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私ではなくキリストⅡ(東洋からの風の便りI)

「あなたがたは、いのちの言葉を堅く持って、彼らの間で星のようにこの世に輝いている。」(ピリピ2:15)

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音楽の楽しみ

家から徒歩5分もかからないところにあるNPO法人の建物へ行って、グランド・ピアノを弾いて来た。時々ふらりと出かけては弾くのだが、今日は聖歌を持って行って、覚えている限りの曲を弾いた。

 NPO法人には子連れのママさんたちが沢山集まっており、最初は私をうさんくさそうに眺め、迷惑そうにぴしゃりと部屋の扉を閉めて行った人もあったのだが、しばらく弾いていると、なじみのある曲に警戒心を解いてくれたのか、誰も音楽を気にしなくなった。

 この年になると、子供の頃のように、ピアノを弾いても、何やかやと話しかけてくる人は滅多にいない。日本人はロシア人ほど音楽好きではないから、音楽を介してすぐに人と仲良くなれるということもない。ロシアにいると、人々はたとえ地下道の演奏であろうと、音楽の前で立ちどまらずには置かないし、女性達が2,3人集まれば、すぐに合唱が始まる。ロシア人の音楽好きの国民性はよく知られている。

 それに比べて、日本では、何かしら音楽の聴き方が素直でないと昔から感じてきた。曲の内容を聴かずに、ただ技術だけを品定めするような皮肉な聴き方をする人が大変多いのだ。興味を持つ人がいたとしても、「何年やってるの?」「どの先生に習ったの?」とか、大抵、そういう質問をかけられるのが常だった。

 だが、今となっては、子供でないので人からそのような質問をされることもなくなった。その代わりに、誰からも注目されることもなくなった。人からおかしな目で見られていないのがまだしも幸いだが、それでも、自分でも一体、何のために弾いているのか分からない時がある。専門家でもなく、それでお金を稼いでいるわけでもなく、いずれステージに立つわけでもないし、その力量があるとも言えない状態なのに、何を目ざして、毎日、何時間も練習に費やしているのだろうか?

 特に、我が家では、昔から誰一人として私の演奏を喜んでくれた人はいないので、むなしいと言えばかなりむなしい。だが、プロの音楽家にはそれとはまた別の悩みがあって、それは聴衆から難曲ゆえに理解されないということなのだが、その話は置いておこう。
 たとえ誰からも必要とされていなくとも、練習をやめることはできない。一旦、覚えた曲をただ忘却に任せるなどというもったいないこともできないし、毎日、鍵盤に向かう度に得られる新たな喜びを手放すこともできない。(とはいえ、演奏するという行為を私は何度も手放し、主に捧げてきた。)もしかすると、NPO法人のグランド・ピアノは、主が私のために備えてくれたものかも知れないと、今でも思う。

 関西にいて最後に教会に通っていた頃、私は礼拝堂においてあるグランド・ピアノに、毎週のように、かじりついていた。一体、日曜礼拝に来たのか、ピアノを弾きに来たのか、それすら分からないほどであった。きっとそれを快く思っていなかった人もいただろうと思う。
 その頃、派遣会社に勤め、へとへとになって帰宅した後、毎日、3時間以上、家で練習をしていた。にも関わらず、一旦、でくの棒のようになってしまった指は、まるで動かなかった。子供時代から、教会の奏楽を含め、少しも真面目に練習をしなかった上に、大学院時代にピアノを投げてしまい、何年間も、まともに鍵盤に向かわなかったブランクがたたって、私の指はただバイクのハンドルを握るためだけのものになってしまっていた。

 それでも、無謀にも、かつて『大洋』も弾けないままに終わったショパンのエチュードを改めて全曲マスターすることを当面の目標にして、最も正確で完成されたピアニストとして名高いマレイ・ペライアのCDを買って、曲と楽譜を頭の中に叩き込んだ。ショパンのエチュードが全曲弾ければ、大抵の曲は弾けるはずだと解説書に書いてあったからである。全曲弾ければ、と簡単に言うが、ショパンのエチュードのCDへの全曲収録は、プロのコンサート・ピアニストでさえためらうほどの偉業だそうだ。私には生涯かかっても、マスターしたなどと言えるかどうか。

 もし聴覚の衰えを計算に入れるなら、私がピアノを弾き続けられるのはあと30年程度だろう。楽しみのために残された時間は限られている。特に基礎的な能力に関しては、今のうちに、できる限りのことをマスターしておかなければ、一生、私は思うようにピアノが弾けないままに終わるだろうことは目に見えている。ただの夢で終わって良いのか。下手の横好きと笑いながら、冗談で終わって良いのか。その程度のものなのか。そうはなりたくない。

 下手なりにも、ピアノを弾いていると、私も弾きたい、教えてくれという人が必ず現れる。そこが面白いところでもある。そこで、私は関西の教会で楽譜の読めない一人の青年に無料でピアノを教えていた。筋の良い人で、覚えが早かった。無料で教えたのはその教会へのせめてもの恩返しのつもりであった。

