忍者ブログ

私ではなくキリストⅡ(東洋からの風の便りI)

「あなたがたは、いのちの言葉を堅く持って、彼らの間で星のようにこの世に輝いている。」(ピリピ2:15)

孤独からの解放


夕暮れが近づいている。家人が旅行に出かけてしまったので、私は数日間、一人で留守番だ。 
 数ヶ月前ならば、こういう時、むなしく、心細く、手持ち無沙汰に感じていたことだろう。だが、今は不思議なほどに心が落ち着いており、解放感すら覚えている。

 私は今まで孤独が苦手だった。多分、孤独に耐えることが得意な人間は一人もこの世にいないと思うが…。
 私が1歳だった時、下に双子のきょうだいが生まれた。母は出産に備えて、私を田舎に預けた。その時、理由が分からず、突然、母から引き離された乳飲み子だった私には、以後、人から置き去りにされることへの強い恐怖心が心に芽生えた。

 その後、孤独への恐怖は、随分と、私の人生をいたずらに苛んだものだ。今まで、様々な困難に立ち向かって来た。貧乏、飢え、徹夜、過重労働、将来への不安、言われない非難や、誤解…。
 どんな苦難にも自分なりに立ち向かい、根気強く取り組んできたつもりだったが、しかし、孤独にだけは、取り組む方法がなかった。

 そこで私は結論づけた。人はあらゆる苦難に打ち勝てても、孤独にだけは、勝つことができないと。孤独は人を弱らせ、判断を狂わせるだけだと。

 そもそも私が、人生を狂わせる原因となった教会に足を踏み入れることになったのも、恐ろしいまでの孤独が原因だった。あの時、もしも余暇すらも犠牲にして、不健康な形で論文執筆に取り組んだりしていなければ、私はあの教会に近づこうという心境にはならなかったかも知れない。
 その頃、不況やら、就職難やら、博士の自殺やら、忌まわしいニュースばかりが、ひたすら私の耳に入って来ては、心を不安に陥れていた。その不安から逃れるために、私は間違った教会に足を向けたのだった。

 さらに、その教会で起きた惨事を解決するために訪れた別の教会でも、私が得た結論は、私のような不器用者には、教会の中には一切、居場所がない、ということだけであった。
 これ以上、一人ぼっちでいるのには耐えられない、何とかして信仰の友が欲しいという願いを持って、教会に足を向けても、返ってきたのは拒絶の返答だけであった。

 そこで、私は同じことがこれ以上、繰り返されるのを恐れた。たとえこの先、クリスチャンの交わりの中に入れられたとしても、また再び全てを失ってしまうのではないかという恐怖心を長い間、捨て切れなかった。
 
 先の記事に書いたように、教界によって傷つけられたある方に私が過度な支援を差し伸べたのも、恐らく、孤独に対する私の恐れが原因であっただろう。
 その方が悪かったのではない。その方との交わりを失って、孤独になることを私が恐れていたのだ。正直に言えば、傷つけられた被害者としての心情を率直に分かち合える人は、長い間、私にはその人の他にいなかったからだ。

 だが、私はこの不自然な関係をやめることにした。その方への期待や友情は今も変わらない。だが、その示し方を変えなければならないことに気づいた。一つの交わりを失うことから来る寂しさも、心にあったが、それはもはや重要なことではなかった。
 
 最近、人は孤独にだけは立ち向かう術がないという、これまでの私の人生訓が崩れつつある。身近に理解者がいなくとも、優しい言葉をかけてくれる人がいなくとも、私の苦しみに誰かが寄り添ってくれなくとも、憐れみの言葉をくれなくとも、そういう事柄によって、心がかき乱されることが極端に減って来たのだ。

 主の御約束は変わらない。主の私への愛は絶対に変わらない。どんな状況にあっても、人のいかなる態度にも、いかなる状況にも関係なく、また私自身の過失にも関係なく、私は完全なる神の完全なる御約束に信頼して良いのだということを、自然と、学ばされているような気がする。

 以下は、去年の8月19日、夢破れ、教会から傷つけられ、教会から見離され、職も、住まいも失って、無一文となり、受け入れ先もないまま、一人で大阪を去る直前に、私が書いた日記だ。(もちろん、ブログを書き始める前のことである。)

「主よ、もしあなたが私に人間らしく生きる道を与えて下さったなら、私はあがないだされた罪人として生きることを約束します。条件づけのない、一方的なあなたの恵みを、一方的に人々のもとへ届ける管となることをお約束します。ただあなたを賛美するために、あなたの御名のために残りの生涯を生きます。

 主よ、私の人生は八方塞がりとなり、生きる術がもうなくなりました。私の力で私の人生を支えることはもうできません。こんなになってからでは、もう遅すぎるかもしれません。でも私の生涯をあなたに委ねます。私が自分で成し遂げるべき仕事はもう終わりました。
 私は必要とされていません。私の存在を喜んでくれる人がこの世にはもうありません。助け手もありません。帰るべきところもありません。世は私を拒み続けました。

 主よ、あなたの無条件の憐れみを私に見せて下さい。私はもうどうやって生きれば良いか分かりません。どこに住まいを定めるべきか、どこで仕事に就くべきか、持ち物をどうすべきかすら分かりません。人生は重くて、とても重くて、背負いきれません。主よ、あなたのくびきはどこにありますか? どうすれば休ませてもらえるのですか? どこで生命の水がもらえるのですか? 天からのマナと、火と雲の柱はどこにあるのですか? どこにあなたの導きがあるのですか?

 主よ、私を荒野に導かれたのはあなたなのですか? あなたはどこにおられるのですか? 被造物に過ぎない私がどうやって自分の人生を操れるでしょう。
 主よ、あなたはどこにいますか? 答えて下さい、私はあなたを探しています。あなたの声が聞こえれば、私は従って行きます。牧者であるあなたの声を羊は待っているのです。道はどこにあるのですか? 泉はどこにあるのですか? 牧草はどこにあるのですか? どこに行けば、麗しいあなたの御姿と、御足を見ることができるのでしょう?

