全な人間として、真理を完全に把握している人間として記事を書いているつもりは少しもない。学術論文ならば、誤りは決してあってはならないが、キリスト者の歩みは、それとは違う。不完全な者が、キリストを求め、真理を求め、時に、苦しみ、迷い、道を誤りながらも、倒されてもまた起き上がって、歩んでいく過程が、信仰の歩みだ。

だから、この拙い文章から、ただ私の弱さ、足りなさ、不完全さを見るのではなく、そのように不完全さを持つ一人の人間を、キリストの強さがどのように覆い、キリストの義、キリストの憐れみによってどのようにその人が生かされて行ったかという事実を見つめてもらえれば嬉しく思う。

さて、このブログ執筆中に起こった変化の中でも、最大の変化(恵み)が一つある。それは私が、ニッポンキリスト教界から受けたひどい仕打ちに対する怒りから解放されたことだった。

幼い頃から通い続けた教会が、真理に立つどころか、大きな偽りの体系の一部であったことを知ったことの衝撃は大きい。キリスト教界では、今も私の遭遇した事件に勝るとも劣らない悲惨な事件によって、カルト被害者と呼ばれる人々が次々生まれており、このブログを書いている途中まで、私も、そのような出来事はあってはならず、彼らを助けねばならないと考えていた。

ところが、ブログを書いている途中で、私には変化が起こった。

それまで私をキリスト教界の告発へと突き動かしていた動機―義憤―が消えてなくなったのだ。それは、ひとえに主の憐れみによって、私の悲しみが癒されたのだが、それだけに終わらなかった。

私が自分の中で最も正しいと思っていたもの、不正や悪事に対する一人の人間としての全うな憤りすら、キリストの御前に焼き尽くされたのだった。だが、これは、悪を悪と感じなくなることとは違う。正義を曲げ、嘘や、虐げや、不真実を喜んでいる人たちの仲間入りすることとも全く違う。

それは、悪事を犯している人々に対する未練や、関心がもはや消え去ったということである。彼らに何としてもこちらを振り向いてもらい、私に対して犯した罪を償い、反省してもらわなければ気が済まない、といった憤りが全くなくなった、ということである。

確かに、忌々しい事件は、忌々しいものであり、あるまじき事件は、あるまじき事件なのである。悪事は悪事であって、悪事を犯した人々は、いずれ神の御前で裁きを受ける日に、確かにその罪を問われることであろう。そういった出来事の重さは何ら変わらないのである。

しかし、私は、もはや彼らと関係なく、神の新しい命によって、全く異なる領域を生きて行きなさい、と言われているように思う。もしそのような人々と道で出会ったとしても、過去の出来事に対する憤りゆえに、彼らを引き留めて、昔の出来事を正したり、非難するということはないであろう。もう彼らと私とは十字架によって隔てられ、関係ない世界に住んでいる。過去に対する心のこだわりや、義憤から生じる悪事に対する憤りが、十字架を経て、完全に消え去って行ったのである。

だから、言えるのは、たとえ想像を絶するような苦しみを体験したとしても、神は人の心を新たに生かすことができるということだ。神は信じる者に新しい霊を与え、新しい心を与え、生まれてこの方、一度も、傷を受けたことがないかのように、健康な命、健全な心によって、信者を生かすことができる。

だから、改めて言いたい、私たちは決して、自分を迫害する者を憎んではいけないと、両親を憎んではいけない、兄弟を憎んではいけない、信仰の友だった者を憎んではいけないと、自分自身で裁きを行おうとしてはいけないし、敵と思われる全ての人を、主にあって赦すべきなのだと…。

むろん、そんなことは自分の力では誰もできはしない。だから、そんなきれいごとは言わないでくれと言われるかも知れない。私にもそのことは分かっている。だが、自分ではできない、だからこそ、私たちはしばしば叫びながら、燃える炉のような試練の只中を通らされるのだ。しかし、その試練の只中で、「私の義ではなく、主よ、あなたの義だけが成りますように!」と願う心さえあれば、私たちの心にある不要なものは、神が焼き尽くし、切り落として下さる。

今、この記事は、この引越し予告を書いてからだいぶ経って加筆しているのだが、筆者は改めてこう言いたい。

どんなことについても、被害者のままでいないで欲しい。神はいつまでも人が過去のことにこだわり、打ちひしがれて、悲しみながら生きて行くことを願っておられない。

神は、神に願い求める人に誰でも新しい心と新しい霊をお与え下さることができる。神はその人をキリストにある新しい人格として生かし、それまでの人生と違った新しい人生を送らせることができる。だから、たとえ全世界がスクラムを組んで、あなたを迫害し、あなたを執拗に追い詰め、あなたの嫌がることをひたすらやり続け、あなたの敵と化したとしても、地獄の軍勢によってもたらされたそのすべての敵意と憎しみを超えて余りあるだけの愛、善良さ、喜び、健やかな命を、しかも、満ち満ちた命の豊かさを、キリストはあなたの心に流し込み、あなたの人生にお与え下さることができる。

キリスト者に与えられる救いは、いきなり人生が劇的に変わって突然、夢のように贅沢な生活を送るようになった、といったものではないかも知れないが、神は最後まであなたと共にいて、どんな時にも、あなたに必要な助けとなって下さり、あなたが試練を乗り越え、健康で豊かに生きるために必要なすべてを供給して下さることができる。
 
だから、たとえ悪魔が吠え猛るししのように咆哮をあげていても、天にはいつも静けさがあって、信じる者はそこに座して主を喜ぶことが可能なのだと筆者は信じているし、また、その平安と静けさに生きることの意味をますます知りたいと願っている。

このブログを終了するに当たり、私ははっきりと宣言しておきたい、私を傷つけた人々を私は主の御名において赦すと。この言葉の裏に、私の絶叫のような、心引き裂かれる痛みがあることを忘れないで欲しい。しかし、私は自分の感情にではなく、主の御言葉に従って生きるために、このことを宣言する。だから、私に対して罪を犯した人は、主にあって赦されることを先ず何よりも考えて欲しい、たとえ私に対して何もできなかったしても、負い目を感じる必要はない。