 だが、その時、教えられたのはかえって私の方だった。楽譜が読めなくても音楽をやりたいという情熱を持っている人にピアノを教えることが、いかに楽しいことであるかを私は感じた。ピアノを弾かなくても、ギターを弾いていたりするとそこに知識が蓄えられているから、面白い。3年間で、ベートーヴェンのソナタくらいは必ず弾けるようになろうね、そうなればカッコいいよねと互いに話して盛り上がっていたが、その教会とは、不本意な形で、別れなければならなかった。

 関西を去った後、私の最大の懸念事項の一つが、どこでグランド・ピアノを弾くことができるかということだった。私は庶民の出身なので、もちろんのこと、家にグランド・ピアノなど置いているはずもないし、そんなスペースもない。だが、ある程度の曲を練習し始めると、どうしてもアップライトのピアノでは対応できない部分が出てきてしまうのだ。

 それでも、まずは家にある親のアップライト・ピアノを弾き続けることから練習を再開した。私の持っている電子ピアノは弾きすぎて壊れてしまったせいでもある(修理費がどれくらいかさむか恐ろしいので見積もりもしていない)。当時は、色々な事件のために、精神的に打ちのめされていたが、ピアノだけはほとんど毎日、弾き続けた。一種の執念のようであった。
 こうなったのには深い理由があるのだが、それはまた今度説明することにして、一つ言えることは、音楽の専門家でなかった私は、それまで一度も、本気で練習に取り組んだことがなかったということだ。しかし、専門家でないから、いい加減で結構と言われ、その程度で終わりになるのはあまりにも悔しかった。ある人が私の演奏を聴いて「下手な音大生よりはずっとマシ」と言ったが、それはちっとも誉め言葉には感じられなかった。

 私の愚かしい執念のような取り組みだったが、それにも、主は道を開いて下さった。その頃、全ての夢が砕け散って、私にはピアノ以外にすがりつくものもなかったのだが、そのように惨めな状態にあった人間にも、神は憐れみを豊かに注いで下さり、私の心に秘めた最後の願いをかなえて下さったのだ。そしていつしかそれはやがて執念でもなくなり、すがりつく唯一のものでもなくなり、何かしら自然な形で、私から流れ出て、人に影響を与えるものへと変わった。

 取り組んでいるうちに、無理なく指を動かすためには、弾き方を根本から変えなければならないことに気づいた。私がそれまでに教わって、いい加減にやり続けて来た弾き方では、一曲もまともに弾きこなせず、ただ腱鞘炎になって終わるのが落ちだということが分かった。ミス・タッチの多さも無理な運動から来ている。椅子の高さ、指の角度、ひじの角度、力の入れ方、全てを変えなければならないことに気づいた。特に腕の使い方が問題だった。自然な弾き方に変えるために、使っていなかった筋力を開発しているうちに、1年近くの月日が過ぎた。

 これら全ては独習であった。そしていまだにエチュードの一曲さえマスター仕切れてはいない。『エオリアン・ハープ』のあの流麗な美しさを思うように出せるようになる日はいつ来るのだろうか。だが、そうこうしているうちに、家の近所にNPO法人があって、そこに村の会館からおさがりで預けられたグランド・ピアノが置いてあるという話を耳にした。尋ねてみると、時々、コンサート等で使われる以外には、ほとんど使用されることもなく、誰が弾いても良いピアノなのだという。

 これは大きな幸運だった。それから、気が向いた時に、そこへ出かけるようになった。すると、やっぱり、楽譜は読めないが、ピアノを弾くのが夢だったという人が現れた。その人は私に教えて欲しいと願っているようだったが、その時は、それを商談に結びつけようという発想が私の側に全くなかったので、ただのよもやま話に終わった。だが、今、考えると、あの時、レッスンを申し出れば良かったのだ。楽譜が読めないが、ピアノはどうしても弾きたいと願っている人たちは、案外、数多くいるかも知れず、私にできることがあるのかも知れない。

 私の実家の隣家がピアノの先生をやっているので、その人に失礼なことはできないが、ピアノを教えて生計を立てることができれば、趣味が実益をかねてまことに生きやすくなるのになあ、と最近、かなり本気で願うようになった。しかも、音大志望の子供たちとかでなく、老後または壮年の趣味としてぼちぼちやって行きたい大人たちと、気楽につきあえればなあ。楽譜の読み方から丁寧に教えて行ければなあ。

