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私ではなくキリストⅡ(東洋からの風の便りI)

「あなたがたは、いのちの言葉を堅く持って、彼らの間で星のようにこの世に輝いている。」(ピリピ2:15)

沈黙の中にある憐れみ

 祖母のぎっくり腰は、どうやらただのぎっくり腰ではなく、背骨の損傷を含んでいたようだ。どうりで1週間経っても、痛みがおさまらなかったわけだ。
 寝たきり状態は嫌だと本人が希望したため、ギプスははめられていないが、完治までにどれだけかかるのだろうか?

 毎日、朝早く起床し、外に出てちゃきちゃきと働いていた人が、たとえ一時的にせよ、急に動けなくなったりすると、その人が感じる不自由さにはすごいものがあるようだ。これとは別に、健康だった人に、急に視覚や聴覚の障害が起こった場合にも、本人の感じる苦痛は想像を絶するものがあるだろう。

 こんな時だからこそ、健康な人間がしっかり役割を果たさねば、と思って一生懸命に働いていると、かえって、病気の人に対する圧迫となったりする。「私は何をすれば良いの?」、「ここにいても、何もしてあげられないねぇ」などと言われると、私が無意識のうちに相手に与えている圧迫感を思い、当惑してしまう。
 どうすれば、弱い人の弱さと同じペースで歩むことができるのか。今の私にはあまりにも修行が足りないことを痛感するばかりである。

 相当に高齢な祖父母は、かなりの音量でテレビをつける。隣の部屋にいても、ナレーションが否応なく耳に飛び込んで来て、パソコンに向かう指も止まるくらいだ。これが食事時には大変、耳障りで不愉快となり、しかも誰も見ていない番組がかけっぱなしになっていると、思わず「テレビ消そうよ!」と言ってしまうことがある。

 だが、よく考えてみれば、大音量でテレビをかけるのは、ただテレビ以外に趣味がないためではなく(我が家の老人たちは、家にこもりがちな人々ではないので、趣味は他にいくらでもあるだろう)、何よりも、聴覚の衰えのせいだということに最近、気づいた。

 聴覚は加齢と共に失われる。これに抵抗できる人はいない。どんなに互いのことをよく知っている仲の良い夫婦でも、互いの会話が聞き取れないことがだんだんと重なると、いちいち聞き返すのを面倒に感じ、苛立ちが生じてくる。また聞き返される方も、自分の弱さをその都度、思い知らされるので、あまり良い気持ちがしない。そういう手間を省こうとすると、どうしても、会話が途切れがちになる。
 どうやら、会話が上手く運べないことから来る気まずい雰囲気を打ち消すために、わざと必要もないテレビをかけっぱばしにする習慣となっているようである。

 だとすると、そこでただ「見ないならテレビを消そう」と、言い放つことは何の解決にもならない。静かに食事を取り、なおかつ、誰も不愉快な思いを味わわなくて済むためには、BGMを流すなど、何か他の対策を考えておかなければならない。

 やれやれ。自分の心が弱り果てていた時には、周りの人を見て、何と思いやりにかけることかとしばしば思ったものだが、いざ家族が弱さを抱えると、弱者に思いやりなく、すぐに途方に暮れてしまう自分を発見する。主に知恵を求めなければ、この先、この状況をやり過ごすことはできないだろう。

 さて、ロマン・ロランの著した『ベートーヴェンの生涯』にはベートーヴェンの遺書が載っているが、そこには聴覚を失った音楽家の痛ましいまでの苦しみがあまりにも克明に記されている。何よりも驚くのは、聴覚を失ったことそのものよりも、はるかにベートーヴェンを苦しめたのが、周りの人々の無理解な態度だったということだ。

 障害者差別を禁ずる法律などなかった当時のことだ。自分の欠点をこれ以上、人前にさらして、音楽家としての誇りを傷つけられたくないという彼の願いは、人々の心には届かなかった。社交から遠ざかったベートーヴェンには、頑固、偏屈、エゴイスト、変人、人間嫌い、社交嫌い、引きこもり、人間不信、隠者、隠居生活…、などの数々の心ない言葉が向けられたものと想像される。

 有名なハイリゲンシュタットの遺書に、こうした無理解な人々に対するベートーヴェンの叫びのような反論がこめられている。
(『ベートーヴェンの生涯』、ロマン・ロラン著、片山敏彦訳、岩波文庫、1997年、p.99-101から抜粋)

「おお、お前たち、――私を厭わしい頑迷な、または厭世的な人間だと思い込んで他人にもそんなふうにいいふらす人々よ、お前たちが私に対するそのやり方は何と不正なことか! お前たちにそんな思い違いをさせることの隠れたほんとうの原因をお前たちは悟らないのだ。

幼い頃からこの方、私の心情も精神も、善行を好む優しい感情に傾いていた。偉大な善行を成就しようとすることをさえ、私は常に自分の義務だと考えて来た。しかし考えてもみよ、六年以来、私の状況がどれほど惨めなものかを! 

――無能な医者たちのため容態を悪化させられながら、やがては恢復するであろうとの希望に歳から歳へと欺かれて、ついには病気の慢性であることを認めざるを得なくなった――<略>
社交の楽しみにも応じやすいほど情熱的で活発な性質をもって生まれた私は、早くも人々から孤り(ひとり)遠ざかって孤独の生活をしなければならなくなった。折に触れてこれらすべての障害を突破して振舞おうとしてみても、私は自分の耳が聴こえないことの悲しさを二倍にも感じさせられて、何と過酷に押し戻されねばならなかったことか! しかも人々に向かって――『もっと大きい声で話して下さい。叫んでみて下さい。私はつんぼですから!』ということは私にはどうしてもできなかったのだ。

ああ! 他の人々にとってよりも私にはいっそう完全なものでなければならない一つの感覚(聴覚)、かつては申し分のない完全さで私が所有していた感覚、たしかにかつては、私と同じ専門の人々でもほとんど持たないほどの完全さで私が所有していたその感覚の弱点を人々の前へ曝け出しに行くことがどうして私にできようか! ――何としてもそれはできない!――

それ故に、私がお前たちの仲間入りをしたいのにしかもわざと孤独に生活するのをお前たちが見ても、私を赦してくれ! 私はこの不幸の真相を人々から誤解されるようにして置くよりほか仕方がないために、この不幸は私には二重につらいのだ。人々の集まりの中へ交じって元気づいたり、精妙な談話を楽しんだり、話し合って互いに感情を流露させたりすることが私には赦されないのだ。<略>まるで放逐されている人間のように私は生きなければならない。<略>

とはいえ、ときどきは人々の集まりへの強い憧れを感じて、出かけてゆく誘惑に負けることがあった。けれども、私の脇にいる人が遠くの横笛(フレーテ)の音を聴いているのに私にはまったく何も聴こえず、だれかが羊飼いのうたう歌を聴いているのに私には全然聴こえないとき、それは何という屈辱だろう!

たびたびこんな目に遭ったために私はほとんどまったく希望を喪った。みずから自分の生命を絶つまでにはほんの少しのところであった。――私を引き留めたものはただ『芸術』である。自分が使命を自覚している仕事を仕遂げないでこの世を見捨ててはならないように思われたのだ。

そのためこのみじめな、実際みじめな生を延引して、この不安定な肉体を――ほんのちょっとした変化によっても私を最善の状態から最悪の状態へ投げ落とすことのあるこの肉体をひきずって生きて来た! ――忍従!――今や私が自分の案内者として選ぶべきは忍従であると人はいう。私はそのようにした。――願わくば、耐えようとする私の決意が永く持ちこたえてくれればいい。――厳しい運命の女神らが、ついに私の生命の糸を断ち切ることを喜ぶその瞬間まで。自分の状態がよい方へ向かうにもせよ悪化するにもせよ、私の覚悟はできている。――二十八歳でやむを得ず早くも悟った人間(フィロゾーフ)になることは容易ではない。これは芸術家にとっては他の人々にとってよりもいっそうつらいことだ。