ただし、聖霊を穢す罪は許されない、と聖書にあるように、人を傷つけることは赦されても、神の霊に対して一線を超えた冒涜を犯すと、信者には後戻りできなくなる危険があることは断っておきたい。

これは世人に対する警告ではなく、クリスチャンを名乗っている者に対する警告である。

人間を冒涜する罪は赦されるであろうが、もしもその人の背後に神の聖霊の力強い働きがある時には、その証を冒涜することは、神の霊を冒涜することにつながりかねない危険性があることを覚えて欲しい。こうした罪を犯した人には、神自らがその人から悔い改めのチャンスを奪って彼らの心を頑なにされ、悪魔に引き渡される、ということも起こり得るのだ。
 
あざけりは愚かさの表れである、と私は思っている。私たちは迷いの最中にある人、誤った道を歩いている人、真理を知らない人をあざけらないように気をつけねばならない。たとえある人々は、キリスト教界以上に真理を知っていたとしても、だからと言って、その知識を弱い人々の前で誇るべきではない。ニッポンキリスト教界に属している人々をあざけったり、カルト被害者をあざけったり、偽牧師、偽教師に対して裁判を起こした人々をあざけったりすることは間違いである。誤謬の道を歩んでいる人々には、神がふさわしい裁きをされるであろう。

クリスチャンは、ただすべての人が十字架を信じ、命と喜びに引き入れられて欲しいと願うべきであり、真理を知らず、自分よりも無知な人生を送っているように見える人を馬鹿にしたりすべきではない。私も昔は随分、人に対する軽蔑の感情を持っていたが、今はあらゆる軽蔑、嘲笑は主から来たものではないと確信している。高ぶりは滅びに先立つことを人は知るべきである。

さて、場所を改めて、キリスト教界の動向についての分析をこの先も続けたいと思っているが、それはただまことの光であられるイエス・キリストの栄光のために、真理でないものの正体をはっきりさせたいという気持ちから行うつもりである。

数日程度、休みを取ります。その後、新しいアドレスをここに書きます。
では、皆さん、お元気で!


石を投げる時、石を拾う時

 大学時代、ゼミである小説を読んでいた時、次の言葉が出て来たのを思い出す。
"Время поднимать камень и время бросать его"。(石を拾う時、石を投げる時)
 読んだ時はただ意味不明な言葉として通り過ぎただけだった。

 これについて、お師匠様(ゼミの教授)が後でこっそり教えてくれた。
 「石を拾う時って、伝道の書にあるでしょ?
 人にはね、石を投げる時と、拾う時とがあるんだよ」

 その当時、私は教会に幻滅して信仰を離れていた。だから、聖書はただの積読本となって家で埃をかぶっており、それが伝道の書からの引用であることさえ私は知らなかった。だが、師匠のこの言葉が胸に痛かったのを覚えている。

 石を投げる時。
 それは私たちが人を責める時のことだ。

 クリスチャンならば誰でも知っている、聖書のあの有名な場面。
 姦通の現場で捕らえられた女が、公衆の面前に引きずり出されて来て、律法に基づいて、ユダヤ人たちに石打にされそうになる場面。

 どうして女性だけが捕らえられたのだろうか。男は一体、どこへ逃げたのか。
 恐らく、女は密会の現場で、計画的に捕らえられたのであろう。着る物もとりあえず惨めな姿で引き出されて来たのかも知れない。聖書の記述によれば、女が捕らえられたこと自体が、「イエスをためして、訴える口実を得るためであった」(ヨハネ8:6)、つまり、イエスを陥れるための罠だった。だから、すべてが計画ずくだったものと想像できる。

 多分、女が逢引きの現場に向かうところを、律法学者、パリサイ人の手先が跡をつけ、物陰から密かに様子を伺って、現行犯逮捕するようにして、捕まえてきたのではないだろうか。

 密会だとか、姦通だとか聞けば、私たちはセンセーショナルなイメージを抱きがちだが、案外、そこには同情に値する、ロミオとジュリエットのような悲劇があったのかも知れない。幼い頃から、結婚を誓い合っていた若い男女が、家の事情やら、何かのいきさつのために、泣く泣く別れさせられ、男が徴兵されているうちに、女性だけが好きでもない老人のような別の男に嫁がされたのだとか。
 もしも映画化すれば、引きずり出された女性の側に誰もがほろりと同情してしまうような、そんな筋書きをつい想像してしまうことがある。

 どんな事情があったのかは不明だが、とにかく姦通罪は当時、律法に照らし合わせれば死罪、石打の刑に相当した。一説によれば、石打の刑とは、定められたやり方を実行に移すと、死ぬまでに20~30分はかかる、最も残酷な刑だったという。

 群集は、女が引きずり出されてきたこと自体が、イエスを陥れるための策謀であったとは知らなかった。恐らく、日頃からのうっぷん晴らしができる材料が出来たことに大喜びで、女を取り囲み、好奇心をもってじろじろ眺め、できるなら石を打ちつけようと、じりじり待ち構えていたのかも知れない。

 イエスの言葉がもしもなければ、殺気立った群集は、罪を犯した者を大喜びで死ぬまで打ち続けたかも知れない。
 だが、狡知とも言えるような見事な主の言葉が、群集を正気にかえらせ、なおかつ、律法学者、パリサイ人の卑劣な罠を打ち破った。

 律法学者、パリサイ人たちは、イエスが律法を守る側、すなわち女を殺す側に回っていれば、彼が自分達に屈服して仲間となった(すなわち律法の守り手となった)と認めたであろう。だがもし、イエスが律法を無視するように群集に命じたならば、その言質をとって、イエスを律法の違反者として捕らえる手はずであった。
 どちらに転んでも、律法学者、パリサイ人の筋書き通りになるはずであった。彼らは、一人の女の命を材料にして、イエスを罠にかけようと企んだのである。
 だが、イエスは彼らの予想に反して、どちらの選択もしなかった。いや、どちらをも選択したのである。律法を守り、同時に、律法を超越し、女の罪を認めながら、同時に、女の命を救ったのである。