 最近、近くの街にあるショッピング・モールでピアノの展示会が行われた。買い物ついでにふらりと立ち寄ってみると、何でも、ジョン・レノンが所有していたとかいうスタインウェイのアップライト・ピアノが目玉商品として置いてあった。
 「お客さん、何だか嬉しそうですねー」
 と、展示場に案内してくれたヤマハの店員さんが私を見て言った。
 花のようなピアノに囲まれて、どうしようもなく顔がにやけているのを目撃されてしまったか。
 店員さんはジョン・レノンのピアノを目の前にして、挑戦的に言った。
 「弾いてみますか?」
 「え? 私なんかが弾いてもいいんですか?」
 「いいですよ、さあ、どうぞ」
 椅子まで持って来られて、引き下がることはできない。

 何だか妙に緊張してしまったが、ラフマニノフの断片を弾いてみる。おお、アップライトでここまで美しい音色が出せるのかと驚いた。音が少しも濁らない。やはり楽器のレベルというものは馬鹿にできないものだと実感。店員さんも驚いたようだった。もちろん、私の無きに等しい腕前にではなく、ラフマニノフと、そのピアノの音色の美しさに、だが。
 ジョン・レノンの×百万円のピアノなど、初めから購入予定にも入っていないので、そのピアノとはそこでさよならしたが、以来、その店員さんは私を覚えてくれたようだ。

 このまま行くと、あと15年もする頃には、私はきっと、ピアノきちがいおばさんと呼ばれているかも知れない。若く美しい娘がピアノを弾くならば、さまになるけれど、おじさん、おばさんがどんなに上手く弾いたとしても、誰が喜ぶんだか…と皮肉な思いにもなるが、それが何だろう、一旦、知ってしまった音楽の楽しみは、どこまでも人を魅了してやまない。

 すでに賛美歌についての私のうるさい好みを色々と書き連ねたので、独善的な好みを押し付けていると、読者のひんしゅくを買ったことだろう。この手の話題を掘り下げていくと、いつか喧嘩になりそうなので、このあたりでやめておくが、それにしても、音楽がどれほど私の生活を豊かにしてくれただろうか! たとえ独りよがりと言われようと、何であろうと、楽器を演奏できるという素晴らしい趣味を与えられたことは、尽きせぬ喜びである。音楽がどれくらい私にとって、逆境を乗り越える助けになっただろう。このような表現手段を与えられたことは、どんなに神に感謝してもし足りないくらいの恵みだ!

 ところで、楽譜が読めなくても、ピアノの演奏については、決して、あきらめることはないということをお断りしておきたい。3~5年もあれば、誰でもベートーヴェンのソナタの一つくらいは弾けるようになるだろうと私は確信している。でなくとも、ショパンの簡単なプレリュードや、マズルカくらいならば、数年も経たないうちに、誰でも弾けるようになるだろう。
 クラシック音楽は高尚で難解でとっつきにくく退屈なだけだと思って敬遠している人の数は多いが、もしも自分で楽器を弾けるようになれば、二度と誰もそんなことは言わなくなるだろうに、といつも私は思って残念だ。感覚にばかり訴えかけてくる現代の騒がしい音楽よりも、はるかに深い、静かな味わいがこの世界にはあるのに、どうして人々はそのことを忘れてしまっているのだろうか。最近、この世界の素晴らしさを一人でも多くの人たちに知ってもらいたいと思うようになった。仮にピアノきちがいおじさん、おばさんと呼ばれたとしても、大いに結構ではないですか。その人の人生が美しく彩られるならば!

 
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すべての罪咎を覆われる主

「わが敵よ、わたしについて喜ぶな。
 たといわたしが倒れるとも起き上がる。
 たといわたしが暗やみの中にすわるとも、
 主はわが光となられる。
 主はわが訴えを取りあげ、
 わたしのためにさばきを行われるまで、
 わたしは主の怒りを負わなければならない。
 主に対して罪を犯したからである。
 主はわたしを光に導き出してくださる。
 わたしは主の正義を見るであろう。
 その時『あなたの神、主はどこにいるか』と
 わたしに言ったわが敵は、これを見て恥をこうむり、
 わが目は彼を見てあざ笑う。
 彼は街路の泥のように踏みつけられる。<…>

 だれかあなたのように不義をゆるし、
 その嗣業の残れる者のために
 とがを見過ごされる神があろうか。
 神はいつくしみを喜ばれるので、
 その怒りをながく保たず、
 再びわれわれをあわれみ、
 われわれの不義を足で踏みつけられる。
 あなたはわれわれのもろもろの罪を
 海の深みに投げ入れ、
 昔からわれわれの先祖たちに誓われたように
 真実をヤコブに示し、
 いつくしみをアブラハムに示される。」(ミカ7:8-10,18-20)
 

 最近になって私は、かつて経験した不義なる事件について、神ご自身がこの先、公平な裁きをなして下さり、私の名誉と損害を最後まで回復して下さることを切に願うようになった。私自身も主の懲らしめを身に背負ったが、義に飢え乾く者は幸いである、という御言葉に従い、私自身の義ではなく、神の義が全地に輝き出ることを心から願う。そうなって初めて、この事件は本当に終了したと言えるだろう。