神(Gottheit)よ、おんみは私の心の奥を照覧されて、それを識っていられる。この心の中には人々への愛と善行への好みとが在ることをおんみこそ識っていられる。おお、人々よ、お前たちがやがてこれを読むときに、思え、いかばかり私に対するお前たちの行いが不正当であったかを。そして不幸な人間は、自分と同じ一人の不幸な者が自然のあらゆる障害にもかかわらず、価値ある芸術家と人間との列に伍せしめられるがために、全力を尽したことを知って、そこに慰めを見いだすがよい!」

 ベートーヴェンの同時代人が、この遺書を読んでどう感じたのかは分からないが、自分にとって分かりにくいものを、いつも奇妙なもの、不可解なもの、不親切なものとみなして避けようとする人の心理はいつの時代にも変わらない。私の中にも同じ傾向があることを思って、恥じ入るばかりである。まことに人は見かけによらない。肉体的な弱さを抱えて、何もできないでいるように見える人の中に、強靭な肉体を持って、かいがいしく働いている人の何倍もの優しさや、思いやり、愛が溢れていることもある。

 しばしば、雄弁に語ることができる人よりも、言葉数少ない人の方がはるかに誠実で温かみがある。しかし雄弁な人々は、その言葉の虚飾によって、言葉少ない人よりも、自分がずっと偉大で善良な人間であるかのように見せかけてしまう。

 自分に分かりやすいもの、面倒な手間を要求しないもの、新鮮なもの、面白いもの、華やかなものばかりを求める人の心理が、うわべだけの判断を生む。自分に心地よさをもたらしてくれる、分かりやすいパフォーマンスにばかり殺到する人の心が、分かりにくく、無骨で、控え目で、寡黙な態度の中にある誠実さ、思いやり、愛をないがごとくに覆い隠してしまうのだ。

 なぜ神がクリスチャンの前に、目に見える姿かたちを伴って現われて下さらないのか、なぜ耳に聞こえる声で語りかけて下さらないのか、長い間、そのことが私には分からなかった。
 私は寂しかった時に、祈っても、祈っても、何の手ごたえもなく、回答もないという孤独に耐えられず、まるで宇宙全体から馬鹿にされているような気がして、祈りをやめたことがあった。

 だが、今頃になってひしひしと痛感させられることがある。それは神が沈黙しておられるのは、神が地上のどんな存在よりも、へりくだっておられるがゆえだということである。神が決して目に見える形や、耳に聞こえる声で私たちに語りかけないのは、全てを私たちの自由意志に任せ、信仰に任せ、託しておられるからなのだ。

 最近、我が家が葬ったペットは、ものを言うことはなかった。私たちが気づいてやらねば、空腹であるということさえ、訴える言葉を持たなかった。美しく、目いっぱい人に愛されて、幸福な生涯を送った犬ではあったのだが、愛犬のこの沈黙のゆえに、私たちは多くのサインを見逃して、彼女の欲求を無視してきたのだろうと思う。

 この世での最期の数日、嘔吐を繰り返しながらも、まだ歩くことができる力をかろうじて保っていた時に、愛犬が散歩の後で、ひとりでに風呂場に歩いていったことを思い出す。
 一度足を洗ってやった後、おぼつかない足取りで、もう一度風呂場に戻って行った。
  もしかして、それは死を分かった上で、嘔吐によって汚れた身体を、最期にきれいに洗い清めて欲しいという要望だったのだろうか? 

 今から考えると、そうであった可能性がかなり高い。
 だが、その時は、これ以上、弱らせてはいけない、風呂になど入らせて風邪を引かせてはいけないという思いから、身体を洗ってやることはなかった。

 愛犬は全てを耐え忍び、苦しみの中でも、私たちのまずい采配に最期まで従って、生涯を終えた。
 今となっては、あの可愛らしい身体を洗ってやることは不可能だし、ご褒美に一本のジャーキーさえも与えてやることはできない。どんなに天気の良い日にも、散歩に連れ出すことができない。もっともっと色んなことをしてやりたかったとどれほど思っても、私たちに与えられていた時間、あの時に下した判断が全てだったのだ。

 キリストは、自分が何をして欲しいのかをはっきりと訴える力さえ持たない、この小さな小さな犬よりも、さらにもっと弱い立場に立って、私たちと共に生きていて下さるのだということを、最近になって私はようやく理解した。

 神が耳に聞こえる言葉を発せられないのは、全ての生命に増して神がへりくだっておられるからである。主はあえて私たちに仕える姿勢を取り、全てを私たちに任せられた。神は全ての聾唖者に増して聾唖者となられ、全ての病者に増して病者となられ、全ての弱い生命に増して、弱くなられたのである。

 そこでは、ただ私たちが、神のか細い御声に聴くことができるかどうか、隠れたところにある御心に気づいて、従うことができるかどうか、それだけが問題となる。主の謙遜を悪用し、御声をないものと無視し続けて生きるのか、それとも、神の沈黙の中にこめられた、私たち人間への無限の愛と憐れみに気づいて、主と等しくなるまでにへりくだり、御心を喜び、主の喜びのために生きるのか。
 それが私たちに問われている全てである…。
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畑の幸を楽しみつつ

今朝、手のひらの半分ほどはあろうかというほどの巨大な苺をもらった。

今年は畑の苺がなぜかあまり実らない。巨大な実をつけるはずの苺の木が、ランナーの芽ばかりを出し、少しも実を結んでいないそうだ。去年は苺のタルトを売るほど作ることができたのに、今年の冬は厳しい寒さがなく、いきなり春のような暖かさになったためもあってか、あまり採れない。

この地方は気候が温暖で、台風もなく、冷害もなく、土地も肥沃で、年中、野菜や果物を尽きることなく育てられる。そのことをある人に言うと、「それは天国のような土地ですねぇ、ここはアスファルトばかりですから羨ましい」と言われた。

私自身も長い間、アスファルトしかない街に住み、田舎暮らしに憧れていた。憧れていただけなので、田舎暮らしについて何も知らない。畑に植えられている作物の葉っぱを見ても、それが何の種類か見分けられない。いつかなどは、田んぼに生えているビール麦を稲穂だと思って、家人に悲しい顔をされたくらいだ…。

この地方で、農業に携わる人々はどんどん減っていく。荒れて放棄される畑も出てくる。都会暮らしに慣れ、重労働に従事したことのない私のような人たちには、これから、小さな畑仕事くらいはできたとしても、今更、百姓を継ぐことはできない。

祖母は身長150センチにも満たない小さな身体で、米俵一俵を一人で抱えることができる。今はぎっくり腰のため、休養中だが、鋤や鍬を一人でつかいこなすことができる。でも、私がそのまねをすれば、一日で寝込んでしまうだろう。重労働に従事してきた祖父も、重いダンボールを軽々持ち上げるし、屋根より高い松の木に乗って枝の剪定をする。

誰がこの先、百姓を営むのか? だれがこの人々の生活の知恵を受け継ぐのか? それはこの地方一帯の抱える問題だ。

さて、畑で取れる数え切れない作物に加えて、近所の人々が、やれ筍を水煮した、たらの芽を摘んだ、山で採れたしいたけだ、寿司を炊いた、赤飯を炊いた…、などと言っては、食べきれないほどの食事を分けてくれる。魚を釣ったけれども料理できないといって、鯛が差し入れられたこともあった。

何も食べ物の自慢をしようというわけではないので、あまり怒らないで欲しい。
都会に住んでいた頃、不摂生と貧しさがたたって、私は飢餓に近い空腹を抱えて過ごしていたことがあった。もちろん、私の飢餓感など、カルト化教会の深刻な弟子訓練の被害者の経験には、及ぶべくもない軽いものだったが…。

その経験から分かることは、人の身体は、一度でも、飢餓を体験すると、絶対にその記憶を忘れないということだ。体中の細胞が、以前、私がどんなに自分の身体をないがしろにした悪い主人であったかという前科を決して忘れてくれないのだ。そこでもしも、大した理由なく、1、2日食うや食わずでいると、たちまち脳に赤ランプが点灯する。「危険だ、危険だ! この無責任な主人は、放っておいたら、いつまでも何も食わずに、自分の身体を死に至らしめかねないやつなのだ! 早く何か食べてもらわなければいけない! さあ、脳よ、空腹のサインをどんどん送れ!! できるなら、今日、3日分くらい一気に食いだめさせてやれ!」といった具合に、体中の細胞が声をあげて食物を要求してくる。