 ああ、私たちは一体どのくらいの信仰生活を積めば、イエスのような答えに達することができるのだろうか、と、思わずため息つきたくなってしまう。
 人間はいつも二つのものの間で愚かに争い、引き裂かれ、対立しながら生きている。二つの対立する陣営があれば、私たちはいつもどちらに味方するかという単純な発想しか持つことができない。そして、それぞれの掲げる正義に心引かれ、相別れて争い、正義のイデオロギーのために命をかけると豪語して、殺し合いまで行い、和解と命をもたらす十字架には目もくれようとしない。
 もしも私たちが血まみれの戦場になった地平から目を上げれば、そこに主がおられ、すべての対立の終わりと、和解が用意されているというのに、生まれながらの人間にはそれが見えないのだ…。

 石を投げる時。
 それは私たちが自分の罪を忘れ、自分の義を振りかざして、自分よりも弱い、劣った、罪ある人間に対して優位性を誇り、罪人を裁くために、力をこめて拳を振り上げる時のことだ。

 対して、石を拾う時。
 聖書には、石を拾う時について劇的な物語の記述はない。ただ伝道の書3章5節にそれらしき言葉がある。
「石を投げるに時があり、石を集めるに時があり」

 これを、投げた石を拾う時であると詩的に解釈するなら、それに相当する場面はいくつか思い浮かぶ。
 ステパノを意気揚々と石で打ち殺すことに加わったパウロが、その後、ダマスコ途上で主に出会って、盲目となり、自分の犯した罪を思い知らされて愕然とした時。それはパウロにとって、自分が投げた石を拾う時ではなかっただろうか?

 戦場でウリヤを殺すことによって、バテシェバを奪ったダビデが、生まれるはずだった赤子を失って、悲嘆に暮れた瞬間も、やはり彼にとって、石を拾う時だったのではないだろうか。
 虐げられたヘブル人をかばうために、エジプト人を殺したモーセが、ヘブル人から逆に殺人者と罵られ、恐れと失意のうちにミデヤンの地に逃げた時も、やはり石を拾う時だったのではないだろうか。

 聖書は言う、罪のない者がまず先に石を投げなさいと。
 罪ある私たちが、罪ある他人に向かって石を投げれば、必ずそれが自分に跳ね返って来て、投げた石を拾わねばならない時が来る。

 裁判員制度に対して多くの人が恐れを抱くのは、そういう事情あってのことだろう。
 「私には人を裁く資格がない」という、本能的とも言える良心の声を、それぞれの人が心に持っている。クリスチャンであるか否かに関わらず、人は自分が義人でなく、他人を裁く資格を持たない、誤りやすい人間の一人に過ぎないことを誰しもどこかで感じているものだ。人を裁き、罪に定める行為が恐ろしいものであること、あまりにも重い責任が伴うものであること、それがいつか自分自身に対する裁きとなって跳ね返って来ることを、因果応報の考え方を強く持っている日本人は、無意識のうちに、感じ取っているのかも知れない。

 群集は扇動されやすく、集団的なサディズムに陥りやすい性質を持つ一方で、人を裁くことへの良心のブレーキをも心に持っている。理解できないものは裁けない。理解できない以上、裁きたくない。裁けない以上、握り締めた石を、そのまま静かに下ろすしかない。

 各自の心に働くこの良心のブレーキの中に、何か未来の希望につながるものがあるように私は思えてならない。「疑わしきは罰せず」、「罪のない者からまず石を投げなさい」、という、良心のブレーキを働かせる言葉が、今ほど、必要とされている時はないかも知れない。

 現代という時代は(石打刑の復活という危険なスローガンが象徴的に現しているように)、私たちが人を裁くことに対して慎重になるより、むしろもっと大胆に、軽率で、愚かになるようにと、盛んに鼓舞しているように感じられてならない。

 近年、国民が互いに監視し合い、互いに評価し合い、互いに告発し合い、裁き合うような殺伐とした制度が、いたるところに出来上がってはいないだろうか。あらゆる人々が、互いの活動を監視し合い、評価し合い、無用(あるいは有害)と判断されるものがあれば、容赦なく叩き潰していくことを正当化するような残酷な仕組みが各地に出来上がってはいないだろうか。

 十分な議論を重ねてから決断を下すのではなく、十分な議論のための時間すら用意されないまま、他人の活動を短い時間でおしはかり、本来、数値化できないはずのものを数値化し、評価できないはずのものを評価し、単純に白黒つけて、不適当なものを断罪し、除外することを、専門家ばかりか、名もない一般市民までが求められるような瞬間が、ますます多くなって来ているように、私には思われてならない。

 国民投票法案についても、次のような危険性を指摘する声もあるので紹介しておこう。
本当は恐ろしい国民投票法

 さらに、大学評価機構、カルト監視機構、裁判員制度、そういう発想や構図の中に、まるで隣組のように、互いが互いを監視し合い、告発する制度の萌芽を私は見ずにいられないのだ…。もしも隣の家で起こった殺人事件を、私たちが裁く者として選ばれた時、私たちはどこまで冷静に判断を下せるだろうか。いや、それよりも、昔からよく知っているおじさんおばさんを、私たちが裁く立場に立たされるかも知れないことを思い浮かべるだけで、私は何かしら慄然とせずにいられない。これはまさに愛の冷えた時代にこそふさわしい制度であるように感じられてならない。

 それでも、制度が始まった以上、私も裁判員制度にいつ呼び出されるか分からない。そこで今、一つの事件について、いかに違った見解が可能であり、いかに的確な裁きを下すことが難しいかを考えるために、ある事件について振り返ってみたいと思うのだ。