 失われた幸福が取り戻される日が近いだろうという予感がする。以前、悲しみのあまり、味も、匂いも、何も感じられなくなったことがあったが、今は、全ての感覚が新鮮だ。主はこの先、私の人生にどんな不思議な御業を成して下さるのか、期待が膨らんでいるので、どんな些細なことにでも、子供のように喜んでしまう。エクレシアの仲間と会える日が待ち遠しくてたまらない。期待が募るので、心落ち着かせて、記事を書くのが難しい。

 一昨日より、エクレシアと主の結婚について、聖書に書かれている壮大なドラマを思い巡らしていた。そこには一筋縄では行かない出会いと、別れ、また再会がある。聖書に見る神の花嫁たる民は、決して、挫折抜きに歩んできた品行方正な乙女ではなかった。むしろ、夫ある身でありながら、遊女のように偶像に身を売り、神を裏切って歩んで来たのが、花嫁たるイスラエルの民だったのだ…。なのに、神は失われた花嫁を愛され、どこまでも探し、尋ね求められたのだ…。

 過ちを犯し、神から遠く離れた経験のない人もいるだろう。絶体絶命の窮地を経験せず、魂の暗闇を通ったことのない人もいるだろう。もしもつまづきなしに歩めるならば、それが理想かも知れない。
 けれども、罪を犯し、神から遠く離れ、また神の助けを全く失ったように思われるその瞬間があればこそ、私は、己の限界を知り、罪を赦される神のあわれみの深さ、失われた者を尋ね求める主の熱心さを知ることができた。だから、今となっては、私は自分の過去を悔いていないし、すでに罪赦された以上、誰にも引け目を感じる必要がないと思う。

 人のどのような歩みにおいても、ただすべての咎を覆う神の愛があるだけだ。
 放蕩息子にも、その兄にも、同じように神の愛が注がれる。罪人も、義人も、ともに神の祝宴にあずかることができる幸いが与えられている。
 そこに人の運命の不思議がある! 神の知恵のはかりがたさがある!

 天国というところでは、恐らく、人の全ての過去の傷が愛によって覆われているのだろうと想像する。地上において、どんな歩みをして来た人も、互いに誇りあうようなことはなく、誰もが謙遜な自覚を持ち、他人の過去に対して、深い共感を持つことができるだろう。

 人はそれぞれに異なった運命を背負っている。それだからこそ、面白い。それだからこそ、愛しいし、貴い。クリスチャンが歩むべき統一的な生活の型というものを私は考えたくない。特に、品行方正や挫折のなさをクリスチャン生活の模範として振りかざす人々には、私は正直、うんざりしているのだ…。それは、その人たち自身にとっては、恵みかも知れないが、自らの体験を規範化して、他人にまであてはめようとする必要はないだろう。誰もが自分のようでなければならないと考えて、自分の体験談を統一的な物差しとして万人にあてはめようとする行為は、はっきり言って、あまり美しくないと思う…。

 間違いを犯したくなくとも、間違ってしまうのが人間だ。カルトも、人間社会の一つの形態だと私は思っている。それは人間がどれほどの幅と奥行きを持っているかを証明する一つの要素に過ぎない。

 実際に、カルトを経験した人に聞いてみれば分かることだが、カルト社会にはただ悲惨があるだけではないのだ。そこには尽きせぬドラマがあり、興味深い人たちがおり、信じられないような様々な貴重な出来事が隠されている。
 人間学、という観点から見れば、何一つ、参考にならない経験はない。それに、どんな事柄の中にでも働かれるのが私たちの主なのだ。
 私たちの視点から見れば、それは「あってはならない事」にしか映らないかも知れない。だが、神の視点から見れば、人の過去や現在の生き様は、その人の救いとは関係がない。救いはただ神の一方的なあわれみによるのだ。「あってはならない事」の中にも、主の御手は働いている。だから、狭い人間的な思惑に視界を阻まれて、浅はかな善悪の概念を振りかざして、安易に人を断罪しないように気をつけたい。

 人を創られた神は、どんな人生の中にあっても、働かれる。神が創られ、神が負われるのだ。だから、あなたの過去がどんなものであったとしても、一旦、十字架で自分に死んだなら、それをいつまでも恥じる必要は全くない、それを負われるのは神なのである。

「ヤコブの家よ、
 イスラエルの家の残ったすべての者よ、
 生れ出た時から、わたしに負われ、
 胎を出た時から、わたしに持ち運ばれた者よ、
 わたしに聞け。
 わたしはあなたがたの年老いるまで変らず、
 白髪となるまで、あなたがたを持ち運ぶ。
 わたしは造ったゆえ、必ず負い、
 持ち運び、かつ救う。」(イザヤ46:3-4)