多分、ダイエット後のリバウンドというのがこういう感じなんだろうと想像する。せっかくダイエットをしても、リバウンドの暴飲暴食のせいで、体重が逆に増えたりする例があるのは、人体のこういう本能的なセンサーが働いてのことなのだろう。かくて言えるのは、食事は定期的に取らなければいけません、飢餓状態に陥ったりしてはいけません、という当たり前のこと。

祖母がぎっくり腰になってから、否応なく早起きをせねばならなくなったが、少しもつらいことはない。朝5時には、鳥が鳴いて、自然の目覚ましになる。朝食を作る。味噌汁、魚の塩焼き、納豆…。大体そんなメニューだ。野菜にはことかかない。新たまねぎがガレージに山ほどつんであり、スナックえんどうはちぎれば畑からいくらでも持って来られる。青梗菜、水菜、レタス、小松菜も山ほど採れる…。
庭に出てみるとまた新しい花が咲いている。

なぜ朝が来るとあんなにも鳥たちは嬉しそうに声を上げるのだろう。彼らは一体、朝毎に何をあんなにも面白そうにさえずっているのだろう。
なぜ主に愛される生きとし生ける動物たちは、こんなに苦痛の多い世の中にあって、毎朝、毎朝、不思議な新しい喜びに満たされているのだろう。

キリスト教界について実名を出すべきかどうか、私は長い間、迷った。実名を出すと、これまで一切反応のなかった人々が、途端に動き始める。闇の世界が即座に反応する。きっと、今後、キリスト教界を公然と名指しで批判するような人がいれば、次々と、闇の世界からの非難の標的にされていくだろう…。

こんなに恐ろしいヤクザな世界が現代キリスト教界なのだ。訴訟沙汰の多さ、ゴシップの多さ、拝金主義的教会運営と、会堂建築ラッシュ、いつまでも終わらない権力闘争。カルト化対策すら、権力闘争の一環になっていることの怖さ。そして何よりも、教界に属している「正統な」クリスチャンの攻撃性、冷たさ、愛のなさ、聖潔のなさ、異様な言動…。このことがキリスト教界全体を覆っている暗闇を何よりもはっきりと示している。

私はキリストによって救い出されなければ、ただ滅び行く罪人であったに過ぎないから、私の中にボロをさがすのはいとも簡単だし、過去の誤りを指して非難されたとしても仕方がない。そして実際に、今後、私が再び罪人の道に公然と転落していかない保証も、どこにもないのだ。もっともらしいことを口では言いながら、その実、世の誉れと富とを追い求め、将来、地獄の長者番付の上位に名を連ねていないとも限らない(もちろん、そうなりたいという意味ではないが)…。人の心は何にもまして欺くものだ、人の心の中に潜む悪ははかりしれない。

だが、主の名のゆえに迫害される時、躍り上がって喜びなさい、なぜなら天での報いは大きいから、と聖書は私たちに教えている。だから、人から嫌われること、非難されることを過度に恐れて、聖書にはっきりと記されている真実を曲げてまで、沈黙する必要はないだろう。
詐欺の横行する今の世界にあって、誰を信じればよいのか分からない不安を私たちはしょっちゅう感じる。しかし、キリストは弟子たちを残して昇天する前に、私たち全てのクリスチャンの安全のために祈って下さった。

「聖なる父よ、わたしに賜った御名によって彼らを守って下さい。
それはわたしたちが一つであるように、彼らも一つになるためであります。<略>
わたしは彼らに御言を与えましたが、世は彼らを憎みました。わたしが世のものでないように、彼らも世のものではないからです。
わたしがお願いするのは、彼らを世から取り去ることではなく、彼らを悪しき者から守ってくださることであります。<略>
真理によって彼らを聖別して下さい、あなたの御言は真理であります。
あなたがわたしを世につかわされたように、わたしも彼らを世につかわしました。<略>
わたしが彼らにおり、あなたがわたしにいますのは、彼らが完全に一つとなるためであり、また、あなたがわたしをつかわし、わたしを愛されたように、彼らをお愛しになったことを世が知るためであります。」(ヨハネ17:11-23)

このように、真実なるクリスチャンは決して世と一つになることはなく、世にもてはやされることもない。教界政治において出世を望むことはなく、地上の権力拡大には関心を持たないだろう。だがそれは、クリスチャンが世俗を離れ、世を軽蔑して、孤高の人として隠遁生活を送ることを意味しない。神がこの世を愛されたように、クリスチャンの使命もまた、この世に生きる魂を愛し、福音を語るために世に出て行くことである。だが、世は彼らを憎み、蔑み、いわれなく非難し、ののしり、悪しき者たちがハエのように襲いかかるだろう。
クリスチャンがこの世の魂をどれほど愛しても、この世から愛し返されることは決してない。それでも、悪しき者のしかける罠から守られるようにと、前もってイエスは祈って下さった。

「彼らも一つになるためです。」
あらゆる人間関係の中で、真実のクリスチャンの間に見られる一致ほど麗しいものが、他にあるだろうか。いつかそのような、キリストにある交わりの中に一つとされたいと願う。この世さえも、神がクリスチャンをどれほど愛されているかを知らずにはおれないほどに、強い、強い、愛による一致の中に導きいれられる日が来て欲しい。そのようなエクレシアの姿を私は見たい、そう切に願わずにいられない。


キリストには代えられません


キリストには代えられません
世の宝もまた富も
このお方がわたしに
かわって死んだゆえです

世の楽しみよ去れ
世の誉れよ行け
キリストには代えられません
世の何物も


キリストには代えられません
有名な人になることも
人のほめる言葉も
この心を引きません

世の楽しみよ去れ
世の誉れよ行け
キリストには代えられません
世の何物も


キリストには代えられません
いかに美しいものも
このお方で心の満たされてある今は

世の楽しみよ去れ
世の誉れよ行け
キリストには代えられません
世の何物も
(聖歌521番「キリストには代えられません」)

 しばらく寒い日が続いていたが、暖かさが戻って来て、庭には祖母が植えた花々がいっぱいに咲き乱れている。愛犬が亡くなった時に咲いていた花がもう今はない。今咲いているのは、牡丹、大手鞠、小手鞠、小さなガーベラ、珍しい菖蒲…。庭の花の移り変わりを記憶にとどめておくためだけに、新しいブログを作りたいと思うほどに美しい。
 近々、旅行に出る予定だ。きょうだいとの平和な交わりとなるだろう。積もる話が沢山できることだろう。幼い頃から、正しい信仰を求めて教会に通っていたが、教会の唱える教えから背くことに脅迫的な恐れを感じていたその頃には、我が家には全く平和がなかった。家族のほとんどがクリスチャンだったにも関わらず、信徒の交わりの名に値する絆さえなかった。

 私はカルト化教会で、それまでに持っていた夢の全てを失い、まるで罪人のように教会の会堂から放逐された。非道な事件に対する解決も得られなかった。絶望と怒りと悲嘆が心に押し寄せ、孤独の中で生きる意味もなくなったと思い、軽蔑と怒りと憎しみをどう処理して良いかも分からず、私の生活はもう死んだのだと考えた。
 それからずいぶん経って、今、焼け跡から木の芽がちらりと顔を出すように、新しい生命の息吹が私の人生に芽生えている。否、私の人生にではなく、一家全体の生活に芽生えた。そして私が置かれたこの場所と、与えられつつある新しい交わりの中に、新しい息が吹き込まれた。