 酒鬼薔薇聖斗事件だ。

 中尾英司氏というカウンセラーが「あなたの子どもを加害者にしないために」というサイトを執筆している。クリスチャンでないが、温かい人柄を持った優秀なカウンセラーらしい、鋭い視点と深みのある考察で、現代の日本の家族を見舞う病理について、数々の例を挙げながら分析している。この中尾氏のブログの題名の根拠となっているのが、酒鬼薔薇事件だ。

 中尾氏のブログは、少年A、すなわち酒鬼薔薇聖斗事件のような凶悪犯罪を起こす少年を、これ以上、世に出さないために、私たちは何をすれば良いのか、という危機感から展開されている。
 氏の説によれば、少年Aがあのような凶行に及ぶに至った最大原因の一つが、Aの家庭環境であった。Aの家庭環境、特に両親の性格や行動を細かく分析することで、中尾氏は少年Aが犯行に至るまでに追い詰められていく心理を解明しようと試みている。緻密な分析がなされており、物語構成も巧みで、読んでいると納得させられてしまう。

 この中尾氏もまた、裁判員制度の難しさについて考察しながら、一連の記事(「仮面の家をあなたは裁けますか?」)を書いている。少年犯罪などでは、それぞれの家庭の抱える、部外者には分からない根深い問題まで、確実に見通した上でなければ、判決を下せない。だが心理学に関して全くの素人である市民に、そこまでの洞察や理解が果たして可能だろうか。そういう難しさが伝わって来る。

 中尾氏の説は全てもっともなのだが、しかし、私はあえてここで、中尾氏の説に根本から対立する一つの疑問を提示してみたいと思っている。
 それは、酒鬼薔薇事件の真犯人は、本当に少年Aだったのだろうか?という疑問だ。

 何を今更、そんな寝言のようなことを言い始めたのか…、と笑われるかも知れない。
 だが、ディベートの手法では、物事を論じる際に、一方の角度だけから論じることは決してない。必ず、肯定と否定の両サイドに分かれて討論を繰り広げ、それを徹底的に比較した結果、どちらの論理に、より信憑性があるかをジャッジが判定を下す。そうすることによって、私たちは一方的な決め付けに陥ることを防ぐことができる。
 このディベートの手法に、私は多くのものを学ばせてもらい、この思考法は、私が物事の判断を下す際の基礎となった。常識であっても疑うべし。全ての物事を両極の立場から考えてみるべし。このディベートの手法をここに持ち込むと、酒鬼薔薇事件の真犯人についても、私たちにはまだ議論の余地が残されていると言える。

 この事件については、かねてからぜひ詳しく記事を書いてみたいと思っていた。が、残念なことに、私は最近、眼精疲労のため、画面を長く見ていられず、あまり熱のこもった記事をしばらく書けないかも知れない。

 そこで、詳細な分析はずっと後になってしまう可能性があるが、ひとまずここに、酒鬼薔薇事件の犯人は、絶対に少年Aではあり得なかった、という立場に立つサイトを紹介しておきたい。

神戸小学生惨殺事件の真相

 恐らく、これを詳細にご覧になられた方は、この事件に再考の余地があることを感じずにいられなくなるのではないかと思う。
 すでに常識として世間に定着している事柄にすら、未だに疑問の余地が残っていたことに気づかされる時、私たちは、他人に向かって石を投げる行為がどれほど難しく、重大な行為であるか、考え込まずにいられなくなるだろう。
 柔軟に物事を考えるための頭の体操としても、ぜひ一度、ご覧になられたい。


完全な恵みの中で

 一週間ほど前に、近所の田んぼには水が引かれ、小さな苗が植えられた。今、我が家の前に広がっている田んぼは湖面のようで、風が吹くごとにさざなみが立って美しい。

 今日は井倉洞に行く予定を立てていた。子供の頃、祖父に連れられて行った記憶がおぼろげにある鍾乳洞だ。近々、友人がひょっとすると家に遊びに来てくれるかも知れないので、下見をしておこうと思ったのだが、ホームページを見ると、豪雨のため落石が起こり、入洞禁止とのこと。残念…。

 さて、今日は地元で撮影され、私が興味を持っている映画を一本紹介したい。私はまだ観ていないが、全国ではすでに上映が始まっている地域があるそうなので、関心がある方はぜひご覧下さい。

 映画「精神」は、「こらーる岡山」という、岡山市にある外来の精神科診療所で、実際の患者を対象として撮影された。
「映画が撮られ始めたのは小泉政権のもと、『障害者自立支援法案』が可決された2005年秋。
『自己責任』や『受益者負担』のかけ声のもと、福祉政策や社会構造が激動期に突入し、患者たちの生活や将来の展望に不安が増していた。『精神』は、社会の転換期を如実に切り取る作品にもなったのだ。

監督は、ニューヨーク在住の映画作家・想田和弘。前作『選挙』に続き、ナレーション・説明・音楽一切なしで、観客が自由に考え、解釈できる作品を完成。『被写体にモザイクをかけると、偏見やタブーをかえって助長する』と考えた監督は、素顔で映画に出てくれる患者のみにカメラを向け、人間として鮮烈に描き出すことに成功した。
本作は、08年の釜山国際映画祭とドバイ国際映画祭で最優秀 ドキュメンタリー賞を、マイアミ国際映画祭で審査員特別賞を、そして香港国際映画祭で優秀ドキュメンタリー賞を受賞し、 既に4冠 を達成。ベルリン国際映画祭(09年)にも『選挙』に続き正式出品され、世界中で絶賛されている。」

 小泉政権以来、日本社会には、合理化の強い圧力が上からかけられている。終身雇用制を含む、伝統的な制度と価値観が崩壊し、それに代わって、至るところで、厳しい競争原理が導入され、日雇い派遣、派遣切りなどの問題が続出している。だが、そのような非人間的なまでの合理化の圧力に対して、元来、不合理な部分を含む人間性は、必ず反乱を起こすものだ。それは不適応や、病や、脆さ、弱さとなって現れる。今や年間の自殺者が三万人にも達している日本社会で、鬱病など心の病は誰にとっても、他人事ではなくなっており、人間の変えられない弱さ、非合理性を体現している一つの集団が、精神障害者たちであると言えよう。