 イエスが下さる十字架は軽く、負いやすい。白髪となるまで持ち運んでくれる神を信頼しよう。
 


先の者が後になり…

家を一歩、外に出ると、緑がギラギラ。水がギラギラ。
 河べりの土手を走ると、中州に生い茂る緑と、河を流れる濁流のような水が、凶暴なほどの生命力となって私の身体を刺し貫く。これが主から来る生命力なのか、被造物そのものが持っている生命力なのか、よく分からないが、照りつける太陽の下で、いかに被造物全体が成長の喜びの雄たけびを上げているかが分かる。木も、森も、水も、河も、まるで音に聞こえない大合唱のように、生命の賛歌を歌っている。

 川沿いの道を走ると、いつも喜びが心に溢れてくる。まるで何ヶ月か分くらいの若返りの力をもらっているような気がする。被造物全体が主の現われを切に待ち望んでいる、という聖書の箇所は、ひょっとして、こんなことにも通じるのだろうか…。被造物の大コーラスの中に入れられて、私は喜びに浸される。彼らと一緒になって、いつまでも歌い続けたい。
 このまま、ガードレールを突っ切って、車ごと河の中に飛び込んでしまえれば、どんなに心地よいだろうか!

 さて、このブログは、真理を覆い隠す偽りの教えについての分析をも課題としているので、この先、その作業を続けていきたいと思っている。多分、かなり深刻な描写も加わるだろうことをお許しいただきたい。

 だが、それとは関係なく、私自身について言えば、今は主によって、不思議なほどの安息の喜びに入れられている。主にあっての兄弟姉妹たちを得たことの喜びがあるだけでなく、これまでに辿って来た様々な苦難のために生じた心の傷や痛みが、完全に過去のものとなりつつあり、回復の最後のステージに自分が立っていることが分かる。

 これまで、私に最も苦痛をもたらした問題は何であったか、誰か想像することができる人がいるだろうか。
 それは、長子であるがゆえのプライドであった。

 ある時点で、私は主の御名のために、どんな災難をこうむっても構わないと覚悟を決めたが、それでも、私の心を苛み続けたのは、私が自分の人生において、年少のきょうだいたちよりも、遅れを取っているという自覚であった。カルト化教会の事件が、私から貴重なものを根こそぎ奪ったためである。その意味で、私は長子でありながら、まるで末のきょうだいよりも劣った者のようにされた。

 さて、先の者が後になり、後の者が先になる、というのは、聖書にはよく見られる光景である。たとえば…。
 アダムは誘惑に屈して死んだが、第二のアダムなるイエスは人を救い、天に昇られた。
 カインは兄であったのに、アベルに勝る者となれなかった。
 エサウは兄であったのに、ヤコブに長子の権と祝福を奪われた。
 ヨセフの兄たちは、年長者であったのに、弟ヨセフに父の愛を奪われた。
 放蕩息子の兄は、間違いを犯さなかったのに、弟の方が盛大な祝宴にあずかった。
 イスラエルは選ばれた民であったのに、異邦人が先に救われることになった。etc.
 
 だが、長子として生まれた私は、そういう話を聞くと、いつも何かしら侮辱のようなものを感じてしまうのだった。どうしても、私は年長者の立場に立って物語を眺めてしまい、彼らの方に同情してしまう。「父よ、あなたの祝福はただ一つだけですか。父よ、わたしを、わたしをも祝福してください」(創世記27:38)と声をあげて泣いたエサウの気持ちが、私には痛いほど分かる。彼が弟ヤコブを殺そうと思った、その復讐心もよく分かる。

 長子としてのプライドというのは抜き難い、厄介なものだ。年少者に見下されることは、本当に、つらいものがある。そうなっても、怒ったり、仕返ししたりせずに、悠然と顔を上げて、非難や軽蔑をかわせるようになれば、もはや、地上でやり残した仕事はないと言えるほどに、人格ができ上がったと言えるかも知れない。生まれ持った自己のプライドを捨てるということは、人にとって、それくらいに難しい。

 だが、聖書はあくまで、選びによる救いではなく、恵みによる救いを主張する。長子として生まれた、あるいは、自分は神に選ばれた選民である、そのような「選び」の上にあぐらをかいて、その特権に満悦し、そのステータスが自分に義をもたらすと考えて自己安堵しているような人々は、必ず、後から来た者に祝福を奪われ、出し抜かれる羽目になるのだ。

「なぜなら、彼らは神の義を知らないで、自分の義を立てようと努め、神の義に従わなかったからである。キリストは、すべて信じる者に義を得させるために、律法の終りとなられたのである。」(ローマ10:3-4)

 自分の義。それは「私は神によって選ばれた者である。それゆえ、私は神に祝福されて当然である」という高ぶりであり、それは神の恵みを自分の当然の権利であるとみなし、たとえ神に祝福されても、ただ自分に栄光を帰そうとする。
 対して、神の義。それは選びではなく、信仰による義である。「神はご自分があわれもうとする人間をあわれんで下さる。私は神にあわれまれる資格を持たない人間だったにも関わらず、恵みを受けたので、ただ神に感謝を捧げよう」と、祝福されても、自分ではなく、神に栄光を帰する。