 この世はもういやです。このあわれみのない砂漠のような世の中ではもう生きていく力がありません。私の罪を叫びシュプレヒコールが鳴り止みません。私を殺すための十字架がそこにあります。私は自分の罪状から逃げることはできません。
 主よ、この絶体絶命の窮地から私を救えるのはあなた一人です。私の罪状が無効であることを証明できるのはあなただけです。」

 今から振り返っても、やりきれないほど、悲壮感溢れる文章である。私は神に向かって命乞いをし、もしも助けてもらえるなら、残りの人生を捧げると交換条件までつけているのだ。だが、その時、私は死に物狂いであった。神と取引しようなどという狡猾さなど持ちようがないほどに、絶望的な状態に追い詰められていた。

 その後、嵐のような紆余曲折を経て、「あなたはどこにおられるのですか?」と、私が問うた神は、実は、私の中にお住まいになっておられるという理解にようやく達した。そして完全なる主が、不完全な私の内にすでにおられるという事実をかみ締めた時、「私は主の一方的な恵みを一方的に人々に届ける管となります」とか、「残りの生涯をささげます」とか、力をこめて叫ばなくとも、すでに私は神の栄光を表わすための宮とされているという事実に安らぐことができるようになった。

 もちろん、そうなるまでに、私を助けてくれて、私に真理を指し示し、私を導いてくれた方々が幾人も存在したことは確かである。真実な福音がどこかにないかと、ネット上を目を皿のようにして、探し回っていたこともあった。そしてやっとある人々のブログの中に真実を見出したことも確かである。
 そして、その後、実際に出会うことのできたクリスチャンの愛や助けがなければ、私には今日という日は来なかったかも知れない。今、生きていたかどうかも分からないし、生きていたとしても、多分、私一人では、いまだに絶望の淵をさまよっていたことだろう。

 だから、ただ愛ゆえに、私の苦境に手を差し伸べてくれた人たちに、どんなに感謝してもし足りないことは確かである。

 だが、同時に、私は助けてくれる人に依存することなく、むしろ今、助け手という杖をふりはらって、初めて、自分の足で立ったのを感じる。今までは、人からの励ましがあるから、私は喜んで生きていくことができた。同情や、励ましや、支援が、生きる支えとなり、苦難を乗り越えるエネルギーとなった。

 だが、今は、人の助けによらず、主が生きておられるからこそ、私は全ての必要が満たされ、豊かに生きていけるのだという確信にたどり着くことができた。これから先、たとえ身近に一人の理解者も、支援者もいなくなることがあったとしても、そのことを恐れる必要はもうない、私が生きているのは、ひとえに主の恵みであり、主の力なのである。

 こうして、次の御言葉は私の上に成就した、「『だれでもかわく者は、わたしのところにきて飲むがよい。わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その腹から生ける水が川となって流れ出るであろう』。
 これは、イエスを信じる人々が受けようとしている御霊をさして言われたのである」(ヨハネ7:37-39)。

 あの恐ろしい日々、砂漠でオアシスを求めるように、私は生ける水を求めて、教会という井戸を探し回った。だが、私が辿り着いた井戸はことごとく枯れていた。そこには、乏しい一滴ほどの水を求めて、大勢の人が殺到し、私がどんなに望んでも、水を得ることはできなかった。そして私はへとへとになって、もうこれ以上、生きていられないと、神に向かって叫んだ。しかし、生ける水の源はすでに自分の中にあったのだ。その確信にしっかり立つことを学べば学ぶほど、私の渇きは癒されてゆき、孤独はもはや恐れるべき敵ではなくなった。

 人がいるから孤独を防ぐことができるのではない。主が内におられるから、人はもはや孤独ではないのだ。
PR

主は豊かに雨を降らせる


 昨日は昼から雨が降り始め、曇り空の中に緑が美しかった。

「主のおきては完全であって、魂を生きかえらせ、
 主のあかしは確かであって、無学な者を賢くする。
 主のさとしは正しくて、心を喜ばせ、
 主の戒めはまじりなくて、眼をあきらかにする」(詩篇19:7-8)

 主にあっての健全さ、というテーマについて思い巡らしているうちに、主にあっての完全さ、というテーマについても、考えさせられるようになった。聖書を読んでいると、父なる神は、御子イエスがそうであられたように、私たちクリスチャンにも、一人ひとりが完全さに到達することを望んでおられるということを随所で感じさせられる。

 だが、完全さとは、あまり聞きたくないような言葉だ。人間はあまりにも不完全な存在であり、生きているうちに完全さに達することなど、ほとんどあり得ないように思われるからだ。人はいつも心のどこかで、自分の不完全さを(神に)大目に見てもらいたいという臆病な気持ちを抱えている。

 キリスト教においては、人は霊、魂、肉の三つの要素から成り立っているとされている。
 肉は、欲望に支配され、神のおきてに従えず、神に反逆する堕落した性質を帯びている。
 魂は、肉の法則に強く支配されており、神のことを思うより、自分のことを思い、変化する人生において、絶えず感情的に翻弄されている。
 霊は、人にキリストのことを思わせ、平安の中で主のご計画を人に知らせ、神のみ教えを守るよう導く。

 聖書を読んでいると、しばしば、肉体と魂とは、まったく絶望的な性質を帯びており、信仰生活を送る上で、ただ余計な障害物でしかないように感じられる。なぜなら、人間の肉体と魂とは、何によっても支配されない気ままな自由を求め、聖霊の指揮下に入ることを嫌がり、主のおきてに絶えず反抗しようと試みるからだ。

 さらに、肉体と魂は、それほどまでにわがまま勝手でありながら、同時に、ひどく弱い。逆境にあって、自分の肉と魂が大いに苦しめられる時、人はこの弱さを否応なく思い知らされる。きっとどんなクリスチャンでも、つぶやかずにいられない時があることだろう。

 神はなぜこのような弱い、しがらみに満ちた複雑な性質を人にお与えになったのだろうか。どうして人を霊だけで創造されず、神に反逆する肉体などお与えになったのか。いっそ、肉体も魂も消失し、一足飛びに、苦しみと悩みのない世界へ引き上げてくれればよいのに…。主よ、いつまで、私はこの弱い肉体と、翻弄されやすい魂を引きずって生きなければならないのですか…。

 正直なことを言えば、かつて私は数え切れない日数、そのような愚痴の祈りを捧げてきた一人であった。私はこの反逆的な肉体と魂を抱えて、とても信仰を守り通せるように思われなかったので、この矛盾から解放されるために死を望んだほどだった。だが、そのように祈っていたのは、私がまだまだ、主にあっての恵みの豊かさを知らなかったためだった。

 人が十字架を信じて救われ、聖霊に従って、落ち着いて、健やかに、人生の歩みを進めていく時、それまではただ信仰に敵対するものであり、厄介な重荷のように感じられるだけであった肉と魂が、驚くべきことに、健全なものへと変えられ、限りなく、あるべき姿へと近づいて行くということが起こる。

 それは、人の肉体の弱さや、心の悩み苦しみが全くなくなるという意味ではない。たとえ悩み苦しみが終わらなかったとしても、主に従って歩む時、人の肉体と魂は、それまでのような病や死の法則性から解放されて(完全にというわけではないが)、限りなく、あるべき健全な姿へと近づいていくのだ。