 映画「精神」は、精神障害者に直接、スポットライトを当てることによって、極端な合理化の波に見舞われた現代日本社会の中で、圧迫され、行き場を失い、叫び声をあげている人間性そのものを象徴的に描き出していると言えるだろう。上映されれば必ず観に行こうと私は考えている。
 

* * *

 さて、今、日本社会だけでなく、ニッポンキリスト教界も、刻一刻と殺伐とした場所に変わりつつあるように感じられる。営利を優先した過酷な競争社会となり果てたキリスト教界は、カルト被害者を含む、数え切れない脱落者の信者を今も生んでいる。だが、人間を大切にしない、利益優先の競争原理は改められているようには見えない。

 その上、カルト対策、異端の排除等の美名に名を借りた、別種の圧力がキリスト教界に介入している。こうして、信者同士が互いに断罪し合い、互いに罪をなすりつけあい、互いの正当性を誇って、互いを滅ぼし合う殺伐とした場所がキリスト教界となりつつある。
 キリスト教界全体が、まさに血塗られた戦場のような場所へと変わりつつあるように私には感じられてならない。いくつもの対立する集団が、互いに異端のレッテルを貼り合って、互いに根絶し合うような時が間もなく来るかも知れない。すでにその兆しのように、浅はかな勧善懲悪の構図に基づいた異端バッシングと、一触即発のような緊張した空気が、各種キリスト教系のメディアに漂っているように感じられる。

 異端という言葉が独り歩きすることを私たちは十分に警戒しなければならない。異端を異端であると告発するためには、分厚い調査報告書のような、十分な論拠が必要となるだろう。異端に関する判断は決して、軽率に行われてはならず、極めて慎重に行われなければならない(だからこそ、それは本来、専門家が行うべき仕事であると私は考えるのだ)。
 だが、今日、異端を告発しているメディアのうちどれほどが、信頼するに足る十分な根拠を提出した上で、異端の教えを糾弾しているだろうか。たった2行や3行程度の短い文章で、満足な証拠の提出もないままに、長年、存続してきたどこかの教会に、あるいは誰か特定の信者に対して、異端のレッテルを貼りつけられると考えている人がもしあるとすれば、それはあまりにも軽率な考えであるだけでなく、はかりしれないほど危険な行為であると言えよう。

 私はこれまで、キリスト教界の未来が大変、危険なものになるだろうという予測を様々な形で述べて来たが、そこには教界のカルト化の危険性だけではなく、カルト対策に名を借りた異端への抑圧行為が暴走することの危険性も含まれている。すでにキリスト教メディアにおいて、カルトや異端について警告するという名目でのバッシングが暴走するきざしが見えていることを私は感じているが、この先、教界内に何らかの公式の抑圧機関、異端審問機関が生まれる可能性も、まだ完全に消えたわけではないと思っている。恐らく、このような計画は、一旦、提出された以上、たとえ考案者とは別人の手によってであっても、何度でも再燃し、いつかは実現するものだと感じざるを得ない。

 歴史を振り返っても分かることだが、社会を一元的な価値観の下に統制しようとする様々な計画は、熱狂的に統一的な秩序を夢見る者たちの粘り強い努力によって、長い時を越えて、実現されて来た。だから、キリスト教界において、やがていつか一元的な秩序と、公式の異端抑圧機関が生まれることは、不可避の結果であるように私には思われてならない。だが、そのようなものによって人間を解放することは決してできない相談であるから、もしもそのような統一的な秩序が教界内に出来上がれば、それは反人間的な制度となり、教界に属しているあらゆる信者にとっての抑圧となるだけでなく、教界に属していない、私のような、はみ出し者の信者にとっても、大きな脅威となって迫り来るだろう。

 神は人間一人ひとりに自由意志を与えられた。人間の自由は侵しがたいものであり、人間の尊厳の根底に横たわる、どんな暴力によっても取り除かれてはならないものである。人には、多様な価値観の中から自分が好むものを取って生きる自由が与えられており、たとえある信者が異端の教義を選んだとしても、神がその人から力づくで選択の自由を奪われることはない。それは神が人を創造した初めの時点から、人に内心の自由を与えておられるからである。

 従って、キリスト者がキリストに服するのは、あくまで本人の自主性によるものでなければならない。神は自主的な礼拝を喜ばれるのであって、強制された回心や、強制された礼拝は、神を喜ばせる聖なる捧げ物にはならない。キリストは十字架上の死を通して、人間を律法による罪の奴隷状態から解放した。福音の本質は自由であり、律法主義からの解放であり、強制ではなく、自主的な献身と服従である。
 神が与えられた自由を、人間に奪う資格がないことは明白である。

 ところが、昨今、この神の与えたもうた自由を人間から取り上げて、外的影響力を通して、人間の悪なる部分を矯正するために、極端な律法主義をあてはめようと叫ぶ声がキリスト教界に顕著に現れて来ているように私は思う。それは日曜礼拝の厳守というような、我々が諸教会でよく耳にしてきた比較的緩やかな教えから、モーセ律法に基づく石打刑の復活という極端に残酷な教えまで、内容は様々であるが、実に危険な傾向として観察される。
 さらに、現在のカルト対策のあり方も、これと同一線上にあると見てよいだろう。

 今、キリスト教界には目を覆いたくなるような不祥事が広がっているが、このような無秩序な混乱に飽き飽きした信者たちは、自分たちが何を望んでいるのか全く分からないままで、統一的な秩序を打ち立ててくれる強力なリーダーの登場を待ち望み、その登場を歓呼して迎えたい心境になっているのではないだろうか。教会の不祥事が一つまた一つと暴露される度に、自分の代わりに手っ取り早く悪を成敗してくれる誰かを求め、その人間に一票を投じたいとするクリスチャン大衆の欲求が、日に日に強まっているように私には思われてならない。