 私はかつて誤った信仰を持ち、誤った教会に足を踏み入れ、そこで人生を浪費させられた。そのことで、深い挫折と、失望と、恥の意識を感じてきた。まるで詐欺師の甘言に騙され、自己破産してしまった人のように、肩身が狭かった。肉親の前に顔を上げられない。きょうだいと合わせる顔がない。親族の幸せな人生のニュースをまともに聞けない。長いこと、そういう心境が続いた。それは私が頼みとして来た自分の義、自分のステータス、自分のプライドが、最後の最後まで、完全に打ち砕かれた瞬間であった。

 だが、そのために生じた失意や挫折の意識も、今、主によって取り扱われ、消滅しつつある。すると、以前は失意が占めていた場所を、今度は平安が占めるようになって、新たな喜びが心に増し加わるのである。

 今、私は思う、私の失敗は何のためであったか。それは私でなく、他の人々の命が救われ、他の人々が恵まれるためであった。それは私が神から捨てられたことを意味しない。私は苦しみによって、人格を練られ、信仰が増し加わり、一度は、失われた者となっていたが、今は再び見いだされた。さらに、この先、私の挫折体験は、きっと、今はキリストから離れている、肉にあってのきょうだいたちを、救いに立ち返らせるきっかけともなろう。だから、万事これで良かったのである。

 兄たちに妬まれてエジプトに売られたヨセフは、兄弟に再会した時に言った、「わたしをここに売ったのを嘆くことも悔むこともいりません。神は命を救うために、あなたがたよりさきにわたしをつかわされたのです。」(創世記45:5)
 主は兄弟全員の命を救うために、時に、順番を入れ替えられることがある。

 ローマ人への手紙にもこれと類似した内容が見いだせる。神はイスラエルの民の心をかたくなにして、異邦人を先に救われたが、それは神がイスラエルを無用なものとして捨てたことを意味していなかった。それは選びによる義を打ち砕いた後で、信仰による義という恵みによって、全ての人を救うための神の計画であった。神は、兄たちに先んじて弟ヨセフをエジプトに送ったように、全ての命を救うために、イスラエルの民より先に、異邦人を遣わしたのである。

 選びによる義は信仰による義に勝らないが、それにしても、選びそのものが無意味なのではない。切り捨てられた枝としてのイスラエルについて、パウロは言った、「神には彼らを再びつぐ力がある。なぜなら、もしあなたが自然のままの野生のオリブから切り取られ、自然の性質に反してよいオリブにつがれたとすれば、まして、これら自然のままの良い枝は、もっとたやすく、元のオリブにつがれないであろうか。」(ローマ11:23-24)

 私はこんなことも考えてみる。ひょっとすると、選びの上に自己安堵していたがゆえに、キリスト教界は今日のような有様となったのではないだろうか。そこでは、名の通った教会に所属し、教会籍を持ち、立派な牧師や信徒と呼ばれ、世間でもクリスチャンとして知られ、自分でも信仰暦何十年との自負を持つ多くの信者が、心頑なにされ、御言葉から遠く離れ、愛から遠く離れ、偽りの信仰と無知の中に落ち込んで行った。そして、逆に、選びから漏れ、教会を追い出され、所属場所も失ったような人々が、神への愛と真実に立ち戻り、熱い信仰に立っている。

 だが、たとえそうだとしても、私たちは決してそのことで誇らないようにしよう。
 「あなたがたはその枝に対して誇ってはならない。たとえ誇るとしても、あなたが根をささえているのではなく、根があなたをささえているのである。<…>高ぶった思いをいだかないで、むしろ恐れなさい。もし神が元木の枝を惜しまなかったとすれば、あなたを惜しむようなことはないであろう。」(ローマ18,20-21)

 神は不信仰な者をいつでも切って捨てることがおできになる。生きている限り、神の御前で、自分は天国の住人として完全に選び出され、その約束と権利は永遠に変わらない自分固有のものだと言い切って、誇ることができる人は一人もいない。それらの約束はひとえに、神のあわれみと恵みによって私たちに与えられたものであり、私たちが御言葉のうちにとどまらないなら、いずれ取り上げられることは間違いない。

 だから、他人の不従順を見たとしても、自分が恵まれていることを決して、誇らないようにしよう。なぜなら、神のご計画は、人の不従順の中にさえ働いているからである。
 どうして今日のキリスト教界がこのような様相を呈しているのか不明だが、恐らく、もしもそれがなければ、救われなかったであろう人々が、今、救いにあずかっているのであろう。だから、心頑なになった人々を、私たちはあざけることなく、むしろ、全てのことの背後に働いておられる神のご計画に厳かに思いを馳せ、恵みを与えられた喜びをもう一度、心の中で味わうにとどめたい。