 ああ、そうだったんだ、このことが必要だったんだな、私が死ぬことが…。そう納得させられた。
 思い出すと悲しいことが限りなくある。いなくなってしまった親友(下に書いた人ではない)、なくなってしまった希望。何事もなければ、きっと今、つかんでいたはずの成功…。写真をめくる度に、取り戻せない宝が目に飛び込んで来るので、悲しい気持ちになる。裏切られたと思う人々もたくさんいる。
 だが何よりも、愚かな人生を送っていた間に、私自身が率先して取り返しもつかないほど傷つけてしまったある人のことが思い浮かぶ。石を飲み込んだように心が重くなる。あの人はきっと私以上に苦しんだだろう。どう謝罪しても、許されることはないだろう…。この失敗は私の人生最大の汚点として残るだろう…。
 当時の私の生き方を振り返ると、自分の苦労のことしか考えず、何一つ、大切なものが見えていなかったことが分かる。その頃の幼い私が抱えていた問題の大きさと、そして追い詰められたゆえにしでかした過ちの大きさを考えると、叫び出したい気持ちになる。どうすれば良かったのか、他にどんな選択肢があったというのか。主よ、愚かな私にはあの時、あれ以外の行動には至りようがなかったのです。今頃になって、そのことの意味が分かったのです。罪を犯していることが分かりながら、どうしようもなかったのです。
 「主よ、お許しください、彼らは何をしているのか自分で分からないのです」、そう祈ってもらわなければならないのはまさにこの私である。しかし、そう思う時に、すでに十字架が与えられている憐れみを思い出す。罪は許されている。後は、和解の作業に踏み出さなければならないだけだ…。たとえどんなに謝っても、決して、許されないとしても、それでも和解の努力をせねばならない…。
 しかしそこでもまだ、完全に自己に死ぬことにためらっている自分を見出す。

 昨日、色々と思い巡らしている時、ふとこの賛美歌を思い出した。「キリストには代えられません」。この曲は、旋律と日本語の歌詞が絶妙に一致しているため、少しも翻訳の不自然さがなく、多分、最も美しい賛美歌の一つとして、この先も日本のクリスチャンの間で歌い継がれるだろう。

 ロックバンドのような騒がしい奏楽の下では決して歌えないだろうこの曲。
 静かな、静かな、わずかに聞こえる程度の伴奏で良い。全ての喧騒から遠ざかって、ただ主が十字架上で成してくださったことだけを思いながら、歌いたい。

 真の信仰とは、神ご自身を見上げ、主を中心として生きることだ。
 私の言い訳と自己義認の全てが、主の義の前で焼き尽くされるだろう。
 この賛美歌の英語の作詞者は、耳に挟んだところでは、自分の家から焼け出された後に、「やっとキリストと二人きりになれた」と言ったそうだ。
 もっともっと、キリストと二人きりにならなければ。もっともっと、いっぱい、聖霊に叱られなければならない。その痛みを乗り越えて、今度こそ、キリストの愛する花嫁と呼ばれるにふさわしい新しい門出へと踏み出そう。ただ自分ひとり、正しい信仰を自己満足的に守るためではなく、私と共に生きてくれる愛する人たちと手を取り合いながら生きるために。
 いつか来るべき日に、キリストがしみもしわもない汚れない花嫁衣裳を私のために調えてくださるだろう。十字架で流された血だけが、全ての汚れを取り除くことができる。私の正しい選択が、私を義へと導くのではない。

 何もかも失ったが、キリストを失わなくて良かった。


カルト化教会の被害者のために―哀歌 第三章より―

「わたしは彼の怒りのむちによって、
悩みにあった人である。
彼はわたしをかり立てて、光のない暗い中を歩かせ、
まことにその手をしばしばかえて、
ひねもすわたしを攻められた。
彼はわが肉と皮を衰えさせ、
わが骨を砕き、
苦しみと悩みをもって、わたしを囲み、
わたしを閉じ込め、
遠い昔に死んだ者のように、
暗い所に住まわせられた。<略>

わたしは叫んで助けを求めたが、
彼はわたしの祈をしりぞけ、
切石をもって、わたしの行く道をふさぎ、
わたしの道筋を曲げられた。<略>

わが魂は平和を失い、
わたしは幸福を忘れた。
そこでわたしは言った、『わが栄えはうせ去り、
わたしが主に望むところのものもうせ去った』と。
どうか、わが悩みと苦しみ、
にがよもぎと胆汁とを心に留めてください。
わが魂は絶えずこれを思って、
わがうちにうなだれる。

しかし、わたしはこの事を心に思い起す。
それゆえ、わたしは望みをいだく。
主のいつくしみは絶えることがなく、
そのあわれみは尽きることがない。
これは朝ごとに新しく、
あなたの真実は大きい。
わが魂は言う、『主はわたしの受くべき分である、
それゆえ、わたしは彼を待ち望む』と。

主はおのれを待ち望む者と、
おのれを尋ね求める者にむかって恵みふかい。
主の救を静かに待ち望むことは、良いことである。<略>

彼は悩みを与えられるが、
そのいつくしみが豊かなので、
またあわれみをたれられる。

彼は心から人の子を
苦しめ悩ますことをされないからである。
地のすべての捕われ人を足の下に踏みにじり、
いと高き者の前に人の公義をまげ、
人の訴えをくつがえすことは、
主のよみせられないことである。」(哀歌3:1-36)
 

 前回の記事では、青年期にカルト団体に入信した多くの人々が、幼い頃から何らかの家庭問題を抱えており、そのことが宗教詐欺に利用される心理的弱点となっていることを書いた。だが、このように説明してみたからといって、被害者の誰一人として、納得することはないだろう。
 それは、弱点を抱えている人たちがなぜ何度も何度も食い物にされなければならないのか、その苦しみをどうとらえれば良いのかという疑問に答えがないからだ。
 しかも、蜘蛛の糸のようにからまって、逃げようにも、逃げ出す方法も分からない家庭の問題に打ちひしがれ、せめてもの逃避の場所と、救いを求めて宗教に走った人たちが、そこがカルト団体であったことが分かり、多くのものを失って失意のどん底に突き落とされた後になって、さらに、「あなたがカルトにはまったことは、あなたの罪なのですよ」と、追い討ちをかけられることほどつらいことはないだろう。

 中には怒ってこのように言い返す人もいるに違いない、「幼い頃から苦労に苦労を重ねて来たこの私が、青年時代になって、何とかそこから逃れようとしたのに、またしても悪い人々に騙されて、さらに虐げられる結果になったなんて、どう考えても、受け入れられないし、許しがたいことです。もしも私に何らかの弱さがあって、それが悪人どもに利用される弱点になったのだとしても、どうしてあの頃の私がその弱点を自力で克服できたでしょうか。
 歪んだ家庭に生まれ育ったことは私の罪ではありません。悩める青年を狙いうちして、カルトに引きずりこんだ悪人にこそ罪があります。まさかあなたは、カルト団体に味方して、こうなったのは皆、私のせいだと言って、弱い私に全責任をなすりつける気ではないでしょうね。弱者ばかりがつけこまれ、餌食にされなければならない、正義を見失ったこの世の中こそ、裁かれ、非難されるべきではないでしょうか。

 弱者の権利は守られなければなりません。弱者を守ることが社会にとっての正義のはずです。人の弱みにつけこみ、食い物にするような人間は許せないし、そんな強者は打ち倒されて当然です。卑劣な人間こそが罰を下されて苦しまなければならないのであって、弱者がこれ以上責められて苦しむべきではありません。だから私はカルト団体に引き込まれたことが自分の罪だとは認めません。むしろ、この不当な仕打ちを世に訴え、正しい裁きを要求し、被害者の権利を守るために今後も堂々と闘うつもりです…」

 これまでの人生で辛苦をなめつくして来たカルトの被害者が、悪徳団体に騙されたことまで自分の責任として他人から責められたらたまらない、と思う気持ちは、私にも痛いほどよく分かる。もしもそんな結論が出るならば、被害者には一切の面目も、立場もなくなり、死んだ方がましだと感じることだろう…。

 しかし、ここで人に優しい言葉を語るのではなく、聖書は何を教えているかを考えてみなければならない。弱者の正義とは一体、何だろうか。それを考える上で、話が飛ぶようだが、以前にも触れたドストエフスキーの『罪と罰』についてちょっと語ってみたい。
 

***


 ニートの青年ロジオン・ロマーヌィチ・ラスコーリニコフは弱者の正義を訴えようとして、誰でも知っているあの老婆殺しという行為に及んだ。ラスコーリニコフは自分が本来、優れて高い能力を持った人間であることを知っていた。若く、才気溢れる青年であった彼は、チャンスさえ与えられるならば、ナポレオンに比するほどの偉業が成し遂げられるという自負さえ持っていた(おそらくそれはただの自惚れと思い込みだけではなかっただろう)。