 大衆は「カルト対策をやってくれる誰か」を求めている。無秩序状態に終止符を打ってくれ、自分が望んでいる正義を手っ取り早く体現してくれ、散らかった机の上を自分の代わりに片付けてくれそうな誰か、面倒かつ複雑な問題に、自分に代わって着手してくれる聡明な誰か、望んでいる理想的な秩序を、早急に打ち立ててくれそうな誰かを求めているだけなのである。

 大衆は、自分自身がその問題に着手しないでいられる怠慢を確保するために、自分の代わりに働いてくれるリーダーを常に待ち望む傾向を持っている。そういう他人任せな、身勝手な期待が、これまでにもさんざん、キリスト教界において、自称預言者、自称牧師、自称カルト専門家などが活躍する土壌を作ってきたし、それこそが、いかがわしい偽牧師や偽教師の活躍を支える培養土となってきたのである。従って、カルト対策に関しても、もしもクリスチャンがそのような無責任かつ身勝手な心理だけに基づいて、リーダーを求めるならば、ろくな結果を生まないだろうことは誰しも予想できる。

 異端の教えは確かに警戒しなければならないが、異端を排除するという名目で、人の自由までが圧迫されるようなことはあってはならない。その意味で、異端の取り締まりを唱えて登場してくる「正義の味方」をも、私たちは十分に警戒し、吟味しなければならないのである。
 聖書は、クリスチャンが異端に対して力づくの闘いを挑むことで、信者を無理やり解放するようにとは教えていない。異端団体から力づくで信者を奪回したり、異端団体に対して訴訟を起こしたり、異端の教会を取り潰して、土地と財産を没収したり、異端者を火刑に処したり、異端文書を徹底的に焚書にすることによって、異端団体を地上から根絶し、ただキリスト教的な秩序に基づいた一元的な世界を残すようにとは、聖書は教えていない。

 聖書が教えているのはあくまで、異端を警戒し、異端から離れ去りなさい、ということと、罪のない者がまず先に石を投げなさい、ということである。異端に対して、私たちクリスチャンは、十分な証拠を集めた上で、平和的に警戒を呼びかけることは許されるが、それ以上に、石を投げること(つまり、裁判を起こしたり、暴力を用いたりして、異端者の生活の糧を奪ったり、異端団体を根絶したり、異端者を死に追いやるなどのこと)はクリスチャンに許されている行いではない。

 異端の教えに陥った信者は、正しい教えを信じるクリスチャンから絶縁されてしかるべきだと思うが、それ以上に迫害されるべきではない。異端者がもしも新しい宗教を開いて、そこに活動の場を見いだそうとするならば、それは止めてはならないことだと私は思う。
 だが、今日、キリスト教徒を名乗るある種の人たちには、異端者への処遇について、一線を踏み越えて、サディズムに落ちようとしている危うさが感じられるように思う。異端を静かに批判し、排除することではなく、異端を絶滅することを目的に活動している人たちがいるのではないだろうか。さらに不十分な証拠に基づいて異端のレッテル貼りが行われていることについて、私は憂慮している。

 クリスチャンの目的は異端への警戒と異端からの分離であって、異端の根絶ではない。聖書に基づいて、十分な議論を重ねた上で、異端団体と分離することが必要なのであって、十分な証拠の提出もないままで、一方的に誰かに異端のレッテルを貼って、異端者とされた人に危害を加えたり、異端団体と取っ組み合って、どちらかが勝つまで、徹底的に闘争を続けることが必要なのではない。
 そのことをよくわきまえておかなければ、クリスチャンは自分も罪人の一人に過ぎないのに、罪を犯した人間を石で撃ち殺すということを、今でも、平気でやってしまいかねないのである。しかもそれが集団的なサディズムに発展していく危険性を否定できないのである。

 あらゆるカルト団体の教えには、極端な律法主義の再来、つまり、十字架を通さない、外側からの人間の改造と浄化の試みが含まれている。だが、今日の著名なカルト対策のあり方にも、それと全く同様の危険が含まれていることに私は恐怖を覚えずにはいられないのである。
 たとえ異端の取り締まりという名目であっても、外側からの圧力によって人間を変えようとする試みは、十字架を通しての生まれ変わりという、キリスト教の教義とは相容れないものであり、キリストの与えたもうた自由を、再び律法の奴隷というくびきに取り替えることを意味する。裁きや、処罰といった強制力によって、人間性を変えようとする試みは、実際に罪を処理し、人間を変える力を持たないだけでなく、人間に与えられた自由の領域に侵入し、自由を奪い取る行為である。
 その意味で、この世の力学を用いて、カルトを抑圧・根絶しようとしているカルト対策のあり方は、まさに人間性そのものに対する脅威だと私は感じざるを得ない。

 この問題は極めて深刻であると思うので、今後も続行して訴えていかねばならないと思うが、今は、このことについて、これ以上、声を大にして訴えるのはやめて置こう。

 不思議なことに、心に平安が満ちるに連れて、キリスト教界において繰り広げられる殺伐とした事件に、私は興味を持てなくなってきた。カルト化教会の悪事を見逃すべきでないと主張する人たちは多く、私もそう考えていた一人であったが、かといって、律法主義を律法主義によって斬る試みに一体、どんな将来の希望があるというのだろうか。

 大切なのは、キリストの下さる愛と平安を私たちが十分に享受し、キリストの与えたもうた自由をしっかりと受け取り、放さず手中につかんで生きることだ。つい最近まで、私は臆病者、卑怯者になるくらいならば、勇敢に悪事を告発し、そのために命をいくつ投げ出しても惜しくないと思っていたが、クリスチャンの第一義的使命は、悪との闘いにあるのではなく、神と隣人を愛して、助け合って生きていくことにある。