 「神はすべての人をあわれむために、すべての人を不従順のなかに閉じ込めたのである。
 ああ、深いかな、神の知恵と知識との富は。そのさばきは窮めがたく、その道は測りがたい。」(ローマ11:32-33)

 この御言葉は、私の不従順ゆえの挫折に関しても、深い慰めをもたらす。私自身にとっては失敗であり、遅れでしかなく、恥にしか感じられないような様々な体験も、神の深遠な知恵の中では、必ず、益として用いられることが定まっているのである。私自身に益をもたらさなくとも、それは必ず他の人々に益をもたらすのである。
 そして、「神の賜物と召しとは、変えられることがない」(ローマ11:29)。
 私は神から捨てられたのではない。この私にも、主は何らかの召しと賜物とを確かに与えておられるのである。

 だから、順番にはあまりこだわらないようにしよう。自分の賜物や召しがどんなものであっても、それを人前で、あるいは、主の御前で誇ることがないようにしよう。神は日暮れ前になって後から雇われた人々にも、先に雇われていた人々と同じように、永遠の命という恵みを平等に分け与えて下さる寛大な方なのである。
 先の者も、後の者も、共に救いにあずかることが、主の御心である。救われる人が一人でも増えることが天における喜びである。だから、先であるか、後であるかにこだわる必要がない。今はただ、失われた者であったのに、見いだされ、切り捨てられるべき枝であったのに、幹であるキリストに接木され、キリストを知る絶大な喜びの中に導き入れられ、豊かな命を得ている幸いに思いを馳せよう。


救いはただ神から来る

兄弟たちよ。あなたが召された時のことを考えてみるがよい。
人間的には、知恵のある者が多くはなく、
権力のある者も多くはなく、
身分の高い者も多くはいない。

それだのに神は、知者をはずかしめるために、
この世の愚かな者を選び、
強い者をはずかしめるために、
この世の弱い者を選び、
有力な者を無力な者にするために、
この世で身分の低い者や軽んじられている者、
すなわち、無きに等しい者を、あえて選ばれたのである。

それは、どんな人間でも、神のみまえに誇ることがないためである。
あなたがたがキリスト・イエスにあるのは、神によるのである。
キリストは神に立てられて、わたしたちの知恵となり、
義と聖とあがないとになられたのである。
それは、『誇る者は主を誇れ』と書いてあるとおりである。(Ⅰコリント1:26-29)
 

* * *

 これは私の好きな聖句の一つだ。
 私は弱い者として生まれた。その立場の弱さゆえに、これまで、様々な苦悩を経験せねばならなかった。人から蔑まれ、惨めな思いをせねばならなかったことも何度もあった。だが、神はあえてそのような弱い者を救いの対象として選ばれたのだとまさに聖書は告げている。それは、その人間が救われたのが、その人の力によらず、ただ神の力によることが証明されるためである。

 ああ、だから、私はこれからも、ずっと弱いままでいよう! そしてその弱さの中に、キリストの力が輝くことを、ただ目撃し、キリストの強さをのみ楽しもう! 
 時折、私は強くなりたいと願うことがある。人々から愛され、誇れるものをより多く身に付けたいと切に願うことがある。確かに、貧しさや苦しさ、孤独は、これまで耐え難いほど私を苛んだ。そこで、二度と、そのような目に遭いたくないと、人の気持ちとしては、強く願わずにいられない。
 だから、時として、聖書の約束に私は身勝手な形ですがりつく。キリスト教が、貧しさを抜け出し、孤独を抜け出し、幸せな生活を手に入れるための手段のようにさえ、映ることがある。

 だが、そのような思いにはさよならを告げて、やはり、私は、これからも弱いままでいようと思う! それは、私が弱いからこそ、そこにキリストの強さを見ることができるからだ。財産が、学歴が、強靭な体力や、健康が、何を私に保証してくれる(た)だろうか。それらが頼れるものであったなら、なぜ今までのような生活が私にあり得ただろうか。仮にこれから先、誰もかなわないほどの力ある、魅力的な友人を持ったところで、その人が私に何を保証してくれるというのだろう。その人が私に永遠の命を保障できるというのだろうか。

「神は、知者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選び、有力な者を無力な者にするために、この世で身分の低い者や軽んじられている者、すなわち、無きに等しい者を、あえて選ばれた」

 この聖句の中には、どんな革命も及ばないほどの大転換がこめられている。この世で知者だと自惚れている人たち、権勢があると自負している人たち、高貴な生れの人たち、すべての強者に勝って、神はこの世の愚者、貧者、軽蔑されている者、取るに足りない者を、御前に高く掲げられたのである! 神はこの弱い人たちを愛されたのである!