 ラスコーリニコフは並外れて自尊心の高い人間であったが、同時に、敏感な感受性によって、弱者の痛みを我が事のように感じ取ることができた。子供の頃、たまたま見かけた動物虐待の場面を、大人になっても夢に見てうなされるほど、彼は生き物の痛みを見過ごせない性格だった。弱者が虐げられることや、他人の痛みをあってはならないこととして感じることができたラスコーリニコフは、利己的な野心家ではなく、冷徹な革命家でもなく、高潔な魂を持った、温かい血の通った人間の一人だった。彼は自分の能力を活かして働き、これ以上、差別や不正のない世の中に生きたいと願うだけの、一人のありふれた青年だった。

 しかし、格差が極限まで広がった、言論の自由もない、不公平かつ、時代遅れな帝政ロシアの社会で、ただ貧乏人の生まれであるという理由だけで、ラスコーリニコフには将来にほとんど希望が持てなかった。キャリア官僚は特権的上流貴族階級で占められているため、庶民の彼が大学を卒業して、官庁に勤め、一生懸命働いたとしても、行き着く先はたかが知れている。どんなに彼が仕事の上で有能だったとしても、家柄と、コネによって全てが決められる社会では、曲がったことの嫌いな人間に出番などあるはずがない。
 こうして、エリートになるための条件である法学部に入っては見たものの、前途に立ちはだかる壁が明確に見えて、打ちのめされていた頃、さらに悪いことに、実家で資金繰りができなくなって、学資の仕送りが途絶えた。下宿の家賃の支払いも滞り、金品を質に入れねばならなくなり、ついに彼は大学を中退せねばならなくなった。

 家庭教師のアルバイトをすればある程度の学資はもうけられるはずであったが、ラスコーリニコフには、もうこれ以上、あがいてもあがいても蹴落とされる蟻地獄のような社会で、わずか明日という短い時間を生き延びるためだけに、他人と競争したいという気が起きなくなっていた。アルバイトなどは急場しのぎに過ぎず、どうせ働いても、働いても、一生、貧乏と不遇につきまとわれるだろうことは分かっている。卒業して就職してみたところで、それが薄給のサラリーマンでは、今日も明日も明後日も、どうせ金のことだけで心をすり減らす毎日が待っているだけなのだ。しかも、ラスコーリニコフ家の財政は、すでににっちもさっちも行かないところまで来ていた。

 一家の財政を支えるために、郷里にいる彼の妹ドゥーニャが、身売り同然に、資産を持っている野心家の男に嫁ごうとしているという報せがラスコーリニコフのもとに届いた。首都で兄に勉強を続けさせるために、誇り高い彼の妹が自主的に不幸な結婚に飛び込もうとしていた。そのことに、ラスコーリニコフは耐えられない義憤を感じるが、かといって、彼女を救うために自分が何をしてやれるわけでもない。妹と同様に、ラスコーリニコフ自身の肩にも、一家を食いつながせるという重責が担わされている。実家は彼の立身出世に全ての期待を託している。兄として、彼は勉学を修め、きちんとした勤めについて、一刻も早く、老いた母と妹を貧乏の淵から救い出してやらねばならない。だが、その彼が生きるために、今や妹が犠牲にならなければどうしようもないのだ。まるで食物連鎖のような犠牲がどこまでも続いている。一人が生きるために、別人が苦労させられ、あるいは死ななければならないような世の中。結局、金、金、金…、金がなければ何一つ、問題は解決しない世の中なのだ…。

 ロシアの作家たちの間では、水の都、ペテルブルクに対して伝統的に二つの見方があった。フィンランド湾に面した、至るところに運河の走るこの石造りの都を、美の象徴、エキゾチズム溢れる詩的な街として讃える作家がいる一方で、ペテルブルクを人工的な冷たい街、死んだ街として嫌う作家たちがいた。ピョートル大帝が沼地を乱暴に埋め立てて建設したこの都は、初めは居住には少しも向かず、しかも建設の過程でおびただしい犠牲者が出た。ドストエフスキーはペテルブルクをまるで呪われた都のように、精神をやつれさせる、陰鬱極まりない街とみなしていた。

 私にはこの19世紀末のペテルブルクが現在の東京を思い起こさせるような気がしてならない。あらゆる官庁、国家機関の建物が一都に集中し、肥大した官僚組織の象徴のようになっている街。首都に一歩、足を踏み入れるだけで、この街全体がいかに分厚い暗雲に閉ざされて光を拒んでいるかを証拠立てるように、いくらでも精神異常者にお目にかかることができる(ペテルブルクは北極に近いため、冬は日中でも夜のように暗い)。たとえば、首都圏のいずれかの駅のプラットホームに、ものの10分も立っていれば、呆けた表情の若者が、視線を空中に泳がせながら、むさくるしい格好で、ぶつぶつと聞き取れない言葉をつぶやき、老人のように徘徊している姿が目に飛び込んで来るだろう…。

 不平等の行き渡った、自由のない、押しつぶされて窒息しそうな社会で、自分の未来に与えられている蟻のようにちっぽけで閉塞的な生活が、ラスコーリニコフには嫌で嫌でたまらなくなった。彼は傷心のあまり、鬱状態になって、部屋に引きこもった。アルバイトも放棄し、着る物にも、食べる物にも構わず、日がな殺風景な部屋の中で、暗澹たる気持ちで、思念だけをめぐらせるようになった(ロシア文学の主人公が辿るお決まりのコースである)。ふらりと散歩に出ることがあっても、独り言をつぶやきながら、あてどなく彷徨い、まさに精神異常者の一歩手前といった風情となった。

 長椅子とテーブルと椅子以外にはろくに家具もない狭い部屋に引きこもりつつ、ラスコーリニコフは考えた。自分はまだ若いのに、なぜこんなにも希望のない毎日を送らねばならないのだろうか。この堂々巡りの、窒息しそうな人生に、何か一つでもいいから、光明を与えてくれる材料はないのだろうか。もうこれ以上、貧乏という蟻地獄の中でもがき続けるだけの非人間でいるのは沢山だ。人間らしく生きるために、保障された明日を手に入れるために、これ以上、貧しさに由来するしみったれた不安に心脅かされずに生きるために、何か一発逆転の方法はないものだろうか。ひと思いにこの状況を終わらせ、幸せへと抜け出せる策はないのだろうか…。

 博打打ちが一攫千金を夢見るように、錬金術師が金を作り出そうとするように、ラスコーリニコフは一つの賭けにすがりついた。この世の中の不公平をひと思いに覆す、一発逆転の理論を彼は考案した。

 彼の結論はこうだった。自分たちがこんな風に苦しまねばならないのは、結局は、社会における富の不公平な分配のせいなのだ。富を独占している一部の悪者のせいで彼は不当に追いつめられている。だから一人の富の独占者を排除すれば、無数の弱者が人間らしく生きられるようになるはずである。そこでもしも、富の独占の象徴のような、彼が知っている一人の人間、けちで思いやりがなく、身内にさえ冷たく、金を貯めることの他に何の生き甲斐もなく、あの世に片足をひっかけながら、なお、がめつく貧乏人の生き血を吸って生きているような、有害な、高利貸しのばあさんが死んで、その老婆の金で、ラスコーリニコフと同じような無数の、思いやりもあり、前途もある、人から必要とされており、社会に有益な仕事ができる社会的弱者が生きられるようになるとすれば、その法則をどうして実地に適用しない理由があるだろうか? それで彼の妹が身売りせずに済み、母が借金に追われずに済み、自分は不安なく大学を卒業して、きちんとした勤めについて、身なりも整えてそれなりの職につけるとすれば、なぜそれを実行しない理由があろう?

 ラスコーリニコフが発見した法則は、まさに錬金術のようないかさまの理論だった。殺人によって彼は社会正義を生み出そうとしていた。悪から善を生み出そうとしていた。それが正攻法ではなく、常軌を逸した方法論であることは分かっている。宗教や倫理や道徳にかまけている臆病な小市民には、こんな恐ろしい考えは、とても実行できないだろう。ラスコーリニコフは自分に問うた、彼は弱者を生かすという信念のために、必要な犠牲を払えるだろうか? 倫理の一線を踏み越えてでも、雄々しく肩を上げて、世の中のあらゆる法律や制度を塗り替えてきた大物政治家や革命家と同様に、大胆に新しい秩序を打ち立て、弱者を救う英雄になることができるだろうか?