 こんなことを言うと、誰かさんに早速、食ってかかられそうな気がする。
「あなたは本当に不真面目で意見がころころ変わる移り気な人なんですね、一体、あなたは誰の味方なんですか、本当に正義を望んでいるんですか、カルト被害者の心情に配慮する気持ちがあるんですか!?」
 その質問にはこう答えよう、
「ご指摘の通り、私は今、被害者の感情を全く考えていないと思います。私はこれまで自分がカルト被害者のつもりでいましたし、確かに相当の被害を受けたので、そう言うだけの根拠はあったでしょう。自分と同じ苦しみを味わった人のために、できる限りのことをしたいと願って来たことは確かです。

 けれども、私はもうこれ以上、自分を被害者とは呼べないだろうことを感じます。失望させていたらごめんなさい。冷たい人間と思われても構いません。でも、私にとって今、一番重要なのは、弱者の正義ではなく、主ご自身が何を正義とされ、何を喜ばれるかという点なのです。

 どういうわけか、私は主にあって、急に被害者ではなくなってしまったことを感じます、私は完全に贖い出され、完全に買い戻されたのです。私は完全にされ、訴えるべき被害がもうなくなったのです、ですから被害者と同じ感情を共有することができなくなってしまったのです。奪われたもののために涙し、奪われたもののために立ち上がるということができなくなったのです。虐げられた弱者の正義を訴えることに、関心がなくなったのです。なぜならば、私に与えられた恵みは完全だということを全く否定できないからなのです…」

 私の過去は変わらないが、私には嘆かなければならない被害と損失がもうなくなってしまった。嘆きも、恐れも、義憤もなく、今は、キリストの与えて下さった命の豊かさが私の心をとらえて離さない。だから、カルト、アンチカルトのどちらの陣営の訴えにもほとんど関心はないし、それを告発する作業も、しばらく脇に置いておきたい。

 こんな風にして、カルト被害者の戦線から離脱しようとしている私を、愚か者、臆病者、変節者、裏切り者、冷血漢、等々の名前で呼ぶ人があるかも知れないが、そうなっても構わない。魂に暗闇をもたらす諸々の闘争から抜け出し、命ある喜びに引き入れられたクリスチャンは幸いだと思う。

 ヨブの例を思い出してみればよい。カルト被害者の被害を何倍にもして償うことができるのは、神ご自身である。まことの裁き主、癒し主であるイエス・キリストに立ち戻る時、被害者はもはや被害者でなく、受けた被害を補って余りある祝福を受け取ることができると私は確信している。


雨の横浜へ

 先週末、居ても立っても居られないような気持ちになって、ほとんど衝動的に夜行バスを予約し、Dr.Lukeのいる横浜のKFC(Kingdom Fellowship Church)へと飛んで戻って来た。
 日曜の朝はあいにくの大雨で、歩いているうちに、持っていた荷物までずぶ濡れとなったが、午後、煙るような霧雨に包まれた港町には風情があった。

 私はキリスト教界において幾度も悲しい事件に遭遇させられ、教会に対する大きな不信感を心に抱え込んだ。教会に期待を抱いて、関わろうとしたその度毎に、私が教会から受けた被害は、より深刻かつ甚大なものへと変わっていった。受けた被害を解決するために向かった京都A教会でも、解決を得られず、ただ希望を失って教会を離れなければならなかった。そんないきさつがあったので、最後に教会を訪れてから、今までに至る約一年近くの月日の間、私はどんな信仰者の群れにも関わることなく、ただ一人で聖書を読み、祈り、考え続けた。ブログを除いては、信仰者と関わる手段は全くなかった。

 KFCの存在は二年前ほどからネットで知っていたが、訪れようという気持ちにならなかった。安全な教会を見つけ出したい、真のキリスト者と出会いたいという願いが心になかったわけではないが、同時に、教会と名のつくもの全てに対する不信感と、クリスチャンを名乗る人間に接触することへの恐れが、行動を起こすことを妨げていた。それに、群れに所属することによって、信仰が保証されるわけではないことも分かっていたので、同胞のあるなしに関わらず、とにかくまことの神への信仰に立ちたいと願ってきた。

 だが、最近、それだけでは気が済まなくなった。KFCとはどのような場所なのか、そこに主から与えられた私の兄弟姉妹がいるのかどうか、どうしても自分の目で確かめたいという思いが無視できないほどに高まった。とにかく、会わないことには、居ても立っても居られない気持ちになったのである。

 それに、少し前から、主は私のためにクリスチャンの同胞を備えて下さるという確信を祈りの中で得ていた。だから今回、実際にそのことを自分の目で確認せずにはおれなかったし、確認できたのは良いことだった。

 ネット上で聞いているだけでは、KFCの礼拝は聖霊派のスタイルにかなり近いもののように感じられる。そこで、私のように、聖霊派の礼拝につまずいた経験のある人は、それを聞いて、抵抗を覚えることがあるかも知れない。私はこれまで数々の教会をめぐり、そこで様々な賛美のスタイルを聞いてきた。それぞれの教会ごとに、賛美歌、聖歌、新聖歌、ミクタム、リビングプレイズ、等々、使われる曲に違いがあり、楽器も様々であった。だが、中でも、KFCの賛美は私が今まで聞いたことのないものだった上に、歌詞の大半が英語であり、奏楽者もいないようであったので、私には馴染みがなかったし、正直な話、奇をてらっているだけではないのかという疑いが、なかったわけではない。

 だが、重要なのはどんなスタイルが採用されているかということではなく、礼拝を捧げる人々の心である。実際に現地に身を置いてみることで、そこには心を預けても良いと思うに十分な礼拝があることを確認できた。私の教会恐怖症はほぼ完全に払拭された。

 KFCで主の恵みとして私に与えられた貴重な時間について、あまり細かく書くのはやめておこう。ただ、私のために憐れみを示して下さった全ての兄弟姉妹たちに、主からの豊かな報いがありますようにと願う。
 それに、百聞は一見にしかず。関心のある方は、それぞれ自分の目で確かめられるのが一番良いだろう。