 すなわち、魂は悩み苦しみにきりきり舞いさせられる状態から解放されて、安らぎを得、心は悲嘆にくれるのでなく、喜びを得、身体にも、日々、新たな命がもたらされるようになる。
 確かに、人が寿命を超えて生き延びることはできないので、肉体が病と死そのものから全く解放されるわけではないが、人が御言葉に従い、聖霊に導かれて歩む時、地上にあって与えられている日数を、限りなく健やかに生きることが可能となるのだ。教養のあるなしに関わらず、知識が増し加わり、物事に対する適切な洞察が与えられる。それまでのように、出来事に翻弄されることが少なくなり、身も心も、平安の中に落ち着いて、健やかな暮しを営むことが可能になっていく。

 その時、私たちはただ霊だけで神を礼拝するのでなく、全身全霊で、神を礼拝することが可能となる。つまり、魂も、心も、感情も、知識も、手足も、肉体も、自分の全てによって、神を礼拝することが可能となる。人を構成する全ての部分が、聖霊の指揮の下で、神に賛美を捧げるために特別編成された、優秀なオーケストラのようになっていくのだ。
 こうして、霊の指揮下に入った時、以前には呪われた障害物のようにしか思われなかった肉と魂さえ、はるかに生き生きと、健康に、あるべき姿で生かされるようになることを私たちは知る。こうして、その人の全存在から喜びが溢れ、ほとばしり出るようになる。その人の存在そのものが全体として、何一つ欠けることのなく、神の栄光を表わすモデルとなっていくのだ。

 それが、人が神の神殿となるということの意味だと私は思う。このように生きているクリスチャンを見た時、信仰を持たない世間の人々でさえ、そこに命の豊かさがあることを感じ、その人がいかに神から愛されているかを感じずにいられないだろう。

「わが魂よ、おまえの平安に帰るがよい。
 主は豊かにおまえをあしらわれたからである。
 あなたはわたしの魂を死から、わたしの目を涙から、
 わたしの足をつまずきから助け出されました。
 わたしは生ける者の地で、主のみ前に歩みます。」(詩篇116:7-9)

 主のおきてに背くことによって、魂の暗闇と、涙の川を経験することがもしなかったならば、私はこのような聖句の意味を一生、理解できなかったかも知れない。神への反逆は人を命の法則から引き出し、死をもたらすが、神への従順は、人を命の法則の中へと引き戻し、豊かな命溢れる生活を与えるのだ。その命とは、肉体と魂を新生させる命でもあるのだ。

 「キリスト・イエスにあずかるバプテスマを受けたわたしたちは、
 彼の死にあずかるバプテスマを受けたのである。
 すなわち、わたしたちは、その死にあずかるバプテスマによって、
 彼と共に葬られたのである。
 それは、キリストが父の栄光によって、死人の中からよみがえらされたように、
 わたしたちもまた、新しいいのちに生きるためである。<…>
 もしわたしたちが、キリストと共に死んだなら、また彼と共に生きることを信じる。」
 (ローマ6:3-8)

 私たちは信仰を守りぬくために、障害物となりかねない肉や、感情を、次々、自分から排除していかなければならないのだろうか? 日々、自分の肉体と魂を十字架につけて、再び死ななければならないのだろうか? いや、そうではない。私たちはバプテスマを受けた時、すでに全体として、死んだのである。その時、私たちの肉と魂も、十字架につけられてキリスト共に死んだのである。

 そうである以上、私たちが日々、しなければならないことは、私たちはすでに死んだのであり、今はキリスト共に生きているということを思い出すことである。

 すでに神の幕屋となっているものを再び滅ぼすことはできない。だから、私たちは目を皿のようにして自分の中に信仰にそぐわない性質を探し出しては、悪なる性質を最後まで根絶しようと躍起にならなくても良いのだ。自分がすでにキリストによって新生しており、キリストにあって命の豊かさを約束されていることにただ思いを馳せれば良いのである。

 ただし、そうは言っても、もちろんのこと、キリストの指揮の下で、聖霊の指揮下で、生きていくことは忘れないようにしなければならない。指揮者の指示に従わず、楽譜を無視し、各成員が思うがままに滅茶苦茶な演奏を繰り広げるようなオーケストラには、混乱があるだけであり、そのような形で人生を送るならば、私たちは罪の状態に逆戻りしてしまうだろう。だが、指揮者としてのイエスに常に目を向け、その御言葉を守るならば、私たちは自分の肉や魂も含めて、自分の全存在によって、素晴らしいオーケストラを奏でることができるようになると信じて良いのだ。

 もしも現時点で、完成に達していないパーツを一つひとつ放り出して行ったならば、神の幕屋としての私たちの中には何も残らなくなるだろう。だから、たとえ信仰生活を歩む上で、色々な失敗が積み重なったとしても、私たちは神の幕屋としての自分自身を幾度も罪に定めて、不完全なもの一切を除去しようとして、自分を切り刻んだりすべきではない。間違えたり、調子はずれな音を出してしまった時は、ただ、誤りを率直に認め、御言葉に戻り、指揮者を見上げ、イエスのタクトにもう一度、自分を任せるだけで良いのである。

「このように、あなたがた自身も、罪に対して死んだ者であり、キリスト・イエスにあって神に生きている者であることを、認むべきである。」(ローマ6:11)

 私たちはすでに罪に対して死んでおり、神に生きている。何と嬉しい、勇気づけられる言葉ではないだろうか。私たちは、罪を除去するために、自分のあら探しをもうしなくて良いのだ。神の神殿としての私たちは、イエスの指揮下で、調和の取れた、美しい音楽を奏でられるようになり、それによって、神に栄光を帰することができるようになると信じて良いのだ。私たちは主にあっての喜びと命の豊かさを存分に受け取り、味わうことができるようになるのだ。

 昨日は雨であったので、次の御言葉でしめくくろう。

「シオンの子らよ、
 あなたがたの神、主によって喜び楽しめ。
 主はあなたがたを義とするために秋の雨を賜い、
 またあなたがたのために豊かに雨を降らせ、
 前のように、秋の雨と春の雨とを降らせられる。」(ヨエル2:23)

 雨は旱魃を防ぎ、豊かな収穫をもたらすために不可欠なものである。主が雨を降らせるとは、神がご自身の犠牲によって義とされた私たちのために、人生に実りをもたらすに必要な全てを備えて下さるということである。
 主が私たちのために豊かに雨を降らせて下さる。だから、私たちは自分の人生を大いに喜び、楽しんで良いのだ。

高梁川にかかる橋


義務感からの解放

「人を愛さなければならない」、「弱者を救済せねばならない」という強迫観念にとりつかれると、私たちの人生は大変な混乱に陥る危険性がある。

隣人愛が、強迫観念に変わるとは、何とも予想しがたいことだが、クリスチャンの中には案外、そういう転倒に陥る人が多い。
ジョン・ウェスレーが名だたる悪妻と結婚してしまったのも、隣人愛を、依存関係と取り違えたからなのではないだろうかと私は想像している。

なぜそのように思うかと言えば、かく言う私も弱者救済という強迫反復の心理に支配されて生きていた人間の一人なので、きっとそうに違いないと直感するだけの理由があるのだ。