 ラスコーリニコフは高利貸しの老婆を殺すことによって、一躍、弱者から強者への転身をはかろうとした。 彼は運命の歯車に無惨に押しつぶされていく資材として生きるのではなく、運命の歯車そのものを動かす英雄になろうとした。彼はこの殺人を英雄的行為であるとみなした。食物連鎖の中で、これまでただ従容として食われる側に立っていた人間が、俄然、勇気を奮い起こし、強者を食らう側に回ることができる事実を彼は表そうとした。自分には選ばれた人間として、自分だけの独立した良心に基づいて、社会の不公平な制度を飛び越えて、私刑を実行する勇気と自負があることを彼は示そうとした。この賭けに彼は残る全力を、傷つけられたプライドの全てを、名誉挽回の意図をこめた。ラスコーリニコフは痛めつけられた弱者の汚名を晴らすために、正義の名の下に、私刑を実行し、他人から財産を奪い、力を得ようとした…。生き延びるために、彼は闘うことを選んだ…。

***

 さて、読んでいない人への種明かしになるといけないから、『罪と罰』の筋書きの説明はここまでにしよう。本題に戻ると、この話を引用したのは、虐げられた弱者を解放するという「社会正義」に基づいた名誉挽回の試み、弱者から強者への立場の逆転の試みは、どんなものであれ、全てラスコーリニコフの殺人と同じ危険な要素をはらんでいるということを言いたいがためである。

 心ある人間が、不当に苦しめられれば、誰しも一度はラスコーリニコフのような心境になるだろう。
 私はカルト化教会を去って後、抑えがたい怒りを心に感じた。「不条理だ! なぜ弱者がこうまで辱められ、愚弄されねばならないのか? なぜ苦労して生きてきた人が、なおこんな目に遭わなければならないのか? 黙って重荷を背負っている人が、なぜさらに苦労ばかり背負いこまされなければならないのか? どこまで弱い人だけが徹底的に責められ続けなければならないのか?
 強い者のうち誰が、私と同じくらい厳しく責められただろう? 力のある者はやりたい放題、弱者だけが果てしなく重い罪に問われる。こんな不公平な曲がった世の中のどこが生きるに値するだろう? これが私がこの世で黙って受けるべき分だというなら、私にはもう神も仏も要らない。」云々。

 まず何とかして、物事をあるべき秩序におさめたいと願った。自分の名誉を取り戻し、自分が無実であることを世に証明し、悪人には当然の裁きを受けてもらい、秩序ある社会の状態を自力で取り戻したいという願望が起こった。ラスコーリニコフが考えたように、何かしら突飛な方法を用いてでも、自分にかけられた濡れ衣と汚名をそっくりそのまま、相手に注ぎ返す方法はないだろうかと考えた。

 確かに、悪人はいつか裁きを受けなければならないことが聖書に定められている。だから、カルト化教会の指導者には放っておいても幸せな未来はないだろう。正しい裁きを待ち望む気持ち、悪人に相応の裁きを受けてもらいたいと願う気持ち自体が誤りなのではないと私は思う。
 しかし、不正に対する怒りの感情だけにとらわれていた間は、ここには他人ばかりでなく、私自身も対峙しなければならない問題があることをはっきりと見つめることができなかった。その問題とは、私が自分の名誉が傷つけられることに対して弱く、たとえそれが主の御心によって許されたことだとしても、耐え忍ぶことを知らず、常に自分の考えた解決の方へ安直に走って行こうとする不従順であった。

 いわれのない悩み苦しみを受ける時、人は何とかしてそこから逃げ出したいと願う。たとえ自業自得の苦しみであっても、それを甘んじて受けられるほどに覚悟のできている人はほとんどいない。

 だが、聖書を見れば、ヨブもヨセフも罪がないのに、苦しみや恥辱を受けねばならなかった。もちろん、彼らも苦しみを終わらせるために何か良い手はないかと精一杯、模索したことだろう。神に祈り、人にも助けを求めて叫んだだろう。しかし、神は定められた時まで、彼らの祈りを聞かれなかった。
 カルト化教会の被害者に起こったこともこれとほぼ同じだろうと私は思う。正しい教えを知らなかったことについて被害者に全く罪がなかったとは言えないが、それにしても、あまりにも多くの言われなき苦しみが、被害者にふりかかったことは確かである。
 冒頭に挙げた聖句をもう一度、引用しよう。

「わたしは彼の怒りのむちによって、
悩みにあった人である。」

 哀歌に表現されている苦難は、信徒が耐え忍ぶべき「神の怒りのむち」として与えられたものであった。

「主が命じられたのでなければ、
だれが命じて、その事の成ったことがあるか。
災いもさいわいも、いと高き者の口から出るではないか。

生ける人はどうしてつぶやかねばならないのか、
人は自分の罪を罰せられるのを、
つぶやくことができようか。
われわれは、自分の行いを調べ、
かつ省みて、主に帰ろう。」(哀歌3:37-40)

 ここではっきりと、聖書は教えている。たとえどんなに不当で理不尽な事件が身に降りかかろうとも、主が許された事柄に対して人はつべこべと反対できる分際にはないと。人は全て原罪を背負った死すべき人間であり、自分の罪が罰せられることに対して、どうして不平を言う資格があるだろうか、と。
 さらに、その前にも、言葉を失うような台詞が続いている。

「人が若い時にくびきを負うことは、良いことである。
主がこれを負わせられるとき、
ひとりすわって黙しているがよい。
口をちりにつけよ、
あるいはなお望みがあるであろう。
おのれを撃つ者にほおを向け、
満ち足りるまでに、はずかしめを受けよ。
主はとこしえにこのような人を
捨てられないからである」(哀歌3:27-31)
 
 「おのれを撃つ者にほおを向け」よとはどういうことだろうか? 確かに、自業自得の苦しみならば、黙って受けるべきだろう。しかし、そこに言われのない苦しみが含まれていても、人間にはやはり文句を言う資格がないと聖書は教えているのか? 
 答えはYesだ。まさに、そのような不当な苦しみについてさえ、聖書は「満ち足りるまではずかしめを受けよ」と、平手打ちのような言葉を返しているのだ。

 ここで要求されているのはあくまで神の前での徹底的な従順である。自分が信じてきた義が(弱い者が虐げられることは許せないという正義の感覚も含めて)、神の義に焼かれて完全に砕け散るまで、苦しみの中にクリスチャンがあえてとどまらねばならない時があるということが示されているのだ。望んでも、望んでも、解決が得られず、苦しみと辱めをただ黙って耐えるしかない時があるということだ。

 ただし、ここで注意しなければならないのは、これは決して、カルト的な誤った宗教団体に入信した人が、そこで指導者からどんなに苦しみを受けても、逃げ出そうとせず、指導者の命ずるままに、ロボットのように自分を差し出しなさいということが言われているのではないことだ。この聖句は、人間が人間を無限に辱めることを正当化するために語られているのではない。
 人が人に盲従する行為の裏には、必ず、肉なる人によって自己義認されたいという欲望が働いており、神の前での真実の悔い改めはない。人から認められることによって、手っ取り早く自分の罪責感から逃れ、自己義認の確証を得たいという欲望は、神の義を己の義にすりかえようとする傲慢である。従って、人の唱える正義にふりまわされて、いつまでも嘲弄される立場に耐えることが必要なのではなく、神の前に罪を深く悔いてひざまずき、己の正しさを放棄して、時が来るまで、甘んじて苦難を受けることが必要なのである。

「われわれは天にいます神にむかって、
手と共に心をもあげよう。
わたしたちは罪を犯し、そむきました。
あなたはおゆるしになりませんでした。
わたしたちを追い攻め、殺して、あわれまず、
また雲をもってご自分をおおい、
祈を通じないようにし、
もろもろの民の中に、
わたしたちをちりあくたとなさいました。

敵はみなわたしたちをののしり、
恐れと落とし穴と、荒廃と滅亡とが、
わたしたちに臨みました。
わが民の娘の滅びによって、
わたしの目には涙の川が流れています。

ゆえなくわたしに敵する者どもによって、
わたしは鳥のように追われました。
彼らは生きているわたしを穴の中に投げ入れ、
わたしの上に石を投げつけました。
水はわたしの頭の上にあふれ、
わたしは『断ち滅ぼされた』と言いました。」(哀歌3:41-54)