 その日、私はDr.Lukeを教会から奪い去り、随分、長いこと、拘束してしまった。彼に横浜観光案内までさせた人は私の他にいたのだろうか。霧雨の振る中、懐かしい神戸の街を思い出させるような港街を車で通り過ぎ、私が一人では決して行くことができないだろうホームレスの町、寿町の界隈も見せてもらった。

 私はDr.Lukeに向かって、私がこれまで経験してきた、暗い、お先真っ暗な話題について沢山、語った。その上、これまで私が彼に対して持っていた疑問をも何の遠慮もなくぶつけた。それは聞かされる側からすれば、随分と荷厄介な話だったかも知れない。だが、そうして取ってもらった時間のおかげで、私の心に残っていた疑いは最後まで払拭されたし、世にはカルト化教会で起こっているような奇妙な事件をも、受け止められるクリスチャンが確かにいるのだと知った…。

 Dr.Lukeは、私の受けた印象では、キリスト教の牧者というよりも、禅寺の住職のようであった(だがそれでも真にクリスチャンである)。九州人と関西人を足して2で割った上に、ほんの少しだけ東京人のエキスを加えたような人物であり、長く関西に暮らした私にとって、抵抗感なく、話ができる人だった。(関西人は個性的な人物を愛するものだ。この表現が理解できない方は実際に自分で確かめて下さい。)

 ところで、夜行バスに関して、私には悲しい思い出が一つあった。カルト化教会で、私はそれまで7年間も親しくつきあってきた親友を失った。その友人は同じ大学出身の研究者であり、互いに海外にいた期間も含めて、数え切れない文通を交わし、生活の隅々までよく知っていた幼馴染のような間柄だった。彼はよく「大阪は我が庭」と豪語していたほどに、大阪の地理に精通しており、バイクの運転も含めて、私はこの人から色々なことを教わった。彼が学振の研究員に選ばれて、関西から東京に向かう時、私は大阪駅前の夜行バスのロータリーまでよく出発を見送りに行ったものだ。

 カルト化教会でその人と縁を切るように求められ、私は別れの挨拶も告げず、友人をいきなり捨てた。後日、それが誤りであったと分かり、さらにその友人にも、かなり以前から信頼を裏切られていたことが判明した時、二度と取り返せなくなってしまった人間の絆のために、私は泣きに泣いた…。

 最後にその親友と会ったのは、偽教会との縁を切った後、東大のキャンパスでのことだった。むっとするほど蒸し暑い空気の夏の日、会うなり、彼に向かって、私は教会での事件をとうとうとしゃべった。学生たちがカフェテリアにやって来ては、潮が引くように去って行った後、夕方になっても、私はまだ教会の事件についてしゃべり続けていた。一体、あれは何だったのか、どうして私があんな目に遭わなければならなかったのか…、当時、何も理解できておらず、ただどうどうめぐりの疑問の中をさまよっていただけだった。友人はいつものように穏やかに、ほとんど黙って私の話を聞いていた。

 夜になって、私はその友人と新宿のバス停で別れた。それまでは私が彼の出発を見送ってきたが、その時は、私が見送られる番だった。いつものようにつまらない冗談を言い合いながら、バスの到着を待った。それが親友との最後の邂逅になるとは、当時、考えてもいなかったが、帰りのバスの中で、なぜか心が痛んで、涙が溢れて止まらなかった。多分、心の奥底では、壊れた人間関係が永久に戻らないこと、私の青春時代が空宙で砕け散ったまま、完全に終わってしまったことを感じ取っていたのだろう。
 この親友とは幾度か海外にも共に行ったし、何度も神戸の港を訪れたものだ。私が関西で培った思い出そのもののような人物であった。

 親友はその後、私の論文執筆のために助力してくれたが、論文が審査に通ったことを報告して以後、連絡は途絶えた。幾度、電話をかけても、彼が受話器を取ることはもうなかった。それは昨年春のことである。今、彼がどこでどのように暮らしているのか、私は知らない。

 こうして、カルト化教会で受けた体験はあまりにも悲しいものであり、私の人生そのもの、思い出そのものをズタズタに引きちぎって行ったが、今回の横浜行きでは、そんな悲しい記憶を思い出させるようなものは何もなかった。
 横浜は美しい街だが、私の今住んでいる中国地方からはあまりに遠いので、この先、そう何度も訪れることはできないだろう。だが、それでも、今回、KFCを訪れたことで、私の信仰生活に、今までとは全く違う第二幕が開けたことを確かに感じることができた。主はやもめや、産まず女の涙を拭って下さるように、私の涙を拭って下さった。だから、もう二度と、かつてのような悲しい体験をさせられることはないだろう。今回の旅は、終わりではなく、始まりなのだ、そう感じることができた。

 今、キリスト教界の教えに疑問を感じながらも、一人ぼっちになることを恐れて、そこから抜けられないでいるクリスチャンがきっと多いだろうと思う。身体に馴染んだ礼拝や賛美のスタイルや、教会に連なる友人たちを捨て去るに忍びないと感じて、そこにとどまることを選ぶ人たちがこの先、大勢いることだろう。しかし、偶像礼拝ときっぱり縁を切り、御言葉に純粋に立ち戻り、たとえどんな孤独を味わおうとも、ただ主ご自身だけをひたすら求めて行く時に、必要の全てが兼ね備えられることを私は身を持って知った。

 一人の幼馴染を失ったが、代わりに、数え切れない魅力的な兄弟姉妹が与えられたことが分かった。この悪しき、暗い世の中にあって、星のように輝いている兄弟姉妹たちだ。父なる神から「これは私の愛する子、私はこれを喜ぶ」と呼ばれるにふさわしいクリスチャンたちだ…。
 
 絶望に泣き明かした日々も含めて、主は私が今まで辿ってきた全ての苦しみを、きっと益へと変えて下さるだろう。この信仰に立ち戻るために、一旦、余計なもの全てを焼き尽くされ、孤独の中を通され、死ぬような思いを味わう必要性があったのであれば、それで良かったのだと今は思う。

 主が今後、私の人生にどんなことを成して下さるのか、楽しみである。