また、私の研究領域だったロシアには、そういう事例が満ち溢れていた。私が最後の論文の中で強調して書いたことなのだが、特に19世紀のロシアでは、「弱者を救済せねばならない」という強迫観念に、ほとんど一人の例外もなく、知識人全体が追い立てられていたのだった。

虐げられた民衆を救済するために「何をなすべきか」("Что делать?")という問いかけが、宗教人、学者、政治家、革命家を問わず、インテリゲンツィヤ(知識人)の間でこだまのように鳴り響いていたのが19世紀-20世紀初頭のロシアであった。そのことは当時の書物を読めば、誰でも感じ取れる。民衆の救済、民衆の解放というテーマが、知識人の共通課題となり、弱者たる民衆を何とかして解放せねばならないという、強迫的な心理に、知識人がこぞって追い立てられていたからこそ、ロシアは革命運動の温床となっていったのである。

だが、隣人を愛するとは、隣人を自力で救済しようとすることではない。
それなのに、弱者に対する思い入れが強すぎる人は、弱さを抱えている人を見ると、放っておけず、自分が助けてやらねばならないと思って、自分の力で相手を解放しようと試みて、かえって相手を自分に依存させる不健全な関係に落ち込んでいくことが多い。

「弱者を見捨てるのは人間としてあるまじき行為だ」という義務感、もしくは、不正への憤り、何らかの心の負い目が、弱者に過度な支援を差し伸べる理由となり、それが「救済」という名目での不健全な相互依存関係を生んでいくのだ。

愛は自発的な感情であり、義務感からは生まれようがない。さらに、終りまでサタンの支配下にあって、あらゆる不条理がはびこることを運命づけられているこの世では、人間には人間をくびきから解放する力はもともと備わっていない。

なのに、隣人愛、弱者救済を旗印に掲げ、弱者の解放を義務として遂行しようとする人たちがいるが、そのような人たちの救済活動の裏には、それによって、自分の心の負い目を解消しようとする、達成不可能な願望が潜んでいる。

私は心理学の専門家ではないのに、なぜこのような話をするのかと言えば、それは、かく言う私も、この種の不健全な心理によって、相当、人生を狂わされてきたためなのだ。私の中には、長い間、何が健全で、何が不健全か、という判断の物差しはなく、「何をなすべきか」という課題だけがあった。キリスト教界に所属したために、隣人愛への義務感はより一層強まり、私もまるでロシアのインテリゲンツィヤのように、「弱者を助けねばならない」という義務感に突き動かされ、人生の大切な時期をむなしい救済運動に費やすはめになってしまったのである。

そこで、過去の大失敗に鑑みて、今、意識的に、不健全なものを捨てる訓練を開始することに決めた。人との関係を築く時、あえて自分にこのように問うことにしたのだ。

「私たちのこの関係は、人から見て、健康で、微笑ましく、できるなら自分もそこに加わりたいと、自然に思えるような、自由で、魅力的なものだろうか? それとも、不自然で、無理が多く、普通の人にはとても真似できないような犠牲を伴う、困難で、悲劇的な関係に見えるだろうか?」

先ず真っ先に、思い浮かんだのは、キリスト教界で深刻な被害を受けられたある方との関わりであった。その方が、長年に渡り、教会でひどい被害を受けられたお話を、私は直接、本人の口から聞いていた。それがあまりに痛ましい体験であり、私たちの間には多くの共通点があったので、できる限り、信仰の同志として、問題の解決に助力したいと考えてきた。

だが、その方との関係は、いつも何かが変であった。どうにも、私が一方的に支援するだけのように感じられることが多かった。私が本当に苦しんでいた時、その方が私のために、何か具体的な犠牲を払おうとしてくれただろうか? 私たちの間に、隠し立てのない、信頼できる交わりがあっただろうか? 答えは否だった。

そこで、この方のことは、一切、主にお任せして、私は関わりから、身を引くべきだと分かった。たとえどんなに切羽詰った窮状に置かれている人を目の前にしたとしても、主によって与えられた自由を、依存関係と取り替えることはできない。

こうして、今まで自分を苦しめてきた「(弱者のために)何をなすべきか」という強迫的な問いかけを、私は人生から一切、投げ捨てることにした。「人を愛さねばならない」とか、「弱者を助けねばならない」というスローガンは、一見、聖書的で、もっともらしく聞こえるが、自主性に基づかないのでは、まるで意味がない。義務や強制によって愛を生み出すことは、不可能である。

愛とは、具体的な助けを差し伸べることだけを意味しない。愛を表わすには様々な形がある。そしてクリスチャンが隣人に示せる、愛に基づいた最高の支援の形は、次の通りだと私は思っている。

「金銀はわたしには無い。しかし、わたしにあるものをあげよう。ナザレ人イエス・キリストの名によって歩きなさい。」(使徒3:6)

ペテロとヨハネのこの言葉は、生まれつき足のきかなかった男の足腰を強め、彼を躍り上がるようにして、立ち上がらせた。

これは、ただ、ある男の足腰が癒されたという奇跡の物語であるだけでなく、象徴的な意味で解釈が可能だ。

すなわち、自分の足で歩くとは、自立することを指す。

イエスは、38年間、寝たきり同然だった人の病を癒して言った、「起きて、あなたの床を取りあげ、そして歩きなさい」(ヨハネ5:8)。イエスの言葉によって、病人は立ち上がった、すなわち、御言葉を聞いて、彼はただちに「自立した」のだ。

また、イエスは盲人の目をいやされることによって、盲人に光を与え、彼を自立させた。
「わたしは、この世にいる間は、世の光である」(ヨハネ9:4)と言われたイエスは、その言葉をただ象徴として発したのでなく、盲人にとっての正真正銘の光となられたのである。

イエスは言われた、「わたしがこの世にきたのは、さばくためである。すなわち、見えない人たちが見えるようになり、見える人たちが見えないようになるためである」(ヨハネ9:39)。

自分が病んでおり、自立できておらず、他人に依存せねば生活できない弱さを抱え、悪循環にとらわれたむなしい人生を送っていることを自覚して、その病や弱さ、不健全さ、悪循環を主の御許に携えてやって来た人たちを、イエスは、瞬時に解放し、彼らを自立させた。

他方で、自分が病んでいることを決して認めようとせず、いつも自分の力に頼って自分を解放しようと試みている人たちに対して、主は、「見える人たちが見えないようになる」と厳しい未来を宣告された。

今日、「日本斬り捨て協会」というような名前を持つおかしな集団社会に目を向ければ、そこでは、「私は誰よりも正しく物事が見える」と豪語している人たちが、まるで盲目のように、くもの巣のごとく癒着した人間関係に足を取られ、互いに足を引っ張り合いながら、暗闇に沈んで行く様を誰でも観察できるだろう。