 この聖句は、カルト化教会を脱会した信者には全く説明の必要がないだろう。指導者に付き従っていた間は、指示に従ってさえいれば、罪の意識を避けて通ることができたので、悔やむ必要もなかったが、そこから抜け出た後になって、それまで留保されていたすさまじい罪の意識と、恥辱感と、後悔と悲しみが、心に押し寄せてくる。
 被害者は幸福の意味さえ忘れるほど悲しみにくれ、来る朝、来る朝、自分に起こった惨事と、二度と戻らない過去の平和な生活を思って、嘆き悲しむ。涙は尽きない川となり、魂は絶えず苦しみにうちひしがれる。容姿はやつれ、見違えるほど歳を取ったように見える。しかも、弱り目に祟り目で、無情な人々が、四方八方から責めて来て、いわれのない非難さえ受けなければならない。
 誤った教会に残っている人々は、脱会した自分に起こった苦しみを噂し合っては、さぞあざけり、ののしり、高笑いしていることだろう。彼らは私は死んだとさえ思っているだろう。そして、祈っても、祈っても、平安も、喜びもなく、極度の痛み苦しみだけが続いていく。どうして主はこの苦しみを取り除いて下さらないのか? なぜあの悪人を私がこの手で成敗してはいけないわけがあるだろう? もはや祈るべき課題もなくなり、望む気力もなくなり、祈る気力さえ尽きてくる…。

 もはや神は私の祈りをかえりみては下さらないのだ、私は神に見捨てられて、人生は破滅し、全ての希望が死に絶えたのだと思う他ない、深い深い絶望の穴の中に落ち込んだ頃、哀歌では、ようやく神の沈黙が終わり、祈りに対する応答がやって来る。

「主よ、わたしは深い穴からみ名を呼びました。
あなたはわが声を聞かれました、
『わが嘆きと叫びに耳をふさがないで下さい』。
わたしがあなたに呼ばわったとき、
あなたは近寄って、『恐れるな』と言われました。
主よ、あなたはわが訴えを取り上げて、
わたしの命をあがなわれました。」(哀歌3:55-58)

 迫害され、絶望の果てに行き着き、死人同然になって力尽き、正義を呼ばわる声さえ出なくなった時、初めて、神は「恐れるな」と優しく人に声をかけて下さり、人の訴えを取り上げて、痛めつけられた人の正義をかえりみて、彼の命を回復されるのである。
 まさに神がぎりぎりの限界まで人を試されている様子が分かる。それは人が自分のためだけに振りかざす義に死ぬためのレッスンだった。

 そしてようやく、厳しい裁きの代わりに、神の憐れみがその人に注がれる。神のいつくしみ深さに触れて、人はやっと安心して自分の正義を主に訴え、悪人の破滅をさえ願い出ることができるようになる。

「主よ、あなたはわたしがこうむった不義を
ごらんになりました。
わたしの訴えをおさばきください。

あなたはわたしに対する彼らの報復と、陰謀とを、
ことごとくごらんになりました。
主よ、あなたはわたしに対する彼らのそしりと、
陰謀とを、ことごとく聞かれました。
立ってわたしに逆らう者どものくちびると、
その思いは、ひねもすわたしを攻めています。<略>

主よ、彼らの手のわざにしたがって、彼らに報い、
彼らの心をかたくなにし、
あなたののろいを彼らに注いでください。
主よ、怒りをもって彼らを追い、
天が下から彼らを滅ぼしてください』。」(哀歌3:59-66)

 ここで初めて、悪人にはふさわしい裁きを、という人の感情が主に受け止められるのである。
 この章が示しているのは、どんなに不当に苦しめられても、人が己が正義に頼らず、ただ主の義にだけ望みを置くことの重要性である。ラスコーリニコフのように、世の中の不平等から来る苦しみに対して、性急に自分の理性と力によって立ち向かい、自分の手で正義を取り戻そうとするのではなく、どんなに理不尽な状況にあっても、そこからの解決をただ神ご自身だけに求めて、時が来るまで、待ち望むことの重要性である。

 たとえ人が頭の中で思い描いた最高の正義であっても、神の義には遠く及ばないどころか、それは主の前では悪でさえあるのだ。従って、どんな苦難の中にあっても、主の正しさと、いつくしみ深さを信じて、神を信頼して人生の主人となっていただくことができるかどうか、クリスチャンは必ず一度は試される時が来るだろう。自分の正義に完全に死ぬまで、神の前に徹底的に打ち砕かれ、人生の操縦権を奪われ、己を焼き尽くされることが要求される日が来るだろう。

「それゆえ、わたしは望みをいだく。
主のいつくしみは絶えることがなく、
そのあわれみは尽きることがない。
これは朝ごとに新しく、
あなたの真実は大きい。
わが魂は言う、『主はわたしの受くべき分である、
それゆえ、わたしは彼を待ち望む』と。」

 誰しも、自分の受くべき杯として、御心を受けねばならない。それは苦すぎる杯に思われることもあるだろう。しかし、不遇と、いわれなき苦難の中にあっても、忍耐強く主を待ち望む全てのクリスチャンには、時間はかかっても、必ず時が来れば、主の憐れみが注がれる。
 弱者の正義により頼んで自力で名誉挽回をはかろうとするのをやめ、自分の心をすみずみまで省みて、罪があれば十字架で悔い改め、全ての訴えをただ主に向けて、静かに主を待ち望む者となりたい。

「主はおのれを待ち望む者と、
おのれを尋ね求める者にむかって恵みふかい。
主の救を静かに待ち望むことは、良いことである。」


カルト被害者がカルト専門家ではない理由

動物番組などでよく見かける、猛獣が草食動物を狩るシーン。
ライオンなどの獣は、群れの中で弱い者、逃げ遅れた者を狙って餌食にする。
人の群れの中でも、起こることはそれと同じである。

カルト団体に入信する人達には大概、何らかの心理的弱点がある。
冒頭から種明かしをしてしまえば、第一に、彼らは自分の心を受け止めてもらえない歪みのある家庭環境で育った場合が多い。
第二に、いじめや受験教育、会社でのパワハラなどにより、社会で無力感や孤立感を味わっていることが多い。
第三に、その結果として、社会の不正や歪みに対して鋭い義憤を覚え、弱者の痛みを我がことのように感じ、世直しを願う強い気持ちを持っていることが多い。

カルト団体に入信する若者は、入信以前から、家庭や、世の中において、強い圧迫感、不公平感、孤立感、疎外感を味わっている場合が多く、太刀打ちできない問題から来る無力感、むなしさ、抑圧を解決してくれそうな理想的イデオロギーに惹かれて、宗教団体に入る場合が多い。

つまり、若者が日頃から感じている疎外感、孤独、不公平感、義憤、などが、宗教詐欺をもくろむ者から見て、絶好の足がかりとなっているのである。心理的弱点があればこそ、彼らは狙われたのである。
このことを、カルト団体から脱会した被害者たちはあまり認めたがらない。

「騙された人は被害者なのだ。騙された側に責任があるようなことを言うべきではない。
騙された人を責めることは二次被害につながる。
騙された人間に罪はない。騙した方にこそ罪があるのだ。」

なるほど、一見その通りである。レイプや通り魔の被害者に向かって、「被害に遭ったのはあなたが弱かったからだ。その弱さはあなたの責任である」とは誰も言えないだろう。それは残酷極まりない台詞だ。
しかし、詐欺にかかった場合には、話は別である。

曲解しないで欲しい、私は宗教詐欺の場合、被害は被害者の自己責任であり、加害者に罪はないと言っているのではない。
宗教も含め、たとえどんなに悪質な詐欺が行われたにせよ、被害者は、自分がなぜターゲットにされたのか、どこが狙い目となる弱点であったのか、自らの弱さを冷静に直視し、その弱さをもたらした条件を克服するようつとめなければ、何度でも同じ被害が起こりうることの恐ろしさに気づいた方が良いと言いたいのだ。

カルト宗教詐欺の被害者が、自分はただ被害者として世間からの同情さえ乞うていれば良いという態度で、弱者のレッテルの上に居直ってしまい、自分の置かれている環境の改善を何も行わなければ、その人の弱点は今後も残り続け、その人は何度でも同様の被害をこうむってしまいかねないことの恐ろしさに気づいてもらいたいのだ。