 だから、私は愚者でよかった。
 軽蔑されてよかった。
 取るに足りない者でよかった。

 私の救いは、ただ神だけから来る! そのことが、私を通して今後も証明されますように、と願わずにいられなかった。不思議な静けさが心に戻った朝であった。

 


和解の尊さ

 昨日、大学病院に両親とともに祖父を見舞いに行った。祖父は緑内障の進行を食い止めるために手術を行っている。今のところ、それほど悪化していないため、見舞いに行くのも気が楽であった。

 それにしても、私が時代遅れな人間であるせいかも知れないが、最近の大学病院内の設備の充実ぶりには驚かされた。病院内にスターバックス・コーヒーがある! すずらん通りと名付けられた通りがある! 寿司屋があり、美容院がある! シャワー室、トイレなどの設備の充実もさることながら、くつろぎのための施設の何と多いことかと、私はまるで観光客のようにもの珍しげに病院内を眺めて歩いた。まるで病院全体が一個の街のようだった。

 だが、奥まった通路に向かうに連れて、次第に、病院ならではの薬の臭いが鼻につき、だんだん閉じ込められるような閉塞感に襲われるのは、毎度同じであったが…。

 祖父は快適な病室で、携帯メールを打ちながら、ゆうゆうと過ごしていた。沢山の人からお見舞いのメールをもらって実に嬉しそうであった。(私などは生まれてこの方一度も携帯電話を持ったことがないというのに)。

 本当のことを言えば、眼の手術を受けるべきは祖父ではなく、私なのかも知れない。私は生まれつきの斜視(両眼視の不可)ゆえに、ものがそもそも二重に見えていることに加えて、右眼にかかっている軽い乱視が、近視の進行につれて、ますますはっきり感じられるようになりつつある。つまり、私にはものが四重に見えるようになってきているということだ。これは冗談ではなく、ひどい現実であり、そのために、眼精疲労が蓄積し、今は15分と本を読めなくなってきている。

 子供の頃には遠視のせいで、眼鏡が手放せなかったという経験もあって、今は眼鏡やら、コンタクト・レンズといった、人工的なアイテムは、できる限り、ご免こうむりたいと思っている。だが、そんな悠長なことを言っていられなくなってきた。私の左眼の視力は0.01以下、右眼も0.5を切っている。この両眼の視力の大差のためだけでも、脳内にかかる負担は膨大なものであり、本格的に視力を矯正すべき時が来ているのは明白だ。もしも両眼視不可の状態が手術によって治るなら、喜んでその手術を受けたいと思うのだが…。

 さて、祖父のいる病室で、両親と祖父との会話を、私はただ遠くから黙って聞いていた。元気に暮らしているきょうだいの消息などが耳に飛び込んで来ると、どうしても、私は今でもカルト化教会の残酷な事件がどれほど私の人生にとってロスになったかを思い出して、心に痛みを覚えずにいられなくなるのだ。

 けれども、その日、私はただそこにいるだけで十分であった。
 私は祖父を赦しており、和解の気持ちを表すために、そこへ赴いたからだ。何一つ言葉を交わさなくとも、祖父にはそのことが伝わっていた。

 一度は祖父から、「あんたは一生不幸だ!」という言葉までかけられた私であった。しかし、いつまでも人の暴言を記憶して、それを反芻しては恨み続ける苦さに比べて、和解がもたらす甘やかさは、いかほどのものだろうか。
 人を赦すということが、とてつもなく大きな特権であることを、私はその時、身を持って感じた。受けるより、与える方が幸いであるという御言葉の意味を感じた。赦されるよりも、赦すことの方が、幸せである。それを考えれば、人から非難されたことさえ、人を非難することに比べれば、幸せであった。

 私は赦すという権利を行使し、それによって絶大な心の安らぎを得た。赦しによって、相手が満足したのではなく、この私こそが深い満足を得たのだ。事件は解決した。もう犯人はいないし、被害もない。誰も不幸にならなくて良い。私にかけられた呪いの言葉は、私の内におられるキリストが受け取って無効にした。相手が投げつけた怒りと悲しみも、キリストが引き取って消化したのだ。

 ああ、非難されたのが他のきょうだいでなく、私で良かったなと、今はつくづく思う。なぜなら、キリストの十字架を信じているがゆえに、私はきょうだいの誰よりも強いからだ。私には人のいかなる悪意をも無効化する力が与えられている。キリストが私に代わってすべてを引き受けて下さるから、私にとっては、悪意も、中傷も、もはや恐ろしいものではなくなったのだ。

 もう少ししたら、カルト化教会での大失敗の経験も、痛みなしに思い出せる日が来るかも知れない。何気ない世間話を聞いて心に痛みを覚えることもなくなるかも知れない。非難だけでなく、無視や、無関心にも、動じなくなるかも知れない。私を取り巻く状況がたとえ変わらなくとも、主が共におられるゆえに、私こそは地上で最も幸せな人間なのだと、安らかに確信していられるようになるかも知れない。

 昔から人が好く、義理堅い性格であった祖父は、病室の外に出て、帰って行く私たちの姿をいつまでもいつまでも見送っていた。彼に福音の話をする機会が、この先、できるだけ早く与えられるようにと、私は祈らずにいられなかった。