聖書には、弱者救済の方法がきちんと書いてあるのに、なぜそれとは異なる方法論を試そうとする人がクリスチャンの中にこれほどまでに多いのだろうか。大宣教命令を口実にして、毎年のように、全人類の救済のために、新たに打ち出される各種のプログラム、新しいイベント、終わりなき興行の不気味さ…。収穫どころか、犠牲ばかりをもたらし続けているリバイバル運動の不可解さ…。

まるで知識人の誰も彼もが、「ナロート(民衆)」を解放せねばならないと、口角泡を飛ばして議論を重ねた19世紀-20世紀初頭のロシアさながらの風景がそこに広がっているのではあるまいか。全人類の救済という強迫観念にとりつかれた前途ある青年たちが、人類救済のためのプログラムとしての革命運動に人生を飲み込まれ、地下活動のために率先して命を失ったり、あるいは貴重な人生を逮捕と流刑のうちに失って行った、約1世紀以上前のかの国と同じ風景を私はそこに見出さずにいられないのである。

彼らを突き動かしているのは、隣人愛ではなく、全人類を救済せねばならないという強迫観念である。

私たちが自分の弱さに対してなすべきことは、弱さを自力で解決しようと試行錯誤を重ねることでなく、弱さを主の御許に携えていくことだ。同様に、私たちが他の弱者に対してなすべきことは、弱者の人生を解放しようとして、力を振り絞って活動することではない。革命運動やら、市民運動やら、裁判やら、霊の戦いやら、トランスフォーメーションやら、あらゆる種類の救済活動を起こすことによって、自分の力で弱者を解放しようと、闘争を繰り広げ、解放運動に身を捧げることが必要なのではない。

本当に、弱者を解放したいならば、主に働いていただくために、私たちは自分の力を使わず、謙虚に後ろに引き下がるべきなのだ。そして、「ナザレ人、イエス・キリスト」の名によって、弱者が真に解放されて、自分の足で立ち上がり、喜びに飛び跳ねて、主を賛美する時を待つべきなのだ。

人は人を解放できない。御言葉なるイエスが生きて働かれる時にこそ、人はあらゆる不健全な依存から解放され、自立することができるのだ。


引越しの予告

今夜は近くの天然温泉に母と共に行って来た。
おかげで休養を取れ、眼精疲労もかなりましになったように思う。昔から私は斜視ゆえに視力が悪かったのだが、最近は、本を広げても、15分とページを見つめていられないほどに疲れが出て来るようになった。

ただ疲れが出て来るせいだけではない。以前にはあれほど面白いと思った小説に関心がなくなった。フィクションの世界に思いを巡らせるよりも、御言葉のリアリティの中に浸っていたいと思うようになったからだ。

最近、主の憐れみと恵みにより、我が家には平和が訪れた。新たにキリスト者となった者がいるわけでなく、偽教会で起こった事件を語ることもできないし、信仰の話を分かちあえる人がいるわけでもないのだが、少なくとも、以前にあったような裁き合いはまるで起こっていない。

静かな湖面のように、穏やかで、何気ない日常が続いている。これは主の御恵みであり、また祈りのおかげだと感謝しています。

先日、店でかかっている音楽を聴いて、おやと思った。
「これって、KFCで使っていた賛美と同じ曲じゃない…?」
母が言った、「知らなかったの、ヒルソング、一時期、流行したでしょう?」
そうか…。随分前から、私は店でかかっているヒルソングを知らずに聴いていたのだ。

我が家には、キリスト教界を席巻したあらゆる書物や音楽CDが大量に保存されている。書棚をのぞけば、聖霊派の信徒が教科書のように読んだ本がいくらでも見つかるし、リバイバルソングのCDもきっちり棚にそろっている。だが、約10年間、教会に幻滅してキリスト教界から遠ざかっていた私には、その間の流行に関する知識が全く抜けている。どうやら、私よりも母の方がはるかに教界の動向に精通しているようだ。

私は生まれてこの方、携帯電話を一度も持ったことがなく、外出しても腕時計をはめず(時間に拘束されるのが嫌いだからであるが)、TVも見ない、新聞も読まない、流行の音楽も聴かない、そんな人間であると白状したら、驚かれるかも知れない。好まないものを排除した結果、そうなったのだが、これでは、現代の化石と呼ばれても仕方ないだろう(化石からはほど遠い若さなので、これはもちろん冗談ではあるが…)。

その上、幼い頃から通って来た教会のすべてが誤っていることが理解できて後、約1年間、ショックのため、世間一般の動向から完全に遠ざかった。そんないきさつがあって、私には、さらにその頃の世間の誰もが知っている出来事の記憶がないかも知れない。だが、ニュースなど、さほど重要ではない、永遠に変わらない御言葉に比べれば…。

さて、話を戻せば、我が家に平和が訪れて、約1ヶ月ほどが過ぎた。
平和になって、心が落ち着いたかと言うと、そうではない。ますます、主に連なる兄弟姉妹を近くに得られないことから来る孤独感が高まった。

聞けば、ある兄弟もやはり家庭でキリスト者として孤立し、信仰の友を近くに得られずに苦しんでいるようだし、以前、親しかったある姉妹はと言うと、生活のために過重労働を強いられて、とても交わりを持つどころではないらしい。

たとえ周りで穏やかな日が続いても、心の深いところで何よりも求めているものが見いだせないことから来る孤独感は埋まらない。

だから、日々、祈らずにいられない。
主よ、あなたの名において歩む全ての兄弟姉妹に、あなたの名において集まる機会をどうぞお与え下さい。世の光としてのクリスチャンを孤立したままに置かれないで下さい。あなたを共に賛美し、あなたに栄光を帰し、共に愛を示し仕えることのできる兄弟姉妹と会う機会をどうか与えて下さい、と。

さて、このブログは読者の皆様の参加のおかげで随分、有益な議論の場にすることができた。しかし、今、私の中で、一つの時代が終わったように感じられるため、この記事を最後に、もう一度、場所を改めることにしたい。

私は完全な人間として、真理を完全に把握している人間として記事を書いているつもりは少しもない。学術論文ならば、誤りは決してあってはならないが、キリスト者の歩みは、それとは違う。不完全な者が、キリストを求め、真理を求め、時に、苦しみ、迷い、道を誤りながらも、倒されてもまた起き上がって、歩んでいく過程が、信仰の歩みだ。

だから、この拙い文章から、ただ私の弱さ、足りなさ、不完全さを見るのではなく、そのように不完全さを持つ一人の人間を、キリストの強さがどのように覆い、キリストの義、キリストの憐れみによってどのようにその人が生かされて行ったかという事実を見つめてもらえれば嬉しく思う。

さて、このブログ執筆中に起こった変化の中でも、最大の変化(恵み)が一つある。それは私が、ニッポンキリスト教界から受けたひどい仕打ちに対する怒りから解放されたことだった。