たとえば、有名な豊田商事の詐欺事件において、狙われたのは独り暮らしの孤独な老人だった。
詐欺のターゲットとなった人々には、孤独という弱点があり、そこが狙い目となった。
もちろん、老人が孤独な環境に置かれていたのはその人だけの責任ではない。大都市への人口集中や、核家族化といった、社会をあげて取り組むべき構造的問題がここにある。

だが、いずれにせよ、孤独な環境がどれほど人の判断を鈍らせるか、その危険性をこの事件がはっきりと証明している。

大家族で住んでいれば誰でも、突然、訪ねて来る知らない人間に対する警戒心を失うようなことはないだろう。しかし、長い間、話し相手もいない孤独な環境に耐えて暮らしている人の心には、訪ねて来る人なら誰でもいいから歓迎したいというほどの人恋しさがおのずと生じる。話し相手が欲しい、自分に注意を払ってくれる人が欲しいという気持ちが強くなるにつれて、よく知らない訪問者に対する警戒心が正常に機能しなくなるのだ。

それは、極度の飢餓状態に陥った人間が、たとえ道端に捨ててある残飯であろうと、腐っていようと、毒が入っていようと、食べられるものなら何でも食べようとするのと同じである。
これは本能的な条件反射であるから、理性によって抑制できるものではなく、同じ条件下に置かれれば、十中八九、誰にでも同様の現象が起こると考えるべきである。もし健康な人間を数ヶ月間、看守以外には口を利く相手もいないような独房に監禁すれば、よほどその筋の専門教育を受けた人間でなければ、見も知らない面会者が訪ねて来た時、どんなことでもすすんで語ろうとする危険な心理状態になっていることだろう。

従って、豊田商事のような詐欺に遭わないために最も必要なことは、訪ねてくる人に警戒心を持つことではなく、まず、孤独にならない環境を作ることなのだ。

同様に、カルトに入信した人が同様の被害に二度と遭わないために考えるべきことは、どのような弱さのために、自分がその団体の餌食にされたのかを発見することである。
もちろん、真理そのものについて、聖書から学び、真理と偽物を区別できるようになることは大いに必要だが、それに加えて、私が強調したいのは、その人に特有の弱点、特に、家庭環境に歪みがある場合には、そこから来る心理的な弱さを自覚し、時間をかけて、克服していくことの必要性である。
騙しのテクニックについて学習することも有意義ではあるが、それよりももっと必要なことは、騙された側にはどのような特徴があり、弱点があったのかを自覚することである。

誤解しないで欲しい、私は何らかの弱点を抱えていたことが、カルト被害者の責任だと言って責めようとしているのではない。自分の力ではどうしようもない問題にひしがれ、育った人も多くあるだろう。

だが、事実として、どんなにしつこく勧誘されたとしても、自分側に何一つ動機がないのに、カルト団体に入信する人間はいない。何らかのつけこまれる隙、弱点があればこそ、被害者が詐欺にかかるという結果が生まれるのである。この問題を直視せず、ただ騙した側の責任だけを問い続け、被害者側の弱点を自覚しようとせず、無防備に放置し続けた場合の悪影響の大きさは、はかり知れない。

被害者がカルト団体に入信する際の重要な要因の一つが、すでに述べたように、家庭問題である。家庭的に問題のある環境に育った子供が、成人後にも、様々な問題に巻き込まれやすいことは言うまでもないし、家庭問題ほど、人の人生に生涯に渡る悪影響を及ぼすものは他にないと言っても過言ではない。それが宗教詐欺にかかってしまう心理的弱点につながっているのである。

子供時代に何か大きな心理的・肉体的抑圧を経験した人の中には、概して、成人して生育環境を離れた後になっても、無意識のうちに、かつて子供時代に受けた抑圧をはね返すことだけを人生課題として生きている人が多い。
一言で言えば、家庭的な問題のためにトラウマを負った子供は、それをきちんと処理できなければ、成人したずっと後になっても、子供時代に自分を苦しめた家庭の問題という亡霊につきまとわれながら、生涯を送らなければならなくなる。しかも、自分が何に追われ、何を恐れているのか、何に対処しようとしてもがいているのか、それに気づくこともなく、問題を別のものにすりかえて、自分の弱さをごまかしながら生きていることが多い。いくつかの分かりやすい例を挙げよう。

例1) 幼い頃、家庭で抑圧されて育った人が、青年時代にカルト宗教団体に入信し、全人類の救済という世直し的な活動に従事する。
→ その人が全力を挙げて当たるべきは自分の家庭の問題という個人的問題の克服であるのに、それを社会全体、人類全体の問題にすりかえている。しかも、世直しに携わることによって、自分の弱さから目をそらし、自分が飛躍的に強く、偉くなって、正義の味方となれるかのように錯覚している。
 このあべこべな方法を用いる限り、彼が自分の心の問題に向き合うことはないので、それは解決せず、周りにとってもはた迷惑な結果だけが生まれる。

例2) 幼い頃、家庭や社会で抑圧されて育った人が、相応の職業的訓練を十分に受けないまま、カウンセラーを名乗り、家庭や社会の問題で苦しんでいる人の治療に当たる。
→ 人が専門的なカウンセラーになるためには、少なくとも5~10年近い職業訓練が必要である。だが、きちんとした訓練の過程を経ず、他人の治療に携わる資格がないどころか、本人こそがもっと治療を受ける必要があるにも関わらず、その事実から目をそらし、他人のカウンセリングに携わっている人たちが存在する。
 彼らは自らの弱点を直視したくないがゆえに、自分にはもう問題はないと思い込み、自分は治療される患者という弱い立場にはなく、治療する側に立つ立派な先生であると自分に嘘をつくことで、心の平安を得ようとしている。
 このあべこべな方法によっては、彼はクライアントを自分の人生のダシにすることしかできないし、自分の心が本当に求めているものに達することもできない。

例3) 青年時代にカルト団体に入信していた人が、脱会後、相応の職業的訓練と心理的弱点の克服の訓練を受けないまま、カルト団体からの信者の奪回・救出活動に携わる。
→ 上記の例と同じく、救済すべき対象が、他人ではなく、まず自分自身であることの認識が足りない。このような救済活動は盲人による盲人の手引きとしかならない。

自分の家庭に問題を抱え、そこから抜け切れていない人が、牧師や教師になることや、カウンセラーになることの弊害は昔から指摘されている。指導者になるには、温厚でバランスの取れた調和的な人格が不可欠だが、家庭に問題を抱えたままの人には、到底、調和的な人格は望めないからである。
さらに、カルト団体で深刻なマインドコントロールを受けた人が、きちんとした専門的な治療と、職業訓練を受けていないのに、自らの被害体験を専門知識であるかのように誤解して、カルト被害者をカウンセリングしたり、奪回・救出活動に携わることは大きな危険をはらんでいる。

誰かが他人の心理的な指導やカウンセリングに当たるためには、その人自身の心の傷が癒されており、習慣化した心理的な弱点が克服されていなければならない。心に深い傷を負ったままの人が、他人の指導やカウンセリングに携わると、他人を自分の鬱憤晴らしの道具にしてしまうだけでなく、自分と同様の傷を他人に与えてしまうことになりかねない。

カルト被害者はただの被害者であって、カルトの専門家ではない。被害体験は犯罪を証言するための材料にはなっても、専門家になるためのパスポートには決してならない。被害からは、トラウマが発生しこそすれ、有益な学びが得られることはまずない(被害をきちんと振り返って整理し、長い時間をかけて克服したその後になってみれば、それが有益な体験に変わることはあるにせよ)。にも関わらず、被害体験や、その克服過程を、専門的な職業訓練と同一視することは誤りである。自分が被害を受けたということが、他の被害者を救済するための前提にはならない。

しかも、もしもいつまでもカルト被害者が「私は弱者である、被害者である…」と居直って自らの弱点を克服せずにいれば、その人はこの先も、同様の被害に二度、三度と遭ってしまいかねない。このことを忘れず、カルト団体の元入信者は、決して、被害者というレッテルを専門家のようにひけらかしたり、弱者の美名の下に安住するようなことがないようにしたい。