幼い頃から通い続けた教会が、真理に立つどころか、大きな偽りの体系の一部であったことを知ったことの衝撃は大きい。キリスト教界では、今も私の遭遇した事件に勝るとも劣らない悲惨な事件によって、カルト被害者と呼ばれる人々が次々生まれており、このブログを書いている途中まで、私も、そのような出来事はあってはならず、彼らを助けねばならないと考えていた。

ところが、ブログを書いている途中で、私には変化が起こった。

それまで私をキリスト教界の告発へと突き動かしていた動機―義憤―が消えてなくなったのだ。それは、ひとえに主の憐れみによって、私の悲しみが癒されたのだが、それだけに終わらなかった。

私が自分の中で最も正しいと思っていたもの、不正や悪事に対する一人の人間としての全うな憤りすら、キリストの御前に焼き尽くされたのだった。だが、これは、悪を悪と感じなくなることとは違う。正義を曲げ、嘘や、虐げや、不真実を喜んでいる人たちの仲間入りすることとも全く違う。

それは、悪事を犯している人々に対する未練や、関心がもはや消え去ったということである。彼らに何としてもこちらを振り向いてもらい、私に対して犯した罪を償い、反省してもらわなければ気が済まない、といった憤りが全くなくなった、ということである。

確かに、忌々しい事件は、忌々しいものであり、あるまじき事件は、あるまじき事件なのである。悪事は悪事であって、悪事を犯した人々は、いずれ神の御前で裁きを受ける日に、確かにその罪を問われることであろう。そういった出来事の重さは何ら変わらないのである。

しかし、私は、もはや彼らと関係なく、神の新しい命によって、全く異なる領域を生きて行きなさい、と言われているように思う。もしそのような人々と道で出会ったとしても、過去の出来事に対する憤りゆえに、彼らを引き留めて、昔の出来事を正したり、非難するということはないであろう。もう彼らと私とは十字架によって隔てられ、関係ない世界に住んでいる。過去に対する心のこだわりや、義憤から生じる悪事に対する憤りが、十字架を経て、完全に消え去って行ったのである。

だから、言えるのは、たとえ想像を絶するような苦しみを体験したとしても、神は人の心を新たに生かすことができるということだ。神は信じる者に新しい霊を与え、新しい心を与え、生まれてこの方、一度も、傷を受けたことがないかのように、健康な命、健全な心によって、信者を生かすことができる。

だから、改めて言いたい、私たちは決して、自分を迫害する者を憎んではいけないと、両親を憎んではいけない、兄弟を憎んではいけない、信仰の友だった者を憎んではいけないと、自分自身で裁きを行おうとしてはいけないし、敵と思われる全ての人を、主にあって赦すべきなのだと…。

むろん、そんなことは自分の力では誰もできはしない。だから、そんなきれいごとは言わないでくれと言われるかも知れない。私にもそのことは分かっている。だが、自分ではできない、だからこそ、私たちはしばしば叫びながら、燃える炉のような試練の只中を通らされるのだ。しかし、その試練の只中で、「私の義ではなく、主よ、あなたの義だけが成りますように!」と願う心さえあれば、私たちの心にある不要なものは、神が焼き尽くし、切り落として下さる。

今、この記事は、この引越し予告を書いてからだいぶ経って加筆しているのだが、筆者は改めてこう言いたい。

どんなことについても、被害者のままでいないで欲しい。神はいつまでも人が過去のことにこだわり、打ちひしがれて、悲しみながら生きて行くことを願っておられない。

神は、神に願い求める人に誰でも新しい心と新しい霊をお与え下さることができる。神はその人をキリストにある新しい人格として生かし、それまでの人生と違った新しい人生を送らせることができる。だから、たとえ全世界がスクラムを組んで、あなたを迫害し、あなたを執拗に追い詰め、あなたの嫌がることをひたすらやり続け、あなたの敵と化したとしても、地獄の軍勢によってもたらされたそのすべての敵意と憎しみを超えて余りあるだけの愛、善良さ、喜び、健やかな命を、しかも、満ち満ちた命の豊かさを、キリストはあなたの心に流し込み、あなたの人生にお与え下さることができる。

キリスト者に与えられる救いは、いきなり人生が劇的に変わって突然、夢のように贅沢な生活を送るようになった、といったものではないかも知れないが、神は最後まであなたと共にいて、どんな時にも、あなたに必要な助けとなって下さり、あなたが試練を乗り越え、健康で豊かに生きるために必要なすべてを供給して下さることができる。
 
だから、たとえ悪魔が吠え猛るししのように咆哮をあげていても、天にはいつも静けさがあって、信じる者はそこに座して主を喜ぶことが可能なのだと筆者は信じているし、また、その平安と静けさに生きることの意味をますます知りたいと願っている。

このブログを終了するに当たり、私ははっきりと宣言しておきたい、私を傷つけた人々を私は主の御名において赦すと。この言葉の裏に、私の絶叫のような、心引き裂かれる痛みがあることを忘れないで欲しい。しかし、私は自分の感情にではなく、主の御言葉に従って生きるために、このことを宣言する。だから、私に対して罪を犯した人は、主にあって赦されることを先ず何よりも考えて欲しい、たとえ私に対して何もできなかったしても、負い目を感じる必要はない。

ただし、聖霊を穢す罪は許されない、と聖書にあるように、人を傷つけることは赦されても、神の霊に対して一線を超えた冒涜を犯すと、信者には後戻りできなくなる危険があることは断っておきたい。

これは世人に対する警告ではなく、クリスチャンを名乗っている者に対する警告である。

人間を冒涜する罪は赦されるであろうが、もしもその人の背後に神の聖霊の力強い働きがある時には、その証を冒涜することは、神の霊を冒涜することにつながりかねない危険性があることを覚えて欲しい。こうした罪を犯した人には、神自らがその人から悔い改めのチャンスを奪って彼らの心を頑なにされ、悪魔に引き渡される、ということも起こり得るのだ。
 
あざけりは愚かさの表れである、と私は思っている。私たちは迷いの最中にある人、誤った道を歩いている人、真理を知らない人をあざけらないように気をつけねばならない。たとえある人々は、キリスト教界以上に真理を知っていたとしても、だからと言って、その知識を弱い人々の前で誇るべきではない。ニッポンキリスト教界に属している人々をあざけったり、カルト被害者をあざけったり、偽牧師、偽教師に対して裁判を起こした人々をあざけったりすることは間違いである。誤謬の道を歩んでいる人々には、神がふさわしい裁きをされるであろう。

クリスチャンは、ただすべての人が十字架を信じ、命と喜びに引き入れられて欲しいと願うべきであり、真理を知らず、自分よりも無知な人生を送っているように見える人を馬鹿にしたりすべきではない。私も昔は随分、人に対する軽蔑の感情を持っていたが、今はあらゆる軽蔑、嘲笑は主から来たものではないと確信している。高ぶりは滅びに先立つことを人は知るべきである。

さて、場所を改めて、キリスト教界の動向についての分析をこの先も続けたいと思っているが、それはただまことの光であられるイエス・キリストの栄光のために、真理でないものの正体をはっきりさせたいという気持ちから行うつもりである。

数日程度、休みを取ります。その後、新しいアドレスをここに書きます。
では、皆さん、お元気で!


石を投げる時、石を拾う時

 大学時代、ゼミである小説を読んでいた時、次の言葉が出て来たのを思い出す。
"Время поднимать камень и время бросать его"。(石を拾う時、石を投げる時)
 読んだ時はただ意味不明な言葉として通り過ぎただけだった。

 これについて、お師匠様(ゼミの教授)が後でこっそり教えてくれた。
 「石を拾う時って、伝道の書にあるでしょ?
 人にはね、石を投げる時と、拾う時とがあるんだよ」

 その当時、私は教会に幻滅して信仰を離れていた。だから、聖書はただの積読本となって家で埃をかぶっており、それが伝道の書からの引用であることさえ私は知らなかった。だが、師匠のこの言葉が胸に痛かったのを覚えている。

 石を投げる時。
 それは私たちが人を責める時のことだ。

 クリスチャンならば誰でも知っている、聖書のあの有名な場面。
 姦通の現場で捕らえられた女が、公衆の面前に引きずり出されて来て、律法に基づいて、ユダヤ人たちに石打にされそうになる場面。

 どうして女性だけが捕らえられたのだろうか。男は一体、どこへ逃げたのか。
 恐らく、女は密会の現場で、計画的に捕らえられたのであろう。着る物もとりあえず惨めな姿で引き出されて来たのかも知れない。聖書の記述によれば、女が捕らえられたこと自体が、「イエスをためして、訴える口実を得るためであった」(ヨハネ8:6)、つまり、イエスを陥れるための罠だった。だから、すべてが計画ずくだったものと想像できる。

 多分、女が逢引きの現場に向かうところを、律法学者、パリサイ人の手先が跡をつけ、物陰から密かに様子を伺って、現行犯逮捕するようにして、捕まえてきたのではないだろうか。

 密会だとか、姦通だとか聞けば、私たちはセンセーショナルなイメージを抱きがちだが、案外、そこには同情に値する、ロミオとジュリエットのような悲劇があったのかも知れない。幼い頃から、結婚を誓い合っていた若い男女が、家の事情やら、何かのいきさつのために、泣く泣く別れさせられ、男が徴兵されているうちに、女性だけが好きでもない老人のような別の男に嫁がされたのだとか。
 もしも映画化すれば、引きずり出された女性の側に誰もがほろりと同情してしまうような、そんな筋書きをつい想像してしまうことがある。

 どんな事情があったのかは不明だが、とにかく姦通罪は当時、律法に照らし合わせれば死罪、石打の刑に相当した。一説によれば、石打の刑とは、定められたやり方を実行に移すと、死ぬまでに20~30分はかかる、最も残酷な刑だったという。

 群集は、女が引きずり出されてきたこと自体が、イエスを陥れるための策謀であったとは知らなかった。恐らく、日頃からのうっぷん晴らしができる材料が出来たことに大喜びで、女を取り囲み、好奇心をもってじろじろ眺め、できるなら石を打ちつけようと、じりじり待ち構えていたのかも知れない。

 イエスの言葉がもしもなければ、殺気立った群集は、罪を犯した者を大喜びで死ぬまで打ち続けたかも知れない。
 だが、狡知とも言えるような見事な主の言葉が、群集を正気にかえらせ、なおかつ、律法学者、パリサイ人の卑劣な罠を打ち破った。

 律法学者、パリサイ人たちは、イエスが律法を守る側、すなわち女を殺す側に回っていれば、彼が自分達に屈服して仲間となった(すなわち律法の守り手となった)と認めたであろう。だがもし、イエスが律法を無視するように群集に命じたならば、その言質をとって、イエスを律法の違反者として捕らえる手はずであった。
 どちらに転んでも、律法学者、パリサイ人の筋書き通りになるはずであった。彼らは、一人の女の命を材料にして、イエスを罠にかけようと企んだのである。
 だが、イエスは彼らの予想に反して、どちらの選択もしなかった。いや、どちらをも選択したのである。律法を守り、同時に、律法を超越し、女の罪を認めながら、同時に、女の命を救ったのである。

 ああ、私たちは一体どのくらいの信仰生活を積めば、イエスのような答えに達することができるのだろうか、と、思わずため息つきたくなってしまう。
 人間はいつも二つのものの間で愚かに争い、引き裂かれ、対立しながら生きている。二つの対立する陣営があれば、私たちはいつもどちらに味方するかという単純な発想しか持つことができない。そして、それぞれの掲げる正義に心引かれ、相別れて争い、正義のイデオロギーのために命をかけると豪語して、殺し合いまで行い、和解と命をもたらす十字架には目もくれようとしない。
 もしも私たちが血まみれの戦場になった地平から目を上げれば、そこに主がおられ、すべての対立の終わりと、和解が用意されているというのに、生まれながらの人間にはそれが見えないのだ…。

 石を投げる時。
 それは私たちが自分の罪を忘れ、自分の義を振りかざして、自分よりも弱い、劣った、罪ある人間に対して優位性を誇り、罪人を裁くために、力をこめて拳を振り上げる時のことだ。

 対して、石を拾う時。
 聖書には、石を拾う時について劇的な物語の記述はない。ただ伝道の書3章5節にそれらしき言葉がある。
「石を投げるに時があり、石を集めるに時があり」

 これを、投げた石を拾う時であると詩的に解釈するなら、それに相当する場面はいくつか思い浮かぶ。
 ステパノを意気揚々と石で打ち殺すことに加わったパウロが、その後、ダマスコ途上で主に出会って、盲目となり、自分の犯した罪を思い知らされて愕然とした時。それはパウロにとって、自分が投げた石を拾う時ではなかっただろうか?

 戦場でウリヤを殺すことによって、バテシェバを奪ったダビデが、生まれるはずだった赤子を失って、悲嘆に暮れた瞬間も、やはり彼にとって、石を拾う時だったのではないだろうか。
 虐げられたヘブル人をかばうために、エジプト人を殺したモーセが、ヘブル人から逆に殺人者と罵られ、恐れと失意のうちにミデヤンの地に逃げた時も、やはり石を拾う時だったのではないだろうか。

 聖書は言う、罪のない者がまず先に石を投げなさいと。
 罪ある私たちが、罪ある他人に向かって石を投げれば、必ずそれが自分に跳ね返って来て、投げた石を拾わねばならない時が来る。

 裁判員制度に対して多くの人が恐れを抱くのは、そういう事情あってのことだろう。
 「私には人を裁く資格がない」という、本能的とも言える良心の声を、それぞれの人が心に持っている。クリスチャンであるか否かに関わらず、人は自分が義人でなく、他人を裁く資格を持たない、誤りやすい人間の一人に過ぎないことを誰しもどこかで感じているものだ。人を裁き、罪に定める行為が恐ろしいものであること、あまりにも重い責任が伴うものであること、それがいつか自分自身に対する裁きとなって跳ね返って来ることを、因果応報の考え方を強く持っている日本人は、無意識のうちに、感じ取っているのかも知れない。

 群集は扇動されやすく、集団的なサディズムに陥りやすい性質を持つ一方で、人を裁くことへの良心のブレーキをも心に持っている。理解できないものは裁けない。理解できない以上、裁きたくない。裁けない以上、握り締めた石を、そのまま静かに下ろすしかない。

 各自の心に働くこの良心のブレーキの中に、何か未来の希望につながるものがあるように私は思えてならない。「疑わしきは罰せず」、「罪のない者からまず石を投げなさい」、という、良心のブレーキを働かせる言葉が、今ほど、必要とされている時はないかも知れない。

 現代という時代は(石打刑の復活という危険なスローガンが象徴的に現しているように)、私たちが人を裁くことに対して慎重になるより、むしろもっと大胆に、軽率で、愚かになるようにと、盛んに鼓舞しているように感じられてならない。

 近年、国民が互いに監視し合い、互いに評価し合い、互いに告発し合い、裁き合うような殺伐とした制度が、いたるところに出来上がってはいないだろうか。あらゆる人々が、互いの活動を監視し合い、評価し合い、無用(あるいは有害)と判断されるものがあれば、容赦なく叩き潰していくことを正当化するような残酷な仕組みが各地に出来上がってはいないだろうか。

 十分な議論を重ねてから決断を下すのではなく、十分な議論のための時間すら用意されないまま、他人の活動を短い時間でおしはかり、本来、数値化できないはずのものを数値化し、評価できないはずのものを評価し、単純に白黒つけて、不適当なものを断罪し、除外することを、専門家ばかりか、名もない一般市民までが求められるような瞬間が、ますます多くなって来ているように、私には思われてならない。

 国民投票法案についても、次のような危険性を指摘する声もあるので紹介しておこう。
本当は恐ろしい国民投票法

 さらに、大学評価機構、カルト監視機構、裁判員制度、そういう発想や構図の中に、まるで隣組のように、互いが互いを監視し合い、告発する制度の萌芽を私は見ずにいられないのだ…。もしも隣の家で起こった殺人事件を、私たちが裁く者として選ばれた時、私たちはどこまで冷静に判断を下せるだろうか。いや、それよりも、昔からよく知っているおじさんおばさんを、私たちが裁く立場に立たされるかも知れないことを思い浮かべるだけで、私は何かしら慄然とせずにいられない。これはまさに愛の冷えた時代にこそふさわしい制度であるように感じられてならない。

 それでも、制度が始まった以上、私も裁判員制度にいつ呼び出されるか分からない。そこで今、一つの事件について、いかに違った見解が可能であり、いかに的確な裁きを下すことが難しいかを考えるために、ある事件について振り返ってみたいと思うのだ。

 酒鬼薔薇聖斗事件だ。

 中尾英司氏というカウンセラーが「あなたの子どもを加害者にしないために」というサイトを執筆している。クリスチャンでないが、温かい人柄を持った優秀なカウンセラーらしい、鋭い視点と深みのある考察で、現代の日本の家族を見舞う病理について、数々の例を挙げながら分析している。この中尾氏のブログの題名の根拠となっているのが、酒鬼薔薇事件だ。

 中尾氏のブログは、少年A、すなわち酒鬼薔薇聖斗事件のような凶悪犯罪を起こす少年を、これ以上、世に出さないために、私たちは何をすれば良いのか、という危機感から展開されている。
 氏の説によれば、少年Aがあのような凶行に及ぶに至った最大原因の一つが、Aの家庭環境であった。Aの家庭環境、特に両親の性格や行動を細かく分析することで、中尾氏は少年Aが犯行に至るまでに追い詰められていく心理を解明しようと試みている。緻密な分析がなされており、物語構成も巧みで、読んでいると納得させられてしまう。

 この中尾氏もまた、裁判員制度の難しさについて考察しながら、一連の記事(「仮面の家をあなたは裁けますか?」)を書いている。少年犯罪などでは、それぞれの家庭の抱える、部外者には分からない根深い問題まで、確実に見通した上でなければ、判決を下せない。だが心理学に関して全くの素人である市民に、そこまでの洞察や理解が果たして可能だろうか。そういう難しさが伝わって来る。

 中尾氏の説は全てもっともなのだが、しかし、私はあえてここで、中尾氏の説に根本から対立する一つの疑問を提示してみたいと思っている。
 それは、酒鬼薔薇事件の真犯人は、本当に少年Aだったのだろうか?という疑問だ。

 何を今更、そんな寝言のようなことを言い始めたのか…、と笑われるかも知れない。
 だが、ディベートの手法では、物事を論じる際に、一方の角度だけから論じることは決してない。必ず、肯定と否定の両サイドに分かれて討論を繰り広げ、それを徹底的に比較した結果、どちらの論理に、より信憑性があるかをジャッジが判定を下す。そうすることによって、私たちは一方的な決め付けに陥ることを防ぐことができる。
 このディベートの手法に、私は多くのものを学ばせてもらい、この思考法は、私が物事の判断を下す際の基礎となった。常識であっても疑うべし。全ての物事を両極の立場から考えてみるべし。このディベートの手法をここに持ち込むと、酒鬼薔薇事件の真犯人についても、私たちにはまだ議論の余地が残されていると言える。

 この事件については、かねてからぜひ詳しく記事を書いてみたいと思っていた。が、残念なことに、私は最近、眼精疲労のため、画面を長く見ていられず、あまり熱のこもった記事をしばらく書けないかも知れない。

 そこで、詳細な分析はずっと後になってしまう可能性があるが、ひとまずここに、酒鬼薔薇事件の犯人は、絶対に少年Aではあり得なかった、という立場に立つサイトを紹介しておきたい。

神戸小学生惨殺事件の真相

 恐らく、これを詳細にご覧になられた方は、この事件に再考の余地があることを感じずにいられなくなるのではないかと思う。
 すでに常識として世間に定着している事柄にすら、未だに疑問の余地が残っていたことに気づかされる時、私たちは、他人に向かって石を投げる行為がどれほど難しく、重大な行為であるか、考え込まずにいられなくなるだろう。
 柔軟に物事を考えるための頭の体操としても、ぜひ一度、ご覧になられたい。